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25 こわいまほう



「で、でも! あいつらが納得するかどうか!」

 カインさんはあの男達のしつこさを知っている。

 建築の仕事をしていたから、身体も強いし気性も荒い。

 性格に問題があったから、仕事を頼むなら、あいつらには頼みたくない、と、はじかれてしまったのだ。

 自業自得ともいえる。

 そのフラストレーションを自分たちより弱い立場の相手にぶつけているんだから、最低だ。


「ん? 別に職業替えしろって訳じゃないんだよ。飢えているからこんな馬鹿なことをしでかす。まあ、実際にやる馬鹿なやつだけどさ。つまり、腹いっぱい食えれば文句ないんだろう?」


「プライドだなんだって言ってるご時世じゃない。飯を腹いっぱい食えるだけの仕事を与えてやるだけだよ」

 そこに、セルトさんが一言口を挟んだ。

「もしかしたら、薬を盗むかもしれませんよ」


「そのとおりだね! でも、軍用の薬を盗んだら、それこそあいつらはもう終わりだよね。だからこそ、誓約書を書いてもらうのさ」

 ドレンさんの言葉を聞いて、叔父様たちが納得の声をあげた。

「「誓約魔法か。なるほど」」

「軍用のものを扱うときには、秘密を外に漏らさないようにしなければならない。薬はその最たるものだ。『下っ端でも必要なんだ』とでも言ってやればいい。まあ。あれほど馬鹿なんだから、絶対破ると思うけど、その時誓約魔法の怖さを思い知ればいい」


「あの。誓約魔法ってなんですか?」

 カインさんの当然の問いに、私も乗っかる。

 それって何?

「ああ。今じゃああんまり使われない古い魔法なんだけどな。簡単に言うと、約束事を破ると破った方に報いが来るってやつだ。―――昔々、ここから遠い大陸で、敵対する国々が手を取り合うときに行ったやつだ。もともと敵対してたんだから裏切る可能性はあるだろう? だから裏切った時は心臓が破れるという誓約魔法をお互いにかけた。という話がある」

「結構すごい話ですね。それって結局どうなったんですか?」

「一人が裏切った、と聞いている。凄絶だったらしいぞ。今でも語り継がれるくらいだからな」

「怖いですね……」

 約束事を破ると報いが来る―――それが誓約魔法なのか。


「だから、誓約魔法を使うときは役所の許可がいる。正当な理由がな」

 カインさんに分かるようにドレンさんが説明をしてくれる。


 誓約魔法は強力であり、意思を捻じ曲げることにもつながるものだ。

 だから、大きな犯罪を起こしたものの釈放を許された者に対して、再犯を防止するため、国王と神官長の裁可の元で行われる。

 それ以外の使用はされていなかったが、戦争に際して、軍の武器を扱うところや薬を扱うところが需要が増えて増員する場合に、その中に敵国の間諜であったり、敵国に買収されて情報を横流ししようとする者が入りやすい。

 だからその防止のために、軍用のため、一時的に役所と魔法省にその権限を与えているそうだ。

 もちろん、不当な私欲や私怨のための、誓約魔法の付与は認められておらず、しっかりと管理されている。


「うちにも一般から働きに来ている者もいるよ。ウチの奥さんは見る目があるからね! いい人たちばっかりだから誓約魔法なんてやってないよ! 軍属になる誓約書だけ。誓約魔法付きの誓約書を用意するのは、異例中の異例だってこと」


「役所に連れて行ったら、あいつらビビるだろ」

 リンクさんが言うと。

「そこで、軍用の薬を作る要員として登録させる。そしたら軍属になって、給料がもらえるようになるだろう?」


「軍属の薬師の直轄にするんですね……。ところで、薬師は誓約書は書かないのですか?」

 セルトさんが問う。

「薬師は大丈夫なんだ。少なくとも俺が知っている薬師は自分の仕事に矜持を持っているからな。あぶないのは一般から入った者たち。あいつらのような横流ししそうな奴らの為に誓約書を書かせるんだ。誓約魔法付きの誓約書は、金の為なら道徳心もへったくれもないような奴ら用だ」



「薬草であるキクの花を扱う者たちに対しての暴力行為も誓約魔法の範疇に入る。ウチに一度入ったら、あいつらはここにきて脅かすことも出来なくなるよ。一石二鳥じゃない?」

 ドレンさんがにっこり笑う。

 すごい! こんな解決方法があったなんて!


「すごい! 完璧です!!」

 カインさんが頬を紅潮させている。

「平和になったら元の職業に戻るだろうけど、薬の製造方法は機密保持が原則だ。薬師の誓約魔法は生涯続くと思っていい」


「それに、痛い目に何度かあったら、悪いことは出来なくなるんじゃない?」

 ドレンさん。なんか悪役顔になってるよ。

 誓約魔法は警告なので、命は奪わないけれど、身体に相当なダメージを食らうらしい。

 それに、誓約魔法は魔法を管轄する省に通じているため、誓約魔法が発動すると、そこで犯罪者として捕縛されるとのこと。


「たしかに。製薬に関するものだけだとあえて話さないでおいた方がいいな」

 ローディン叔父様がそう言うと、リンクさんも頷いた。

「悪いことをしたら誓約魔法でがっつり痛い目に合うって身に染みさせておく方が有益だ。余計なことは言わないでおいた方がいい」



「縛り上げて教会の前に転がしておいたから、もう少ししたら引き取っていくよ。…って。あ! 俺、馬で来たんだった!」

「やっぱりウチの馬車で王都の役所まで連れて行きますよ!」

 カインさんが声を弾ませる。


「縛り上げたまま連れて行った方が、信憑性が上がりますな。私も同行しましょう。教会への暴力行為をきっちりと役人に伝えましょう」

 どうやら、元神官長であるレント司祭様は、誓約魔法に同意であるらしい。

「そうですね! 元神官長様の口添えがあれば、確実に誓約魔法付きの誓約書をもらえますよね!」


「それなら、さっそく男たちを馬車に詰め込みましょう! セルトさん! 手伝ってください!!」

「わかりました」


「私も行きましょう。乗せる際に少し脅しておきましょう。誓約書に進んでサインするように仕向けておきましょう」

 レント司祭様も一緒に、菊の花の森を離れて、教会の門の方へ歩いて行った。



 残ったのは、ドレンさんとローディン叔父様、リンクさんと私。


 ドレンさんが菊の花に触れてしみじみと呟いた。 


「―――びっくりしたよ。この花が、神気のあるところにしか生えないって。これって女神様の恵みなんだろうね」

 ドレンさんが鑑定で見た内容に感心している。


「食用にできて、薬にできて、人に職を与えることができる。それに刈り取っても数日でまた花を咲かせるなんて、まさしく神の御業だよね」


「それなら、俺もこたえなきゃいけないと思うんだ」


 ドレンさんがふと真剣な眼差しでローディン叔父様とリンクさんを見た。

「―――俺さ、明日王宮に呼ばれてるんだ」


「私もです」

「俺も」

 ローディン叔父様とリンクさんも答える。


「それってさ。いよいよってことだよね」

「「―――はい」」

 そうだと思います、と続ける。


「ならさ、行く前にキクの薬を販売ラインに乗せたいんだよね―――軍用に大量に必要になるし。そしたら俺が不在になっても残った薬師で作り続けられる」

 ドレンさん、菊の花を撫でながらもその声がつらそうだ。


「いそがしくなるなあ」

 それでも、ドレンさんは強い瞳をローディン叔父様とリンクさんに向けた。


「お互い無事にもどってこような」

「「ええ。絶対に戻ってきます」」

 ローディン叔父様とリンクさんも強く頷いた。


「俺、絶対に子供の顔みたいんだよ。だから絶対に戻ってくる」

「テルルさん似だと可愛いですよね」

「なんでだよ。俺似でも可愛いはずだぞ」

「性格はともかく可愛いだろうな」

 3人で軽口をたたいていると。


「ドレンさん! 用意できましたよ~~!!」

 カインさんが呼びに来て、ドレンさんは『じゃあな』と、笑顔で去っていった。


「では、私も同乗していきますので、戻るまで教会でお待ちいただけますか?」

「ああ。頼んだぞ」

 セルトさんたちを乗せた馬車が遠ざかっていく音を聞いて。


「私たちはもう少しキクの花を摘んでおこう。今日の夕食用に少し買い取っていこうな」

 とローディン叔父様が言って、カインさんからもらった布袋に菊の花を摘んで入れて行った。



 私は、森の入り口で菊の花を摘んでいるローディン叔父様とリンクさんから目が離せなかった。

 さっきのドレンさんと、ローディン叔父様とリンクさんの会話とその時の様子に、心がざわついていたのだ。


「これぐらいでいいか」

「今日の夕食も親父たちびっくりするぜ。楽しみだな~!」


「ん? アーシェ、どうした?」

「元気ないな。どうしたんだ?」

 ローディン叔父様とリンクさんが地面に片膝をついて私の顔を覗き込んだ。


「おじしゃま。りんくおじしゃま。どっかいくの?」

 不安で声がふるえてしまった。

 ふたりの顔がこわばった。


「―――そうだね。……少し遠いところに行くことになると思う」

 ローディン叔父様がポツリと答えた。

 リンクさんは、目を瞑って、ゆっくりと頷いている。


 ―――それで。

 分かってしまった。

 この前からの少し寂しげな家族の顔は。

 ドレンさんとの会話の意味は。


 ローディン叔父様とリンクさんが『戦争に行く』のだということだ。


「「アーシェ」」


 私の右手をローディン叔父様が。

 そして左手をリンクさんがにぎった。


「アーシェ。泣かないでくれ」

 私の眼からぼたぼたと涙が流れ落ちていく。


 もしかしたら。

 けがをするかもしれない。

 病気になるかもしれない。

 ハロルドさんやルーンさんのように障害を負ってしまうかもしれない。

 ―――そして、サラさんとサラサさんの旦那さんのように。

 ―――もう帰ってこないかもしれない……


 かなしくてかなしくて、不安で不安で胸がつぶされてしまうように苦しい。

 こんなにも送り出すというのはつらいのか。

 みんなこんな思いをしているのか……


 涙がぼたぼたと止めどもなく流れていく。


「アーシェ。僕たちは必ずアーシェのところに帰るから」

「俺たちはアーシェに嘘はいわないぞ。それに俺たちは魔力持ちだ。強いんだぞ」

「そうそう。風で防御壁だって作れるし」

「隠れるのだってうまいんだぞ」

「それ、魔力に関係あるかよ」

「しぶとく生き残るってことだよ」


 気持ちが溢れて、ローディン叔父様とリンクさんの膝に抱き着くと、ふたりで頭と背を撫でてくれる。


「あーちぇ。おじしゃま、りんくおじしゃま、だいしゅき」


 ローディン叔父様が私を抱き上げて、きゅうっと抱きしめた。


「「ああ。私たちもアーシェが大好きだよ」」


 そう言って私の金の髪にキスを落とす。


「「だから絶対に無事で戻ってくるよ」」

 

 リンクさんも叔父様と同じく、抱きしめてキスをくれた。


「やくしょくちてね」


「「ああ、約束だ」」



 ―――女神様。

 女神様、お願いします。

 私の命を削ってもいいから、どうか―――どうか、ローディン叔父様とリンクさんの命を守ってください。



 ―――その祈りが、祝福(ギフト)を発動させたことになったのは、かなり後になってから明かされることになったのだった。







お読みいただきありがとうございます。

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