249 真っ赤な調味料
『転生したら最愛の家族にもう一度出会えました』
第一巻が明日4月3日に発売されます!
お家に迎え入れていただけると嬉しいです!
そして、久しぶりの更新です。申し訳ありませんでした。m(__)m
書籍化作業で、現在の話に頭を戻すのに時間がかかりました。
どうぞこれからもよろしくお願いします!
王都のバーティア魔法道具店襲撃事件があった為、王都に戻ってきて十日ほどが経った。
私は予想通り神殿で夕食を食べたあと寝落ちし、翌朝目が覚めた時にはもうディークひいお祖父様たちが出発した後だった。お見送りしたかったなあ。
神殿の皆さんに見送られて、行きと同じく三日かけて王都に戻って来た。
王都に戻ると、ディークひいお祖父様やローランドお祖父様から、すぐにバーティア子爵領に戻らずに、少しの間王都にいて欲しいと言われた。
リーフ・シュタット少年や闇マーケットがらみなのかな?
ローディン叔父様やリンクさんが納得しているようだから、まあいいか。
月斗さんから行政区画の久遠国大使館への招待状ももらったし、カレン神官長との約束で神殿に行くことにもしてたしね。
魔法道具店の被害は、前に聞いていた通り、裏口の扉の損壊と作業台などの備品が傷ついたくらいで済んだ。
襲撃の主犯である、セレン子爵そして女魔術師のルベーラは現在捜査関係者以外誰も接触出来ないようにある場所に閉じ込められているという。
二人とも闇マーケットと深いつながりがある。
特にルベーラはその闇マーケット側の人間であることが確認されたという。
となると、敵方にとっては自分たちの悪行を暴かれることになるため、ルベーラを消すか救い出す為に動くと思われている。たぶん、それは前者の方の可能性が高いとの見解だ。
そして王都に戻って来たので、忙しいローランドおじい様やディークひいお祖父様へのお弁当作りを再開した。
最初のお弁当はディークひいお祖父様からのリクエストで、から揚げ弁当。そしたら何日も連続して、から揚げ弁当のリクエストが来た。
同じ味だと飽きるかなと思って、にんにく醬油味、塩味、甘酢あんを絡めたり、と変えて日替わりにして。
もちろん、王都のお店でもから揚げは販売された。
特に宣伝はしなかったのだが、あの日強行軍でやってきた警備隊や騎士さん、そして魔術師さんたちから口コミで広がって、たちまち人気商品になった。
騎士さんたちはもともと王都に住んでいて、元からパン屋のお客さんだったそうだ。
先日起きた魔法道具店襲撃の事件、そしてセレン子爵の捕縛に関連して私たちやお店の人たちとも顔なじみになったので、気軽に話しかけてくれるようになった。
お店の従業員も、私服の騎士さんたちが頻繁にお店に来てくれることで、困った時に頼りに出来る人がいると安心感を得られているらしい。それは良かった。
商売をしているといろんな人に目を付けられるし言いがかりも付けられる。
店には護衛の任務を兼ねた従業員もいるけれど、警備隊の人が味方にいるというのは力強いもんね。
◇◇◇
「おお! これはオリジナルのものと遜色ないな!」
クリスフィア公爵が満面の笑みを浮かべ、
「そうですか。それは良かったです」
と、久遠国大使館の月斗さんがにこやかに答えた。
「クリスフィア公爵が見本としてくださったものと変わらない味ですよね」
「辛いけど、なかなかに美味いな!」
ローディン叔父様とリンクさんも好みの味のようだ。
――ここは王都の久遠国大使館である。
その厨房で料理を振舞っているのは、久遠国出身の祖母を持つ、ルードルフ候爵家のリオ料理長。
私たちが何故ここに来ているかというと、二月ほど前にクリスフィア公爵からある調味料の再現が可能か、頼まれた物の仕上がりの確認の為である。
そして、その再現をした調味料を使った料理が目の前にある。
麻婆茄子と麻婆豆腐である。
――そう。クリスフィア公爵から久遠国の料理人たちが頼まれたのはトウガラシ味噌、いわゆる豆板醤だったのだ。
先代のクリスフィア公爵が何年か前に、久遠大陸より先にある小さな島国から購入してきたという真っ赤な調味料。
四公爵たちはアースクリス国だけでなく、いろんな国にお仕事で行くらしい。クリスウィン公爵も以前久遠国に行って海鮮丼を食べたと言うし、先代のクリスフィア公爵も南方の国から前世のドリアンを思わせるリアンを気に入って苗木を購入してきたのだ。結構あちこちに行っているみたい。
そして、戦争が始まる前に先代のクリスフィア公爵が遠い国から買って来た豆板醤。アースクリス国にはないこの調味料に惚れ込み、帰国後に輸入の打診をしたそうだが、その国はかなり閉鎖的な国らしく断られたそうだ。
クリスフィア公爵家で豆板醬の再現を試みていたそうだが上手く行かず、そうこうしているうちに大量に買ってきたはずの豆板醬の在庫が切れかけた。
豆板醤を買って来た国は久遠国に比較的に近い為、もしかしたら久遠国の料理人ならレシピを知っているのではないかと思いついたクリスフィア公爵が、何度かバーティア子爵領に米などの買い付けに久遠国大使である秋津様が訪れた時に、豆板醬を持ち込んだのである。
その際に秋津様と一緒に来ていた久遠国大使館の料理長には覚えがあったらしく、「たしかあの国の辛い味噌は……」と、記憶をさらってすぐに豆板醬のレシピを書いていた。
流石はプロの料理人。一度作ったことのあるものは再現できるらしい。
とはいえ、久遠国ではあまり辛い物は受け入れられなかったようで、豆板醬は普及していないということだった。
豆板醤の材料は糀とそら豆、そして辛みの少ないトウガラシなどだ。
けれど糀はこれまでアースクリス国に流通していなかったものだ。
糀がないままの再現は不可能だったのである。
けれど味噌や醤油の製造の為に糀が作られるようになった今なら再現が可能だ。
豆板醬は久遠国大使館の料理長のレシピをもとに、バーティア子爵領で仕込むことになった。
何故かというと、その話を持ち込まれた時、久遠国の大使館に対する襲撃事件の後で大使館がバタバタしていたこと、そして、豆板醬を作ると聞いて、テンションが上がった私を見たローディン叔父様が「じゃあうちで作りますよ」と提案したためだ。
ちょうどバーティア子爵領では味噌の仕込みの為に糀を作り始めていたところだった。そら豆はツリービーンズ男爵領から、そして辛みの少ないトウガラシはクリスフィア公爵領から調達することになった。
実はクリスフィア公爵領には、珍しい物好きの先代が外国からいろいろと輸入して栽培しているらしい。
トウガラシも辛みの少ないものから激辛のものまで栽培していると聞いていたので、アースクリス国では珍しい辛みの少ないトウガラシもあったのだ。
トウガラシの産地であるクリスフィア公爵領と、そら豆の産地であるツリービーンズ男爵領はかなり離れていて、その中間地点で豆板醤に必要な糀を有していた、バーティア子爵領で仕込むことになったのだ。
それから熟成期間を経て、先日子爵家本邸のトマス料理長から完成品が王都別邸に送られてきたため、久遠国大使館で豆板醤と、もうひとつ、コチュジャンがお披露目されたのである。
「そうそう、これだ。うちの家族は辛い物が好きなのだ。この国にはあまり辛い物がないからな。この豆板醤が手に入った時、感動したものだ」
クリスフィア公爵は辛さをものともせず、麻婆茄子を頬張っていた。
「糀とそら豆が必要だったのか。だからうちの料理人が再現できなかったのだな」
豆板醤の完成品と共にレシピをもらったクリスフィア公爵は、満足そうに頷く。
確かに。見せてもらったもともとのオリジナルの瓶には原材料などは記載されていなかった。
前世のような食品表示法がこっちにはないのだ。原材料を知るには中身から判断するしかない。
「商品名から豆が必要だとは思ったが、そら豆とはな」
通訳でもあるリオ料理長から聞いてふむふむと頷いているクリスフィア公爵。
ちなみにルードルフ候爵家の料理長であるリオ料理長は、久遠国の料理をしっかり学ぶために頻繁に久遠国大使館に出入りをしているそうだ。祖母が久遠国の人なので久遠国の言葉もアースクリス国の言葉も堪能。
そういった繋がりもあり、まだ言葉に不安のある大使館の料理人のサポートとして、一時的に王都の久遠国大使館に滞在しているそうだ。
「アーシェ、大丈夫か? 俺たちは美味しいと思うが、すごく辛いぞ」
「結構口がピリピリするな。美味しいとは思うが、辛い」
うん。リンクさんやローディン叔父様の言うように。
「かりゃい」
女性や幼児の私の為に、少し甘口にしてもらった麻婆豆腐だが、お子様の私には辛すぎた。
「そうね。お水飲みましょうね」
ローズ母様にとってもちょっと辛すぎたようだ。
たぶん私はお子様の身体でまだ味覚が辛みに順応しきれてないのだと思う。
口がピリピリする。
昔はこれくらいの辛さは平気だったのになあ。
もっと甘口にしないと駄目みたいだ。
せっかく豆板醬が出来たのに。
残念だ。
「よければ、別の料理を用意しますよ」
麻婆茄子や麻婆豆腐を残してしまった私やローズ母様を見たリオ料理長が、別の料理を作ってくれると言ってくれた。
久遠国の料理と言ったら、海鮮料理。以前と違って今はデイン辺境伯領から海鮮物が手に入りやすくなっていて、冷蔵庫にたくさん入っているそうだ。
さらにここは毎日のように海鮮物が運ばれてくる王都である。
ルードルフ侯爵領よりも海鮮が手に入りやすくなったと秋津様がホクホクしていた。
――あ。そういえば。
豆板醬を使った料理で、あまり辛くない、私が好きな料理があった。
お読みいただきありがとうございます。
書籍購入者限定のSSの情報は活動報告に載せています。
よければご確認くださいね。




