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248 反逆者

お久しぶりです。


今回は悪役、リヒャルト視点です。




「ふざけるな‼」

 豪奢な部屋に怒鳴り声が響く。

「私はクリステーア公爵家の直系血族だ! よりによって平民が父親だと⁉ 私を陥れる為のでっち上げだ‼」

 茶色の瞳に怒りを滾らせて、私、リヒャルトは新聞を握りつぶした。

 その号外にはリヒャルトを犯罪者として指名手配する旨の罪状が書き連ねられていた。

 そして、何よりも私を憤慨させたもの――それは、私が今は亡き前クリステーア公爵夫人の不義の子であるという公式発表であった。

 それは、罪の公表よりも血統を自負してきた私の神経を逆なですることであった。

「だが、お前には姿変えの魔法はかからない。この俺の力を以てしてもだ」

 三十代後半の魔術師は目を細めて言う。

 姿変えの魔法は上書きすることが出来ない。となると、私にはすでに何らかの姿変えの魔法がかけられているという事の証拠でもある。

「それは、後継者争いが起きぬように父上が私の瞳を茶色に変えたからだ‼」

 数年前にこの男に会い、姿変えの魔法が効かないことを聞いた時にそう思った。

 理由などそれしかない。現に瞳の色が違っていても、私にはクリステーア公爵家の直系血族が持つ『鍵』がある。それが何よりもの私の出自の証明だろう。

「……まあ、いいが。あんたの生まれがどうであれ、俺たちは利害関係で結ばれただけだからな。あんたが俺たちの上客であるうちは手を貸してやる」

 赤茶色の髪をした男は何の感慨もなくそう言った。

 目の前にいるのは裏の社会で手を組んだ魔術師。彼はこれまで違法な方法で魔力の底上げをしてきた。ゆえにとてつもなく強い。

 その分依頼料も法外だがそれだけの価値がある魔術師だ。

 その男が私がクリステーア公爵家の血を引いていないという記事に『なるほど』と客観的に認めるような言葉を吐いた。

 ――冗談じゃない! 私はこのアースクリス国の王家の流れを汲むクリステーア公爵家の直系血族! 下賤なアンベールの平民を父に持つなどあろうはずがない!

「事実とは違う! この私を追い落とすために仕組まれた罠だ!」

「――まあ、そのことはいずれひっくり返せばいい。こちらが勝てば後でどのようにも情報は操作できる。――だが、こうも大々的に指名手配されていてはこちらも動きが取りづらい」

 まあ、当分は様子見か、と魔術師はこともなげに言った。捕まるという不安はさらさらない。


「カリル伯爵が失敗などしなければ……。あの無能が!」

 鑑定してもすぐにわからぬように、細工をしていたのに。

 久遠国のやつらを火だるまにして、外交問題へと発展させて公爵や王家に付く有力貴族たちの力を削いでやろうと、用意周到に準備を重ねていた。

 まずはクリスフィア公爵を、そしてつながりのある貴族たちを次々と貶める手はずだった。

 それなのに。

 その計画実行の日に、一気にひっくり返された。

 こちらが用意していた証拠は、逆にこちらの反逆の証拠とされた。

 あまりに迅速で何も対応がとれないうちにマベル侯爵が反逆者として拘束された。

 そしてわずかな時間で誓約魔法を行使されて、マベル侯爵は『真実を自白』したのだ。

 ――つまりは、これまで私が関与してきた犯罪の数々を。


 この魔術師がいなければ、逃げ切ることが出来なかっただろう。

 だが、この魔術師さえいればあらゆることが可能だ。

 その分報酬は高額だが。


「昨年の末頃、アーシュの生存が報じられた。――死んだと思っていたが……。どうしても私の手を汚さなくてはならないようだ」

 あいつが生まれてきたせいで私の継承順位が下がった。

 何度暗殺者を仕掛けてもあいつは生き延びて来た。私の行く道を阻む者。――本当に忌々しい。

 幼いうちに仕留めるつもりだったが、やつは無事に成長し、逆にこちらの手の者を返り討ちにしてくるようになった。

 ――このままではまずい。あいつはいずれ私に辿り着く。

 私は仕方なく一旦手を引いた。

 焦ることはない。私はアーシュとの年の差は僅か十歳。好機は必ずやってくる。

 それまでに水面下で貴族たちを手懐け、軍資金を潤沢に用意しよう、と。


 ――そして、私の思いは通じた。

 三国との開戦、アンベール国で体のいい人質となったアーシュ。

 もはや生きていることはあるまい。

 私は仮の後継者として異母兄に選定された。

 私が手を下さなくとも、私は次代のクリステーア公爵となることが決まった。そう、最初から私が受け継ぐべきだった。だから次期公爵位が私の手の中に転がり込んできた。

 天は私が公爵となることを認めたのだ!

 だがその喜びは束の間のことで。

 アーシュの妻のローズが懐妊した。

 あっという間に私の継承順位は下げられ、ローズの腹の子に継承権を持って行かれた。

 もちろんそのまま手をこまねいて見ている私ではない。

 ローズを心身ともに追い詰め、死産したと聞いた時は快哉を上げた。

 またしても私が手を下さずとも、ローズの腹の子は死んだのだ。

 やはり天は私の味方をしているのだと。


 ならば、公爵位だけでなく、王位も私が貰ってもいいのではないか。――そんな考えが頭をもたげて来た。

 私側につく高位貴族もいる。これまでどんなに功績を揚げても侯爵止まりで不満の声を上げている貴族たちもいる。

 爵位と金。

 この二つをちらつかせると大抵の貴族は私の言いなりになった。

 ――まあ、融通の利かない者たちは、事故と見せかけて消すことにした。


 そうやって貴族を買収し、目障りな者たちを消し、着々と準備を進めて来たのだが、一昨年の秋に急に私は捕縛された。部下の裏切りにあい、横領の主犯として裁かれ、貴族位を剥奪され、一年間をアンベール国側の国境で従軍という罰を受けた。

 従軍とはいえ、殆ど休戦状態。戦闘に駆り出されることはなかったが、私はずっと監視下にあった。とはいえ、兵士も人間。欲をつついてやればすぐに尻尾を振る。おかげで仲間とも連絡を取ることができた。

 平民に落とされたことで、権力者からその座を奪おうという欲求はさらに強くなった。

 私を平民に落とした国王。それを当然のことと言った兄。そして親戚でもある三公爵が同意したということ。


 ――お前たちからその絶対的な権力を奪ってやる。

 私の足元にひざまずかせ――私が玉座から見下ろし、沙汰を言い渡すのだ。


 ――ああ、想像しただけで、なんて楽しいのだ。


 金はまだまだ懐にある。息をひそめている仲間たちも私の号令を待っているのだ。――絶対に諦めはしない。

 アンベール国が陥落したら、三国すべてアースクリス国の属国となる。

 このアースクリス大陸すべてがアースクリス国のものになるのだ。

 その頂点に私は必ず立つのだ。

 

 かの国はすでに三月経った今も、アースクリス国軍の攻勢を凌いでいる。ウルド国やジェンド国はふた月と持たずに陥落したが。

「アンベール国には強力な魔導具が残されている。それに闇の魔術師が本当に死んだとは考えられない。あれは人の形をした人ならぬモノだからな」

 ゆえに未だ陥落せずに耐え忍んでいるということだ。

 アースクリス国軍の中では闇の魔術師の死亡説が流れているというが、それは信じがたい。

 なにしろ、あの人ならぬ存在は人が殺めることなど出来ないはずだからだ。

 それは、闇の魔術師と『会ったことのある人間』にしか分からないことだ。

『その時』のことを思い出して、思わず身体が震えた。

 ――あれがアンベール国にいる限り、アンベール国が容易く陥落することはない。

 ――だが、闇の魔術師は気まぐれだという。

 十数年も同じところにいたということ自体が珍しい。おそらくアンベール国からふらりと出て行った可能性が高いと、この魔術師は言った。

 何しろ向かうところ敵なしなのだ。闇の魔術師と戦えるのは光魔法の保持者だけというが、そんな人間はこの国にはいない。

 あれは、人外の存在だからな、と言う魔術師に私は言った。

「――お前だとてすでに人とは言えないだろうに」

「一線は越えていない。まあ似たようなことはしているがな」

 くく、と魔術師が怪しく笑む。


 ――この魔術師は利害関係があるだけだ。

 多額の褒賞に見合った働きをする。どんなに汚いことでも。

 だから、『闇の魔術師の作った魔道具』を手に入れた。


 ――吸い取った命の分、力を増す魔道具を。


 闇の魔術師には四大魔法は効かない。

 逆に吸い取って己の力と化すのだ。


「お前とこの魔導具さえあれば、公爵や国王も恐れるに足らず。計画通り実行する」

 追手もすべて根絶やしにしてやる。


 ――浮かべた笑みは、狂気を孕んでいた。



お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
少しでも読んだところが出てくると忌避感を否めない。楽しく読む事が出来なくなりつつある不愉快が募る。
悪役でも人気の出る、信念や実力あるキャラは世にいますが リヒャは駄目だこりゃwww小物っ・・・ またアーシェの鶴にやられるんだろな
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