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247 魂のつながり

今回もアーシュさん視点です。


書籍化作業と並行していたのでまた間が空いてしまいました。

書籍はアース・スタールナから4月刊行予定です!




 私が初めて意識を飛ばしてアーシェラに会いに行ったのは、北の森を離れてしばらく経ってからのことだった。

 その前に父から私が不在になってからの事情を聞いた。

 叔父リヒャルトの目を欺く為アーシェラは公には死産とされたこと。

 そして王宮の隠し部屋で私の両親が育てたこと。

 その後、ローズが我が子(アーシェラ)を拾い子として育てていることを。

 リヒャルトにアーシェラがクリステーア公爵家の直系の姫であることが知れたらどんな手を使ってでも殺害するだろう。

 かつて、私の信頼する護衛を汚い手で陥れて私を殺させようとしたように。


 ――そして、ローズにアーシェラの出自を今告げないことを選択したのは、ある危険性を未然に防ぐためだ。

 それを知られたら、ローズもアーシェラもそれを敵に利用されて二人ともに命を失う可能性もあるからだ。

 父と話し合い、リヒャルトを完全に排除してから真実を話すことに決めた。


 だから、アーシェラが感応して私の姿を見ないようにあの子が寝静まった頃を見計らって意識を飛ばした。

 降り立ったのは、灯りを落とした寝室のベッドのすぐ側だった。

 微かな寝息がふたつ。私の妻のローズと、金色の髪の女の子がいた。

 柔らかなくせっ毛の金髪。

 そして金髪以外は、顔の輪郭から何もかもが幼い頃のローズにそっくりだった。

『! ――本当に、ローズそっくりだ……』

 触れることは出来ないと分かっていながらも手を伸ばした時、ふとアーシェラが目を開けた。

 その瞳はクリステーア公爵家直系の血を引くことを示す、薄緑色の瞳。

 アーシェラが目を開けた瞬間、私はギクリとして手を引っ込めたがアーシェラは夢うつつだったのか、私を見てふにゃりと笑った。

『! 可愛い』

 その可愛さに胸を撃ち抜かれた。

 誰が聞いているわけでもないが、『娘が可愛い〜!』と思いっきり叫びたくなった。いやまて。今叫んだらアーシェラが完全に起きてしまう。

 ローズやローディン、リンクには聞こえなくても、アーシェラには私の姿だけでなく声も聞こえるのだから。


「? アーシェ? どうしたの?」

 ローズがアーシェラのかすかな身じろぎに気づき、アーシェラに声をかけた。

「ふにゅう……」

 アーシェラはローズにすり寄ると、また可愛い寝息をたてて眠りに落ちた。

 ローズは愛おしそうにアーシェラの頭を撫で――やがてすっと夢の世界へと落ちて行った。


 約五年ぶりに見る最愛の妻の姿。最後に見たのは十七歳になったばかりのまだ少女らしさが残る姿だった。今はもうすっかり大人の女性になっていて、『母親』の顔になっていた。


 私はローズの十七歳の誕生日の後、アンベール国に外交官として訪れ――捕縛され、北の森の処刑場に送られた。

 そしてそれから五年近くその森の結界内に囚われていた。やっと北の森から生還した私は、父であるクリステーア公爵からローズが私の娘を産んでいたということを知らされた。

 だが、私の代わりに仮の後継者となった叔父が、クリステーア公爵家の正統な後継者である私の娘の命を奪うためにローズを殺そうとしていたことを知った。

 叔父リヒャルトは公爵位を望み、私が幼い頃から執拗に暗殺者を送りこんで来ていたのだ。――そして今も、私の妻と娘の命を狙っている。


 ――絶対にこの愛しい二つの命を護り抜かねば。

 

 私たち四公爵家の当主や後継者は女神様から与えられた役割の為に意識(こころ)を飛ばすことができる。

 そしてその役割のために血族と決して切れることのない、繋がりを持っている。

 それはただ血族というだけではない。魂の繋がり。――だから、総じて公爵家はその家ごとに特性が似ていると言われていた。


 だからこそ、人を陥れ、簡単に人の命を奪おうとするリヒャルトが何故クリステーア公爵家の人間なのか――と首を傾げていたのだ。

 ――だが、彼は母親が別の男性との間にもうけた不義の子であり、クリステーア公爵家とまったく『繋がりのない者』だったことが分かり、やはりリヒャルトは違ったのだ、と納得した。祖父が何故リヒャルトの髪色を変えてまで公爵家に受け入れたのかは不明だが。


 ――私はアーシェラの寝顔を見ながら、北の森に光が降り注いだ時のことを思い出していた。

 あの幾万という光の中で、私は私の中の深いところで何かと繋がったことを感じたが、その時はそれが何かは分からなかったのだ。

 その後、私に娘が生まれていたことを知り――その時の繋がる感覚がアーシェラだったのだと分かった。


 ――だがどんな理由があっても関係ない。

 心の底から、私の娘が可愛くてしょうがないのだ。


『可愛い。かわいい。カワイイ。私の娘が世界一可愛い~~!!』

 こんなに可愛い子が私の娘なのだ!

 天を仰ぎ、心の中で声なき叫び声を上げた。


「……ふにゅ」

 娘の可愛さに悶えつつ、じーっと見ていたら、ふと再びアーシェラが目を開けた。慌ててアーシェラに見えないように気配を消す。

 二人が眠っていた部屋の外で物音と会話が聞こえて、ローズもアーシェラもその音で目が覚めたらしい。

 ローズが起き上がって寝室の扉を開けると、ローディンが扉近くにいた。

「ああ、ごめん姉さん、起こしてしまったんだね」

「いいのよ。遅くまでご苦労様」

 アーシェラがくしくしと目を擦ってベッドに起きあがった。

「……おじしゃま、おちごとおわった?」

「ああ、終わったよ。一緒に晩御飯食べられなくてごめんな」

 ローディンが起き上がったアーシェラの頭を撫でた。

「ん? アーシェ目が覚めちゃったのか?」

 そこにリンクが入ってきた。

 ――待て、リンク。

 ローズの寝室に、弟のローディンならともかく、リンクが入ってくるな。いくらいとこ同士でもダメだろう。

「りんくおじしゃまも、おちごとおわった?」

「ああ。――おにぎりありがとうな。美味かった」

「さ。ぐっすりおやすみ」

「あい。おやしゅみなしゃい」

 すう、と。アーシェラは二人に見守られて、安心しきったように眠りに落ちて行った。


 ローディンとリンクはアーシェラの顔を暫く眺めると、アーシェラの頭を撫でて寝室を出て行き、部屋は再びローズとアーシェラだけとなった。


『……』

 一瞬リンクに悪態をついた自分が恥ずかしくなった。

 ――でもそれは当然の言い分だと思うが。


 二人の瞳にはアーシェラへの慈愛が溢れていた。


 それを見て、改めて父に教えてもらったことを思い出した。

 ローズとアーシェラがバーティア子爵領の商会の家で暮らしていること。

 叔父であるリヒャルトの手の者がローズとアーシェラの命を付け狙っているということも。

 さっき、ローディンとリンクは仕事を終えてきたというが、実は暗殺者に対応していたことを私は俯瞰して見ていた。

 二人の魔力は私が知る昔よりも、ずっと強くなっていた。

 彼らはこの部屋を出ると、扉に護りの魔法をかけていた。――護りは攻撃よりも難しく、容易に出来る代物ではないのに。


 ――アーシェラを見る二人の優しい瞳が、アーシェラを愛おしく思っていることを如実に物語っていた。


『ありがとう。ローディン、リンク。私の妻と娘を護ってくれて。――でもリンク、ローズの寝室に入るのはやめてくれ』


 ――大丈夫だと信頼はしてはいても、そう思ってしまうのは仕方ない。


   ◇◇◇


 ホークやリンクにとってローズは従妹。それ以上でもそれ以下でもない。それは二人に昔からさんざん言われてきた言葉だ。

 幼かったローズに出会い、好きだと自覚した私は、ローズに近しい存在であるホークやリンクに取られるまいといろいろと二人を牽制した。

 そんな私にホークが呆れながら。

「俺たちは自らの片割れがわかるんだ。ローズは従妹で近しい存在ではあるけど、俺たちの片割れじゃない。だから心配しなくていい」

 と言った言葉で、思い当たることがあった。


 王家の男子は『自らの伴侶がわかる』という。

 今の国王陛下がクリスウィン公爵家のフィーネ様を婚約者に選んだ時の話は四公爵家の間では有名な話だ。

 二十数年前クリスウィン公爵家に姫が生まれたその日に、十歳の王太子殿下が先ぶれも無く公爵家に飛び込んできて皆を驚かせた。

 さらに、生まれたばかりのフィーネ様を見るなり『見つけた』と満面の笑みを浮かべたという。

『自らの伴侶が生まれた瞬間が分かった』というのは驚くべき話だが、実際にあったことだ。

 そして、銀髪碧眼という陛下と容姿が似通っているデイン辺境伯家にも同様のものがあるのだろう。


 デイン辺境伯家は、百数十年前にアースクリス国の第二王子がデイン家嫡女の夫となり、デイン辺境伯になった。そのため、王家の血が入っている。

 第二王子は授かる予定だった大公位を辞退し、自らデイン辺境伯になった。彼はデイン辺境伯家の嫡女が自らの片割れだと分かったそうだ。

 デイン辺境伯家の男子は王家の容姿だけではなく、その特性を受け継いでいて、ホークやリンクにはその感覚が隔世遺伝したらしい。

 だからローズがローディンと共にリンクと同じ商会の家で暮らしていることを父から聞いた時、冷静に受け止めることができた。

 そうでなければ近しい者同士惹かれあってしまわないか、心配でしょうがなかっただろう。

 だが、やっぱりリンクがローズのいる寝室に入ってくるのは止めたくなった。

 こればっかりはどうしても湧いてくる感情だ。仕方がない。


 私は十二歳の頃、七歳だったローズに出会い、その後の出来事で完全に心を持って行かれた。 

 ローズの真っ直ぐな言葉に、凛とした態度に。

 そして私のために一生懸命な姿に。

 自覚した後は、どんなに女性たちが擦り寄ってきても、私にはローズ以外目に入らなかった。

 出会ってから九年経ち、ローズを伴侶として迎え入れ、これからずっと一緒にいられるかと思った矢先で、私はアンベール国で捕らわれてしまったのだ。

 あれからもう六年になる。

 とにかく生き延びようとした北の森での五年、戦いの準備をしてきた一年。

 ローズに、そして生まれた我が子(アーシェラ)に会いたいと思う気持ちは日を追うごとに強くなっている。

 

「――早くこの戦いを終わらせて妻と娘に会いたい」

 言いながら私はキャンディの入った箱に蓋をした。

 キャンディの花束が入っていた箱には、アーシェラの折った折り鶴がいくつも入っていた。

 私の胸ポケットには、御守りの小さな折り鶴が入っている。この箱に入った折り鶴も大切にとっておこう。


「そうだな。もう終わりにしなければな」

 私の言葉にクリスウィン公爵が頷く。



 ――そろそろ、決着をつけよう。


 王都の方向を見つめて、私は決意を新たにしたのだった。




お読みいただきありがとうございます。


今回のお話は書籍購入特典用に書き下ろししたショートストーリーと

ちょっとだけリンクしています。

書籍、書き下ろしの情報は後日活動報告でお知らせします。

これからもよろしくお願いします!

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