244 あったかいのみものとあったかいひと
「んーと。あとは、おみしょしる」
ご飯にはお味噌汁。マストアイテムだ。
「え? ですがお鍋ごとのお味噌汁はさすがに持っていけませんわよ?」
強行軍なので、必要最低限の装備なのだ。無駄なものは極力省き身軽で行くらしい。それは聞いていたので。
「みそだまつくる。かっぷはみんなもってる?」
「「味噌玉?」」
味噌玉はお味噌にお出汁と具を混ぜ合わせて丸めた、即席みそ汁のもとだ。
「おみそにおだしとぐをいれて、まるめてみそだまにする。しょれをかっぷにいれておゆをしょしょぐとおみしょしるになる」
「なるほどな。ああ、各々の装備品にカップはあるぞ」
基本的な装備品のセットの中にカップは入っているとリンクさんが教えてくれた。
「さむいからあったかいのみもの、だいじ」
そう言うと、厳冬期にウルド国で従軍していた経験を持つローディン叔父様が『そうだな』と深く頷いた。
「確かに温かい物があると嬉しいだろうな。どうやって作るんだ?」
「んーと、おみそにこんぶのこなとかつおぶしときくのはな、きざんだねぎをまぜあわせて、まるめる」
お味噌汁はお鍋で作った方が美味しいのは分かっているけど、この寒い中強行軍で王都に戻るのだ。味噌汁を鍋ごと持って行くのは不可能なので味噌玉を作る。出汁をきかせるので十分美味しいだろう。
「ああ、それで昆布パウダーが用意されてたのか」
そう。お弁当のメニューを決めた時に、あらかじめ魔法鞄から取り出しておいた昆布の粉の入った瓶をテーブルに置いていた。
この昆布の粉は、魔法道具店で昨年薬師のドレンさんの発注を受けて微粉末のミキサーを製作した際の副産物である。
硬いものを微粉末にするという試作の為に乾燥昆布を使用したので、結果的に昆布の微粉末が出来た。
去年魔法道具店の作業場で思いがけなく昆布パウダーを見つけた時、思わず昆布パウダー入りの瓶を持って歓喜の舞をしてしまったよ。
今では手軽に旨味を足すことが出来る、お気に入りの調味料だ。
「へえ、味噌に具材を入れて丸めるのか。コンブとかつおぶしは出汁だな」
「それにキクの花は身体を内側から温めてくれるし、いいね」
その通り。菊の花でキャンディを作った時に身体の内側から温めてくれるのを発見したのだった。今回の味噌玉の具材にもってこいだ。
菊の花は、手持ち無沙汰のカレン神官長に頼んで神殿の敷地内から摘んできてもらったものだ。
「だしとぐをまぜあわせたみそをすぷーんですくって、のりでつつむ」
「なるほど、海苔も味噌汁の具材になるというわけだね。面白い」
「あい。のりいれるとおいちい」
海苔には昆布の旨味成分であるグルタミン酸とかつお節の旨味成分のイノシン酸、椎茸の旨味成分であるグアニル酸と、旨味成分が三つも含まれているのだ。使わないなんてもったいない。
前世では炊き立てご飯を醤油をつけた焼き海苔でくるんで食べるのが大好きだった。旨味成分たっぷりの海苔が美味しくて、ご飯を何杯もおかわりしたものだった。
たらこスパゲティでも海苔を切って料理に入れるし、おにぎりも海苔を巻いた方が美味しい。
海苔の美味しさを知っているローディン叔父様達は、見た目黒光りする海苔に対する忌避感は全く無い。醤油+海苔でご飯を食べるのもお気に入りだ。
けれど、新人神官さん達はお味噌やお醤油同様に使い方の分からないものだったのだろう。『??』を顔に貼り付けていた。
海苔はお米同様に食品庫の中にあって、全く手つかずの状態で保管されていた。
お米が使われてなかったってことは、おにぎり用の海苔も使われてこなかったってことなんだね。
それにアースクリス国では茶色や黒に近い色の食材があまりなかったから、余計に手が出なかったんだろう。納得だ。
ならば海苔の美味しさを知ってもらおう。
味噌玉の作り方は簡単。
味噌に出汁となる昆布パウダーとかつお節、菊の花とネギを入れて混ぜ合わせ、一食分ずつスプーンですくって海苔で包む。こっちの世界にはラップという便利なものはないので海苔で代用する。海苔は包材にもなるし、美味しい具材にもなる。一石二鳥だ。
それからみんなで装備品と同じサイズのカップを用意して、カップに入るお湯の量に対しての味噌玉の大きさを確かめる。
味が濃かったり薄かったりすると美味しく食べられないのでは意味がないもんね。
お湯を注ぐと海苔のふわりといい香りが広がった。菊の花の鮮やかな黄色とネギの青が映えて見た目にもいい感じだ。
「あ、出汁がきいてて美味い」
「このサイズの味噌玉でちょうどいいわね。海苔の香りがいいわ」
「へえ、具材を煮込まない分あっさりしてる感じだな」
「そうですわね。でも炊き込みご飯には合うと思いますわ」
ふむ。カレン神官長はやっぱり味覚も優れているようだ。
白米と違い、炊き込みご飯は主食+おかず的要素も含んでいるのでしっかりとした味がある。なので、炊き込みご飯の汁物にはお吸い物やあっさりとしたお味噌汁の方が合うと思う。
今回のお味噌汁は菊の花とネギ、海苔というシンプルかつあっさり系なので、炊き込みご飯にもあうだろう。
お味噌汁の後、ローズ母様が気をきかせて海苔のおすすめの食べ方である、海苔で巻いたおにぎりや、白いご飯を醤油+海苔で巻いたものを少しずつ用意して新人神官さん達に食べさせていた。
「こんなに薄いのに旨味がぎゅっと入っているのですね」
「海苔って美味しいものなのですね」
と、新人神官さん達も海苔が美味しい物だと認識出来たらしい。これで海苔もしまい込まれることなく、ちゃんと活用されることだろう。
――よし、これで。
「おべんとう、かんせい!」
そう言うと、新人神官さん達がわあっと歓声をあげた。
「すごい! まさか夕食前に明日の準備まで全部出来るなんて思わなかったです!」
「ホントですね!」
「完徹覚悟してたのに」
すごいすごいと新人神官さんたちが感動している。
確かに、一気に三食分を仕上げたのは皆よくやったと思う。
まあ実際に一生懸命動いてくれたのは、私とカレン神官長以外の人たちなのだが。
夕食用に白いご飯と肉じゃが。鶏のから揚げと酒粕入りのお味噌汁、そして甘酒。
そして朝食用にあんかけご飯とすいとんを仕込み。
お弁当には、炊き込みご飯と味噌玉。
メニューを決めて、食材を一気に切って準備をし、から揚げの漬け込み時間やすいとんの生地を寝かせている間などの空き時間を利用して別の作業をどんどん進めた。
さっき新人さん達はパニック状態だったので右往左往していたけれど、ライナスさんやドリーさんが指示をし始めたら落ち着いて、そこからものすごくスピードアップしたのだ。
人間落ち着いて行動するのが一番だと思ったよ。
いろいろと同時進行がうまく行った結果だ。
よかったよかった。
「肉じゃが美味しかったです。じゃがいものポタージュにするより食べごたえがあってよかったです!」
「お米ってそのまま食べてもあんかけにしても美味しいのですね」
「炊き込みご飯は絶対マスターしたいです!」
これまで放置されていたお米はちゃんと主食として認識されたようだし、味噌や醤油もこれからちゃんと使われそうでよかった。
そんな新人神官さん達にドリーさんとライナスさんが声をかけた。
「今日のように不測の事態の時はいつものやり方を臨機応変に変えることですよ。今日のことを教訓になさい」
「調味料の件は私達の手落ちだ。近いうちに対処する」
「「はい!」」
「ありがとうございます!!」
と新人神官さん達はドリーさんやライナスさんに素直に良いお返事をしていた。
ドリーさんやライナスさんはカレン神官長同様、昨夜から一睡もしていない。すごく疲れているはずなのに、当たり前のことのようにすぐに手伝いに入った。
今回新人神官さん達にはちょっとした(?)試練だったろうけど、ドリーさんとライナスさんが、高みの見物を決め込まずにすぐに手伝いに入ったことは新人神官さん達の大きな力となったのは間違いない。
うん。いい上司だよね。
前世では無理難題を押し付けて高みの見物をする人に苦労させられた記憶があるので、ドリーさんとライナスさんが自らも厨房に入って手伝いをした姿はすごく好ましかった。
一緒に苦労してくれる上司っていいよね。
お読みいただきありがとうございます。




