243 レシピはひつようです
次は、明日のお弁当だ。
メニューは、ディークひいおじい様が好きな炊き込みご飯のおにぎりだ。
この国の主食はパンである為、お弁当といえばサンドイッチ。
普段ならそれでも行けるだろうけど、明日の朝それを仕込むのは大変だ。
今から仕込んで作り、カレン神官長に保存魔法をかけてもらってもいいけど、パンは発酵時間がかかるのだ。
それに私もお昼寝の時間をとっくに過ぎている。今は気を張っているのでまだ起きていられるのだけど。
早く終わって眠りたいし、疲れた。
幼児にお昼寝は必要なのだ。
ローズ母様指導のもと、炊き込みご飯もすいとんと並行して作業をしていたので、すいとんの試食後に炊き上がり、炊き込みご飯でおにぎりが握られた。
「大好きな炊き込みご飯~~!!」
カレン神官長が嬉々としてその場で握り立てのおにぎりを頬張った。
「「「お、美味しいです!」」」
「お米! お米がこんなに美味しくなるなんて!!」
「白いご飯も美味しかったけど、これは絶品です!」
「「美味しい~~」」
今日初めてご飯の美味しさを知った新人神官さん達。
お出汁や野菜の旨味を吸った炊き込みご飯に感動しきりだ。
「いついただいても炊き込みご飯は美味しいですわね」
ドリーさんも水色の瞳を嬉しそうに綻ばせてゆっくりと噛みしめている。
「もち米と油揚げがあったらもっとよかったのにな」
おや、ライナスさんがちょっと残念そうだ。
「そうねえ」
カレン神官長は味覚も優れているようで、もち米が入った時、油揚げが入った時もそれぞれに『今までと何かが違う!』と敏感に反応していた。
うんうん。炊き込みご飯には少しのもち米と油揚げが入るともっと美味しくなるよね。
「そうですわね。油揚げともち米も入るともっと美味しくなるのですけどね」
ローズ母様はもち米が手に入って以来、何度となくもち米を入れた炊き込みご飯を作っている。
「これも美味しいよ。もち米が入らない分あっさりとしてる」
「ああ。初めて炊いた炊き込みご飯の味だな。懐かしい」
炊き込みご飯は油揚げともち米入りの方が美味しいと知っている人たちの言葉に新人神官さん達が驚いた。
「え? こんなに美味しいのに、もっと美味しくなるのですか!?」
「油揚げって何ですか?」
「もち米って、このお米とは別物なんですか?」
初めて食べた炊き込みご飯のおにぎりが美味しくて感動しきりだったのに、これよりもっと美味しくなると聞いたら、その材料である油揚げともち米がどこで手に入るのかと聞くのは当然だよね。
油揚げは王都のお店とバーティア子爵領のお店で製造販売している。
あと、ルードルフ侯爵領の商店街に久遠国のお店が出来たのでそこでも製造して販売している。
王都のバーティアのお店にはあちこちの商人が訪れて油揚げを仕入れて行くので、直接製造している店で買うより割高になるが、近くのお店でも買えるかと思う。
もち米はバーティア子爵領にしかないし供給量は少ないが少量なら融通できると思う。それか輸入するかだ。
――だけど、ふと気になった。
そういえば、カレン神官長はお米や味噌や醤油などの調味料を各神殿に常備していると言っていたが、今回材料を確認したら全くと言っていいほど手つかずで活用されていないようにみえた。どうしてだろう? 平民出身の神官さん達が使ったことがないというのは分かったけど、レシピさえあれば多少は使えたはずなのにね。
「どこのしんでんにも、おこめある?」
「ええ。何しろ兵糧として選ばれたくらいですから。神殿にも備蓄しておこうと思ったのですわ」
カレン神官長がそう言うと、ライナスさんが首肯して後を続けた。
「味噌も醤油もそうです。昆布もですね。兵糧に選ばれたものはもちろん、神官長様がこれはよいと思ったものを揃えております」
「ええ。お米は調理時間を短縮できますし、お味噌汁は身体を温める。これは有事の際だけではなく普段の食事にも使えると、常備品に加えられたのです」
なるほど。そういう考えで購入に至ったのならどうして使われてこなかったのかな?
改めてお米や調味料をじ~っと見ていたら。
――あ。そうか、なるほど。
原因はあれだろうな。と気が付いた。
「おじしゃま、りんくおじしゃま、あれ、くおんこくのじ」
「「あ」」
ローディン叔父様とリンクさんが気が付いた。
「ここにあるのは大陸の国内流通用だね」
「だかられしぴがにゃい」
「ああ、なるほどな。あっちの国の国内流通用で業務用サイズだよな、デイン家にあるのと同じものだ」
「レシピが全くなかったから醤油も味噌も使われてこなかったというわけか」
バーティア子爵家でもデイン伯爵家でも味噌や醤油の使い方が分からずに保存魔法の箱に何年も眠っていたくらいだ。それと同様なことがここでも起きていたのだろう。
醤油も味噌も美味しいのだ。
それを生かせるレシピは絶対に必要だよね。
デイン伯爵家やバーティア子爵家の厨房にも、ここにあるものと同じ久遠国の国内流通用、しかも業務用サイズが常備されている。
最初は外国向けの少量サイズを使用していたが、すぐに一瓶を使い切ってしまうので、今では業務用サイズを愛用している。
業務用サイズとなると調理イラストなどの懇切丁寧なラベルはついていない。シンプルに商品名だけだ。
使い方を知っている者にはなんら問題はないが、この調味料の初心者には優しくない代物だ。
「はい。調味料が搬入された時に、レシピらしきものはありませんでした」
という新人神官さん達の言葉で、カレン神官長やライナスさんたちもレシピが無いために神殿では調味料が使われていなかったことに気が付いた。
「あらまあ、気が付かなかったわ」
「どの神殿にも同じものを届けさせましたから、同じことが起きていると思われます」
「神殿には『量が多いものを』と単純に考えて発注したのです。失敗しましたわね」
アースクリス国で一般的に流通しているのは久遠国の海外向けの商品で、簡単な調理例がラベルに記載されている。
神殿に置かれていた調味料はすべて業務用サイズだった。つまりバーティア子爵家やデイン辺境伯家の厨房に置いてあるものと同じもので、ラベルに『醤油』『味噌』と漢字で書かれているものだった。
神殿は人数が多いのでヘビーユーザー用の業務用サイズを購入したのだろう。当然レシピはついていなかった。
……ああ。これは初心者には厳しい。使ったことのない外国産の調味料。しかもレシピなし。
これでは新人さん達が調味料を使えなかったのも無理はない。
前世のようにネット検索で調理方法が分かるわけではないのだ。
味噌や醤油は平民たちの間ではまだまだ浸透していない。
テイクアウト店やレストランでその調味料を使った料理の味は『美味しい』と広まって来てはいるけれど、自分で調味料を購入するという段階には至っていない。
その調味料は『輸入品で高い』、平民では手を出しにくい価格だからである。
貴族は国王陛下の一声で輸入が決まった米や調味料を価格に関わらず購入し、レシピが人伝てに出まわっているが、神殿まではそのレシピが回って来なかったらしい。
ローディン叔父様はこの状況を見て『ふむ』と頷いた。
「バーティア商会から販売する商品にレシピ集を付けるという案はよさそうだ」
「ああ。アースクリス国じゃ味噌と醤油はまだ珍しい調味料だからな。気軽に使ってもらうためにはそれが必要だよな」
というローディン叔父様とリンクさんの会話に『え?』とカレン神官長達が反応した。
「大陸の職人の技術指導を受け、バーティア子爵領で醤油と味噌を作っているのです。熟成に時間がかかるので販売はまだ先ですが、販売する時には炊き込みご飯や茶碗蒸しなどのレシピを載せた小冊子を付ける予定なのです」
新年があけて反逆者たちの久遠国大使館への襲撃計画を防いだ後、久遠国大使館ではお酒の仕込み、バーティア子爵領では味噌と醤油の仕込みが行われた。
味噌や醤油は、久遠国の職人の指導を受けて仕込んだ。
もちろん私も仕込みに参加した。
前世では醤油作りはしたことはなかったけれど、味噌は毎年仕込んでいたので、絶対にこっちの世界でも味噌の仕込みをやるのだと楽しみにしていたのだ。
職人さんが作ってくれた麹に塩をまぜておき、大豆を煮てすり潰したものとしっかりと混ぜ合わせる。
混ぜ合わせる作業と空気を抜くように樽に入れる作業は結構力がいるのでそこはリンクさんやローディン叔父様にやってもらった。
その後空気に触れないようにして熟成させる。
うむ。仕込み方は前世と変わらない。自分達で仕込んだものは商会の家の冷暗所で熟成させている。
ふふふ。出来るのが楽しみだ。
「まあ、素晴らしいですわ! では今後は輸入品ではなく、バーティア商会から購入できるのですね!」
「ええ。数ヶ月後には出来上がります」
そして出来上がった商品にはレシピを付けることにしていた。
だって使い方が分からなければ使わないよね?
この神殿がいい例だろう。
商品のラベルには基本的な使い方を。そして小冊子には、調理レシピをいくつか載せることにした。小冊子第一弾の内容は、リクエストがダントツだった炊き込みご飯、茶碗蒸し。そして味噌汁などが載っている。
その後、定期的に小冊子の内容を変えて商品につける予定である。
それを聞いたカレン神官長は嬉々として実家の侯爵家用と今後の神殿用にお味噌と醤油の購入予約をしてくれた。
お買い上げありがとうございます。
ローディン叔父様は、今熟成している調味料の販売前に神殿用にレシピを先に渡す約束をした。そうだね、今ある調味料は美味しいうちにちゃんと使って欲しい。
今回のメニューも新人さん達は忘れないようにレシピを書き留めていたから、他の神殿ともレシピを共有してくれればいい。基本的な調味料の使い方を知ったら応用もきくと思うし。
その後カレン神官長は出来上がった炊き込みご飯のおにぎりに保存魔法をかけてくれた。
――よし、次はラストだ。
お読みいただきありがとうございます。




