239 まるごとはきけんです
さて、まずはからあげの準備だ。
大量の鶏肉をちょっと大きめのから揚げサイズに切る。納品された鶏肉はお肉屋さんで解体された状態、そして大体の部位ごとに分けられて来ていたのは有難い。
おお。これだけあったら明日の料理にも十分使える。
神官さん達とローディン叔父様、リンクさんとで大量の鶏肉を切っていく。なにしろ50人分なのだ。それも男性が圧倒的に多い。それに昨日から今日にかけて強行軍だったのだ。
慰労の意味も兼ねてたくさん食べてもらいたいな。
からあげのサイズに鶏肉を切ったら、お酒、にんにくとしょうがのすりおろし、醤油で揉み込み一度漬け込んだ後、溶き卵を加えてさらに寝かせる。
鶏肉の漬け込み時間を利用して肉じゃがを仕込む。
じゃがいもにニンジン、たまねぎ、豚肉を一度炒めてから出し汁を加え、醤油や酒、砂糖やみりんで調味して煮込んでいく。マストアイテムだった糸こんにゃくが無いのは仕方ない。無くても十分美味しいしね。
「ふああ~! じゃがいもが美味しいですわ~~!」
「一度火を止めて冷ますことで、さらに味がしみて美味しくなりますわよ」
試食なのに大きいお皿に山盛り。
ローズ母様は目で必死に訴えるカレン神官長に笑いながら、特別に大きなお皿を用意して試食の肉じゃがを渡していた。ふふ。すでに試食の量じゃないよね。
もちろん厨房の神官さん達にも試食してもらった。忙しいので小皿で立ったままでの試食だったけど。
「じゃがいもに味がしみたところが美味しい~!」
「お醤油を使った料理って美味しいのですね!」
「使い方が分からなくてあまり使ってこなかったんです」
おや、そうなんだ。
確かに醤油はまだ久遠国からの輸入品。平民には手が出づらい高価な調味料である。カレン神官長は醤油と味噌、昆布など自分が美味しいと思った調味料を各神殿にも常備させていたらしいけど、料理をよくする平民が今まで使ったことがないということは、貴族出身の神官さん達はもっと使い道が分からず。結果的にそのまま手つかずで置かれていたということになる。
そういえば、当初の夕飯のメニューはもちろん、翌朝の朝食やお弁当の献立も醤油や味噌を一切使わないレシピのものばかりだった。お米も封が切られてなかったし。
なるほど。これはまだまだ醤油と味噌の普及活動が必要かもしれない。
◇◇◇
次は漬け込んだ鶏肉を揚げる作業に入る。
ニンニク醤油に漬け込んだ鶏肉に片栗粉と小麦粉を同量の割合で混ぜたものをまぶした後に中温と高温で二度揚げする。
「へえ、天ぷらやパン粉を使ったフライとは違うんだな。面白い」
中温で揚げるのはローディン叔父様。取り出したものを少し置いた後で高温で揚げるのはリンクさんだ。
「二度揚げしたら外側がかりっとしていい色に揚がってきたな」
二人して揚げ役を買って出たので、揚げたてのから揚げを食べるのは特権だ。
あ、揚げたての丸ごとは危険だよ!!
思った通り、二人とも『うわっ!』と声にならない声を上げた。
「「ぅ熱っっち!! でも、うっまい!!」」
はふはふと口をあけて熱さを逃がしながら。
「チキンソテーともチキンカツとも違う! このニンニクの香りがいい!」
「ああ! 中からジューシーな鶏の汁が出てくる。すっげー美味い!!」
揚げたてのからあげで舌を火傷した二人は、ローディン叔父様が治癒魔法をかけて舌を復活させた。
いいけど、力の無駄遣いだよ……。
それを見て他の皆は揚げたては危険と判断し、ふうふうしてから口にした。
衣のかりっと感、次ににんにくと生姜が効いた鶏肉の旨味が口いっぱいに広がった。
ああ、もも肉のジューシーさがたまらない。文句なく美味しい!
「おいち~い! だいすき!」
「まあ、鶏肉がソテーするよりとっても柔らかいわ。それに外側がかりっとして美味しい」
「本当ですわ! ソースがなくてもこのままで食べられるのね。美味しい~~!」
カレン神官長は他の人が一つ食べる間にすでに三つ頬張っていた。
相変わらず素早いなあ。
「「本当に美味しいです!」」
神官さん達もふうふうしつつ、から揚げを頬張って頷いている。
「魚のフライで初めて揚げるという調理方法を知りましたが、お肉もいけるんですね!」
「揚げるといえば、キクの葉っぱの天ぷらも美味しいですよね」
「確かに」
おや、この神殿にも菊の花は咲いているようだ。
それなら後で菊の花も食材として使わせてもらおう。
「神官長様。試食は3個までです」
お付きの男性神官のライナスさんがおかわりを求めるカレン神官長をすかさず止める。このくせっ毛の金髪の男性がいつもおかわりは二度まで、と進言する人なのだろう。
「それ以上食べるおつもりなら夕食の時その分少なくしますわよ」
もう一人の長い銀髪の女性神官ドリーさんがそう告げると、カレン神官長は『むうう』と唸った。
カレン神官長は私よりずっと年上なんだけど、なんだかかわいい。
カレン神官長はクリスウィン公爵家の家門の人。
以前王宮で王妃様とクリスウィン公爵、リュードベリー侯爵でどこまで食べられるのかたらこスパゲッティで検証をした時に、『底なし』であることを実感したのだった。
家門ごとに体質が似ると聞いていたから、たぶんから揚げ3個だけではまだまだ満足出来ないだろう。
さっきお菓子をたんまりと食べていたけど、カレン神官長の底なしの胃袋はまだ空腹を訴えているのだろうな。
カレン神官長は昨夜から今日にかけて眠りもせずにいろいろと頑張ってくれていた。まあそれは強行軍でやってきた騎士さん達や魔術師さん達も同じだけど。
それでもカレン神官長がいなければセレン子爵やルベーラの悪事を白日の下に晒すことはできなかったと思う。
夕食まではまだ時間があるし。
――何かないかな?
バーティア領に持ち帰る荷物の中には、久遠国の月斗さんがお土産に持ってきてくれたものやデイン領で作られたオイスターソースなどの調味料や食材がいくつも入っている。その中から何か使えるものがないかとさっきリンクさんに頼んで厨房に運んできてもらってきていた。
その箱の中から、キャンディ入りの瓶を取り出した。
そう、王都で元菓子職人のハリーさんが作った、醤油飴とピーナッツ飴、菊の花が入ったべっこう飴だ。
「あい、かれんしゃん。きょういっぱいがんばったから。ぷれじぇんと」
「まああ! ありがとうございます。嬉しいですわ! これは棒付きのキャンディですわね?」
「あい。まるいのがしょうゆあめ、はーとのがぴーなっついり。ほうせきのかたちのはきくのはながはいってる」
「アンベール国にいるお父様の為に作ったのよね」
ローズ母様の言葉に頷いた。
「そうでしゅ」
カレン神官長はキャンディを受け取ると厨房の隅に移動し、私たちの作業を見つつ棒付きの飴を味わっていた。結構な量が入っているので、時間を持たせられるだろう。
ちなみにバーティア子爵領本邸のハリーさんとレイド副料理長は、一足先にバーティア子爵領に帰っている。一緒の旅程にしていれば、ここのいい戦力になっただろうに。残念だ。
――さて、腹ペコのカレン神官長はキャンディで時間を潰せるとして。
次々と準備していこう。
今のうちに明日の朝食とお弁当の下ごしらえもしておくつもりだ。そうしたら不慣れな調理一年生たちでも完徹しなくても済むだろうし。
メニューはローディン叔父様やリンクさん、ローズ母様に伝えてあるので野菜の下ごしらえも一気に進めておいた。準備さえしておけば明日は少し楽になるはずだ。
「アーシェ。月斗さんがくれたやつ持って来たぞ」
リンクさんがゲストルームに運び込まれた荷物の中から私がリクエストした物を持ってきてくれた。これだけ別の箱に入っていてゲストルームに運び込まれていた食材だった。
「あい! ありがとうごじゃいます」
陶器の入れ物を開けると、白い固形物がいっぱいに入っていた。
今年一年有難うございました。
また来年もよろしくお願いいたします。




