237 わんこそば、ふたたび。
話が終わると、ディークひいおじい様は魔法省の部下がいるところへ、エスト警備隊長は警備隊のもとへと戻って行った。
入れ替わるようにカレン神官長のお付きの神官二人が軽食を用意して入室してきた。
そういえばおやつの時間だった。
「まあっ! 肉まんですわね!」
王都の別邸で作り、バーティア領にいる人たちへのお土産用に冷凍して保存魔法の箱に入れていた肉まん。
それをローディン叔父様がこの神殿に到着した時、『軽食にしてください』と出迎えた神官に渡していた。
これから王都に戻るのでしばらくお土産は渡すことは出来ない。それなら寒い中強行軍でやってきた人たちの軽食にしてもらおうと思ったのだ。
次に王都からバーティア領に戻る時に、お土産の肉まんをクラン料理長にまた作ってもらえばいいしね。
それに、湯気が立ったホカホカの温かい肉まんは寒い日のおやつにピッタリだ。
「ふああ~。あったか~い! やわらか~い! 美味し~い!」
幸せそうに肉まんを頬張るカレン神官長。
さっきホテルで見たカレン神官長は、神官長然としていて凛々しかったけど、今はもう私が知っているいつもの姿だった。
あの時の姿もかっこよかったけど、やっぱりカレン神官長はこっちの方が好き。
「さすがに今日は疲れましたわ~~。数人なら転移魔法で移動することは出来ますけど、さすがに警備隊や魔法省の方達を含めると大人数ですし。王都から馬を飛ばして来ましたのよ」
私たちが三日かけて来た道程を半日で走り抜けて来たという。
まあ三日と言っても、幼児の私に合わせて終始ゆっくりめの旅程である。朝はホテルをゆっくり出発、途中で昼食やお買い物をしつつ、暗くなる前に宿に入ることにしていた。
その道をディークひいおじい様や警備隊、カレン神官長たちは夜通し馬で駆けたそうだ。暗くて寒い中、本当に大変だったね。
「まあ……大変でしたわね」
「私たちが通った時も道路があちこち凍結していました。よく事故もなく来れましたね」
「ああ、そこは魔術師の方達が先行して対処してくれましたので、皆全速力で駆けることが出来ましたの」
「なるほどな。それで半日で着くことができたわけだ」
雪道でところどころ凍結していたので、馬車移動は当然ゆっくりとなっていた。雪のない時期の旅程より厳冬期の今の移動所用時間が数日長くなっているのはそのためだ。
圧雪状態プラス、てりてりに凍って滑りやすくなっている危険な道を、魔法省の魔術師たちが先行。雪や氷を溶かし、道路を安全な状態にして皆を導いてきたという。
魔術師さん達、すごい!
「私たちもこれから王都にとんぼ返りすることは体力的に無理がありますので、今日はこの神殿で一泊して明日移動することにしましたの」
ここはあのホテルにほど近い、王都への帰り道の途中にある神殿。
犯人は王都に転送済みなので、警備隊や魔術師さんたちは神殿で一泊して体を休め、明日早く出発して明日中に王都に帰還するという。
この辺り一帯のホテルは雪まつり中であるため、王都から急遽やって来た人数分の宿泊場所の確保が難しかった。
そういった事情で神殿に一行が泊まることになったのである。
神殿は有事の際の民の受け入れ場所でもあるので、泊まることには全然問題がないらしい。
カレン神官長は肉まんを何度もおかわりしたけれど、まだまだ物足りないようだ。
「全然お腹いっぱいにならないですわ! 馬で駆けていた時はろくに食べる時間も取れなかったですし、それに一件落着したら疲労感と共にどっと空腹感が~~!!」
カレン神官長は疲労度に比例して食欲が爆上がりするらしい。
お付きの神官さんが沢山のお菓子と飲み物を慣れた手つきで、そしてまるでわんこそば状態でおかわりを出している。
カレン神官長の側で金髪の男性神官がお菓子を補充し、反対側では長い銀髪の女性神官がすかさずお茶のおかわりを用意している。
いつかのクリスウィン公爵親子のたらこスパゲッティのわんこそば状態とものすごく似た光景だ。瞬く間に大量のお菓子がカレン神官長の口に入っていく。ふわ~すっごい面白い。
「バーティアのじい様が大喰らいって言ってた意味が分かるな」
「クリスウィン公爵の家門の方達はよく食べるのよ」
リンクさんの言葉にローズ母様が苦笑しながら答えた。
確かに。王妃様が小さい時から仕え、王宮にも付いてきた女官さんはクリスウィン公爵家の皆さんの胃袋は『底なし』と表現していた。カレン神官長はその家門の一員なのだ。体質が似ているのだろう。
やがて大きな箱のお菓子を全て食べきると、やっとひとごこちついたようで明るい表情になった。
それと同時にさっきまでちょっと元気がなかったカレン神官長の魔力にも力強さが戻った感じがした。
ふむ。カレン神官長はお腹が満たされると疲労回復と同時に魔力も復活するみたいだね。
カレン神官長の話では、途中の休憩では僅かな時間で携帯食を飲み込む程度で、強行軍で駆けて来たそうだ。
それは疲れたしお腹も空いて当然だよね。お疲れ様でした。
ふむ。そういえばカレン神官長たち同様に、強行軍でやってきた警備隊や魔術師さんたちもちゃんとした食事をしていなかったっていうことだよね?
今夜はしっかりと食べられるといいね。
あれ? でも、警備隊や魔術師、カレン神官長一行、そして私達。
約30人近くが突然訪れたのだ。
実際に私たち一行の人数を確認していたこの神殿の神官さん達が青褪めていたよね。
出迎えた神殿の人たちは明らかにこちらの人数より少なかったし。
受け入れる神官さん達は今頃宿泊の準備で天手古舞しているのではないだろうか。
――それなら。
「ゆうごはん、おてつだいする!」
「「え?」」
カレン神官長とお付きの神官さん達が首を傾げた。
「そうですわね。30人近くが突然宿泊するのですもの。その準備も大変だと思いますわ。私たちに食事作りのお手伝いをさせていただけませんか?」
ローズ母様はメイドがいない商会の家で家事のほとんどを引き受けている。
時折ディークひいおじい様やマリアおば様が商会の家に泊っていくので、ベッドメーキングやお掃除、お風呂の支度など、お客様を自宅に受け入れる大変さを身に沁みて分かっているのだ。
「そうだな。数人ならともかくこの人数の受け入れは大変だろう」
ローディン叔父様もリンクさんもホテル経営で、受け入れる側は事前の準備が大切であることを知っている。
前触れもなく突然カレン神官長が大勢引き連れてこの神殿にやってきた時、出迎えた神官たちが目を丸くしていたのを私たちは見ていたのだ。
泊まれるように部屋を整え、寝具の用意、お風呂の準備、食材の手配。
そして人数分の食事の用意。夕食と翌朝の朝食。そして明日の朝出立し、強行軍で王都に戻る彼らに対して、道中の昼食も用意した方がいいだろうし。やらなければならないことはいっぱいだ。
カレン神官長一行が訪れたという事で、神殿内の神官さん達が出迎えに出て来たのを見ると、十数人。それでも出迎えに間に合わなかった人もいたそうだからたぶん20名弱くらいだと思う。
その常駐の人を含めて50人分となると、大変な作業量になるのだ。
神官さん達は、今頃は忙しさで右往左往しているだろう。
そのことをリンクさんやローディン叔父様が経営者の目線で言い、食事の用意を手伝うことを告げると。
「なるほどですわ。こちらこそお手伝いをお願い致します。厨房にあるどの食材も使っていいですわよ!!」
カレン神官長が快く受け入れてくれた。
私の調理を初めて見ることが出来ると、カレン神官長の目が期待でキラキラした。
お読みいただきありがとうございます。




