236 ひょうじゅんそうび?
同時期に反射魔法のアイテムがアンベール国で発見され、さらにバーティア魔法道具店で捕縛された犯人が所持していたのが見つかった。
この二つは、絶対に関連がある。
そもそもこれを作れるのは、20数年前に攫われてしまった魔法学院の学生だけなのだから。
王宮に戻ると、襲撃に使われた魔導具の検証がすぐに行われた。
リーフ・シュタットの家族が彼を見つける為の手掛かりとして、王宮に提出していた彼が作った反射魔法の魔導具の波長と、襲撃犯の持っていた魔導具の波長を合わせたところ、ピッタリと合わさり、彼の作ったものだということが確定した。
「『反射魔法の魔導具が見つかり襲撃に使われた』という知らせを受けて、リーフ・シュタットの長兄がすぐに駆け付けた。『弟を攫い、力を搾取し、命を奪い取った犯人は誰なのか、直ぐに調べて欲しい』と彼の兄からの懇願で、バーティア魔法道具店を襲撃した犯人に誓約魔法の行使が許可された。そこで明らかになったのは、実行犯に反射魔法のアイテムを渡したのはセレン子爵であるということ。それを使って今までにもいくつもの同様の犯罪を犯していたことが明らかになった。そしてセレン子爵と愛人である赤茶色の髪色をした女魔術師も反射魔法のアイテムを指輪にして着けているとな」
その証言を受けて、セレン子爵がリーフ・シュタット少年を誘拐した犯人であり、セレン子爵の愛人である赤茶色の髪の女性が、アンベール国に反射魔法の魔導具を備え付けた女魔術師たちの仲間であると確信したらしい。
「女魔術師の存在で、アンベール国で使用されている反射魔法の魔導具も、うちの魔法道具店を襲った犯人が持っていた魔導具も、彼を攫った者が作らせたに違いないと結論付けられた」
「その証言を受けてすぐにセレン子爵を捕縛すべく動こうとしていた時、バーティア子爵から通信を受けて居場所が分かったという事です」
あの通信の際に増えた人の中に、エスト警備隊長がいたらしい。
「――あの時はどうやってセレン子爵を誘拐犯として証拠を押さえようかと思いあぐねていたが、アーシェラが見つけてくれた」
「そうです。状況から判断してセレン子爵が誘拐犯であることは誰にも分かったことでした。ですが誘拐したという決定的な証拠が何処にもなかった。セレン子爵が『反射魔法の入った魔導具を買った』のだと言い訳をし、『誘拐などしていない』と言い張る可能性が十分にありました。襲撃の主犯としては証拠がありましたが、誘拐に関してはどこにも証拠がなかったので、あのままでは罪を問うことはできなかったのです。――そんな中、彼が犯人であるという何よりの証拠をアーシェラちゃんが見つけてくれたのです」
そうエスト警備隊長が深く深く頷いた。
あの時通信で言ったのは、セレン子爵の足に視えたもの。それだけだ。
「あしにつきささってた、あれ?」
ディークひいおじい様がしっかりと肯定した。
「そうだ。隠蔽魔法で隠されていたが、彼は遺していたのだ。命をかけてセレン子爵が犯人だと分かるものを」
隠蔽魔法が解かれた後、誰の目にも視えるようになった『楔』
「――ああ。あれは何よりもの証拠だな。最期の命の灯をかけた術。彼が遺した証拠だ」
「絶対に抜けることのない楔。反射魔法の最後のアイテムを彼はセレン子爵の足に突き刺した。四大魔法を反射する為に治療は無理だ。出来たのは闇の魔術師が作った指輪で痛みを消すこと。そして突き刺された楔を隠蔽して隠すことだった」
リンクさんとローディン叔父様がそう言った。
古よりの呪術の一つ。己の命を引き換えにした楔が意味するものは、リーフ・シュタット少年が、『セレン子爵こそが己を攫い、命を失わせる原因であるのだ』と明確な意思を以て残したものだった。
「――反射魔法が四大魔法を跳ね返すなら、なぜ彼は捕らえられたのでしょう?」
事情を知っていたディークひいおじい様達やリーフ・シュタット少年から直接聞いた私達と違って、あまり事情が分からないローズ母様がぽつりと疑問を口にした。その当然の問いに、当時彼の遺体を確認したというディークひいおじい様が声を落として言った。
「――彼の首に首輪の跡があった」
「首輪……まさか。闇の魔術師の作ったものなのですか?」
「それしか考えられぬ。反射魔法は四大魔法を跳ね返すほど強力なのだ。それを無効にすることが出来るのは光、または闇の力だ。決して外れぬ闇魔法の首輪で彼を縛り付け抵抗を封じたのだろう」
その首輪は極稀に闇マーケットで高額で売買されているという。もちろん超一級の危険物であるため見つけたら回収し破壊するのが必定だ。
光魔法のアイテムは超希少で神殿や王室の中で厳重に保管されている。それに光魔法のアイテムは使う者を選び取るのだ。たとえ盗むことが出来たとしてもそれが邪な考えの者に使われることはない。
ゆえに反射魔法の使い手を強制的に隷属させた首輪は必然的に闇魔法のアイテムだということになる。
「首輪は一度切りしか使えぬ」
「彼は、不幸にもその力を狙われ、その首輪の使用対象者にされたのですね……」
「そのとおりだ」
そしてその彼が遺した証拠は、セレン子爵こそが犯人であるということを指し示していた。
「セレン商会はその内情はどうあれ、大きな力を持った商会だ。先々代の興した商会は国の至る所に支店を構えるほどの優秀な商会だったが、今となってはその事業は、希少な魔力を持った少年の犠牲と、その力を悪用して人々を陥れた上で成り立っていたということか。まったく、反吐が出る」
珍しくローディン叔父様の口が悪い。それだけ不愉快極まりないってことだよね。
「ああ、それを20年以上も悪用し、自分の欲の為に標的を次々と毒牙にかけて行った。――下衆に大きな経済力基盤を与えるとロクなことにならないっていうのをまざまざと見せつけられた気がするな」
リンクさんもローディン叔父様同様に眉根を寄せた。
「反射魔法は攻撃魔法を反射し、自ら放った魔法で自滅する。ゆえに犯人の証拠が残らぬのだ」
「それをいいことにずっとそれを悪用してきたということか」
店舗を守る為の魔法を倍にして反射し、店舗の魔法を破る。
そうやってセレン子爵は他の店舗の情報や物を盗み、自らの懐を不当に温めてきたのだ。最っ低な男だ。
「数日前の夜、うちの魔法道具店を襲撃してきたことですが」
「そういえば昨日ちゃんと聞き損ねたな。大丈夫だったと聞いて安心して、別の話の大きさに意識を持って行かれたから理由を聞き損ねていたな」
昨日ローディン叔父様とリンクさんは、私がセレン子爵の足に突き刺さったモノを視た為、それをディークひいおじい様やローランドおじい様に報告をしに連絡をしたのだった。
そしたらそれがセレン子爵の過去における誘拐、それから現在にまで渡る犯罪、アンベール国でアースクリス国軍を苦しめているモノへと話が拡大して、その話の大きさにバーティア魔法道具店の事件が小さなことのように思えて頭の片隅に追いやられてしまっていたようだ。まあ、人も魔法道具も無事で犯人も捕まったと聞けば無理も無いだろう。
「ああ、そのことだが。反射魔法が効かぬ物がそこにあったゆえに、うちの防御魔法によって捕縛済みだ」
え? とローディン叔父様とリンクさんが目を丸くした。
そういえば反射魔法を仕掛けられたんだった。どうして無事だったんだろう?
「反射魔法は四大魔法を反射する。それが効かないのは闇と光。とすれば。――まさか」
ディークひいおじい様がニコリと笑った。
「お前たちの想像した通りだ。魔法道具の棚にはアーシェラが作った折り鶴があちこちに置かれてあった。リュードベリー侯爵が言っていた。折り鶴に折り手の力が残っていて、それが反射魔法を無効化して、犯人を撃ったのだと」
「ええ、その通りですわ。証拠品として全て検証させてもらったのです。不思議なのは、風船や小物入れにはそのような効果が無かったのですけど、折り鶴にはしっかりと光の力が入っておりましたわ」
カレン神官長がお茶のカップをソーサーに戻し、ニコニコと笑って言った。
「だから魔法道具の棚にかけていた防御魔法が反射魔法の魔導具を無効化し、侵入者を撃ったということですね」
なるほど、とローディン叔父様とリンクさんが納得している。
びっくりした。
私はよく折り鶴を折る。商会の中で日中を過ごす私は当然の如く時間がたっぷりある。キッズスペースでおもちゃで遊んだり絵本を読んだり。この頃は折り鶴をたくさん折っていた。
折り紙の文化はアースクリス国にないので、私が折り紙を折っていると、みんなが興味津々に寄ってくる。
『一枚の紙から立体的な物が作れてすごい!』と好評で、私が作った折り鶴が商会や魔法道具店の陳列棚のあちこちに飾り付けられていたのだ。
まさか光の力を内包していたとは思いもしなかった。
あれ? でも。
「? ひかり?」
四大属性すべてを使える要素は持っていると聞いていたけど、光魔法も持ってたの? 意識して使ったことはないけど。
首を傾げた私に、ローディン叔父様はこともなげに。
「ん? アーシェは女神様の加護をもらってるんだから、光魔法は当然標準装備だよ」
「ひょうじゅんそうび?」
「そのとおりですわ。アーシェラちゃんの魂に与えられた力ですから、訓練して身につく四大属性より先に息をするように使えるはずですわ」
「しょうなんだ」
何が何だか分からないけど、ともかく魔法道具店を護ることができてよかったよかった。
エスト警備隊長がローディン叔父様やカレン神官長の話を聞いて唖然としている。
「え。じゃあ、――ええ?」
「エスト警備隊長。他言無用ですわよ」
カレン神官長が人差し指を唇に当ててエスト警備隊長をちらりと見た。
「は、はい! もちろんです!!」
カレン神官長の言葉にブンブンと頭を縦に振りながら、エスト警備隊長の顔がちょっと赤らんだ。
――おや。エスト警備隊長、もしかして?
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