235 カギを握る女魔術師
あと一話でシリアスな話が終わります。
次は0時更新予定です。
「そうだ。いろいろな魔導具があるが、『確実に射手にその力を返す』のは反射魔法しか考えられない。さらにクリスウィン公爵に試してもらったところ、反射された力が威力を増していたという特性から、『彼』の作ったものだということがわかった」
その彼とは、魔法学院の学生だったリーフ・シュタット少年のこと。
彼はディークひいおじい様の教え子だった為、ディークひいおじい様は彼の力の特性を知っていた。
「反射魔法……」
昨夜私を寝かしつける為に通信を最後まで聞くことが出来なかったローズ母様。
私はリーフ・シュタット本人に事情を聞いたけれど、ローズ母様はそれを知らない。この中で一番情報不足なのがローズ母様なのだ。
アンベール国にはローズ母様の旦那様であるアーシュさんがいる。
開戦から4ヶ月が過ぎたが未だ決着はついていない。
そんな中で魔法が通じない魔導具がアンベール王城にあると聞いて、表情が曇った。
「リーフ・シュタットが持っていた特殊な力――それが反射魔法だ。その力を魔導具に込めた。――よもやアンベール国で彼の痕跡が見つかるとは思わなかった」
敵国アンベールで反射魔法が確認された。
それは、彼が亡くなる前に作ったものだと容易に想像がついた。
――彼は、数百年ぶりに現れた反射魔法の使い手。
遠い昔に作られた反射魔法のアイテムは、アースクリス国の王宮に厳重に保管されているらしい。もし王宮から盗まれたとしたら悪用されないように自滅するように特別な術がかけられているという。
そういう処置が施されるほど、味方であれば頼もしい、逆に敵にすれば厄介なことこの上ない魔導具なのだ。
一時アンベール国に反射魔法の使い手が現れたのかとアースクリス国側は騒然となったそうだが、その力を検証した結果、リーフ・シュタット少年の力だと結果が出た。
「その反射魔法の魔導具を数か月前に赤茶色の髪色をした女魔術師たちが城壁に埋め込んで行った。との情報がもたらされたのだ」
そういえばリーフ・シュタット少年は女魔術師たちが反射魔法の魔導具をいくつも持ち出していたと言っていたではないか。
彼が女魔術師と言った赤茶色の髪をしたルベーラは、アンベール国と繋がっていてアースクリス国に牙を剥いたということになる。
「――さっきのルベーラという女がアンベール国と繋がっていたというのか」
リンクさんが唸った。
「直接繋がっていたかは不明だが、結果的にはそうなる。その赤茶色の髪色をした魔術師は複数名いたという。さっきの女魔術師は確実にあやつらの仲間だろう。――セレン子爵の愛人が赤茶色の髪色をした女性であることは公然と知られていたことだが、よもや女魔術師だったとは思っていなかった」
「それは仕方がないことですわ。あのルベーラという女魔術師は反射魔法の魔導具を使って、己を視ようとする力を返してうやむやにしてしまっていましたもの。――それにしても口惜しいですわ。一度でもセレン子爵に会っていれば、もっと早く彼を解放できたでしょうに」
カレン神官長が悔しがった。
「仕方がない。神官長や王家の血を引く方々のように『視る』力を持つ可能性のある場には奴は一切出てこなかったからな。どうしても出なければならない時はそっくりな身代わりを立てて周りの目を欺いていたのだろう。そうでなくては説明がつかぬ。――となると、奴の罪状に王家を欺いた罪が加わるな」
そういえば、以前王宮で王妃様やアーネストおじい様、レイチェルおばあ様から王家と四公爵家の方達はいろんなものが『視える』と聞いていた。
「セレン子爵は足に障害を持っているという事で兵役も逃れましたから、指揮官である陛下や公爵様方の目にかかることなくまんまと逃げおおせていたのですわ。本当に悔しいですわ。公爵様方ならすぐにあの楔を見抜いたでしょうに」
視る力を持つ人たちの前に出る機会を意図的に、そして徹底的に無くしたことで、セレン子爵は今まで己の罪を隠し通してきたのだろう。
「赤茶色の髪色をした女魔術師が、反射魔法の魔導具をアンベール国に持ち込んだ。それは、女魔術師がリーフ・シュタットの力を搾取した者本人か、搾取した者と繋がっているという事」
20数年経って、彼を誘拐した犯人が、浮かび上がって来た。
「もとからアンベール国が持っていたなら、初戦からそれを使って来ただろう。だから、最近手に入れたと考えるのが妥当だと判断した」
確かに。初戦はアースクリス国が押され気味だったのだ。反射魔法のアイテムが敵方にあったならアースクリス国を一気に攻め落とすために躊躇なく使っただろう。それは初戦だけではなくいつの時でも同じことだ。
だから手に入れたのは最近ということになる。
「そうですわね。こちらの間者からの報告ではアンベール国王は一年以上に渡る闇の魔術師の不在が『死』であったことをアースクリス国が侵攻してから知り、相当取り乱していたようですわ。それからしばらくして女魔術師たちがやって来て城壁に反射魔法の魔導具を埋め込んで行ったと報告を受けておりますわ」
「ああ、そのせいで王都攻めは今難航しているという。さらに闇の魔術師が作った魔導具を合わせて王城全体を覆っているらしいからな」
何という事だろう。
まさかリーフ・シュタット少年の作った反射魔法の魔導具がアンベール国で使われて、アースクリス国のみんなを足止めさせてしまっていたとは。
「アンベール国でリーフ・シュタットの作った魔導具が見つかったこと、それを赤茶色の髪をした女魔術師が持っていたことを踏まえて調査が行われた。赤茶色の髪色の魔術師はアースクリス国の魔法学院出身ではない。最近見つかった魔術の痕跡から女魔術師たちの魔法の系統は他の大陸のものだと推測されている」
「彼を縛り付ける為の魔導具をあの狸が外国で買い付けて来たと言っていた。もしかしたらその国かもな」
リーフ・シュタット少年との会話を思い出しながらそう言うリンクさんにディークひいおじい様やエスト警備隊長が思い当たると頷いた。
「可能性は大いにあるな。闇マーケットが秘かに息づく彼の地は赤茶色の髪が多い」
「ではかの国も絡んでいるかも知れない、と?」
「そこまでは分からぬ。そもそも海を越えた別の大陸を手中におさめようとは現実的ではないが、な」
「そもそも闇マーケットをほぼ隠しもせず容認している国です。そのマーケットで売買された魔導具で誰が困難に巻き込まれてもニヤニヤと笑って高みの見物をしているようなところです」
ローディン叔父様が苦虫を嚙み潰したような表情になった。
ええ……。そんな国主がいる国があるんだ。そんな国に生まれなくてよかった。
「リーフ・シュタットは、女魔術師が反射魔法の魔導具をセレン子爵に数量を誤魔化していくつも持ち出していると言っていた。もしかしたら反射魔法の魔導具を闇マーケットに横流ししてたんじゃないのか?」
「その可能性は大きいな。それにセレンが家門ごと没落させて手に入れた鉱山の結晶石をその国に密輸出していることも今回分かった。……ずいぶんとやりたい放題していたらしいな」
「セレン子爵は国内で悪行を働くだけでなく、国を欺いていたのです」
エスト警備隊長が眉をひそめた。まさかそこまでの悪事に手を染めていたとは思っていなかったのだろう。
「ですが、セレン子爵とかの国とのパイプを断ち切ることができました」
そしてその国とのパイプ役だったルベーラを拘束できたことは今後の捜査を進めるにあたってものすごくよかった、とエスト警備隊長が言った。
「アンベール国の反射魔法の魔導具は闇マーケットから購入したものだろう」
「総合的に見るとそれが一番可能性が高いですわね」
カレン神官長が深く頷いた。
「セレンがリーフ・シュタットを攫った犯人だと分かったのは、うちの魔法道具店が襲撃されたからなのだ」
そう。セレン子爵の手の者がバーティア魔法道具店を襲ったと聞いていた。
「まほうどうぐてんのひと、だれもけがしてない?」
魔法道具も大切だけど、魔法道具店に隣接する家には商会の従業員が住んでいるのだ。犯人は襲撃する心づもりで来ているのだ。鉢合わせたらただでは済まないだろう。
「心配せずとも良い。夜中の犯行だったゆえ店に人はいなかったのだ。建物の扉が損壊したくらいで魔法道具に損害はない。犯人は魔法道具を守る為にかけていた魔法の攻撃が直撃して伸びていた。その時、侵入者が持っていたのが反射魔法を内包していた魔導具だったのだ」
魔法道具を護るための魔法が発動したことに気づいたバーティア魔法道具店の魔術師たちが駆けつけた時、襲撃犯たちは全員ぐるぐる巻きになって床に転がっていたそうだ。そしてその傍には懐中時計のようなものが落ちており、開いてみたらそこには青い月長石の魔導具がはめ込まれていたという。
「セレン子爵が左手中指にしていたものと同じ、反射魔法が内包された魔導具よ」
とカレン神官長が補足した。
真夜中に王城内の魔法省にいたディークひいおじい様に緊急連絡が入り、その日王宮に泊まっていたリュードベリー侯爵も一緒にバーティア魔法道具店に駆け付けたそうだ。
床に転がっていた魔導具が反射魔法のアイテムだと気づいたのは、リュードベリー侯爵だったらしい。
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