234 アンベールにも?
セレン子爵とルベーラが逮捕された後、私たちは旅程を変え、王都に引き返すことになった。
その理由は王都の魔法道具店がセレン子爵の手の者によって一部損壊されてしまったからである。大きな被害はなかったと聞いてはいるが確認は必要だ。
そんなわけで、今私たちは王都へ向かう途中にある神殿にやって来ていた。
「――セレン子爵とルベーラは王都に転移させましたわ」
神殿の中の応接室に、一仕事を終えたカレン神官長が戻って来た。
その後からディークひいおじい様とエスト警備隊長が続いて入室してきた。
犯人を護送車ではなく転移の魔術陣を用いて一気に王都に転移させたのは、途中で女魔術師であるルベーラの逃亡を未然に防ぐためだったらしい。
「セレンの身柄確保が第一だったが、あの女魔術師をも拘束出来たのは思いがけぬ収穫だったな」
「その通りですわね」
転送先ではクリスフィア公爵とリュードベリー侯爵が待機していて、すぐに二人の犯罪者の身柄を確保したと連絡があったそうだ。
よかったよかった。
セレン子爵が罪を暴かれたことで、リーフ・シュタット少年の魂は満足してそのまま昇天するかと思ったら、カレン神官長が『弱り切っていた彼の魂にアーシェラちゃんの力が『どっかん』って入ったから、もうちょっとだけこっちに居られるみたい。家族とのお別れの時間くらいはとれるはずよ』と言ったのだ。
あれ? そうなの? 私の力が入ったとかはよく分からないけど、それでちゃんと家族とのお別れが出来るならいいことだよね。
一般的に、魂は宿るべき肉体を失った状態で長くいると、自然と自我が薄れてしまうという。
けれど彼は亡くなり方が特殊であり、自分が作り、狸に突き刺した魔導具の力もあって20年以上も自我を保っていたらしい。それだけ彼はこの世界に心を残していたのだ。
彼の反射魔法の魔導具を使って行われるセレン子爵の非道な行い。それによってすべてを失い国から出て行った人もいれば、自ら命を絶った人もいる。
セレン子爵の指輪が示す通り、五つの家門がなくなったのだ。その分人々の人生が狂わされた。そして家門がなくならなかったとしても、権利を奪われてただ生きる為だけに、自分の部下や家族たちを守る為に歯を食いしばってセレン子爵の下で働くことを選んだ人もいる。
リーフ・シュタットが消えずにいたのは、図らずも自分がセレン子爵の悪事の片棒を担いでしまい、不幸のどん底に陥れてしまった人たちへの贖罪の意味もあったそうだ。
いつか、必ず、自分と彼らの味わった苦しみと、本当のことを明らかにする――というその一心でこの世界に留まっていたという。
「セレンはこれまで犯した罪で何度極刑となってもおかしくない。――まあ、死ぬまで彼が突き刺した楔で苦痛を味わえばよい」
それだけの罪を犯して来たのだから。とのディークひいおじい様の言葉に、カレン神官長が同意した。
「そのとおりですわ。それにセレン子爵の犯行は彼がすべて話してくれるそうです。何よりもの証人ですわね」
リーフ・シュタット少年はセレン子爵と共に王都へ転移していった。
女神様の代弁者であるカレン神官長がエスト警備隊長やディークひいおじい様たちにリーフ・シュタット少年の魂がいたことを伝えてくれた。
カレン神官長がラウンジに入ってきた時、彼がセレン子爵のもとを離れて私の傍にいたので、私やリンクさんが彼の存在が視えていたことはカレン神官長はすぐに分かったそうだ。
彼の存在はカレン神官長の連れていた神官にも確認されていたので、彼の姿を目視できないひとたちも疑いなく受け入れていた。
ディークひいおじい様は、ローディン叔父様を通してリーフ・シュタット少年と会話をしていた。
リンクさんとローディン叔父様に私が触れたことでリーフ・シュタット少年が視えるようになったらしいので、あえてディークひいおじい様に触れてみたけど、ディークひいおじい様に彼の姿が視えることはなかった。――あれ? 私が触媒になるのはリンクさんとローディン叔父様だけなの?
いったいどうしてなんだろう?
彼の姿は王妃様やクリスフィア公爵たち四公爵にも視えるそうなので、彼は神官や魔術師に付き添われて安心して旅立って行った。
セレン子爵のすべての罪を明らかにし、そして家族とのお別れが出来たなら、――やっと彼は心穏やかに輪廻の輪に入れるだろう。
◇◇◇
さて、次に気になるのはバーティアの魔法道具店が襲撃された件だ。
人払いをし、私とローディン叔父様とリンクさんとローズ母様、ディークひいおじい様、カレン神官長、警備隊長とでお話をすることになった。
せっかく王都に行ったというのに、忙しいディークひいおじい様に会えなかったので、ディークひいおじい様の膝の上に乗せてもらった私はこの上なくご満悦だ。
「あのね、あのね。ひいおじいしゃま。あーちぇ、きのういっぱいすべりだいであそんだの!」
昨夜から今日にかけて衝撃的なことばかりあって、楽しかった滑り台のことはもう何日も前のことに感じるけれど、実は昨日の昼過ぎ頃の話だった。ほんとにいろんなことが一日のうちにあったなあ。
「ほう。雪まつりと言えば、雪像と雪で作った滑り台が有名だったな」
「ええ。小さな子どもたちは滑り落ちるスピードに怖がるのに、アーシェは怖がりもせず何度も何度も滑っていましたわ」
「そうか、楽しかったんだな」
「あい! おもしろかった」
「可愛らしいですな。デイン元辺境伯殿が曾孫自慢してらっしゃいましたが、本当に可愛い」
とエスト警備隊長が微笑んだ。さっき挨拶をした時『薄緑色の瞳』とぼそりと言い、目を丸くして固まっていた。王宮で会ったクリステーア公爵家ゆかりのフィールさんといい、エスト警備隊長といいなぜ私の瞳を見て固まる要素があるのか不思議だ。
なんとなく私の出自を暗示しているような気もするけど、もし実の親が見つかったとしても私はローズ母様と一緒にいると決めているのだ。とりあえず今は余計な考えは横に置いておこう。
私の本当の瞳の色が視えたということはエスト警備隊長は私の敵ではない。
なにしろ私の身体には久遠国の護りの力があり、敵は私の瞳の色を正しく認識できないのだから。敵味方が分かるって便利。
「アーシェラ。ずっとお弁当を受け取っていたぞ。有難う」
私の金色の髪を撫でながらディークひいおじい様が美味しかったと言ってくれた。
「どれがいちばんおいちかった?」
「ふむ。それを答えるのは難しいな。どれも全部美味かったからな。海苔弁当はうちの魔法道具店の者たちが『大好物の天ぷらとフライが一緒に乗っている!』と喜んでいたぞ。たしかに海苔とおかかのご飯は絶品だったしな。それに日によって中身が変わるからそれもよかった」
「え? あのお弁当、他にもいろいろバリエーションがあったのですか? それに他にもメニューがあったと? う、うらやましい」
どうやらエスト警備隊長もお弁当を食したことがあるようだ。
「あんかけご飯と肉まんは何度もリクエストしたな。小さな卵は驚くほどあんかけご飯に合っていてとても美味かった。卵フライは、まだ小さな卵を確保するのに体制がととのっていなくて、時間がかかるらしいから少し待ってくれと言っていたな」
まあそうだよね。小さい卵が安定供給されるまではまだ少し時間がかかると思う。
「そうですね。若い鶏は常にいるけど小さい卵は集め始めたばかりですからね」
「弁当を食べていた武官たちも卵フライにはまってたな。小さな卵がないと出来ないことを聞いて、実家で確保してもらうようにすると言っていた」
ローディン叔父様とリンクさんは初めて卵フライを食べたあとすぐに、バーティア商会のスタンさんに小さい卵も買い取るように連絡をしていた。
デイン辺境伯領でもカインさんが率先して小さい卵を確保すると宣言していた。
国境を護る役目でデイン辺境伯領を離れられないホークさんと、ローランドおじい様は貴族の不正を暴くために王都に常駐しているので、デイン商会の仕事はカインさんが中心となって頑張っている。
デイン商会のカインさんは、今デイン辺境伯領と王都との往復で滅茶苦茶忙しいらしい。確かにホークさんやローランドおじい様の抜けた穴を埋めるのは大変だろうね。
カインさんは忙しい中でも毎回必ず王都別邸に顔を出すらしい。
私が王都に滞在している時にカインさんがデイン家の王都別邸に来たので、その日用意していたお弁当をご馳走したのだ。
デイン辺境伯家本邸の料理人さんたちが作ったオイスターソースを使って出来た肉まんを両手に持ってご機嫌に頬張りながら、オイスターソースの量産に踏み切ることを声高に宣言していた。
肉まんをたくさんお土産にもらいホクホクしていたカインさん。
彼が今回一番ハマったのは卵フライだったのだが、原材料となる小さい卵の在庫に余裕がなかったために卵フライをお土産に貰えなかったことを凄く残念がり、すぐにデイン辺境伯領やフラウリン子爵領でも小さい卵を仕入れることを決めていた。
「うちの領地でもお兄様に小さい卵を確保してもらうようにしましたわ!」
おや、カレン神官長も差し入れを食べてたんだ。
カレン神官長はディークひいおじい様たちとは違い、神殿の厨房で作られた安全な食事をきちんと決まった時間に食事をするから、食べ損ねることはないそうだけど、これまで結構な頻度でお弁当のおすそ分けをもらっていたらしい。
まあ確かに。王族と四公爵家は王宮内の神殿へと毎日足を運ぶのだ。
おすそ分けがあっても当然だろうね。
「さて、うちの魔法道具店の襲撃事件だが、それに繋がる前からのことも話しておこう。昨日は早い段階でアーシェラが眠ってしまったからローズも会話を殆ど聞いていないだろう?」
「あい。ねむくてちょっとしかきけなかった」
良かった。昨日は夕ご飯の後の話し合いだったから結構初めの辺りから眠くてところどころ記憶が飛んでいたのだ。この際ちゃんと聞いておこう。
「ええ、お願い致しますわ」
「よし。――セレン子爵、いや爵位剥奪は確定だからもうセレンでいいな。20数年前、やつが先代から継いだ商会が大いに傾き、暫くして立て直した頃、ある事件が次々と起こったのだ」
セレン子爵は自分が努力することなく、他者から奪い取ることで商会の業績を上向きにした。
「被害にあった者たちは口々に言っていた。デザインやアイディア、開発途中の商品を盗まれないようにするため、魔法を使って厳重に守っていたがすべて何らかの方法で破られてしまったと」
「魔法を破るにはかけられていた魔法以上の力が要りますわね」
ローズ母様がそう言うと、ディークひいおじい様がその通りだと、首肯した。
「そうだ。だがそれを破った魔法の痕跡がなかった。他者に破られたのなら必ずその魔法の痕跡が残るはずだ。それがその現場にはなかった。痕跡が残らぬとなったら追跡することは不可能。――だからこそ店主たちはセレン子爵が犯人だと確信しながらも、証拠が出なかったことでセレン子爵を犯人だと役所に訴えることができなかったのだ」
「そうですね。今回セレン子爵に逮捕状を出すにあたって、セレン子爵が関与していると思われる案件を改めてまとめたところ、同様の手口で被害を受けた件数がずいぶんと多かった」
エスト警備隊長が苦い顔をした。
それだけ長い間誰もセレン子爵の罪の証拠を見つけられなかったのだ。
「――だが、つい先日。アンベール国で興味深いことが起きた」
「あんべーる?」
って、今王妃様のお父様であるクリスウィン公爵が赴いている地であり、ローズ母様の旦那様であるアーシュさんがいるところだ。
「そう。クリスウィン公爵から――攻撃魔法がそのまま撃った本人に跳ね返ってくる魔導具がアンベール国の城壁に組み込まれていると、報告があったのだ」
魔法を跳ね返す。
すなわちそれは。
「はんしゃまほう」
リーフ・シュタット少年が持つ希少な特殊魔法に違いない。
お読みいただきありがとうございます。




