229 ききおぼえのある声
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翌日、ゆっくりと支度をしてロビーにおりた。
今日は次の宿まで比較的近いのと、ホテルでの用事を済ませてからの出発予定なのでホテル出発を昼すぎにしていたのだ。
宿は護衛機関が選定しているので旅程に不満はない。安全安心でしかも美味しいごはんが約束されているのだ。王都とバーティア子爵領間の移動も楽しむことが出来る。
今日はどこに寄り道するのかな。わくわく。
「――ああ、いたな」
一歩先を歩いていたローディン叔父様が小さく呟いた。
見ると昨日の短い時間で大嫌いになったぽんぽこりん狸がロビーラウンジのソファにどっかりと座り、こちらを睨んでいる。
リンクさんとローディン叔父様が視線で会話すると、リンクさんは私とローズ母様を守るように私達を隠した。そして従者に身をやつした護衛をさり気なく側に呼んだ。
ホテルでの『用事』とはセレン子爵との話し合いである。
実は昨夜、セレン子爵の足に視えたモノをローディン叔父様とリンクさんに伝えたら、二人とも物凄く真剣な顔つきになって、すぐにあちこちに連絡し始めた。
通信用の結晶石。前世の携帯電話のようにあちこちに自由に繋がるという訳では無いが、あらかじめ登録しておいた相手と通信出来る魔道具である。それを使ってまずは王都にいるローランドおじい様とディークひいおじい様に連絡を取った。
話をしているうちに通信相手の声がどんどん複数になっていったことに驚いた。
顔が見えないだけの前世のネット会議みたい。
魔法って便利。
その通信による話し合いは長時間に渡り、最後のあたりに至ってはお子様の私は寝落ちしてしまって聞くことが出来なかった。残念。
その時の話し合いで、こうやってセレン子爵と今一度会うことになったのだった。
「いらして頂きありがとうございます。セレン子爵殿」
「まったくだ。話があるというからわざわざこうやって待っていてやったのだ!」
昨日恥をかかされたことで、もう取り繕う必要がないと判断したのだろう。最初っから不機嫌丸出しだ。
対してローディン叔父様はにこやかに営業用スマイルをしてセレン子爵と愛人らしき赤茶色の髪の女性の向かい側に座る。
そして私たちはそこから少し離れた席に座ることになった。
セレン子爵の顔は見たくないけれど、昨日私が視たものを今一度確認する必要があるということ、それをリンクさんに教えるという役目をもらったからだ。
表向きは商談として席を設けたが、それはただの口実だ。セレン子爵とは今後一切付き合いなどしたくないというのがこちら側の総意なのだから。
その気持ちに反してこうやって場をもうけた理由は、昨日私が視たものゆえだ。
あれをローディン叔父様がローランドおじい様とディークひいおじい様に通信用の結晶石で伝えたところ、にわかに通信先がざわめいたのが分かった。そしてクリスフィア公爵やアーネストおじい様、さらには偉い人たちが何人も連絡を受けて集まったり、通信先が次々と増えて繋がり、電話会議みたいな感じになった。
通信用の結晶石からは王妃様の声も聞こえていた。
なんでこんなに集まったんだろう?
でも私が言えたことは、私があの一瞬で視えたもの。それだけだ。
けれどそれが何か重要なことらしく、早急に人を遣わすからセレン子爵をホテルに留め置くようにとローディン叔父様に指示があった。
だからこそローディン叔父様はこの時間を指定したのだ。
そして昨日話し合いの中で、私に視えたものを今一度じっくりと視るようにとの指示があった。
私を危険に晒したくないとローディン叔父様とリンクさんは難色を示したが、通信用結晶石の向こうの落ち着いた声の持ち主に命じられて二人とも渋々了承した。その声の持ち主は王妃様の旦那様、つまりアースクリス国の国王陛下だったからだ。
私はこれまで何度も王宮に行ったけれど、実は国王陛下には会ったことがない。だから今回初めて声だけでの対面となった。
けど、その声は以前どこかで聞いたことのあるような声だった。はて? いったいどこで聞いたんだろう?
――と、そういうわけで、国王陛下の指示のもと私はリンクさんとローズ母様の間に座ってセレン子爵観察をすることになったのだ。
今ロビーラウンジには私達以外誰もいない。宿泊客は連泊以外の人はすでにチェックアウトしている時間なのだ。
そしてホテルスタッフも近付かないように伝えておいた。
ちょうどこの時間は次のお客様を迎えるために全客室を調える時間なのだ。いま私達の周りにはおもてなしをする最小限のスタッフがいるだけである。
「では、セレン子爵。提案ですが」
とローディン叔父様は昨日言い過ぎたと謝罪(表向き)した後、セレン商会にまだこの国に少なく希少価値の高い米の流通を提案した。国のあちこちに支店を持つセレン子爵の流通網を使って米の普及をしたいのだともちかけた。
もちろんこれはセレン子爵をこの場所に留める為だけの時間稼ぎの為であり、この取引はフェイクだ。
米はまだまだ希少価値が高い。どんなに値がはっても購入したいと貴族や富裕層からはひっきりなしに問い合わせが来る注目の商品である。
それには大いに興味をそそられたらしいが、セレン子爵は。
「それよりも、魔法道具の提携を!」
と言い出した。
――昨日技術の格の違いを思い知ったんじゃなかったの?
「――昨日貴方は我が魔法道具店の事業を売れと、身の程知らずのことをおっしゃられたが、それをまた繰り返すおつもりか」
ヒュッとローディン叔父様の纏う空気が冷たくなった。
「バーティア魔法道具店は本店と王都支店の二箇所のみ。我が魔法道具店は主要な街に一店舗は必ずあるのだぞ! 事業規模は言うまでもなく我がセレン商会の方が上だ! 我が傘下となれば質の良い魔法道具を国の隅々まで行き渡らせることが出来る。民にとっても良い事だと、そう思うだろう!」
傘下って言ったよね? 事業提携って言ったそのすぐ後になんでそんな言葉が出るのかな。
民の為と言うけれど、昨日ディークひいおじい様たちから聞いた話でセレン子爵が己の利益の為だけに残酷なことをしていたということを知っている。絶対に絶対にそんな人の思う通りにはならない!
「断る」
ローディン叔父様はきっぱりと断った。
「いい話ではないか。言い値で買わせていただくぞ」
さっきは事業提携って言ってたのに、すでに買収するスタンスの物言いに変わった。厚顔無恥も甚だしい。
「聞こえなかったのか? 断る、と言った。もう一度聞こえるように言おうか?」
事業売り渡しの可能性はゼロ。これ以上口にするな、と続けてローディン叔父様が告げる。するとそれはすでに予想していた答えだったのだろう、セレン子爵はにやりと嫌な笑みをうかべた。
「はっ。言っても無駄なようですな。では今後は商売敵ということで対処しますぞ。おとなしく魔法道具店を売り渡してくれさえすれば、商会を潰すのをやめてやろうと思ったが」
「本性が出たな。今までも汚い手口で同業者を潰して来たくせに」
「小さいところはちょっとつついてやれば勝手に自滅して行くのだ。バーティア商会など領地と王都の二ヶ所にしかない、我がセレン商会とは比べものにならない小さな商会。我がセレン商会の総力を持って、商会、魔法道具店もろとも跡形もなく潰してやろうぞ!!」
ああ。――人を陥れようとする人間の顔はなぜこんなにも醜悪なのか。
歪んだ笑みを浮かべ高らかに笑うセレン子爵の顔があまりに醜くて気持ち悪い。
その人の心の有り様は表情、態度、声に出る。昨日会った時のあの短い時間でセレン子爵が自分が優位に立つために人を陥れようとする人間だと嫌でもわかったのだ。
今まで数多の人を踏み潰してきたことがありありと分かる、悪意がこもったどこまでも利己的な言葉。
そんな人に踏み潰されてきた人たちが可哀そうすぎる。
――ああ、この声はもう聞きたくない。
セレン子爵の顔を見たくなくて視線を落としたら、昨日視たアレがまた浮かび上がって視えた。
――やっぱりそうだ。
こっそりとリンクさんに合図した。お子様用のグラスに入ったジュースを二度続けて飲む。それが『視えた』という合図。
するとリンクさんが私を膝に乗せ私のお腹に手をまわした。
うん。リンクさんが支えてくれているから、安心して視ることが出来る。
リンクさんの温かい手を上からきゅっと握って、視ることに集中した。
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