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228 そこに視えたもの

本日2話目の更新です。

あと数話あまり間を置かずに更新する予定です。



 セレン子爵の商会のやり方は、優秀な店舗からデザインや技術を盗み出して自分のものにした挙句、店舗自体を汚い手で潰したり買収して、必然的に自分の商会が客を独占するのが定石だ。そうやって利益を生んできたと聞いていた。


 おそらくそれは魔法道具店でも同じだ。

 競合するような店をあらゆる手で潰し、必然的に自分のところの魔道具を売りつけるのだ。そして壊れたら新しいものを買えばいいというスタンスなのでメンテナンスはしない。

 突然壊れたら困るのは、当然魔道具を持っている人だ。セレン商会は修理をしないので、街の小さな魔法道具店が修理をしに来ているという。

 けれど冷蔵庫や冷凍庫などになると複雑な作りで手に負えないと匙を投げられることも多々あったそうだ。


 なぜ私がそれを知っていたかというと、バーティア魔法道具店のオープン準備期間中に商会の方に修理の依頼が殺到していたからだ。

 そして修理依頼のカードに書かれるメーカーの名前はいつもセレン魔法道具店だったことを覚えている。

 おかげで魔法道具店のオープン前から魔道具のメンテナンスやアフターケアは大事だとしみじみと感じたものだ。


 ――セレン子爵の商売スタンスを本人の口から聞いて、セレン子爵はロビーにいた人たちから反感を買った。セレン子爵は予想外の反応が周りから返ってきたことに驚き、ローディン叔父様の冷たい笑みを見て、ぐっ、と息を呑んだ。


 しまった、と思ってももう遅い。


 セレン子爵はローディン叔父様を大人しく黙って聞いている若輩者だと侮ったけれど、その実、鋭い刃を隠し持っている者だったのだ。そしてその刃はまだ収まる様子は見えない。


「新しい魔道具を購入すればいいという考えのようだが、実は我が魔法道具店で修理を請け負った方々のほとんどは、貴殿の魔法道具店で買った魔道具を廃棄して我が魔法道具店のものを購入されていた。同種類の魔道具でもうちの製品の方が性能がいいと言ってな」

「ああ。新しい物を購入する余裕がないという事業者も、修理したらすごく感謝されたな。今使っている魔道具が古くなって買い替えする時はうちの魔法道具店を利用するって言ってたな」

「なんだと⁉ 我が顧客を奪うとは卑怯ではないか!!」

「おや。どこで何を購入するか、その権利を持つのはお客様でしょう。それはどんな商品でも――例えば、ホテルやレストランでも同じこと。宿泊するなら居心地のいいホテル、美味しい食事を提供する方を選ぶのと同じ。同じ魔法道具店であれば、良い商品を売っている方を、そしてその後のメンテナンスなどの安心感を得られる店を選ぶのは当然のことだ」

 ローディン叔父様の言葉に頷きながらリンクさんが続ける。

「購入者の目線に立ってみることだな。自分が得る目先の利益だけを追っているから客が離れていく。服や宝飾品とは違って、魔道具はその後のメンテナンスが重要だということが何故わからない。動かせない程大きなものならなおさらだ。メンテナンスや修理の重要性が分からないとは情けない」


 フロントにいたホテルの人たちがローディン叔父様やリンクさんの言葉に『その通りだ』とこくこくと首肯していた。

 実はこのホテル、昨年バーティア商会に修理に駆け込んできてその後バーティア魔法道具店のお得意様になったホテルだった。つまりセレン魔法道具店の被害を被ったところだったのだ。

 夏の暑い盛りに空調と冷凍庫が不具合をおこし、困っていたところにデイン商会のカインさんが冷凍加工食品を納品に訪れ、オープンに向けて準備中のバーティア魔法道具店を紹介されたという経緯がある。

 まさに先ほどローディン叔父様やリンクさんが言った通り、修理を通してセレン魔法道具店を見限ってバーティア魔法道具店に乗り換えたホテルであったのだ。


「確かに、私が尊敬する祖父は魔法に関して超一流の方だ。そしてその祖父に直接教えを受けた私は、その知識は祖父と肩を並べることは出来ぬかもしれぬが、魔法道具に関わる者としての精神は受け継いでいると自負している。我が魔法道具店は職人たちが手掛けた魔法道具を何度も検証を繰り返し安全性を確認した上で自信を持って世に出している。そして不具合があった時は責任を持って修理に向かう。――確かに魔法道具店の経営年数で言えばセレン商会の魔法道具店が上だろうが、我が魔法道具店の技術はセレン商会の魔法道具店より下だとはまったく思ってはいない」

 ローディン叔父様は真っすぐにセレン子爵を見て言った。


「――どちらがいいかは国からの依頼の有無で分かるわよね」

 ロビーにいる人たちから声が聞こえてきた。どうやら声を殺して聞き耳を立てるのはやめたようだ。

「あの厳しいバーティア先生がいいかげんなものを商品として出すはずがないな」

「それに国からの正式な依頼をずっとこなしているのだから腕は確かだろう」

「そうよね。うちの店もバーティア魔法道具店を使うことにするわ。だってセレン魔法道具店っていつも高圧的で嫌な感じだもの」

 と、いう会話が聞こえて来た。


 いいものは使ってみると分かるのだ。いい商品とアフターケアの安心感。バーティア魔法道具店は自ら広告してはいないが、お客様はひっきりなしに訪れてくれる。

 アフターケアはセレン子爵の考えに無かったものだろう。他の魔道具店を潰し、商品の選択肢をなくす。そしてメンテナンスをしないことで新しいものを売りつける。だから今結果的にセレン子爵の魔法道具店からこうやって顧客が離れていくのだ。


 思いがけず反撃をくらったセレン子爵は、バーティア魔法道具店を貶めようとして逆に自分の魔法道具店の評判を落としたことに憤慨した。

 これまで行ってきたことの当然の結果が明らかにされただけに過ぎないんだよ?


 完全に形勢逆転されたこと。状況を見るに完全敗北したことを認めざるを得なかった。


「く、くそ……このままではおかぬぞ。――必ず足元に跪かせてやる」

 と不穏な言葉を呟きながら、杖をぎりぎりと握っていた。


 ――それにしてもこの人まだ50歳になっていないはずなのに、なんでこんなに足を引きずってるの?

 気になって足を見ていたら。ふと浮き上がるように視えたものがあった。


 ――あれ?

 なにあれ?

 その足には普段なら考えられないものがあった。

 えええ?? 何で??

 

 それは私にしか見えないらしい。

 だって見えていたら誰もが絶対に指摘する。『絶対に』だ。

 だからこれは今私にしか見えていないのだ。


 ならば、これは。


 ――これは、アルとアレンに初めて会った時にキクの花が視えたものと同じモノ――そう感じた。


 でも視えたものが衝撃すぎて、何を意味しているのか分からなくて一人で混乱していると、フロントの方面からホテルの支配人らしき男性が近づいてきた。

 

「――失礼ですが、セレン子爵様、バーティア子爵様。こちらロビーでございますゆえ込み入ったお話は別室でしていただけませんでしょうか」

 ロマンスグレー髪の男性が丁寧にゆっくりと頭を下げた。

「ふん! このような無礼な若造どもとこれ以上話すことなどないわ!」

 足を引きずってその場を逃げるように立ち去るセレン子爵。


「ああ、すまない支配人。騒がせてしまったね。もう話は終わったから部屋に下がらせてもらうよ」


「お聞き届けいただきありがとうございます」


 ローディン叔父様とリンクさんはロビーの方達にも騒がせたことを謝罪した。返ってきた反応は好意的なものばかり。ちゃんとバーティア魔法道具店を理解してくれたようで良かった。


 一方。私といえば、さっき視えたものが気になっていた。


 ちゃんとみんなに伝えなければ。


 なぜかは分からないけど、アレが何かの鍵になること。


 ――それだけは確信していた。




お読みいただきありがとうございます。

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