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227 わりきったふたり

長くなったのでふたつに分けました。

次は6時更新です。



 ローディン叔父様はセレン子爵を見る目に冷たい光を宿して、ふっと嘲るような笑みを浮かべた。

「!?」

 突然さきほどまでの柔らかな雰囲気を拭い去った冷たい笑みに、セレン子爵が目を瞠り、ローディン叔父様の肩にやっていた手を思わずひっこめた。


「――セレン子爵。私の魔法道具店は確かに開店してから一年経ってはいないが、それよりもっと前から今日(こんにち)に至るまで軍部や魔法省からの依頼が常にある。『それ』が何を意味するかお分かりか」

 国の機関からの正式な依頼が来るということは、その魔法道具店自体が一流の技術を持っているということ。そして国からの信頼を得ていることを意味する。

 しかも魔法道具店として開業する前から国の機関からの依頼を受けてきたのだ。若輩者が見切り発車で開業したのではなく、実績を積み上げてきた上での満を持しての開業だったのだ。


「くっ」

 悔しそうにセレン子爵の顔が歪む。先代セレン子爵の時代、かつての魔法道具店は優秀な職人がいて隆盛を誇っていたが、今のセレン子爵の代になってから国からの発注は立ち消えた。

「これだけで我が魔法道具店の技術力に対する国からの信頼度が十二分に分かるだろう。国の求める水準は市井に出回る物とは比べ物にならない程、高く厳しい。幾度も審査に落ち続けた貴殿の魔法道具店ならばわかるだろう?」

 ローディン叔父様が貴族然とした口調になるのは珍しい。

 いつもは誰に対しても敬語なのに、セレン子爵に対しては敬意を払う必要はないと判断したみたいだ。セレン子爵もローディン叔父様も爵位は同等。年齢は親子ほどの差があるが、同等の爵位を持つ対等な立場で臨み対峙しようということだ。

 凛とした空気をまとうローディン叔父様、格好いい。


「セレン魔法道具店は生活用品の魔道具なら性能は十分だろうが、軍用など精緻な造りの魔導具は苦手だろう。現に背伸びをして作った軍用の魔導具を審査に出して、その魔導具を検証した軍部の者が何人も暴走した魔導具で大怪我をした。黙って得意分野だけでやってりゃいいものを」

 リンクさんの痛烈な言葉にセレン子爵は驚き。

「な! 貴様!! 何を言う! 何を根拠に!!」

「――言っておくが、お前の所の魔導具で大怪我をした中には我がデイン辺境伯家の家門の者がいた。その顛末もすべて報告を受けている。少なくとも俺はセレン子爵に『いいかげんな仕事をするな』と言う権利がある。粗悪品を堂々と納品するなど人間性を疑う。よくこれで国一番の規模を誇る魔法道具店だと大きな声で名乗れるもんだ。店舗数の多さと技術の高さは全くの別物だということをいいかげん思い知れ」

「そ、粗悪品だと」

「何を言う。基準を満たさぬ物、そして人を害した事実。それを粗悪品と呼ばずに何というのだ。たくさんの物のうち一つだけなら、不良品が混じっていたと言えるかも知れんがな」

 それはほとんどの物が基準を満たしていなかったということだ。

「生活用品の魔道具と戦争に使われる魔導具は比べ物にならない程格差がある。その性質を理解できていなかったということだな」

「検証は実際の戦闘を想定して魔導具に魔力を流す。セレン魔法道具店のものは戦闘魔法の魔力を受けて発動しなかったばかりかその場で暴発。たくさんの負傷者が出た」

 リンクさんは軍部の重鎮デイン辺境伯家の子息。内情を知っていて当然なのだ。しかも怪我をしたのが家門の者であったのだからなおのこと、セレン子爵が気に入らないのだ。 

「バーティア魔法道具店の事業を譲れだと? ならせめて同等の技術力を持ってから言うことだな」

 馬鹿も休み休み言え、という副音声がリンクさんから聞こえる。その事故を振り返って、静かな怒りをその目に込めたリンクさんに睨まれてセレン子爵が怯んだ。


「大怪我か。よく官許取り消しにならなかったものだな」

「いや、当然官許取り消しになったぞ。軍部の人間が何人も負傷したし、結果その魔導具に関わったセレン魔法道具店が五ヶ所、魔法道具店を名乗るに値しないと罰則が下って取り潰しになった。本来ならば総ての店が取り潰しになるはずだったが、職人たちを路頭に迷わせることになると温情をかけて処分を軽くした経緯がある。――ああ、だからか。暴発事故で国の機関から見放され地に落ちた評判を、実力のあるバーティア魔法道具店を取り込んでもう一度国の信用を得たいという魂胆か。本当に浅はかだな」


 思いがけず過去の不祥事を公にされて、セレン子爵は言葉が出ずに固まった。

『そういえば何年か前近くにあったセレン魔法道具店が無くなっていた。あれはそういうことだったのか』とお客さんがざわついている。

 セレン子爵は官許取り消しで店を閉めたことを隠していたのだろう。それがこの場で本当にあったことだと認識された。人の口に戸は立てられないのだ。すぐにその噂は広まるのは必至。

 バーティア商会の未熟さを人々に植え付けるつもりが、事故をおこし国の中央からしめだされ、温情で魔法道具店の継続をゆるされている実力のない魔法道具店という実態を曝け出された。そっちのほうが何倍も恥ずかしい話なのだ。

 まさか逆に自分の魔法道具店の失敗を暴露されるとは思わなかっただろう。


 ローディン叔父様やリンクさんは普段は穏やかでも、いざとなると冷酷になる。暗殺者と何度も対峙して来たせいか、割り切ったら早い。

 もしセレン子爵が私やローズ母様に害をなそうとしたら、証拠も残さずに消すことを選択するだろう。二人とも戦争から帰って来たあたりから以前とは比べ物にならない程の魔力の強さを感じるのだ。セレン子爵一人くらいなら跡形もなく蒸発させられるだろうと思う。


 ぎりぎりとローディン叔父様とリンクさんを睨みつけるセレン子爵だが二人の穏やかな笑みのその奥に、表情とは真逆の剣呑な光を感じ、びくりとのけぞった。

 ――そうまだ二人は手を緩める気はないようだ。


「ああ。セレン子爵、一度聞いてみたかったことがあるのだが」

 ローディン叔父様の穏やかに見える笑み。けれどセレン子爵の目に映るのは不敵な笑み。

「我が魔法道具店は購入後のメンテナンスも行っている。近頃うちに他の魔法道具店で買ったという魔道具の修理依頼も来るようになった。売るだけ売ってそれ以後故障しても修理をしてくれないと嘆いていてな。――その依頼のほとんどがセレン魔法道具店のものなのだ。それは一体どういうことなのか」

「はっ! 魔道具は消耗品だ! 壊れたら新しいものを買えばよいのだ!」

 くわっとセレン子爵ががなり立てた。

「――なるほど。貴殿はそういう考えの持ち主なのだな」

 その言葉にローディン叔父様は満足そうに笑んだ。その無責任な発言を周りに聞かせるのが目的だったのが分かった。

 案の定、セレン子爵の言葉に難色を示した声がロビーのあちこちから囁かれた。

 金に不自由をしたことのない貴族ならそれでもいいだろうが、事業を展開する者にとって、魔道具は大きな設備投資だ。なにしろ電気がないこの世界では便利な道具として魔力で動かす魔道具が必要不可欠なのだ。

 十分な明かりを取ろうとすれば魔道具の明かりが必要となる。

 明かりをはじめ、空調、店舗や飲食店では冷蔵庫に冷凍庫など、いろいろな魔道具が必要となる。だが魔道具は決して安くはないのだ。だから事業経営者は生産性を考慮して購入する。だから長く使うためにメンテナンスが重要になるのだ。




お読みいただきありがとうございます。

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