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225 ゆきまつり



「アーシェ。今日泊まるホテルに着いたぞ」

 王都からの帰り道のことである。王都からバーティア子爵領までは数日かかる道程なので必然的にホテルに宿泊となる。今日は湖がある観光地のホテルだと聞いていた。

「……むにゅう……あい」

 馬車に揺られてぐっすりと眠っているうちにホテルに着いたらしい。

 寝起きでぼ~っとしているうちに、しっかりと防寒着を着せられ、手袋をはめ、フードを被せられた。ホテルに入るのに厚着? どうしてかと首を傾げたら、ローディン叔父様が私のフードのボタンをとめながら言った。

「ここ数日は湖畔で雪まつりをしているそうだ。まだ明るいから行ってみよう」

「ゆきまつり?」

「今日は平日で週末より人出が少ないから少しの時間ならいいだろう、とクリスフィア公爵が許可してくれたんだ」

 クリスフィア公爵は私の護衛機関の責任者だ。

 バーティア商会の家周辺の護衛はもちろんのこと、出かける先での護衛もしてもらっている。

「もちろん目立たないように護衛もついてくるし会場にもあらかじめ護衛は配置されている」

 ちゃんと護衛を事前に潜ませてくれていたのか。ありがたい。

「ずっと馬車に乗り続けてばかりだったからな。気分転換しよう」

「あい!」

 王都を出てから三日。クリスフィア公爵は比較的自由に行動をさせてくれるけれど、たまに降車して休憩する予定のところを直前で飛ばしたり、宿泊施設を変えてくることがある。

 たぶん護衛の人たちは『何か』に対処しているのだろう。詳しいことは私には伝わっては来ないが。

 最近イヤな気配をあまり感じなくなってきているのはクリスフィア公爵や護衛機関の人たちのおかげだとローディン叔父様やリンクさんからも聞いている。

 そのクリスフィア公爵が許可してくれたのだから、思いっ切り楽しまねば!!

「雪で作った雪像も見事だし、あと食べ物の屋台も出てるぞ」

「やたい!」

 雪像も気になるけど、屋台の食べ物の方がもっと気になる!!

「たしか、雪で作った滑り台があるはずよ」

「ゆきのすべりだい! あーちぇ、すべりたい!」

 そういえばこっちに転生してから公園に遊具があるのを見たことがなかった。

 あるのは噴水やみんなが寛ぐベンチくらい。

 そして土を盛った芝生の小山があって、子どもたちは自然の滑り台にして遊んでいた。

 バーティア子爵領だけではなく公園はどこも似たような感じだったなあ。

「よし。滑り台だな。行ってみるか」


 リンクさんに抱っこされてホテル横の緩やかな坂を下りて行くと、すぐに湖畔と雪まつり会場が見えて来た。


 動物の雪像に、絵本の世界を再現したもの。外国の建物を模したものなど、たくさんの雪像が作られていた。

 そして、会場の中央に大きな雪の滑り台があって、子どもたちが集まっていた。

 服のまま滑るやんちゃな子どももいるが、ホテルのマークがついたソリに乗って滑るようになっている。

 ちょっと大きな子どもたちは自分で滑るけれど、私のような小さい子供は保護者同伴でなければならず、ローディン叔父様とリンクさんに交互で付き合ってもらうことに。

 大人と一緒にソリで滑降すると、子ども一人で滑るよりスピードが出る。

 そのスピードに怖がって泣く子どもいるが、私は前世でジェットコースターに乗るのが大好きだったのだ。

 それにローディン叔父様とリンクさんが一緒だ。何を怖がる必要があるだろう。

「! しゅごい! しゅごい、きもちいい!!」

 上機嫌で何度も何度も滑り台を滑降する私を見て、長い滑り台を係の人が勧めてくれた。

 一瞬で下りてしまう滑り台では満足できない大きいお子様用のちょっと長い滑り台。もちろん途中で崩れないように魔法で強化されているものだ。

 案内されて見た長い滑り台の形状は、前世の公園にあったローラー滑り台によく似ていた。

 雪まつり会場の雪像を見ながら、ローディン叔父様やリンクさんと一緒に滑るのはものすごく楽しい。これももちろん何度も思う存分堪能した。

 たのし~い!!


 その後、温かいホットミルクを屋台で買ってもらい、冷えた身体を温め。

 お肉の串焼きもお塩と数種類のスパイスが効いててとても美味しかった。


 ――あっという間に楽しい時間が過ぎ、夕焼けが空を染める頃、ワインの看板の屋台が次々と開店準備を始めた。


「あれは夜限定のホットワインの店だな。温かいワインを楽しみながら、夜にライトアップされた幻想的な風景を楽しむらしい」

 なるほど。前世でもそんなイベントに行ったことがある。

 昼はお日様の下で。夜は幻想的な明かりの雰囲気を。そしてクライマックスでは花火が上がって綺麗だった。

 こちらでは花火を見たことはなかったけれど、今王都に行ってお仕事をしているディークひいおじい様のかわりに、魔法を教えてくれているローディン叔父様やリンクさんに花火らしきものがあることを教えてもらった。

 戦場で魔術師ではない一般の兵士への伝達方法に、狼煙や光の点滅、そして魔法での花火を打ち上げることがあるのだと。

 そうか、こっちでは魔法で花火を上げることが出来るんだね。

 火魔法が使えるようになれば花火も出来ると聞いたので、夢中になって火魔法を習得中だ。だって、花火を自分で打ち上げられるならやってみたいではないか!


 この雪まつりでも花火は披露されるらしいけど、花火は初日と最終日だけで、今夜は上がらないらしい。むー。残念だ。こっちの世界での大きな花火、見てみたかったのにな。


「さて、そろそろ日も沈むしホテルに戻ろうか」

「アーシェお腹空いただろう? ホテルのレストランで食事にしような」

「あい! ごはん、たべる!」

 もちろんだ。その土地の特産品を活かした食事を楽しむのは旅の醍醐味。だから屋台での買い食いは夕食をしっかり食べれるように、セーブして食べていたのだ。


 私たちが滞在するホテルは護衛機関が選定するので基本的にグレードが高い。

 だからお料理ももれなく一流のお味なのだ。

 小高い場所に建つホテルのレストランで極上の料理に舌鼓をうつ。

 しかも温かい室内から、ライトアップされ幻想的な風景となった雪まつり会場も見れて大満足だ。


 ――ああ、お肉もお魚も美味しい~~


 デザートもしっかりといただいて部屋に戻ろうとロビーに出た時。



「――おや、これはこれは。バーティア子爵殿ではないか」

 とローディン叔父様にロビーで声をかけて来た人がいた。

 声の方を見ると、杖をついた中年の金髪のおじさんと、赤茶色の髪色をした女性がゆっくりと歩み寄って来たところだった。


「セレン子爵……お久しぶりです」

 その姿を認めると、ローディン叔父様の表情がちょっとだけ強張った。

 他の人にはわからないほどの僅かな感情のゆれ。だが私はずっとローディン叔父様を見て来たのだ。『面倒な奴にはち合わせた』と思ったのが分かった。

 そのセレン子爵とやらは、くるんとした金髪のくせ毛にぽんぽこりんのお腹。立派な中年太りのおじさんだ。

 足が弱いのか杖をついて少し足を引きずっている。

 両手のすべての指に大きな結晶石の指輪を着けているセレン子爵。

 その外見の特徴とセレン子爵という貴族名で、ふと思い出した。

 そういえばセレン子爵って、マリアおば様の貴族を覚える授業の中に出て来ていた。たくさんの貴族を覚えるのは大変だったけど、セレン子爵はすんなり頭に入った。

 ――なぜなら、セレン子爵の話をした時、マリアおば様が感情をあらわにして怒っていたから。

『あのセレン子爵は、いろんなところの技術を盗んで自分の商売にしているのよ。手広く商売をしているようだけど、汚い手を使って宝飾品店やドレスメーカーのデザインを盗んでは先に発表するの。本当に腹立たしいわ!』と。


 マリアおば様の実家であり、将来リンクさんが受け継ぐフラウリン領は紡績業も営んでいる。

 それゆえに服飾業ともつながりがあるので、被害に遭った人たちの生の声を聞いているのだ。一生懸命考えて創り出したものを横から平気で盗み、自分のものにする。


 宝飾品もドレスも新しいデザインは早く世に出した者勝ちだ。


 どんなに秘密を漏らさずに気を付けていても盗作されてしまい、結果ドレスメーカーの中では顧客の信用を失い、店をたたむことになった人もいるという。その話を聞いて私もものすごく腹を立てたのでしっかり記憶に残っていたのだ。




お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 大輪の花火を夢見て、とりあえず手元でパチパチ可愛い線香花火の再現をする、可愛いアーシェを受信しました。大人たちは可愛さと心配とでハラハラしてそうですが…ふふ。
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