224 きゃんでぃのはなたば
海苔弁当の試食後、料理人さん達がお弁当の用意をしている中、元菓子職人のハリーさんがなにやら箱を持ってやって来た。
「アーシェラ様、ご注文の型が届きましたよ」
そう言ってハリーさんが取り出したのは、数種類のキャンディの型だった。
デイン家別邸やバーティア家別邸に私の思う通りの型がなくて発注していたもの。うん、注文通りに出来ている。
「まあ間に合ったのね」
と言うローズ母様。
「はりーしゃん、しゅぐつくれる?」
「もちろんですとも。ご用意いたしますね」
「あい! おねがいちます!」
間に合ってよかった。
王都にいる間に作って、アーネストおじい様に渡すことが出来れば、アンベール国にいるアーシュさんの誕生日に間に合うはずだから。
私の5歳の誕生日に、アーシュさんはアーネストおじい様を通してプレゼントをくれた。
私の瞳の色に似たペリドットを主体にしたダブルピンのブローチで、片方はペリドット、もう片方はクリステーア公爵家の紋章がかたどられた金のブローチが金のチェーンで繋がったものだった。
誕生日に宝石を貰ったのは初めてだった。
シンプルだけれどすごく綺麗で、そしてクリステーア公爵家に迎え入れられているようですごく嬉しかった。
プレゼントにもらったブローチは家門の紋章が付いているので公式の場で身に着けるものらしい。
なので今は大事に魔法鞄の中にしまっておいている。
そしてこの前王宮に行った時に、ローズ母様がアーネストおじい様にお願いしていた。
ひと月後にくるアーシュさんの誕生日に刺繍をしたハンカチを贈りたいので渡してもらえないか、と。食料の補給部隊は定期的に行くし、それに乗せていただけないかと。
ローズ母様は出征して行くセルトさんに、アーシュさんへの手紙と私が作った折り鶴を託していた。
戦地からこちらへの返信はそうそう出来ないけれど、アーシュさんとアーネストおじい様は意識をとばして連絡をとることが可能なので、アーネストおじい様を通してアーシュさんからの伝言をもらったローズ母様はとても嬉しそうだった。
それはそうだ。5年以上生死不明だった愛する夫が生きていて、その夫からの言葉を受け取ったのだから、嬉しくてしょうがないのだろう。
ローズ母様の申し出はこころよく了承されたので、それと一緒に私が用意したプレゼントも送ってもらえることになった。
私の幼い手では刺繍はまだまだ無理なので、いつものように食べ物。それも日持ちのするものでなくてはならない。作って預けて長い距離を移動してアーシュさんの手元に届くまで大丈夫な物、と考えたらキャンディしか思いつかなかった。クッキーは振動でかけてしまう可能性もあるから。
そしてキャンディを作ろうと思った時に思い出したのは、べっこう飴と、醤油飴、そしてローストピーナッツを砕いて入れたナッツ入りの飴だった。いわゆる某メーカーのピーナッツ形の飴。私にとってこの三つは昔懐かしい飴シリーズだ。
「丸とハート、ジュエルの形、それを棒付きキャンディにするのですね」
「あい。きゃんでぃのぼうをまとめてりぼんつけると、はなたばみたいになる!」
「なるほど。いい考えですね」
「まあ、それはいいわね」
さっそく元菓子職人のハリーさんに砂糖と水飴を使って飴を作ってもらうことにした。
キャンディの素を熱いうちに練って折りたたんで、を繰り返す作業は私には出来ない。ここは菓子職人だったハリーさんに任せることにしよう。
棒付きキャンディの型は三種類。昔懐かしい醤油飴は記憶通りに丸で。ローストピーナッツを砕いて入れたピーナッツ飴はハート型に。べっこう飴はこれまた懐かしい某メーカーの〇露を思い出して、そっくりな結晶石の型にいれて固めた。他の二種類に醤油やピーナッツをいれたので、べっこう飴には細かく刻んだ干し菊を入れて固めたら完成だ。
三種類の棒付きキャンディが出来上がったのでさっそく食べてみることにする。
「あ。この醤油飴旨い!」
「ああ、甘じょっぱいってのがいいな」
甘さの中にしょっぱさが入って絶妙な味が口いっぱいに広がった。ああ、やっぱり醤油飴は美味しい。
懐かしい~~
「このピーナッツ飴は舐めるというより、噛んで食べてしまうな。うん、中のピーナッツが香ばしくて美味い」
「何個でも食べたくなるな」
「「そうですね!!」」
ピーナッツが入ったキャンディをかりかりと噛んで食べていた。料理人さん達も同様だ。
そして、次のべっこう飴を口に入れたとたん、ローディン叔父様とリンクさんの動きが一瞬止まった。
「へえ……。この飴、面白いな」
「そうだな。面白い」
ん? どうしたの?
二人に遅れて口に入れて、あ、と気が付いた。
僅かだけど、べっこう飴に入れた菊の花の効能らしきものを感じた。身体の内側から指先までほわりと温かくなった感じがする。
ローズ母様もふと手を見て『まあ』と呟いていた。
「このところ寒くて指先が冷えていたのだけど、温かくなった気がするわ」
「そうだね。巡りが良くなるみたいだ」
すごい。まるでカイロみたいだ。菊の花には様々な効能がある。どうやらその効能のひとつを飴でも摂取できるみたい。美味しく食べて冷えた体が温まるなんてすごくいい。
私達より少し遅れて、料理人さん達が『あ、本当だ』と口々に言いはじめた。効果を感じるまで時間の個人差があるようだ。
菊の花は女神様の花。けれどそれはまだ公にはされていない。
いろんな薬効がある食べられる花として人々に認識されて流通している。勘の鋭い人は気づいているかもしれないが。
「これはキクの花の薬効の一つなのですね」
「温かい食べ物や飲み物で身体を温めることは知られていますが、飴でそれが出来るとは手軽でいいですね」
「厳冬期は身体が芯から冷えますからこれは嬉しいです」
料理人さん達も効果を実感したようだ。
さて、出来上がった三種類の飴を色とりどりの包み紙で包み、花束に見立てて棒付きキャンディを綺麗にラッピングしてリボンをつけると、うんなかなか可愛い。
「きゃんでぃのはなたば、かんせい!」
「まあ可愛く出来たわね。本当に花束みたいだわ」
「アーシュさんは絶対喜ぶと思うよ」
「あい!!」
「ていうか、大事にしすぎて食べないかもしれないぞ」
リンクさんの言葉にローディン叔父様が笑って同意している。ん? アーシュさんってそういう人なの?
アーシュさんには会ったことがないけれど、大好きなローズ母様が生涯の伴侶にと選んだ方だ。
それにローディン叔父様とリンクさんもアーシュさんと小さい頃からの付き合いをしていて信頼していることを知っている。
でも。
――私は自分が拾い子であることを知っている。
つまりはローズ母様の産んだ子供ではないことを知っているのだ。
だけど、アーネストおじい様やレイチェルおばあ様は私がクリステーア公爵家に『帰る』ということを全く疑いなく言っているのが気になった。
おそらく、アーネストおじい様たちは私が誰の子どもかを知っているのだと思う。その上で受け入れてくれているのだと、そう思っている。
私は、この世界に生を受けた時からの記憶を持っている。そして前世の記憶も。
赤子は本来ならば物心のつかない頃の記憶は残らない。
けれど私は、乳飲み子の頃に連れ出されて森の中に放置されたことも、ローズ母様とローディン叔父様に拾われた時のことも鮮明に覚えている。
そして商会に来た貴族たちの言葉で、ローズ母様や私を取り巻く現状把握もきっちりと出来ている。
そこから導き出される答えはいつもひとつ。
ローズ母様が死産した子供の代わりに拾い子である私を我が子として育てているということ、だった。
ローズ母様は私を実の子どもとして育ててくれている。
そしてたくさんの愛情を注いでくれている。
暗殺者の手が商会の家の中に伸びてきた時、爆炎の中ローズ母様が自ら身を挺して私を護ってくれたことも決して忘れることはない。
熱を出した時にずっと看病してくれたことも。嬉しい時も悲しい時もずっと傍にいてくれたことも。
ローズ母様が私に与えてくれたその愛情を疑うことは、決して、ない。
――だから大好きなローズ母様が伴侶として選んだアーシュさんは、私のお父様だ、と。
……たとえ、血がつながっていなくても。
――いっぱいいっぱい考えて、そしていつしかそう思うようになった。
そして、アーネストおじい様がつい最近のアーシュさんのことを教えてくれた。
アーシュさんは私が贈った折り鶴を毎日手に取って眺めているのだ、と。
折り鶴は以前ローズ母様がアーシュさんに贈ったバーティアの結晶石の中に、御守りとして入れる為に作った物だけど、『一度結晶石に折り鶴を入れたら二度と取り出せなくなる。アーシェラが自分の手で作ってくれたものなのに』と言って大事に胸ポケットにしまっていて、時折取り出しては羽や首の部分を丁寧に広げたりのばしてみたりしているのだという。
――それって……私の贈り物を気に入ってくれてるんだよね?
贈り物を大事にしてくれていることは嬉しいけど、ものすごく戸惑った。私は拾い子なのに、いいの?
アーシュさんは、繋がりのあるアーネストおじい様のもとに意識を飛ばしてきた時に、クリステーア公爵家の部屋で眠っている私を見たことがあるのだと教えてもらった。
『ローズに似ている』と微笑んでいたという。
?? 確かに私はローズ母様に似ているとよく言われる。
もしかしてローズ母様に多少なりと似ているから他人の私を受け入れてくれたのかな?
戸惑う私をよそに、リンクさんとローディン叔父様はアーシュさんの折り鶴の話を聞くと。
『ああ、やっぱりな!』
『目に見えるようだよ。姉さんの時とおんなじだ』
と二人して爆笑し、ローズ母様も苦笑していたのでアーシュさん……いや、お父様は少々愛が重めの人のようだ。
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