221 冬のマストアイテム
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なかなか返信できませんが楽しく読ませていただいています。
これからもよろしくお願いします。
王宮から帰って来た私は、王都にいる数日だけはローランドおじい様やディークひいおじい様にお弁当を作って差し入れすることにした。
「アーシェラ様、大旦那様から昨日と同じあんかけご飯のリクエストがあったのでそれをお作りすることにしました」
とクラン料理長が言ったので、軽食を用意しようかな。
小腹が空いた時に、しっかりとお腹に溜まるもの。
ん~、と悩みながら厨房を見ていたら、久遠国の大使館のお店の焼き印が押された大きな箱があった。
「昨日夕方に月斗さんが来たんだよ。行政区にある大使館を使えるよう準備の為王都に来てるそうだ。前回お店で品切れして買えなかったものを持ってきてくれたぞ」
私は夕方近くに王宮から戻った後、お昼寝をしていなかったこともあって朝までぐっすり眠ってしまった。なので月斗さんに会えなかったのだ。残念。
箱を開けてもらうと、久遠国でよく使われる食材がびっしりと入っていた。おおすごい。今まで手に入らなかったものがいっぱいだ。
久遠国から運ばれてくるので、ほとんどが保存食のように加工されている。
もう一つの箱にはビン類。調味料が入っていた。
久遠国の食材は私の味の記憶を刺激する。眺めているだけであれこれと試してみたいものが浮かんできて楽しい。
調味料入っていた箱の中から瓶をひとつ取り出した。
ふふふ。これがあれば今厨房に出ている食材で冬のマストアイテムが作れる!
「あ。これはオイスターソースですね。デイン領でも作りはじめましたよ」
瓶を見てそう言ったのはクラン料理長だ。え? そうなの?
クラン料理長は、『試作品ですが』と昨日届いたばかりというデイン領産のオイスターソースを持って来た。なるほど、試作品らしくラベルにはオイスターソースと手書きで書かれている。
「牡蠣は癖があって、ホタテに比べると人気が無いんだよな」
リンクさんは残念そうに言った。
確かに。牡蠣はホタテなどに比べると癖がある。しかも貝の開け方もホタテより難しいと王都ではあまり売れないらしい。私は前世、牡蠣小屋の焼き牡蠣食べ放題に行くくらい好きだったけどね。
牡蠣は冬が旬なので今の時期に水揚げされてデイン領では食べられているが他の領では見かけない食材である。牡蠣の燻製とか牡蠣フライ、美味しいのに。
オイスターソースが出来た経緯は、久遠国の料理人と通訳の月斗さんがデイン領に魚介の買い付けに行った時のこと。
二人は水揚げされた牡蠣を見つけると、嬉々としてその日の水揚げ分の牡蠣をすべて買い占めたらしい。
その量に驚いたホークさんやカインさんに、料理人さんは牡蠣を食べるのはもちろん、牡蠣を使って旨味の強い調味料つまりオイスターソースを作るのだと言ったそうだ。
月斗さんと料理人さんはデイン領の港に久遠国の船が入港する日に合わせてデイン領に行っていたので、到着した積み荷の中から完成品のオイスターソースをくれた上に、デイン家本邸で豚肉とピーマンのオイスターソース炒めを作って振舞ってくれたとのこと。ああ、聞いただけでも美味しそう~~
旨味が強いオイスターソースに驚いたホークさんとデイン家本邸のポルカノ料理長たち。
久遠国の料理人に作り方をレクチャーしてもらい、牡蠣でオイスターソースを作ってみることにしたそうだ。なるほど。
じゃあ、せっかくだからポルカノ料理長たちが作ったオイスターソースの方を使わせてもらおう。
「オイスターソースをお使いになって何をお作りになるのですか?」
試作品のオイスターソースは昨日届いたばかりでクラン料理長も初めて使うのだという。
「ぶたにくをいれた、にくまんじゅう!」
冬になると無性に食べたくなる豚まんだ。
「にくまんじゅう?」
首を傾げた料理人さん達に、びっと指を指したのは、月斗さんのお土産のおまんじゅうだ。黒糖を練り込んだ皮の中に白あんが入っていて、前回久遠国のお店で買ってお気に入りだったのを月斗さんは覚えてくれていたようでお土産に持ってきてくれたのだ。
バーティア子爵領から小豆を購入して小豆餡を作れるようになった為、今回は白い皮に小豆で作ったあんを入れて作った物も一緒に持ってきてくれた。
皮の中に具材が入ったものをまんじゅうと呼ぶことを知り、皮を作って豚肉を入れるものを作るのだと理解してもらえた。
では作業に取り掛かろう。発酵する時間も必要なので、料理人さん達にまず生地を作ってもらうことにした。
薄力粉に強力粉を少量混ぜ、酵母とベーキングパウダーを入れて砂糖や塩、油を入れてこね、一次発酵させる。
発酵させている間に豚肉や玉ねぎ、シイタケをフードプロセッサーにかけてお酒や醤油に胡椒、ごま油、そしてオイスターソースを入れてさらに攪拌する。これで中の具材はオッケーだ。
食感にタケノコを入れたかったけど無いものは仕方ない。
そして出来上がった肉だねを、一次発酵した生地で包み込んでいく。
さすがは毎日パン作りをしている料理人さん達。手際が良い。
ローディン叔父様やリンクさん、そしてローズ母様はパン作りはしたことが無いのでちょっと悪戦苦闘しながら肉だねを包んでいた。
「ミートパイとは違うのね」
お肉を包んだものということで、ローズ母様がパイ生地を想像したようだ。
「ミートパイは先に加熱調理した具材をパイ生地に包んで焼いたものです。生地も全く違いますし、なにより加熱していない豚肉を包むのは初めてです」
デイン家別邸のクラン料理長の言葉に、バーティア子爵家本邸のレイド副料理長がこくこくと頷いている。
「それに、生地に酵母の他にベーキングパウダーを入れたのは初めてです」
クラン料理長が少し首を傾げた。
「これはこうぼとべーきんぐぱうだー、どっちもいれるとかわがおいちくなる」
「そうなのですね」
料理人さん達は素直に私の言葉を受け入れてくれる。
肉まんを作る時にどうして二種類の膨張剤を入れるのか不思議に思ったものだけど、酵母だけより二種類入れた方が皮が美味しかったので『まあいいか』と考えるのを放棄した。美味しければそれでいいもんね。
包み終わった後、オーブンで二次発酵。
そして蒸し器の登場となる。
カップケーキ用の敷き紙があったのでそれを敷いて豚まんをのせ、20分ほど蒸しあげたら完成だ。
「わ。すっごい膨らみましたね!」
「パンは焼き目がつくけど、蒸したから真っ白だ」
「それに皮がふわっふわだ!」
そうでしょう。焼きたてパンの表面のカリッとさも大好きだけど、肉まんはこの柔らかい皮がいいのだ。
湯気の立つ肉まんは見るからに美味しそうだ。
トングで皿にのせてテーブルに配膳。あれ? なんでナイフとフォークが用意されてるの?
お行儀が悪いかも知れないけど、私は肉まんは手で食べる。それ一択だ。
「てでもってたべる!」
「パンと同じ感覚なんだな?」
「あい。しょのままたべる。あーちぇはふたちゅにわってかたほうずつたべるのがすき」
「「なるほど」」
『いただきます』をして、ちょっとだけ外側が冷めた豚まんを半分に割る。
私の手には大きいのでいびつに割れたが、美味しそうな肉だねが顔を出した。
そして肉だねと皮を一緒にパクリ。
皮のほんのりした甘さと肉だねのジューシーさが口の中に広がった。
「あったかい! おいちい!」
「「あ、すっごい美味い!」」
「本当だわ。温かいし、皮はほんのり甘くて中のお肉もとっても美味しい」
ローディン叔父様とリンクさん、ローズ母様は初めての肉まんが相当気に入ったらしい。あっという間に食べきり、おかわりを所望している。
ふふ。美味しいでしょう?
肉まんは私の大好物だったのだ。
冬にコンビニに行くとレジ横の中華まんコーナーにもれなく吸い寄せられたものだった。
「皮も中身も美味い!!」
「これを食べたら身体の中から温まります!」
「この外側の皮のふんわりもちもち感はいいですね。二種類の小麦粉をブレンドしたのがいいんですかね」
「なかなかブレンドして使うことはないですね」
「はくりきこだけだとふんわりでもちもちかんがない。きょうりきこだけだと、もっちりでちょっとおもたいかんじにできる」
「なるほど、強力粉はもっちりと重めですよね。二つの粉をブレンドしたことで、ふんわりともっちりのいいとこどりに出来たんですね」
私の言葉に粉の特性をよく知る元菓子職人のハリーさんが納得したように頷いた。
「中の具も美味しいです」
「出汁を入れなくてもすごく旨味があります。この旨味はオイスターソースですかね?」
そう。オイスターソースの原料である牡蠣にはうまみ成分のグルタミン酸がたっぷり入っている。そして具材の玉ねぎの甘みや旨味、豚肉に含まれるイノシン酸がかけ合わされることでさらに美味しくなる。
そこにシイタケの旨味が合わさるのだ。美味しくないわけがない。
「かきはこざかなさんやこんぶとおなじ」
「「旨味が出るんだな!」」
ローディン叔父様とリンクさんが声を揃えた。さすが、私の言いたいことをすぐに理解してくれる。
「あい、そうでしゅ」
「牡蠣はデイン領育ちの俺たちには馴染み深いが、内陸の人にはちょっと磯の香りが強すぎると人気がない。だが、牡蠣をこうやって旨味たっぷりの調味料にすれば誰でも美味しく食べられるということだな。よし、オイスターソースの量産に踏み切るようにデイン領のカインに言っておこう」
「そうだな。これは旨い。量産してもらいたいな」
リンクさんに同意したローディン叔父様は早くも三つ目の肉まんを手に取り頬張った。
「温かくて美味しい。それに手軽に食べられていいですね」
「大旦那様もお喜びになるでしょう」
料理人さん達にも好評だ。
――その後しばらくの間、クラン料理長は毎日のように肉まんを作ることになった。
あんまんや豚肉にチーズを入れたものなどの変わり種も持って行ったが、圧倒的に肉まんの方を所望されたそうだ。
そしてもれなく熱烈なオファーを受けて、肉まんが店頭に並んだのは言うまでもない。
お読みいただきありがとうございます。




