220 王宮にて 3
コメントありがとうございます。
なかなか返信できませんが楽しく読ませていただいています。
これからもよろしくお願いします。
「! アーシェラ!!」
「おじいしゃま!!」
ローランドおじい様はすぐに駆け寄ってきて、アーネストおじい様から私を受け取るとぎゅうっと抱きしめた。あう。ローランドおじい様、苦しいです。
「久しぶりだな! 昨年から会ってないからだいたい2ヶ月ぶりか」
「あい! あーちぇもおじいしゃまにあいたかったでしゅ!」
ローランドおじい様は嬉しそうに頬を撫でた。たぶんいつものように頬ずりをしたかったみたいだけど、ここは職場で部下の前でもあるのでぐっと堪えたのがわかった。分かってるよ、ローランドおじい様。TPOは大事だよね。
昨年久遠国の神社に行った時以来、ローランドおじい様とは会っていなかった。
あの後すぐにローランドおじい様は王都に来て、ずっと今回の捜査の指揮を執っていたのだ。
昨夜私が寝てしまってから顔を見にきたけれど、起きた状態ではおよそ2ヶ月ぶりに会う。
「――デイン様、お孫様ですか?」
ローランドおじい様の言葉に文官らしき人が気が付いたように言った。
「ああ。正確に言うとひ孫だな。孫娘のローズの子のアーシェラだ」
ローランドおじい様がそう言うと、文官の三人が『え?』と再度目を丸くした。
一度降ろしてもらってみんなにご挨拶。
銀髪の二人は武官で、金髪の三人は文官のようだ。
「あーしぇらです。ごしゃいです。よろちくおねがいします」
ていねいにゆっくり言うと、ちゃんと発音できるようになってきた。でもところどころはまだまだだが。
『初めまして』と挨拶を返したのは文官の金髪の三人。
そして『お久しぶりです』と挨拶をしてくれたのは、武官の銀髪の二人。
なんとなく髪色で役職が分かれてるのかと思ったらたまたまだったようだ。
すっと一歩近づいて挨拶を返してくれたのは銀髪の二人。
背の高い銀髪、逞しい身体つきのターナーさんとは以前ディークひいおじい様に紹介されて挨拶をしたことがあった。
「自分はクリスフィア公爵の命でバーティア子爵領で護衛を務めておりました」
そうだよね。私の護衛機関の一人でバーティア子爵領では髪を黒く染めて領民として暮らしている人でたまに見かける。
ターナーさんの隣に立っていた銀髪のソニックさんも私の護衛をしていたとのこと。
ふ、と柔らかな笑みを浮かべるソニックさんはターナーさんよりは細身だけれど、身にまとうオーラから身体能力が高いのが窺える。
「私は陰での護衛でしたのでこうやってお顔を見てご挨拶するのは初めてです」
と言った。ふむ。確かに忍者のように姿を見せずに陰に徹する護衛がいるということは知っている。
ということは、ローランドおじい様と一緒に仕事をしている5人のうち二人は私が女神様の加護持ちだということを知っているということだ。
二人とも今回の件が終わったらまた私の護衛の任務に戻るそうだ。
その後、文官の三人ともご挨拶した。
金髪に紅茶色の瞳をしたウォルトさんとルミナスさんはクリスウィン公爵家ゆかりの人たち。
金髪碧眼のフィールさんはクリステーア公爵家ゆかりの人らしい。
文官の三人は、私と武官のターナーさんとソニックさんとの挨拶を見ていて、二人が私の護衛を務めていたことに驚いていた。
今回の事態を収拾するために選抜されてきた程の実力の持ち主が小さな子供の護衛をしていたのだ。そりゃあ驚くだろう。
クリステーア公爵家ゆかりのフィールさんはローズ母様が子どもを死産したということを知っている。そして婚家のクリステーア公爵家から実家のバーティア子爵家に戻されて暮らしていることも知っているのだ。
バーティア子爵領に戻ってからローズ母様は一切社交界には出ていないし、リヒャルトの放った暗殺者のせいで外出もままならなかった。
それでも私がバーティア商会のキッズコーナーにいつもいるので、取引に訪れる商人や貴族は私の存在を知っている。ハイハイや伝い歩きをしている私を見て『ああ噂の拾い子か』と嘲るように言った者もいる。幼いから言っている言葉は理解できないだろうと思ったらしいがたとえ物心つかない年齢だとしても、私はちゃんと理解できているし記憶も残っているのだ。
そういう人たちの言葉からローズ母様が死産して実家に戻されたのだということを、そして私の存在が噂として貴族たちに広まっていることを知った。
おそらくフィールさんもその噂を聞いているはずだ。ここにいる武官や文官の人たちも。
文官の三人は小さい私に挨拶をする為にみんな少しかがんでくれた。
顔を上げた時に、三人共私の顔を見て目を瞠ったのは何故だろう?
特にフィールさんは『え⁉』と一瞬固まった。
クリステーア公爵家ゆかりのフィールさんは後ろに下がってからもアーネストおじい様と私を何度も交互に見ては『あの』とか『いやまさか』とか小さくぶつぶつと呟いている。
その様子を見ていたアーネストおじい様がフィールさんたちに近付き小さな声で何かささやくと、フィールさんは驚愕の表情を顔に貼り付けた後、コクコクと頷いていた。フィールさんの隣にいたウォルトさんとルミナスさんも同様で『誰にも言いません』と言っていたので、私の加護のことを言っているんだろうと思う。
銀髪の武官の二人はクリスフィア公爵とクリスティア公爵の推薦で、金髪の三人はクリステーア公爵とクリスウィン公爵や国王陛下直々の人選だったようだ。
5人共他の貴族からの不当な圧力に負けない人たちとのこと。頼もしい。
ローランドおじい様はあちこちの現場に行ったり軍部の方にいたりするが、毎日のようにここに集まって仕事のすり合わせをするらしい。大変だね。
挨拶が終わると、再び私はローランドおじい様に抱っこされた。
ニコニコしているローランドおじい様を見て5人がふふ、と微笑んだ。
私を抱きしめて『ああ、癒される』と呟くのは、デイン家の伝統か。リンクさんもホークさんもロザリオ・デイン伯爵も同じことを言ったなあ。
「頑張っているデイン殿にサプライズプレゼントですよ」
リュードベリー侯爵が微笑むとローランドおじい様は私を抱いたまま『ありがとうございます』と頭を下げた。
「この頃厚かましい犯罪者たちの顔ばかり見ていて辟易していたので、嬉しい限りです」
「本当ですね。犯罪者の言い訳の見苦しいこと」
「あれを連日見ていたら心がささくれ立ってしまいます」
武官も文官もローランドおじい様の言葉に同意し、こくこくと頷いていた。
「アーシェラ、リンクが差し入れを持ってきてくれた。あんかけご飯も卵フライもとても美味しかったぞ。ありがとう」
ローランドおじい様はソファに私を抱いたまま座り、頭を撫でながらそう言うと。
「あんかけご飯美味しかったですね」
「野菜も肉も入っててとても美味かったです」
「それに小さい卵が絶品でした」
ここにいた人たちにも差し入れが渡ったらしい。
「卵のフライは止まらなかったです!」
「あれはバーティア子爵領のテイクアウト店にも出ますよね!?」
「バーティア子爵領のレストランのメニューにもあんかけご飯を出して欲しいです」
武官のターナーさんとソニックさんは商会のテイクアウト店やレストランをよく利用しているとのこと。
バーティア子爵領には、魔法道具店を訪れる人たちの為に作ったちょっとお高めの宿が新たにオープンした。そこにはクリスフィア公爵に人選された警備員が配置されている。
生活用品である魔道具は王都でも注文は可能だが、特別仕様の『魔道具』や、魔法を補助したり増強する『魔導具』はバーティア子爵領にある本店でのみ取り扱う。
一般的に魔法道具は高価な物。しかもオーダーメイドをしにくる客は貴族や富裕層の人たちなのだ。
バーティア子爵領は王都から離れた地なので宿が必要不可欠。ローディン叔父様とディークひいおじい様は魔法道具店の構想を練っていた何年も前から宿の準備もしていたそうだ。素晴らしい。
宿の食事は貴族に合わせてコース料理が用意されているが、宿泊客は子爵領に新しく出来たレストランで食事を楽しむことも多いという。
「トロトロ卵のオムライスが美味しいんですよね」
ソニックさんは目の前でとろとろの卵にナイフを入れて、ケチャップライスに黄色いドレスがかかる瞬間が好きだといい、ターナーさんはトンカツやチキンカツなどの揚げ物の定食が一番だと力説している。
あんかけご飯はレストランで、卵フライはテイクアウト店で販売するとローディン叔父様とリンクさんが話をしていたので、それを伝えるとターナーさんとソニックさんは王都での仕事を早く終わらせたいと意気込んでいた。
さて、長くいるとお仕事の邪魔になるので、名残惜しそうなローランドおじい様にぎゅっとして。
「おじいしゃま、むりしないでね。ごはんはちゃんとたべてね」
お腹が空くとイライラして判断力が鈍る。良くないことばかりだ。
「ああ、そうしよう」
ぎゅっとしてもらうと、以前私があげた折り鶴のペンダントが服の下にあるのがわかった。
辺境伯であるロザリオ・デイン伯爵や後継者であるホークさんは、辺境伯軍を率いて戦地に赴く役目を担っている。そして戦火に巻き込まれやすい辺境伯領に、大好きなローランドおじい様やマリアおば様がいるのだ。
辺境伯領は海に面していて貿易船が行き交い、豊かな漁場や土壌が広がる国内でも有数の豊かな領だ。
国の重要な拠点であり、裕福な領地は他国から見れば奪う価値のある場所なのだ。
だから三国は虎視眈々とデイン辺境伯領を狙っていた。これまでの長い歴史を紐解いてみると、デイン辺境伯領は常に侵略行為の脅威に晒されてきたことがわかる。
だから去年デイン辺境伯領に行った時、聖布で作った折り鶴を閉じ込めた結晶石のペンダントをデイン家の家族に渡していた。『どうかデイン家のみんなが無事でありますように』と願いを込めて。
貴族の粛正が始まり早一か月。
捜査の手から逃れる為にいろいろな妨害工作がされているらしい。
王宮で食中毒騒ぎがあったのもそのひとつだ。
デイン家は鑑定を持っているから大丈夫かも知れないけれど、他の方法で妨害行為があるだろう。
――それで、もしケガをしてしまったら。命を落としてしまったら。と不安が尽きない。
――それに、ディークひいおじい様が魔法省からの要請に応えたのは、捜査員に犠牲者が出たからだ。
だから、捜査の最前線にいるローランドおじい様もディークひいおじい様も危険な場に身を置いていることに他ならない。
私はローランドおじい様の服の上からペンダントにそっと触れ、そして願った。
どうか、ローランドおじい様を護ってくれますように――と。
お読みいただきありがとうございます。




