219 王宮にて 2
「さて、仕事に戻ろうかな。美味しいものを食べられて元気が出たよ。もう少し頑張れそうだ」
「お兄様、今日も遅くなるのですか?」
この頃上の人たちはものすごく忙しいのだと聞いていた。
「仕方がないね。ここで一度きっちり膿を出しておかないと」
リュードベリー侯爵の言葉にアーネストおじい様が同意をした。
「ここ数年は三国との戦争があったので、国内のことに目を向ける余裕がありませんでした。それをいいことにさらに増長した者もいますからね」
「ウルド国とジェンド国ともこれから国交が密となる。あいつらはアースクリス国内で悪さをするだけでなく国外でも同じことをするに違いないからね」
ウルド国とジェンド国は事実上の属国宣言をした。
三国は今までアースクリス国に対していろいろと言いがかりを付けて戦争を仕掛けてきた厄介な隣人である。
しかし属国となった以上、アースクリス国も彼らを護る必要がある。
属国になったことをいいことに、三国の民をいいように扱うようなアースクリス国内の黒い考えを持つ者たちを粛正し、鎖に繋げる必要がある。
三国は開戦当時、アースクリス国を滅ぼした後アースクリス国の女子供を他国に売り飛ばすつもりだったと聞いた。ものすごく残酷なことをしようとしていたのだ。
そして、残念なことにアースクリス国の中にも属国になったウルド国やジェンド国の民を同じように扱おうとしていた者がいたという。
菊の花の咲いた教会での地道な情報収集は、これまで知られていなかった領主や権力者の裏の顔を暴き出したのだ。
「女神様方がキクの花を通していろいろと示唆してくださったから粛正は思いのほか順調だけど、いかんせん数が多いから、もうしばらくはかかりそうだね」
リュードベリー侯爵が以前教えてくれた『領民のささいな違和感』から、たくさんの証拠が見つかったという。
これまであやしいと思っても証拠が見つからなかったものも、ひとつひとつ地道にきっちりとおさえてきているとのことだ。
「忙しいのは仕方がない。これは必要なことだからな」
「そうですわね。ですが旦那様、無理をせずにちゃんと休憩は取ってくださいませ」
レイチェルおばあ様の労りの言葉にアーネストおじい様が頷いていた。
「不正案件の他に、今年は税務書類の確認はクリスウィン公爵家の役割だからね。そっちの方もやらないと」
四公爵家は四年に一度持ち回りで税務書類の確認作業をすると聞いた。
去年はクリステーア公爵家が担当でアーネストおじい様が確認作業をしていて、その中でマリウス侯爵家門のヌイエの横領に気づいたのだと教えてもらったのだった。
リュードベリー侯爵とアーネストおじい様が立ち上がろうとした時、王妃様が気が付いたように言った。
「ああ、そうだわ。アーシェラ、ローランド・デイン前伯爵は今この時間は王宮内にいるはずよ。会いたい?」
軍部も魔法省も王宮の敷地内にはあるけれど別の建物だ。今は厳重警戒中なので軍部も魔法省も関係者以外立ち入り禁止だ。
当然会うことは出来ないと思っていたからびっくりだ。
「! あい! あーちぇ、ろーらんどおじいしゃまにあいたいでしゅ!」
「まあ、いいのかしら?」
「ええ、こっそりと王族だけが使える通路を使って行けばいいわ」
普段は皆が利用する通路を使うが、特別な通路があるという。その通路は隠されていて王族だけが使えるのだそうだ。
公爵家も王族と同じだからその通路を使えるらしい。
すごい。そんな通路があるんだ。見てみたい!!
「デイン殿は本当にずっと捜査の指揮をとって頑張ってくれてるからアーシェラが会いに行ったらとっても喜ぶでしょう。何よりも嬉しいご褒美になるはずだわ。アーシェラ、お兄様やクリステーア公爵と一緒に行ってらっしゃい」
つまり、ローランドおじい様へのご褒美サプライズということか。
「ああ、いいよ。じゃあアーシェラちゃん、行こうか」
「おいでアーシェラ。王妃様、ローズをお願いします」
おや、ローズ母様は王妃様のところでお留守番のようだ。
「かあしゃま! いってきます!」
アーネストおじい様に抱っこされて手を振ると、ローズ母様がちょっぴり心配そうに小さく微笑んだ。
「行ってらっしゃい。おじい様の言うことをちゃんと聞くのよ」
うーむ。大人はみんな同じようなことを言うね。
私は分別ある大人の心も持ち合わせてるから大丈夫だよ、母様。
◇◇◇
王妃様の部屋を出ていつもの通路をしばらく歩いて行くと、ふと、不思議なゆらぎのような感覚の後、広く白い空間に出た。
あれ? 普通に歩いてたのに。
王族の使う通路って言ったから、壁の中に秘密通路があるのかと思ったら、魔力? 霊力? が満ちている空間に出た。
ここはなんとなく以前セーリア神の神殿で神獣のイオンに意識を導かれた時のような、感覚に似ている。
この空間に入ると、リュードベリー侯爵がニコニコしながらいろいろと教えてくれた。
「ここはね、四公爵家と王族しか通れないんだよ。もし王宮内で何かあったらここを使うといい。他のやつらは入れないからね」
私が想像した通りの隠し通路もあるそうだけど、今回は私にこの空間を体感して覚えさせるためにあえてこちらを選んだらしい。
四公爵家は全員王家の血を引いている。普段はみんなと同じ通路を使うけど、特別な時はこちらを使うらしい。特別な時って、リュードベリー侯爵の言葉から推測するに危険な時ってこと?
そう聞いたら、アーネストおじい様が頷いた。
「アーシェラはいずれクリステーア公爵家に入る。高位貴族の子女は常に狙われる対象なのだ。だから、身を守る為にこの感覚を覚えておく必要があったのだよ」
「さっき、ゆらってなって、そしたらなにかがあーちぇのなかで、かちってなった」
さっきこの空間に入った時に符号が合って開いたかのような感覚があった。それはほんの一瞬のことだったけど。
「そう、それだ」
私の言葉にアーネストおじい様が満足そうに笑った。
「一度その感覚がつかめれば、ここをいつでも使えるようになる。王宮は警備を厳重にしてはいるが多くの者が出入りするゆえに完全に安全だとは言い難いところだ。だからこうやって王族や四公爵家を護るものがある」
「あとは、近いところで王宮内のクリステーア公爵家の部屋が安全だよ。覚えておくといいよ」
リュードベリー侯爵やアーネストおじい様の言葉に、頷きながらふと一つの疑問が浮かんだ。
「おうぞくとこうしゃくけのひと。……おじいしゃま、りひゃるともちゅかえる?」
まだどこかに隠れているというリヒャルト。
ディークひいおじい様が魔法省に呼ばれた理由は、リヒャルトと行動を共にしているらしいという魔術師がかなりの手練れらしいとの情報が入ったからだ。
リヒャルトの潜伏先だった場所には強力な魔術陣があった。その痕跡から判断するに、捕縛には相当の危険が伴うだろうとのことで、ディークひいおじい様に助力の依頼がきたのだった。
そして、前クリステーア公爵はリヒャルトにクリステーア公爵家の人間としてあちこちに出入りできる鍵のようなものを与えていたとも教えてもらった。だからもしその鍵でこの通路に入れるようになっていたとしたら、ここは安全とは言えないのではないかと不安になったのだ。
でも、アーネストおじい様とリュードベリー侯爵はそれをすぐに否定した。
「大丈夫だ。ここは王家と四公爵家の血を引く者、そして女神様の加護を持つ者を護るために存在しているものだから」
「王家と四公爵家は女神様に与えられた果たすべき役割があるからね。だから王家も公爵家も決して欠けてはいけないんだ。その為にある護りの空間なんだよ。リヒャルトはその役目を果たすことは決して出来ない者であり、逆に我々に害を為すものだ。たとえ前クリステーア公爵が与えた鍵があったとしてもこの空間につながる扉は開かない。安心していいよ」
そうリュードベリー侯爵がきっぱりと言い切った。
以前、王妃様も王家と四公爵家には女神様から役目を与えられていると言っていた。
それは何なのか教えてはもらえなかったけれど、この空間に侵入されるかも、という私の心配は杞憂だったようだ。
歩き始めて間も無く、急に目の前が白い回廊から普通の回廊になった。
秘密の通路を抜けたようで、すぐ目の前には扉があった。
王宮内は物凄く広い。数十分はかかるはずの場所にものの数分で到着したらしい。
目的地まで誰にも見られず、それも距離もショートカットになるという。すごい、便利。
「先に確認してくるから少し待っててね」
とリュードベリー侯爵が中に入ると、大丈夫だったらしくすぐに中に招かれた。
部屋に入ると、ローランドおじい様と武官の服装をした人が二人、そして文官らしき人が三人ほどいた。ローランドおじい様以外の5人はみんな20代後半から30代くらいの若い人たちに見えた。
中にいた人たちはクリステーア公爵に抱っこされてきた私を見て目を丸くしていた。
一番目を丸くしていたのはローランドおじい様で、書類片手に難しそうな表情をしていたのが私に気が付いたとたん、笑顔に一変した。
お読みいただきありがとうございます。




