213 黄金色のおいもさん
フードカバーを持ち上げると、黄金色に仕上がった丸干しの干し芋がお皿いっぱいに乗っていた。
「ほう。それはなんだ?」
「あーちぇ、かぜのまほうでちゅくった!」
ディークひいおじい様の問いに、えっへんと胸を張って言った。
そう。これは小ぶりのサツマイモを使って、日数をかけて作った干し芋だ。
ちょっと透き通った黄金色の干し芋。
ああ、美味しそう~~!
2ヶ月ほど前、私は5歳の誕生日を迎えた。以前からの約束通りディークひいおじい様が魔力操作を教えてくれるようになったのだ。
まずは自分の内にある魔力を感じて体内で巡らせる訓練をし、それから風を動かせるようにと、魔力で動かす魔法の羽をもらった。
前世では魔法なんてなかったから、自分で魔法が使えるようになるのが楽しみで仕方がなかった。
ディークひいおじい様は、『アーシェラであれば、基本が身につけば自然と魔力の使い方が分かるようになる』と言っていた。
そうなの? と首を傾げていたけど、ローディン叔父様とリンクさんは風魔法が使えるようになってから、ローディン叔父様は火の魔法を、リンクさんは水魔法が自然と使えるようになったそうだ。
ふむ。では私は風魔法をマスターすることが第一段階ということなんだね。
先ずは目を瞑って集中し、自分の身体の内側にある『気』を感じること。
その『気』を感じたら、意識して動かし、体の中で循環させる。それが思ったより難しかった。
例えるならば、物凄く重い物を全力で押しても、ちょっとずつしか動かない感じ。
何事も基本が大事。
それをおろそかにしてはいけないとディークひいおじい様に教えられたので、何日もそれを続けたある日、スッとその循環が意識しなくても軽く出来るようになったことに気が付いた。
そして気の循環が出来るようになったと感じた瞬間、魔法の羽がふわり、と軽く飛んだ。
『気』の循環は、自分の中の魔力を感じその魔力を意識し自分の意思で動かすことで、血に受け継がれた魔力を呼び起こすのだということだ。なるほど、面白い。
魔法が使えるようになったのが嬉しくて、基本の魔力循環、そして風を動かすことに日々集中した。
もともと興味があるものにのめり込む質なのだ。
そんなある日、おやつに小さなサツマイモを蒸かしたものを商会のスタンさんからもらった。
ウルド国やジェンド国への食糧支援用として、日持ちのするイモ類をたくさん供出した。
アースクリス国内の色んなところから供出するので、領地によってバラツキが無いようにある程度の幅の規格に統一するようにとのお達しだったので、必然的に小ぶりのものが残り、それが倉庫に残っているということだった。
小ぶりのサツマイモを見た瞬間に、『小ぶりのサツマイモ=丸干しの干し芋』が私の頭に浮かび、無性に昔懐かしい干し芋が食べたくなった。
前世では家の近所に焼き芋屋さんがあったこともあって、子供の頃から焼き芋が大好物だった。
大人になってからも焼き芋が大好きで、焼き芋をしょっちゅう買ってそのまま食べたり、バターをたっぷりつけて食べるのが大好きだった。
そして、焼き芋と同じように好きだったのは、干し芋だった。
スティックタイプや平切りのも好きだったけど、一番好きだったのは、丸干しのもの。食感も他のタイプと比べると柔らかく、ねっとり感が感じられる丸干しの干し芋が大好物だったのだ。
思い出したら無性に干し芋が食べたくなった私は、すぐにたっぷりのサツマイモをもらって、丸干しの干し芋を作ることにした。
じっくりと時間をかけて蒸した小ぶりのサツマイモの皮を剥いて、網に並べたり、串で刺して吊るしたりして天日干しにしたのだ。
前世の丸干しの干し芋は出来るまでに二週間近くかかったが、こっちの世界では経験上比較的短い時間で干し柿も出来たので一週間くらいかなと思ったけど、干し芋は私の大好物なので早く食べたくて、覚えたての風魔法で風を動かして乾かしてみた。
魔力を使うには体力と集中力が必要なので、体力のない私では長く続かない。私が疲れてへたると、ローズ母様が手伝ってくれた。
ローディン叔父様とリンクさんも仕事の合間に手伝ってくれたおかげで、一週間くらいかかるかと思ったものが、三日ほどしたら出来上がりの目安である元の半分くらいの大きさになったのだ。
魔法って便利だ。―――疲れるけどね。
「ああ、これって蒸したサツマイモを干したものだね。アーシェが覚えたての風魔法で一生懸命乾かしてたやつ」
「ずいぶんと小さくなったな。これで出来上がりになったのか?」
「あい!」
ちょうどいい具合の柔らかさになったので、今日出かける時に魔法鞄に入れて来たのだ。
串から外した時にちぎれてしまった部分を食べたらすごく美味しかった。自信作だ。
「まあ、干し芋ね」
「それも丸干しの干し芋か」
サヤ様と秋津様が興味深そうに言った。
アースクリス国では蒸したり焼いたりが主流で干し芋はなかったけれど、久遠国ではよく食べられているのだと話している。
商談もひと段落着いたため、飲み物と共に干し芋が皆に取り分けられた。
「干し芋ですね! 今年初めてです!」
ん? 月斗さん、ずいぶん食いつきが良いね。
『よく出来ているな』
干し芋を手に、蔵人のカンさんも頷いている。
みんなで『いただきます』をしてぱくり。
「おいちい!!」
あう。干し芋おいしい~!!
丸干しの干し芋にこだわってよかった。
ねっとりとしたこの食感と柔らかさ、素朴な甘さが絶妙だ!
お~い~し~い~!
「「あ、美味い!!」」
「アーシェと一緒にちぎれたものを試食したけど、とっても美味しかったわ」
ローズ母様は試食した時に目を輝かせて『また作りましょうね!』と言っていたのだ。
ふふ。ローズ母様も干し芋にハマったようだ。美味しいよね!!
「うむ。干し柿は凝縮した分食感が固くなるが、干し芋は素朴な甘さと適度な柔らかさが残ってていいな。うむ、後を引く美味さだ」
そう言ってディークひいおじい様は二つ目に手を伸ばしている。
ローディン叔父様とリンクさんはすでにおかわりを所望している。素早い。
「懐かしい味だな」
「ええ、よく出来ているわね」
本場(?)の味を知っている秋津様やサヤ様にも太鼓判を貰った。
月斗さんはおかわりをもらってホクホクしていた。
「今冬はまだ作っていなかったですからね。うちもこれから作りましょう」
『うむ、そうしましょう』
久遠国では素朴なおやつとして好まれてきたという干し芋。
襲撃事件があったことで、お酒や味噌同様に、冬仕込みのものは全部時期を先送りにしていたそうだ。
「サツマイモを干すとこんなに美味くなるのだな」
ディークひいおじい様もおかわりの干し芋を完食し、満足そうに頷いた。
「久遠国では冬に仕込む定番のものです。大きなサツマイモは蒸した後平たく切って、小ぶりのサツマイモはこうやって丸干しにします。私はこの丸干しの干し芋が一番好きなんです」
月斗さんがそう言いつつ再度おかわりを所望した。本当に好きなんだね。
「口の中の水分を取られないし、いいなこれ」
確かにいも類はほっくりして美味しいけれど、喉につまりそうになるよね。
特にサツマイモは焼き芋も蒸かした芋もそういう感じになるけど、丸干しの干し芋はしっとりして食べやすい。
「ああ。美味いし、いくつでも食べられる」
ローランドおじい様は甘いものも好きなので、これも喜んでくれるはずだ。
それに干し芋はそのままで十分美味しいし、忙しくて食事の時間がとれない時につまんでもらえればお腹が満たされるだろう。
お腹が美味しいもので満たされれば力も湧くと思うし。
「あーちぇ、ほしいもしゅき! ろーらんどおじいしゃまにもたべてもらいたい!」
「ああ、おじい様も喜ぶだろうな」
「腹持ちもよさそうだし、いいだろうな」
「よし。では早速うちの料理人にも仕込ませるか」
そう言ってディークひいおじい様が立ちあがった。
小ぶりのサツマイモはバーティア子爵家の食品庫にも大量に保管されているとのこと。
供出の為に作付けを多めにしたので、その分規格外品が出るのは当然のことだ。
芋類は作物として強くどこの領地でも収穫出来る為、基本的に自領の中での消費となる。
領民にはしっかりと備蓄食糧として分けたが、それでもたくさん小ぶりのものが残っていて、食材として子爵家にたくさん持ち込まれたのだそうだ。
干し芋を作ってもらうために厨房に行ったところ、料理人さん達は従業員用の食堂でちょうど休憩をとっている所だった。
おやつとして新作の干し芋をトマス料理長や料理人さん達に食べさせたところ、皆あっという間に食べきり、食べた直後に大きな蒸し器をいくつもセッティングし始めたのは面白かった。
「じっくりと蒸して、皮を剥いて天日干しということですね」
ローズ母様から作り方を聞いたトマス料理長とレイド副料理長がふむふむと頷いている。
「天日干しして、数日で出来上がるんですね」
「楽しみですね!」
いつもバーティア子爵家やデイン伯爵家の料理人さん達はすぐに対応してくれる。ありがたい。
サツマイモの甘い香りが厨房に広がって来た。
ああ、においだけで美味しそう。
サツマイモのどっさり入った箱が床に置かれていて、まだまだ在庫はあるみたいだ。
それを見たら、もうひとつ大好物が思い浮かんできた。
よし。じゃあ、あれを作ろう!
お読みいただきありがとうございます。




