211 リンクさんの決断
コメントありがとうございます。
なかなか返信出来ませんが楽しく読ませていただいてます。
これからもよろしくお願いします。
リンクさん視点は今回で終わります。
―――可愛いアーシェ。
たどたどしい言葉で『りんくおじしゃま!』と俺を呼んで駆けてくるその姿。
まだまだ小さいアーシェは抱っこが好きで、ぎゅうっとすると嬉しそうに笑顔を浮かべる。
怒った顔も泣き顔も―――地団駄を踏むその仕草さえも全部が可愛くてしょうがない。
一日の終わりに可愛い寝顔を見る。
―――ささやかだけれど、それが幸せな瞬間だった。
振り向けばいつもそこにアーシェがいる生活。
ジェンド国から戻ってきて、またそんな毎日を送れるのだと。
―――そんな幸せが、まだ続くのだと思っていた。
―――それなのに。
―――なにも戦争から帰って来たこの日に、俺に言わなくてもよかっただろうに、とうらめしく思ってしまうのは許して欲しい。
ふと、俺の隣でローディンが口を一文字に結び耐えているのがわかった。
俺よりも先にその話を聞いていたというローディン。
ローディンも俺と同じで、理解は出来てもまだ感情は追いついていないというのが、分かった。
分かっている。
ここにいる誰も悪くないことは分かっているのだ。
悪いのはリヒャルトであって、クリステーア公爵が悪いわけでもない。
生まれてすぐアーシェをローズから離したことも、王宮の隠し部屋で育てたことも、俺たちに託したことも。すべてアーシェを守る為だったのだから。
そうしなければアーシェは生まれてすぐに命を失っていただろうから。
クリステーア公爵が隠されていた真実をローディンや俺に明らかにしたということは、リヒャルトを粛清する準備が整えられたということだ。
そして、危険がすべて取り去られた時には、アーシェとの別れが来る。
アーシェは、生まれた家に―――本来居るべき家に帰るのだ。
―――そして、当然そこには……俺とローディンはいない。
それが何よりも辛かった。
そして、アーシェがぼたぼたと涙を流しながら『決断』したことを聞いた。
ローズと共にクリステーア公爵家に行くという事を。
―――ならば。俺も心を決めるしかない。
「アーシェが、そう決めたのなら。―――受け入れます。―――本当はまだ実感はわきませんが」
俺の言葉に、クリステーア公爵やレイチェル夫人がほっとした表情を浮かべた。
「君たちには本当に感謝をしている。そして、これまで伏せていたことを謝罪する」
そう言ってお二方が頭を下げた。
「すべてはアーシェを守る為にしたことですから、理解できます。それに商会の家の周りにいた暗殺者たちも、クリステーア公爵家の護衛達で相当数片付けてくれていましたよね?」
「ああ、当然のことだ」
とクリステーア公爵が首肯した。
―――やはりそうだったのか。
リヒャルトはどうしてもローズとアーシェの命を奪いたいらしく、次から次へと暗殺者を送りこんで来ていた。
商会の家の周辺にはバーティア子爵家とデイン伯爵家の護衛達が常に目を光らせているが、隙をつかれることもある。『魔力の目』を商会の家の中に送り込んできた魔術師のように。
高い報酬に目がくらむ馬鹿どもは際限なくいるらしく、護衛達からの排除の報告は多数だった。
だがその排除の報告の中に、俺たちが殺気を感じ、その後すぐに消えたものが入っていないことが何度かあった。
それはおそらく、クリステーア公爵家の手の者が対処したという事なのだろう。
クリステーア公爵はずっとローズとアーシェを護っていたのだ。
クリステーア公爵がアーシェを大事に思っていたことは分かっていた。
魔力鑑定の時にお二人がアーシェが無理をしないようにと心配していたあの表情。
フラウリン子爵領のセーリア神の神殿でクリステーア公爵が微笑みを浮かべてアーシェを見ていたことも。
―――そして王都で誘拐事件があった時、アーシェが意識を飛ばし、魔力切れで倒れた時にクリステーア公爵が自分の魔力を分け与えて回復を促してくれたことも、先ほど聞いた。
―――人から人へと魔力を渡すことでの回復は、『直系の血縁者』の間でのみ可能なのだ。
あの時ローズにきちんと聞いていれば、もっと早くアーシェの出自に気づいたかも知れなかったのに、と今さらながら後悔した。―――てっきり女神様の加護の力で回復したのだと思い込んでしまっていた。
―――何より驚いたのは、王宮の隠し部屋でクリステーア公爵とレイチェル夫人がアーシェを二人だけで世話をしていたということだ。高位貴族に生まれ自らの世話さえをしたことがなかったお二人が、侍女やメイドの手を一切借りずに、生まれたばかりの大変な時期を二人だけで。
王妃様が乳母となりアーシェにお乳を与えていたことにも驚きを隠せなかった。
ああ、この場に王妃様がいらっしゃる理由がわかった。
アーシェを育てたもう一人の母として話し合いを見届けるおつもりだったのだろうと。
万が一、人に見られることがあっても怪しまれないようにと、魔法で王妃様も姿を変え、そしてクリステーア公爵やレイチェル夫人もメイドの姿で世話をしていたという。
「ただ、仕事の合間に世話をしていたから、一人にする時間が多くて。それがアーシェラに申し訳なかったものだ」
確かに。お三方とも責任のある忙しい身の上だ。
当時戦争が始まったばかりで情勢は不安定だった。
国を支えるために忙しかっただろう。そんな中で子育てをしていたのか。
「あの当時は戦争の激化で大変だったけれど、アーシェラを抱くとそんな疲れも飛んだものよ」
「ええ、そのとおりですわ」
王妃様はアーシェがどんなに可愛かったかを懐かしそうに話し、レイチェル夫人やクリステーア公爵が相槌をうっていた。
あの氷の女官長と異名をとるレイチェル夫人の微笑みを見たら、アーシェを大切にしていることが否が応でも分かってしまった。
そこまで知ったら、もう疑う余地もない。
クリステーア公爵たちが、後継者というだけではなく、孫娘としてアーシェを本当に大事にしていることを。
俺たちでも初めて会ってから数日一緒に居ただけでアーシェが手放せなくなるほど情が湧いたのに、自分たちの血を引くたった一人の大事な孫娘、ましてやその手で育てたのだ。アーシェが可愛くてしょうがなかっただろう。
クリステーア公爵もレイチェル夫人も、アーシェを護る為に身を切るような思いで手放し、俺たちに託したのだということが分かりすぎるくらいに分かる。
そしてずっと陰から守ってくれていた。
そんな方たちがアーシェをないがしろにするはずがない。
アーシェはクリステーア公爵家に行っても大丈夫。それがわかった。
―――アーシェはまだ幼いけれど、自分で進むべき道を選べる子だ。
そんなアーシェが、そうするべきだと決めたのだ。
そして俺は、―――たとえ離れても『家族』としてそれをサポートし続ける。
アーシェが女公爵になろうと、国母になることを選択しようとも。
アーシェの味方でいると決めている。
この先、離れて暮らす時が来たとしてもアーシェは俺の大事な家族。
それはずっと一生変わらない。
アーシェが世界の理を覆してまでも俺にくれた光の魔力―――アーシェが俺にくれたその想いは、深く深く心に刻まれている。
―――だから、大丈夫。
離れたとしても、俺たちの間にある思いと絆は決して変わらない。
俺は家族としてアーシェをずっと守っていく。
―――そう決めた。
お読みいただきありがとうございます。




