210 銀色の髪がおきにいり
リンクさん視点その2です。
次回更新は明日の予定です。
俺がジェンド国での復興支援を終えて、アースクリス国に帰国したのは十日ほど前のことだった。
王宮に迎えに来たアーシェと再会した後、デイン家の王都別邸に戻る前にローディンと共にある一室へ呼ばれ、クリステーア公爵とレイチェル夫人、そして王妃様から話を聞いてきた。
そこで教えられたのは、アーシェの出生の秘密だった。
アーシェはクリステーア公爵家後継者であるアーシュさんの子ども。つまりはローズが生んだ本当の娘。
俺にとっては従姉妹の娘で、俺とも血がつながっているということだった。
「アーシェが、クリステーア公爵家の……」
「そうだ。アーシェラは我が息子アーシュの娘。私の大事な孫娘だ」
はっきりと言い、真っすぐに俺の目を見るクリステーア公爵。
その瞳は薄緑色。―――アーシェと同じ色だ。
薄緑色の瞳はクリステーア公爵家直系の証。
クリステーア公爵家をはじめ、四公爵家の継嗣は受け継いだ瞳の色で決まると言われている。
それに、たしかローズの懐妊が分かった時に『性別を問わず生まれた子をクリステーア公爵家の継嗣とする』と定められたはずだ。
それで行くと、アーシェは紛れもなくクリステーア公爵家の後継者ということになる。
当然アーシュさんも薄緑色の瞳だったが、その当時の状況からアーシェの父親である可能性を最初から外していた。
ローズの死産という情報と、ローディンとローズが女神様の小神殿で拾ってきた子どもであるということ、そしてアーシェがあまりに小さかったことから、ローズが生んだアーシュさんの子どもだとは思いもしなかった。
―――それはローディンもそう思っていたことだし、生みの母であるローズも、まさか自分がアーシェの実の母であるとは思っていないだろう。
強い魔力を持って生まれて来た子供は成長が著しく遅い。
そしてアーシェはその例にもれず、歩き始めや言葉の発達も遅く、今でも5歳になったというのに、身体は3歳に足をかけたかどうかくらいの成長具合だ。
拾った時、4~5ヶ月くらいだと誰もが口を揃えて言ったが、実際は生後7ヶ月だったということだ。今であればアーシェが魔力の強い子供の特徴を持っていたと納得できる。
そしてローズとアーシェが母子だと認識して改めて考えてみると、アーシェはローズの小さい頃によく似ている。
アーシェに初めて会ったのは、バーティア子爵領の商会の家でローズを迎え入れた時だ。
ローズの腕に抱かれていた金色の髪の小さな赤ん坊を見て―――驚きのあまり、固まったことを覚えている。
これから侍従や侍女のいない不便な生活を始めるのに、赤ん坊を拾って来たのか?
だがローズが死産したことも知っていたし、そのやつれ具合からも相当に辛い思いをしてきたことも容易に想像できた。―――何より、ローズが赤ん坊に向ける穏やかな笑みを見たら反対などできなかった。
ローズが自分の子として育てると言い、ローズの母親のローズマリー夫人や、祖父であるバーティア前子爵が赤ん坊を育てることを認めた。そして次に俺たちが気になったのは、当然アーシェを捨てた親のことだ。
貴族の家は基本的に子供が少ない。魔力の強い家系では子供は一人か二人。魔力がそう強くない家系は三人生まれることはあるが、四人となると殆どいない。
アーシェを初めて抱いた時に、内に秘めた魔力の強さをその小さな身体から感じた。
この赤ん坊は魔力の強い家系に生まれた子どもだ、と直感で感じた。
それはローディンも同じく感じたらしい。
魔法学院にいた二年間でクリスフィア公爵を師に、高位の魔力を身に付けてきた俺とローディンは魔力の色は見えないが、魔力を感じることが出来るようになっていた。
だから―――こんな強い力を持った子どもが下位貴族の子どもではありえないと思った。
これだけの力を持っているのだから、伯爵位以上……いや、バーティア子爵家のように魔力の強い子爵家もある。ともかく『置き去り』にしたのだから、望まれなかった子どもなのだろう。
たった数日一緒に過ごしただけでこの小さな命が愛おしくてしょうがなくなったというのに。アーシェを捨てた身勝手な親が腹立たしかった。
だからローディンと話し合って親を探さないことにした。
―――必要ならいつでもデイン辺境伯家の情報網を使って突き止めればいいのだから、と。
そう決めた後、俺たちは三人で赤ん坊のアーシェの世話をすることになった。
―――俺とローディン、そしてローズは生まれながらの貴族であり、自分の身の回りのこともロクにしたことがない。当然のことながら赤子の世話も初めての事で、文字通り天手古舞した。
その慣れない子育ての中、ローズは長い間臥せっていたこともあり体力が著しく落ちていたため、アーシェを寝かせているベビーベッドにもたれて眠り込んでしまうことがあった。
なのでローディンと交替で日中もアーシェの様子を見に行ったものだ。
疲れて眠り込んだローズに毛布をかけてアーシェの様子を見ると、アーシェはぱっちりと目を開けていて、もう少しで手の届きそうなローズの長い銀色の髪を触りたがってぱたぱたしていることがよくあった。
―――髪を触ったらローズが起きてしまうだろう。
手を伸ばしてアーシェを抱くと、今度は緩く結って肩にかけた俺の銀髪に嬉しそうに触れる。
商会の店舗スタッフの女性従業員は、幼い弟妹の世話の為に長い髪を結い上げていると言った。
子どもは容赦なく引っ張るからだと。
でも、アーシェは目を輝かせて宝物のようにそっと触れては可愛い声を上げて笑うのだ。
言葉を話せるようになると『きらきら』と可愛い声で笑う。
アーシェが長い銀髪がお気に入りなおかげで、その長さをキープするようになったのだった。
―――アーシェが大きくなるにつれて、俺たちの心にずっとあった不安。
―――いつか、アーシェが俺たちと血の繋がりの無いことを知って傷つくかもしれない。
ずっとそう思って危惧していたから、アーシェの出生を教えられ、俺とも血がつながっているということを知って喜んだ。
けれど同時に―――アンベール国で生存していたアーシュさんが戻ってきたら、アーシェがクリステーア公爵家に戻るという現実を目の前に突き付けられた。
確かにそれが当たり前のことであり、アーシュさんが無事だったことも喜ばしい。
―――だけど。
アーシェと離れるという現実は、すぐに受け入れられないものだった。
離れてもアーシェと会えるように設置されるという転移門の話も上の空で聞いていた。
確かに、俺は数年後にはフラウリン子爵となって、バーティア子爵領から離れることになる。
―――いつかは必ず離れる時が来る。
そう分かっていたけれど。
心の底から、このままずっとアーシェとの生活を続けていきたいと思っていたのだ。
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