209 『結びの子』の条件
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今回はリンクさん視点です。
「ルードルフ侯爵殿、ローランド・デイン殿、リンク・デイン殿、ローディン・バーティア子爵殿。率直にお聞きする。―――アーシェラちゃんは、緋桜様の血を引く御子か?」
久遠国の大使館の一室。
アーシェやローズ、メイリーヌ様とリーナ様は、久遠国の着物をプレゼントしてもらえるということで、別室で採寸中だ。
女性たちを別室に置いてこの部屋に通されたとたん、秋津様とサヤ様が開口一番にそう俺たちに問いかけた。
唐突に言われて戸惑ったが―――まず、『ヒオウ様』って誰のことだ?
俺や祖父、ローディンは『ヒオウ様』という言葉に首を傾げたが、ルードルフ侯爵はすぐに肯定を返した。
「その通りだ。アーシェラちゃんはまだ公にはできないが、クリステーア公爵家後継者であるアーシュの娘―――ゆえに、緋桜様の血を引く子だ」
「ああ、やはりそうなのね。ではアーシェラちゃんが『結びの子』なのだわ」
「そうだな」
肯定を受けて、サヤ様が声を弾ませ秋津様と視線を合わせて頷きあっている。
「「「結びの子?」」」
ってなんだ?
「秋津殿、『結びの子』とは何のことだ?」
祖父が俺たち全員が抱いた疑問を秋津様に問いかけた。
「言葉のとおり。久遠国とアースクリス国を結んだ子という意味です。久遠国の米は、アースクリス国のキクの花と同じで、神様の意思により根付くのです」
「米がキクの花と同じ……」
その言葉ですぐに理解した。
―――では、米は久遠国の神様が認めなければその土地に実らないということだ。
「百数十年もの昔、久遠国で神子様として尊ばれていた緋桜様がアースクリス国に嫁がれました」
サヤ様の言葉で、ヒオウ様とはヒオ様ということが分かった。こちらの発音上、ヒオウ様の『ウ』が抜けて次第にヒオ様と呼ばれることになったのだろう。そのヒオウ様は久遠国の神子様だったのか。
「アースクリス国に久遠国の神子である緋桜様の血が受け継がれていく。それは久遠王家と久遠国の神様の流れを汲む者がこの地に根を張るということになる。―――そういった理由もあり神社と大使館がこの国に置かれることとなったのです」
だが、久遠国の民の主食である米は、アースクリス国で長らく実を結ぶことはなかった。
「神託により、神様のお米はアースクリス国で生まれた緋桜様の血を引く子が結ぶと言われてきました。―――それがアーシェラちゃんなのでしょうね」
ヒオウ様のひ孫にあたるルードルフ侯爵家の令嬢がクリステーア公爵家に輿入れし、公爵夫人となった。その数代後にクリステーア公爵家の直系の姫としてアーシェは生まれている。アーシェもヒオウ様の血を受け継いでいるということだ。
「―――ですが、アーシェラちゃんがなぜ『結びの子』であったのか。―――それが私達には分かりません」
「アーシェラは、『知識の引き出し』を女神様からいただいている」
首を傾げた二人に祖父がそう告げると、サヤ様と秋津様が驚き、目を見開いた。
サヤ様は両手をパンと合わせて、『そうなのね!』と声を上げた。
「『知識の引き出し』とは『過去生の記憶』!! 久遠国の神子であらせられた緋桜様も『過去生の記憶』を持っていたと言われておりますわ。ではアーシェラちゃんは、アースクリスの女神様方の神子なのですわね!」
「そうか! 久遠国の神様の神子であった、緋桜様の血を引くアースクリス国の女神様の神子。それが『結びの子』の条件だったのか!」
一気に腑に落ちた、と二人が頷いた。
「神子様はたくさんの輪廻転生を繰り返し、その魂は数多の神様に愛しまれるといいます。だからこそアーシェラちゃんは久遠国の米をこの地に結ぶことが出来たのでしょう」
「米を苗から稲穂になるまで、アーシェがほとんど一人で育てました」
ローディンがそう言うと、サヤ様と秋津様が『やはり』と頷いた。
「もしかしたらアーシェラちゃんの魂が経験してきたたくさんの輪廻転生の中に久遠国があったのかもしれませんね」
米の育て方が過去生の『知識の引き出し』にあった。それならばアーシェが米を育てられたことに納得ができる。
「そうかもしれないな。―――だが、気になるのは、アーシェラちゃんがわらびを食べられるように出来たことだ。久遠国も―――いやどこの国でもわらびは毒草だろう」
それはそうだ。アーシェは当たり前かのようにわらびの毒抜きをしてみせた。
だが、今までの認識では、わらびはどこの国でも厄介な毒草なのだ。
「それはアーシェラちゃんの魂が他の世界にいたことがあるという証拠じゃないかしら? 私たちの魂もありとあらゆる世界を転生してめぐっている。―――私たちに魂の記憶は残されていないけれど、久遠国に似た別の世界もある。それは緋桜様が私たちに残してくださった教えの中にもあったもの」
久遠国から嫁いできたというヒオウ様は、アーシェと同じく魂に知識の引き出しを持つ、神子様だった。そしてそれまでの輪廻転生の中のひとつである、久遠国に似た世界での記憶を持っていたらしい。
なるほど。ヒオウ様の魂がかつていた世界、それと同じか似た世界で生きていた記憶の断片をアーシェは持っているということか。
「久遠国はよく緋桜様を国外に出しましたね。神子様なら相当久遠王家も渋ったでしょうに」
ヒオウ様が神子であったと初めて知ったルードルフ侯爵が言った。
「ええ、それはそれは大反対したそうですわ。今だから話すことができますけれど、久遠王家はルードルフ侯爵との婚姻を諦めさせようと緋桜様を軟禁したそうですの。でも、神子様が本当に悲しむことをしたので―――神様がお怒りになったとのことです」
「ああ……そうか」
アーシェを俺達家族から引き離して『保護』をしようとした三公爵やカレン神官長に、女神様方が否定を返したのと同じように、当時の久遠王家にも同様のことが起きたようだ。
「緋桜様ご自身が心から望んだ婚姻。そして久遠国の神様がそれを認めた以上、久遠王家が出来ることは緋桜様の血を引く子を守ることでした。ゆえにこの神社と大使館をアースクリス国に立てることを決めたのです」
「―――なるほどな」
ルードルフ侯爵が深く頷いた。
そして、ルードルフ侯爵はアーシェの今の状況をお二人に話した。
ローズのお腹にいた時からリヒャルトに命を狙われたせいで、アーシェが生まれてすぐローズから引き離されて、王宮で秘かに育てられたこと。
拾い子としてバーティア子爵領で俺達と暮らしていること。
リヒャルトが出自の分からないアーシェを怪しんで執拗に暗殺者を送り続けているということ。
―――そして、リヒャルト達を一掃した後、生家であるクリステーア公爵家の継嗣として戻るということを。
リヒャルトが共通の敵であることを認識したサヤ様と秋津様が、アーシェを護るために久遠国の御守りを用意すると話していた。
―――そして俺はそんなサヤ様と秋津様に相槌を打ちながら、複雑な思いにとらわれていた。
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