207 だれのこえ?
コメントありがとうございます。
なかなか返信出来ませんが楽しく読ませていただいています。
これからもよろしくお願いします。
お昼寝から目覚めた時、神社の人たちがワイワイと自宅用にお米を分けているところだった。
それを眺めていたら、ふと初めてお米を育てていた時のことを思い出した。
―――まだ3歳になる前の夏。今より身体も小さく、まだ言葉もおぼつかないくらいの時のこと。
商会の家の庭で私とローズ母様、ローディン叔父様とリンクさん、そしてバーティア子爵領の農民のトーイさんとトーイさんのお祖父さんと一緒に稲の様子をみていた。
「アーシェラ様、これはどうして枯れてしまったんでしょう」
トーイさんとおじいさんが枯れてしまった稲と、観察記録を眺めながら悩んでいた。
「順調に育っている稲と同じように日当たりも考えて風通しもいいようにしたんですけどね」
トーイさんとおじいさんは毎日農作業の合間を縫って商会の家に通って来ていて、一緒に稲の生育状況を見守ってきた。
全部で10個用意した樽のうち、8個の樽に植えた苗は順調だけど、2個の樽に植えた苗は一生懸命世話をしたのに、穂が出るあたりに突然立ち枯れてしまったのだ。昨日まで元気だったのに。―――原因は全く分からなかった。
「……枯れてしまったのは仕方ないな」
「じゃあ、この二つの樽は片付けてしまおうか」
ローディン叔父様とリンクさんが枯れてしまった苗の樽の一つを二人で持ち、トーイさんとおじいさんももう一つの樽を片付けに行った。
「……ふたちゅかれちゃったから、のこりはやっちゅ」
作ってもらった踏み台に乗り、樽の中で順調に育っている稲を眺めながら呟いた。
「……あにょふたちゅ、どうちてかれたにょかにゃ」
残った8個の樽の苗は順調に育って、出穂しているのに。
なにが悪かったんだろう?
あの二つの樽の苗は、ゆっくりとだったけれど分けつもしたし、ちゃんと根をはって育っていたのに。
毎日成長していくのを楽しみにしてたし、そろそろ穂が出るかもと期待していたから余計に突然枯れたのを見たときはショックだった。
樽の縁につかまって水面に映った空を見ていた時。
さらり、と風が稲を揺らした。
『―――あのふたつは仕方がないのだ。そなたが植えたものではないからな』
と、どこからか声がした。
「?」
―――誰の声?
まわりを見ても後ろを振り返って見ても、商会の庭にはローズ母様しかいない。
「―――アーシェ、ここは暑いから家の中に戻りましょう。冷たい飲み物を用意してあげるわね」
「あい」
ローズ母様がそう言って踏み台の上に立っていた私を抱き上げると、慰めるようにポンポンとしながら。
「枯れてしまった二つは残念だけど、まだ元気な稲は八つあるわ。大丈夫、ちゃんと育つわ」
そう言ってきゅうっと抱きしめてくれた。
さっきまで落ち込んでいた気持ちが、ローズ母様の温かさに包まれたことですうっと消えて落ち着いてきた。ああ、ローズ母様の腕の中はすごくすごく安心する。
ローズ母様に抱っこされたまま商会の庭を横切って行くと、ローディン叔父様達が樽を片付けに行った倉庫の方から。
『え!? 枯れちゃったんですか!? ってこの大きい樽って僕が植えたやつじゃないですか!』
と驚く商会のスタンさんの声が聞こえた。
それを聞いてローズ母様が。
「そういえばあれはスタンが植えたのだったわ。じゃあアーシェが植えたのは残っているのね」
そういえばそうだった。
―――春、生育のよさそうな苗をもらい、10個の樽を用意してもらった。
樽は全部同じサイズじゃなくて、2個の樽は大きい樽だった。
8つの樽に苗を植えた後大きい樽の方に植えようとしたら、使っていた踏み台の高さが足りず、植えたつもりの苗が水にぷかりと浮いてしまったので、手伝ってくれていた商会の従業員のスタンさんに浮いた苗を土に深くさしてもらった。
―――途中で枯れてしまったのはその大きな樽に植えた苗だった。
―――そして私に聞こえたあの声のことは、不思議なことに、今の今まで記憶から消えてしまっていたのだった。
◇◇◇
その日の夕方。
久遠国の大使館の敷地内を一通り案内してもらった後、大使館で休憩となった。
秋津様やサヤ様は神職の服装からこちらで過ごす服に着替えていて、こちらの国の貴族と同様の装いだった。
久遠国の着物をプレゼントしてもらえることになった、ローズ母様とリーナ様、そしてメイリーヌ様は、別室で採寸中だ。
一足先に採寸が終わった私は、秋津様やローランドおじい様達がいる応接室にサヤ様と戻って来た。
「アーシェラちゃん。はい、巾着袋なのだけど受け取ってちょうだい」
サヤ様がくれたのは、桜色ともっと赤い色の布が組み合わさった可愛いちりめん素材の巾着袋だった。
底にマチが付いていて使い勝手もよさそうだ。
なによりもちりめん素材のポコポコした肌触りが気持ちいい~
「しゅごくかわいい! ありがとごじゃいましゅ!」
「これも受け取ってちょうだい。御守りが入っているのよ」
名刺が入るくらいの大きさの小さな漆塗りの小箱をサヤ様がくれた。
「おまもり?」
両手で受け取ると、カチリと、鍵が開くような感覚が伝わって来た。
? なんだろう、今の?
テーブルの上に箱を置いて開けてみると、丸い小さな青金石に黄金の龍が巻き付いている御守りが入っていた。
「その青い石を手に取ってみて」
「あい」
「るりいろのきれいないし」
指でつまみもう片方の手のひらに乗せると、次の瞬間、青い石と黄金の龍はほどけるように瑠璃色と金色のまざった光となって手から消えてしまった。
「ありぇ?」
その光はふわりと私の周りを包み込み、すっと中に入って来たような気がした。
―――そしてそれはすぐに私の中に馴染んでいった。
全く不快な感じはしない。でも、これは一体何だろう?
そう思って手を見ると、手の周りに瑠璃色と金色の名残のような淡い光がふわっと見えた。
それを見て、サヤ様と秋津様は本当に嬉しそうに破顔した。どうしてそんなに嬉しそうなの?
「るりいろのいし、とけて、あーちぇのなかにはいったみたい」
「ふふ、驚いたわよね。その通りよ。それはアーシェラちゃんの中に溶け込んで守ってくれる御守りなの」
なんと。御守りとは形が残るものではないのか。
それはやっぱり珍しいらしく、私の両隣に座っていたローディン叔父様とリンクさんが消えたお守りに私同様に驚いて聞いた。
「何ですかこれは?」
「先程お話した、御守りです」
どうやら私がいない間にも何か話し合っていたらしい。
「この御守りは特別な御守りです。アーシェラちゃんが大きくなるまで役に立ってくれるでしょう」
どういうこと?
ちょうどそこにリーナ様お一人が戻って来た。
「あら? アーシェラちゃんももらったのね」
リーナ様が私のもとにやって来た。御守りの気配に気が付いたらしい。
『も』って? 首を傾げていたら。
「うふふ、この御守りはね。私も小さい頃に神社の宮司さんからもらったの。高位貴族に生まれた子供、特に女の子は狙われるから。―――よく私も幼い頃は誘拐されそうになったわ。小さい頃は姿変えの魔法なんて使えないし、もし使えたとしても誘拐犯に魔法に長けた者がいれば見破られてしまう。でもね、久遠国の御守りの力はこの国の魔法使いには感知できないのよ」
へえ、そうなんだ。すごい。
リーナ様の説明に、ローランドおじい様やローディン叔父様たちも『すごいな』と呟いている。
その口調から行くと、この御守りは姿変えなのかな?
「こりぇ、すがたかわりゅの?」
「変わるのは瞳の色よ。アーシェラちゃんは薄緑色の瞳だから、ちょっと濃い緑色とか、瑠璃色と薄緑色が合わさって、青緑色になることもあると思うわ。元の石の色が瑠璃色だから瑠璃色にも」
「そうなんですか?」
リーナ様の言葉に、リンクさんとローディン叔父様が私の目を覗き込んだ。
「こうやって見てもアーシェの瞳は薄緑色ですが」
「それはあなた方が決してアーシェラちゃんの敵にはなりえないからですわ。―――でも、先ほどのカリル伯爵やリヒャルトが相手の時には守りの力が働いて、違って見えることでしょう」
「青系に近付く色にしかならないけれど十分に役立つと思いますわ。久遠国もアースクリス国も、貴族の子を狙う者は標的の瞳の色を見て見定めるのです」
だから、それを欺くために瞳の色を変える力を込めた御守りを作ったのだと、サヤ様が告げた。
「―――この御守りは、神社にある宝玉から作り出したものです。アーシェラちゃんに『よからぬ思惑を持って近づく者に』瞳の色が変わって見える、そんな力を込めています。そして、この御守りは本当に危険が迫った時は私たちに伝わるようになっているのです」
ねえ、秋津様。今さらっと言ったけど、神社の宝玉って、本当に特別な物だよね?
それって、アースクリス国で神官長だけが分け与えられる女神様の結晶石みたいなものじゃないの?
そんな超貴重な石で作った御守りをもらっていいの?
そのことはローランドおじい様たちも驚いていた。
けれど、秋津様とサヤ様は大丈夫です、と言った。
「必要だと認められたから、御守りの入っていた箱が開いたのです」
それはすなわち、『これから攫われる危険性があるからだ』と予言されているようで驚いた。
お読みいただきありがとうございます。




