203 神社にて 6
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十数年前、馬が暴走して神社内を滅茶苦茶にし多数の負傷者が出たという。
「死者が出なかっただけよかったですが……あんなことはもう二度と経験したくはありません。こちらは被害を受けた立場というのに、リヒャルトの計略によって逆にこちらが加害者にされるところでした」
「―――だから、『事故』としてすべてを終わらせたのですね」
目を瞑って下を向き、悔しそうな秋津様の様子に、ローランドおじい様が声を落とした。
そして、暴走馬の騒ぎにまぎれて別の事件が起き、被害を受けた側である久遠国神社と大使館側が、逆に犯人にされそうになったという。
―――その時、久遠国の人たちに大きな罪をかぶせ、この国から追い出そうという『誰か』の思惑がはっきりと見えた。
その時はクリステーア公爵やルードルフ侯爵、そして秋津様達の苦渋の判断で『事故』としてすべてを覆い隠すことにしたとのことだ。
その後、事件の黒幕がリヒャルトであることを突き止めたが、表面的な証拠はどれもリヒャルトにはつながらなかったそうだ。
それは、今回の策略によく似ている。
裏で糸を引いているのはリヒャルトだが、表面的にはカリル伯爵を置いて目くらましにし、さらには証拠を捏造し罪無き者を犯罪者に仕立てる。
「―――リヒャルトの姑息さは筋金入りだもの。―――本当にあの時は悔しい想いをさせてしまって申し訳なかったわ」
リーナ様がそう言って頭を下げた。
「―――秋津殿。先ほどの我々の会話からも気づいただろうが、改めて伝えさせてもらおう。―――リヒャルトは前公爵夫人の不義の子であることが確定した。故に決してクリステーア公爵家に戻ることはない。あれはこれまでの罪の積み重ねにより―――すでに陛下の命で『極刑』とすることが決まっている」
ルードルフ侯爵のその言葉に秋津様が顔を上げた。
これまでリヒャルトは主犯でありながら罪を逃れ続けて来た。
そして数多の命を奪ってきたことも証拠固めされてきた。
その罪を白日の下に晒す。
今回企てている謀略を未然に防ぎ、さらにこの神社で行った過去の罪も明らかにする、とルードルフ侯爵が告げた。
「同時にリヒャルトに寄生している者たちも炙り出して消し去る必要がある。カリル伯爵も数多いるリヒャルトの手足の一つだ。―――どうだろうか、秋津殿。危険だとは重々承知しているが、今回仕掛けられた謀略を潰す為に我々に協力してもらえぬだろうか」
「カリル伯爵を捕らえ、『確実に使えなく』してやれば、『それ』がどういうことか、リヒャルトの手下共は分かるだろう。―――明日は我が身だからな。リヒャルトに付いていた権力に日和見な貴族達は沈みかけた船から逃げる。結果としてリヒャルトの為に動く者はかなり少なくなるだろう」
「―――」
秋津様はすぐに答えず、魔道具の襖の向こうにいるカリル伯爵を睨みつけている。
秋津様は大使として久遠国の人たちを守る為に、ワインは最初からなかったことにすれば、一時的であっても、そこで危険性はなくなるはずだ。
そしてアースクリス国から撤退すれば済む。
だが、葛藤はあるはずだ。
かつて計略により神社を滅茶苦茶にされ、負傷者を出し、あまつさえ罪を被せられそうになった悔しさ。
苦汁を飲んで耐えたというのに、再び手先を送り込み、かつての所業よりさらにひどいことを計画している。
そして、そのリヒャルトの手先であるカリル伯爵は今、『久遠国の祝祭日はいつか』とサヤ様に問いかけていた。
「―――なるほどな、各家に配る日を聞いて、襲撃するつもりか」
「姑息な真似を」
ルードルフ侯爵とローランドおじい様が剣呑な光を帯びた瞳で呟く。
「計画は大体想像がつく。おそらくは、何らかの特別な日に配られたワインを住民は飲む。リアンの中毒では死にはしないが数日寝込むと聞いている。そして体調を崩した大人たちが寝込んでいる時を狙って―――放火。多くの者が逃げ遅れることを狙っているのだろうな」
「火をつけるのに魔法を使わないはずだ。魔法は痕跡が残るからな。―――それに冬は空気が乾燥していて火が燃え広がりやすい。時期的にも『不運』を演出できるのだろうな」
淡々とローランドおじい様やルードルフ侯爵がそう話す。
「リヒャルトにとっては久遠国の神社は排除すべき異物なのだろう。そしてその罪をクリスフィア公爵や我々にかぶせようという魂胆か。―――あいつのやり方には相変わらず反吐が出る」
ルードルフ侯爵の後ろに怒りのオーラが見える。
彼は裁判官としてこれまでも度々事件の裏にリヒャルトの存在が見えていたが、これまでリヒャルト本人を裁くことができなかったという。
確かに、今回も最大のお咎めを受けるのはカリル伯爵となり、どこからもリヒャルトやマベル侯爵の名は出てこない。その黒幕は彼らだと分かっているというのに。
カリル伯爵は『何も知らず善意の行為だった』とみなされてお咎めは軽くなり、その後はリヒャルトやマベル侯爵のもとで盤石の地位を得ることになっているはずだ。
―――悪意に満ちあふれた計画にふつふつと怒りが湧いてきた。
―――もしこの企みがこのまま実行されてしまっていたとしたら。
久遠国の罪のない人たちが事故と見せかけてたくさん殺害されてしまう。
けれど『運の悪い出来事』として処理されてしまうのだろう。
責任を取らされるのは、カリル伯爵くらいで、それも悪気の無い過失による事故として処理され、大きなお咎めを受けないだろう。
久遠国の人を傷つけ、罪を捏造してクリスフィア公爵家をはじめ、クリステーア公爵家やルードルフ侯爵家、そしてデイン辺境伯家まで陥れようとしている。
そしてその罪は、主犯であるリヒャルトや仲間であるマベル侯爵に一切累を及ぼさないのだ。
―――なんで、そんなひどいことが出来るの!?
ただ気に食わないから?
久遠国の人たちはリヒャルトに何もしていないのに。
そんな人たちを利用して傷つけて、その責任を神社やクリスフィア公爵たちに擦り付けようとしているなんて!
そんなの駄目だ!! 悪いことをした人が罪から逃れるなんて許せない!!
黒幕であるリヒャルトやマベル侯爵がほくそ笑んでいるのが見えたような気がして、ものすごく腹が立ってきた。
「―――くおんこくのひと、だれもわりゅくない!」
急に大きな声を出した私に驚いて、皆の視線が集まった。
「わりゅいのは、りひゃりゅとにゃにょ!!」
あまりに頭にきて思わず両手で膝をべしべし叩いた。
「わりゅいことちたのに、のがれりゅなんてゆりゅしぇにゃい!」
秋津様達がどんなに悔しい想いをしてきたことか!
それなのに、リヒャルトはのうのうとしているのだ。犯人のくせに!!
「わりゅいことをしゅるひとたち、ちゅかまえて、おちおきしゅりゅ!!」
ぼすぼすぼす。
膝を叩くだけでは怒りがおさまらず、立ち上がって、お座布団の上で地団駄を踏んだ。
リヒャルトも、マベル侯爵も、カリル伯爵も大っ嫌い!!
そう叫んで、ぼすぼすと座布団を踏んだ。
顔を潰してやる~~!!
ぼすぼすぼす。
ぼすぼすぼす。ぼすぼすぼす……ぼすぼす…………
「―――ちゅかれた……」
体力がない幼児の私は、地団駄で体力を消耗してローズ母様のお膝に突っ伏してしまった。
ふうふう息をする私の背を優しくさするローズ母様。
「ぷ、くくっ……アーシェの地団駄、久しぶりに見たな」
「5歳になったからもうしないって言ってなかったか?」
「ふふ、そうね」
クスクスとローディン叔父様やリンクさんの笑う声が聞こえた。
「ふ。それだけアーシェラもこれが悪いことだと分かっているのだろう」
「ああ。―――思わず地団駄を踏まずにはいられぬほどにな。でも可愛い地団駄だったな」
「そうねぇ」
「アーシェラちゃんも悪いことだと分かるのよね。でも、子どもの地団駄、久しぶりに見たわ~」
ローランドおじい様やルードルフ侯爵たちも少し笑いを含んでいるようだ。
む。私は怒りに震えてるのに。
地団駄で場を和ませてしまったようだ。不覚。
だってやりきれなかったんだもの。気持ちのやり場が無くなって身体が勝手に地団駄を踏んでしまった……。
気持ちは大人なはずなのに。思わずとった行動がお子様だった。あう。
魔道具のおかげで音は隣には聞こえないだろうけど、地響きが聞こえないように座布団の上で地団駄を踏んだ。←この一瞬の判断が大人(?)
「―――私たちの為に怒ってくれているのだね。ありがとう、アーシェラちゃん」
声をかけられ、顔を上げたら、秋津様が私を見て微笑んでいた。
そしてそっと背中を撫でてくれた。
―――そしたら身体がすうっと楽になった。
どうやら秋津様は癒しの力を持っているらしい。
「―――新しい年を迎える夜……。その日なら、『敵』にも怪しまれない日でしょうね」
私の背を撫でながら、静かに秋津様がそう言った。
それって、大晦日の夜ってことだよね?
ルードルフ侯爵が秋津様を見ると、彼はしっかりとルードルフ侯爵の目を見て言った。
「ルードルフ侯爵、別途にワインの手配をお願いします。―――中身はブドウジュースで」
その言葉は、秋津様が今回のはかりごとで暗躍する者たちを捕縛する為の協力を受け入れたということだ。
「承知した。決して奴らの思い通りにはさせぬ。―――協力を頼む」
「ええ。アーシェラちゃんが言うように、悪いことをする奴を捕まえて、しっかりと『お仕置き』しましょう」
ルードルフ侯爵と秋津様がしっかりとお互いの手を握り合い、頷きあった。
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