202 神社にて 5
「アンベール!?」
ローランドおじい様は知っていたのかルードルフ侯爵と頷きあっていた。
「そうなのだ。リヒャルトの本来持っている髪色と瞳の色から、あいつの実の父親をようやく割り出すことができた。―――父親は、アンベール国の血を引く者で、リヒャルトはアンベール国の血を引く三世だ。リヒャルトの父親は若くして死亡しているが……そいつは女性にだらしなくてな。リヒャルトには母親違いの兄弟が何人もいて、検証した結果、同じ父親だということが確認された。これはまだ極秘事項だったのだが―――こうしたことが起きた以上、皆に話しておいた方がいいだろう」
そう言って、ルードルフ侯爵は秋津様の方を見た。
秋津様は、物凄く驚いていて藍色の瞳を見開いて固まっていた。
昨年リヒャルトが横領事件で捕縛された時、国王陛下の指示の元秘かにクリステーア公爵のアーネストおじい様とリヒャルトの血縁鑑定を行い、リヒャルトがクリステーア公爵家の血筋ではないことがわかった。
その結果を受けてリヒャルトの出生の調査をしていたが、暗礁に乗り上げていたとのこと。
それが、カロリーヌがリヒャルトの息子を出産したことからリヒャルトの『本来の髪色』が黒に近いこげ茶だったと判明し、そこからすぐに父親と思われる者が割り出せたのだそうだ。
―――リヒャルトの父親は、リヒャルトの母親の実家と深い縁があった家の息子。
その人はリヒャルトと同じ髪色を持っていたのだそうだ。
「アンベール国を含む三国は、自らの民族以外を排除する傾向がある。選民意識がものすごくてな。他者に牙を剝くことに全くためらいがない。―――それでいけば、リヒャルトにとってこの神社は異端中の異端。真っ先に消し去りたい対象だということだな」
ローランドおじい様が怒りを含んだ声で淡々と言うと、秋津様や神職さんたちの顔が青褪めていったのがわかった。
そうだろう。彼らは何も悪いことをしていないのに、リヒャルトが他国民を嫌いだということ、それだけの基準で排除の対象となっているのだから。
「―――ああ、見ろ。カリル伯爵のやつ、ワイン自慢をしているぞ。―――ほう? 各家にも渡せる程ワインを持ってきたと。―――やはりな」
ルードルフ侯爵の声がどんどん冷たくなっていく。
「―――考えたものだな。ワインを各家に渡したのは、結局のところは神社となる。彼らの体調を崩させた責任は最終的にこの神社にあると思わせたいのだな。カリル伯爵は『善意の寄付をした』が『思いもかけない事故』で民を害してしまった、と情状酌量を狙える。そして何よりも、その栓の元となる木をクリスフィア公爵領の『誰か』から売りつけられたとでもでっちあげ、監督不行き届きの責任を取るようにと、クリスフィア公爵に瑕疵を付けたいのだろうな。―――確かに、馬鹿な貴族たちは迎合するだろう」
「クリスフィア公爵に確実に瑕疵をつける為だというなら―――大きな犠牲を出すつもりでしょう」
犠牲って―――それは死者を出すつもりだということ?
「でも、クリスフィア公爵やその家門の者も、その木の特性を知っているはずよね」
リーナ様の疑問にローランドおじい様が答えた。
「リアンの木は、先代のクリスフィア公爵が南の大陸に行った時に、果実が気に入って分けてもらって来たもので、生育方法や、食べあわせの注意、木材としての利用の制限などがあった。アルコールとの相性が悪いことは重々理解していたから、剪定した枝などはその場で焼却処分することを徹底していたはずだ」
ん? ローランドおじい様ずいぶん詳しいね。
そして、その疑問は私だけが感じていたわけではなかったようだ。
「おじい様、もしかしてリアンの木は」
ローディン叔父様が聞くと、ローランドおじい様が頷いた。
「―――ああ、リアンの木を仲介したのは、我がデイン伯爵家だ。―――なるほど、我が家にも累を及ぼしたいらしいな。―――ずいぶんと手が込んだ計画だな」
「リヒャルトは数々の犯罪を犯している。犯罪の捜査を指揮しているのは主にデイン伯爵家だ。―――なるほど。何かとうちも目障りなんだろうな」
リンクさんが唸る。
「デイン辺境伯家は忠誠心が強く、実直な家系だ。他の奴らのように金や身分で寝返ったりしないからな。リヒャルトにとっては厄介なのだ」
そうルードルフ侯爵が言った。
「リアンの木は持ち主が管理していたとしても、その気になれば手に入れることは容易いだろう。誰かに金を握らせて何枝か盗み出せばいいのだからな。―――そして久遠国大使館があるのは、我がルードルフ侯爵領。そこで起きた『事故』を未然に防ぐことが出来なかった、と我がルードルフ侯爵家にも責任を負わせようとしているのだな。―――ずいぶんと姑息な計画を立てたな」
「そしてルードルフ侯爵家はクリステーア公爵家の家門のひとつ。家門の起こした不祥事の責任と、久遠国大使館での事故は外交問題としてクリステーア公爵にも累を及ぼす―――か。敵ながらよくもそこまで綿密に計画したものだと拍手喝采したいくらいだ」
ローランドおじい様が大きくため息をついた。
「久遠国の大使館を廃し、クリスフィア公爵の権威を貶め、さらに自分がクリステーア公爵となる為に目障りな我がルードルフ侯爵家と現クリステーア公爵を陥れることが出来るというわけだ。自分が唯一のクリステーア公爵家の後継者として返り咲くために手を打ってきたわけだな」
ルードルフ侯爵は裁判官だ。これまでもリヒャルトを何度も牽制し、罪を暴こうとしていた。
リヒャルトにとっては目障りな存在なのだという。
「―――大き目のワインボトルには仕掛けをせずに信用させておき、標準のワインボトルにだけ仕掛けを施しておく、か。鑑定能力を持たない平民を狙っていることがありありと分かるな」
久遠国でも魔力を持つ者は貴族階級が多いとのこと。
大使館のある区画に住んでいる多くの人は、大使館や神社を維持していく為の人たちで平民が多いとのこと。
つまり久遠国の町に住む人に、鑑定能力を持つ人は限りなく少ないということだ。
「ルードルフ侯爵。リヒャルトとは、―――あのリヒャルトのことですよね?」
秋津様がルードルフ侯爵に確認を取るように話しかけた。
「ええ、あのリヒャルトです」
「あの、リヒャルト、とは?」
ローランドおじい様が二人の会話に質問を投げかけた。
「リヒャルト殿もクリステーア公爵家の者として、過去に何度か訪れたことがあるのです。ですが、この神社をものすごく毛嫌いしていたのです。いえ、神社だけではなくこの区域全体を嫌悪していましたね」
秋津様が苦々しく話すと、その後をメイリーヌ様が続けた。
「リヒャルトは伯爵となった時、『久遠国の桜など要らぬ』と、伯爵領にあった桜の木をすべて燃やしてしまったのです」
その言葉に衝撃を受けたのは私だけではない。
「しゃくらしゃん、かわいしょう……」
ローズ母様も驚いて声を無くしている。
「―――徹底してるな」
「ああ、花に罪は無いだろうに」
ローディン叔父様やリンクさんがリヒャルトのその行動に眉をひそめた。
―――ひどい。桜の木に何の罪もないのに。
リヒャルトは他民族の花であるというだけで、久遠国の桜までも嫌って排除したのか。
この行動だけでもリヒャルトが心が狭く、非情な人間であることがよく分かった。
「数年前、アンベール国でアーシュ殿が行方不明になり、リヒャルトがクリステーア公爵家の仮の後継者の地位に就いたと聞いた時、私達久遠国の者たちは真剣にこの地を離れることを話し合いました。―――彼の本質は、分かり切っていましたから」
―――そう秋津様に言わせるくらい、これまでにもリヒャルトはこの神社にその牙を剥いてきたのだろう。
秋津様が久遠国に引き上げようと提案した時、それを止めたのは、サヤ様だったそうだ。
『先代公爵様との約束を果たすまで待って欲しい』と。
「先代公爵……お兄様?」
メイリーヌ様が驚き、その深い緑色の瞳を見開いた。
「はい。いつそのような約束を先代様としたのかは分かりませんが、サヤはそう言いました」
「ですが、このようなことを何度も仕掛けてくるのであれば、―――私たちは『その時』を待たずに、この国を去る心づもりでいます。―――ご承知おきください」
真っすぐにルードルフ侯爵を見て心の内を告げた秋津様。
気持ちはわかる。秋津様は久遠国の民たちを守る役目がある。
度々このようなことがあればこの場所から撤退を考えても、それは当然の判断だ。
―――だけど、それではリヒャルトの思惑通りになってしまう。
久遠国の人たちは何も悪くないのに。
メイリーヌ様は、秋津様を見て静かに告げた。
「ねえ、秋津さん。『今回は』事前に企みがわかったの。絶対にリヒャルトの思い通りにさせないわ。それに私たちは今度こそリヒャルトを排除することを決めているの」
秋津様の言った『何度も』という言葉と、メイリーヌ様の『今回は』という言葉から察するに、十数年前の馬車の暴走でこの神社を襲ったのはリヒャルトだということなの?
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