201 神社にて 4
誤字脱字報告ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
次回は0時更新予定です。
思わず目を瞑り、目を開けると。
―――ん? なにあれ?
鑑定持ちの5人が鑑定して見たら無害なものと結果が出たワイン。
ワインも栓もそれぞれ鑑定し、それぞれ無害だとローランドおじい様やルードルフ侯爵をはじめとする鑑定して『問題なし』とされた。
―――だけど。
私の目には、ワインボトルの『栓』から黒い靄が出ているのが見えたのだ。
「しぇん、だめでしゅ」
小さくポツリと口に出た。
「ん?」
「どうした? アーシェ、もう少し大きな声で言ってごらん?」
「―――わいんのしぇん、だめにゃの」
「鑑定では大丈夫だったのだが……」
ルードルフ侯爵が首を傾げている。
分からないけど、あの『栓』は『だめなもの』なのだ。
『靄が見える』と言ったら、ルードルフ侯爵はローランドおじい様を見た。
「一見しただけでは見えぬものがあるということらしい。―――あれを詳しく鑑定してもらえるだろうか、デイン殿」
「分かりました」
ローランドおじい様が頷いて、一人でもう一度ワインの鑑定に入った。
―――『鑑定』能力は人によって違う。
治癒能力を持っている能力者にも、その治癒能力には段階があって、小さな傷を癒せる者から、ちぎれそうな手足をくっつける強い能力者までと何段階にも別れている。
鑑定能力は治癒能力以上に視ることが出来る種類と段階が分かれていて、得意分野がそれぞれ違う。
そして、物質そのものを深く掘り下げてみることが出来る詳細な鑑定能力は、これまで鑑定してきた『量』と『種類』に比例して上がっていく。
貿易でこれまで数多くの物を鑑定してきたローランドおじい様は、長年の積み重ねの結果、ここにいる誰よりも鑑定能力に長けているとのことだ。
「靄が見えたのは、大き目のワインボトルじゃなく、それより一回り小さい標準のワインボトルだったな?」
「あい、そうでしゅ」
「わかった。―――では細かく見て行くことにしよう」
まずは中身のワインを。毒の有無だけでなく、ワインに使われているブドウの品種を見通していた。
「ワインのブドウの品種まで分かるとは、すごいな」
ルードルフ侯爵がローランドおじい様の鑑定能力に舌を巻いていた。
最初の鑑定通りワインには問題がなかった。
その次は、私が靄が見えると言った、ワインの栓に意識を集中した。
「ん? 栓は材料が二種類使われているな。ひとつはよく使われている材質―――もう一つは……」
ローランドおじい様は、じっくりと時間をかけ、集中して詳細な鑑定を行っていて、何かに気がついのか、―――次の瞬間ギラリと目に力を宿した。
「5枚材質を重ねて作っていて上下一枚ずつはよく使われている材質のもの。そして間に挟まれているのは、リアンの木を材料にしたもの。それが三枚」
「リアン?」
「! あれか」
ローディン叔父様は首を傾げ、リンクさんはものが何か分かったようだ。
そして、ルードルフ侯爵はリアンの木と聞いたとたん一気に眉間に皺が寄った。
ローランドおじい様は鑑定を終えて、目を片手で抑えると、はあーっと大きなため息をついた。
「アーシェラの言う通りだったな。―――あの栓は、駄目だ」
「確かに『購入した栓を使っただけだ』と言い訳が出来る。『栓を作った者』を処罰すれば自らは罪から逃れられると思ったのだな。―――あのクズが」
ローランドおじい様が魔道具の襖越しにカリル伯爵を睨みつけた。
「おじい様、リアンとはなんですか?」
ローディン叔父様とローズ母様が問いかけた。うん、私もリアンが何か知りたい。
「リアンとは南国の果実でな。美味いのだが、いかんせん独特の強烈な香りを持っていて、アースクリス国の人間の殆どは食べること自体に拒否反応をおこすのだ。―――なんというかゴミの腐った匂いといえばよいか」
実の尖った形状やら、切ると近くに寄っただけでも臭いとか。
その特徴で思いついた。リアンって前世のドリアンのことかも?
前世でドリアンの実を食べたことはなかったけど、物珍しさに輸入品のドリアンジュースを買ったことがある。
缶を開けた瞬間、あまりの強烈な臭いに吐き気をもよおし、どうしても口にすることが出来なかった。それほど臭かったのだ。
―――たしか、ドリアンはアルコールとの相性が悪くて身体の具合が悪くなるはず。
もしリアンの木が前世のドリアンと同様な性質をもっているものだとしたら。―――危険だ。
「果肉自体は美味いが、食べ合わせに注意が必要でな―――それが酒だ。酒を飲むと体調を崩すと聞いている。樹皮にも果肉と同じ成分がある。単体では無害だが、アルコールと合わせると、とたんに体に悪影響を及ぼすものに変わる」
ああ、やっぱりそうなんだ。
「栓はうまくとれないと、中にカスが入ったり、栓を中に押し込んでしまったりするよな」
リンクさんの言葉に頷き、ローランドおじい様は再び細かく栓を鑑定している。
「それを狙って栓を加工しているようだ。栓の材料になる木を数枚貼り合わせて作っている。ワインに触れている部分は無害な木を使っている。その上部はリアンの樹皮から作られている。何も問題なく栓が抜ければ何事もなく終わるだろうが―――」
「カリル伯爵が『ここ』に持ってきた時点でその可能性は皆無だ」
ルードルフ侯爵が苦々しく呟いた。
「アルコールとリアンが合わされば、体調を崩す。それは数日続くと聞いている。―――リヒャルトめ、姑息な真似を」
「「「え!?」」」
ねえ、ローランドおじい様、今リヒャルトって言った? カリル伯爵じゃなく?
「「おじい様!?」」
ローランドおじい様の言葉に、ローディン叔父様とローズ母様が驚いて声を上げた。
「この件にリヒャルトが関与しているのは間違いない。カリル伯爵はリヒャルトの仲間であるマベル侯爵の手先だ。前侯爵もなかなかの悪党だったが、現マベル侯爵も、実の兄二人を陥れて侯爵位を横取りした悪党だ」
ローランドおじい様の言葉の後、ルードルフ侯爵が続けた。
「そして、癖の強い南国の果実であるリアンの木は、クリスフィア公爵の家門の一つで温室栽培している。『アースクリス国で、クリスフィア公爵の家門にしかないリアンの木』で中毒が起きたらどうなる?」
ああ、さっきルードルフ侯爵が眉間にしわを寄せたのは、それにすぐ気が付いたからなんだ。
「―――疑いの目はクリスフィア公爵に向く。―――マベル侯爵たちが証拠を捏造した上で騒ぎ立て、クリスフィア公爵に家門の不祥事の責任を追及するはずだ」
リンクさんが苦々しく言った。
「―――おそらく、リヒャルト達は、この久遠国の神社だけではなく、大使館がある区域ごと混乱に陥れるつもりだろう。ワインの本数を見れば分かる。各家に渡ることを狙っているのだろう」
ルードルフ侯爵は額に手をあてて、大きくため息をついた。
「ただの中毒であっても国際問題に発展する。そして万が一死者でも出ようものなら、強欲な貴族たちはここぞとばかりに公爵家に疵をつけて引きずりおろし、あわよくば自分たちが公爵になろうと画策するだろうな」
一見何の変哲もないように見えるワインに仕込まれていたのは、リヒャルト達がこの国を手に入れる為の謀だったのだと、ルードルフ侯爵が言った。
びっくりした。確かに栓に靄が見えたけど、そんな驚きの計略が隠されていたとは。
「―――まさか今日、奴らが起こそうとしている企みに遭遇するとはな。―――これもすべて女神様のお導きということか」
そう言って、ルードルフ侯爵が優しく私の頭を撫でた。
「めがみしゃま?」
「ああ、―――カリル伯爵がこの日訪れたこと。アーシェラちゃんや、デイン元辺境伯によりその思惑を知ることが出来たこと。そしてそれを受けて奴らの思惑を未然に防ぐことの出来る立場の私がここにいるのは、―――偶然ではないだろう」
「確かに、そうね」
メイリーヌ様が頷いた。
「カリル伯爵は栓に仕掛けたものをデイン元辺境伯に見破られたとは知る由もないであろう。カリル伯爵が鳥居前にいたゆえ、カリル伯爵や従者達に我ら一行に誰がいるか分からぬように認識阻害の魔法をかけておいたからな」
そうなんだ。ルードルフ侯爵、素早い。
以前クリスウィン公爵家で、アーネストおじい様からリヒャルトが玉座を狙っていると聞いていた。
そして、『リヒャルトがアンベール国側から兵役を終えて戻って来たから気を付けるように』と、クリスフィア公爵からの伝言を数日前に受けたばかりだ。
―――戻ってくるなり、すぐにこんな動きをするなんて。
そしてまさかその動きをこんな形で思い知ることになるなんて思わなかった。
「―――それにしても。アンベール国の性情をそのまま体現しているな、あいつは」
吐き捨てるように言ったルードルフ侯爵の言葉に、皆が驚いた。
お読みいただきありがとうございます。




