200 神社にて 3
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これからもよろしくお願いします。
御祈祷の準備が整ったという知らせで、祭壇のある部屋へと場所の移動を促された。
そこまでは少し距離があるとのことで、ローランドおじい様に抱っこしてもらう。
参道はちゃんと自分の足で歩き、手水舎ではローズ母様に手伝ってもらって自分でお清めしてきた。
鳥居から一歩入った瞬間から空気が変わった気がして、背筋を伸ばして参道を歩いてきた。
そして参拝をしてきたのだが。
「さっきは鈴が鳴らなくて残念だったわね」
移動中、さっき参拝してきたところが見えて、ローズ母様が思い出し笑いをしながら言った。
「あい。しゅじゅ、ならちたかったでしゅ」
参拝の時に鈴を鳴らそうとローランドおじい様に抱っこしてもらって何度も縄を振ったけど、幼児の力では微かな音さえも立てることが出来なかった。
ローランドおじい様が振ってくれたので目的は果たせたが。むう、残念だ。
久しぶりに自分で鳴らしてみたかったなあ。
鈴の音は参拝者を祓い清めると聞いた。
それは前世と同じだね。
でも、ここには前世で見たようなお賽銭箱はなかった。
そして、参拝の仕方も前世の二礼二拍手一礼ではなく、二礼『四拍手』一礼だった。
ここの神社は久遠大陸の主神を祀っていて、久遠大陸のすべての神様にもつながるとのことだ。
『東西南北に御座すすべての神様』という意味で一方角につき一拍手、東西南北で四拍手らしい。
ふむ、なるほど。
これでいなりの神様にも通じているということなんだね。
祭壇のある部屋にカリル伯爵がいるとのことで、私たちはその部屋の奥の続き間で待機することになった。
「! すごい。なんだ? これ?」
私の前に部屋に入ったリンクさんが声を上げた。
続いてローランドおじい様に抱っこされたままその部屋に入った私も驚いた。
真っ先に目に入ったのは襖一面に描かれた、天に昇る黄金の龍の絵だ。
「久遠大陸の形は龍に非常に似ていることから、この神社には龍神様をかたどったものがあちこちにあるのです」
『ほらこれも』とサヤ様が自らの頭上の冠を指した。確かに黄金の冠には龍が装飾されていた。
ローランドおじい様に降ろしてもらい、『畳』の感触に懐かしさでいっぱいになった。
畳! やっぱりこっちの世界にもあったんだね!
さっそく用意されていた綺麗な紫色のお座布団に座り、畳を手で触ってみた。
畳独特の手触り。懐かしい~~
前世では両親の部屋と仏間に畳が敷かれていたことを思い出した。フローリングの硬さとは全く違う感触がとっても懐かしい。
それに新調したばかりなのか、香りがすごくいい。
ルードルフ侯爵やメイリーヌ様、リーナ様は慣れたように座布団に座り、ローランドおじい様も久遠大陸によく貿易で行き来しているので座布団に抵抗なく腰を下ろした。
座布団を見るのが初めてだったローディン叔父様やリンクさん、そしてローズ母様は戸惑いながら座布団に座った。
この本殿の玄関で靴を脱ぐことになった時、ローディン叔父様達は知識として頭に入れて来たけど、やっぱり少し戸惑っているようだった。
こちらは起きてから寝るまで靴を履いているのが普通だし、靴を人前で脱ぐのははしたないという認識があるからだ。
「なんか……ちょっと不思議な感じだな。靴を脱いでいることが何だか心もとない気がする」
「―――アーシェはキッズスペースのラグの上でよく靴を脱いで遊んでいたが」
そう、私は元日本人の習性というか、靴を脱ぎたくなるのだ。
そしてお家の中で履く靴はゆったりめのものを好んで履き、外用と分けていた。
ローディン叔父様やリンクさんは、自分たちで商会の家を掃除をするようになってから、靴の汚れを落としてから家に入るのが習慣になった。床掃除って大変だものね。
「屋内で靴を脱ぐのは久遠国の文化です。私達はこちらの風習を取り入れて柔軟に対応することにしていますが、祭壇のあるここだけは久遠国の風習で徹底します。ご了承ください」
「それに、靴のまま畳に上がってしまったら、畳が傷んでしまうのですわ」
秋津様やサヤ様の言うことはもっともだ。
ここは久遠大陸の神域。そこのしきたりにならうのは当たり前だ。
それに畳は遠い久遠大陸から送ってもらうので、気軽に交換できるものじゃないらしい。
それはそうだよね。
ローディン叔父様やリンクさんがサヤ様たちの言葉を受け入れて頷いていた。
アースクリス国の方達は靴を手放すことに抵抗があることを、これまでの経験上、サヤ様達は知っているので、玄関で浄化魔法をかけて靴を清めた上で、綺麗な靴袋を用意してくれていた。
神社側にとっては本堂を汚されることを防げるし、参拝者にとっても手元に置くことで安心感を得られる。
そして靴袋に使われている生地はとっても美しいので、参拝者が高確率で久遠国の織物を欲しがるらしく、商売にもつながっているらしい。
うむ。どっちにもメリットがあるいい考えだ。
◇◇◇
「たくさんお供え物をいただきましてありがとうございます。皆さんより前に参拝者が来ましたので、そちらの対応を先にさせていただいてよろしいでしょうか」
「ええ、もちろんですわ」
メイリーヌ様が了承すると、そこにローランドおじい様がサヤ様に声をかけた。
「参拝者であるカリル伯爵は、よく来られるのでしょうか」
「いいえ、初めてのお方ですわ」
「―――サヤ殿、カリル伯爵は信仰心など全く持たぬ者だ。ここに来たことには何らかの意味があるはずだ。気を付けた方がいい」
ローランドおじい様が真剣な表情でそう言うと、ルードルフ侯爵もそれに頷いた。
「その通り。あれに信仰心などあるわけがない。―――だとしたら、何かよからぬ目的があるはずだ」
その言葉に、秋津様が深く頷いた。
「そうなのですね。実は先ほどちょっとした騒ぎがあったのです。それにお二方がそう仰るのであれば、『あれ』を使いましょう」
そう言って秋津様が正面の柱に近付くと、何かスイッチのようなものを押した。
―――すると、龍が描かれていた正面の襖がガラスのように変わり、祭壇より少し離れたところで椅子に座っているカリル伯爵が見えた。
「この襖は魔道具でして、祭壇や参拝者が見えるようになっています。―――妻が祈祷をしている間、様子をこちらから見ます。何か怪しい動きがあればすぐに取り押さえましょう」
「あっちからみえにゃいの?」
私の言葉にサヤ様がこっくりと頷いた。そしてローランドおじい様達に向かって言った。
「この魔道具は自衛のひとつです。ここはこの国にただ一つある久遠国の神社ですが、―――悲しいことに、この神社を目の敵にしている者がいるのです」
え? 何それ?
「……そういえば、十数年前でしたか。神社に馬車が突っ込んだことがありましたな」
その当時軍部と警備を担当していた、ローランドおじい様がそう言った。
「ええ、その通りです。―――表向きは事故として処理しましたが……」
秋津様の声が重たい。その後をルードルフ侯爵が続けた。
「馬に薬が使われていたから、事故ではなく、故意だ。だがいろいろと事情があって、その事件を表沙汰にするわけには行かなかった。―――ずいぶんと姑息な思惑が絡んでいたからな。―――だから、この襖はルードルフ侯爵家が設置した魔道具だ。また事が起きてはならぬからな」
そうルードルフ侯爵が苦々しく言った。
サヤ様達に何かあったら、ルードルフ侯爵家は遠い親戚として心が痛むし、実際問題として久遠国との外交問題に発展するだろう。
その日以降、この神社のあちこちに仕掛けをつくったそうだ。
鳥居の前にあったポールもその一つとのこと。
物理的にも有効だし、ポール自体にも魔法がかけられているとのことだ。
祭壇がみえるこの控えの間もその一つ。
この控えの間からは、祭壇のある空間が見えていた。
ここから祝詞をあげるサヤ様や、後方に座る参拝者の姿を見れるようになっている。
こちら側の姿も話し声も隣の部屋から分からないようになっているとのことだ。
―――なんだが設置された経緯が重いけれど、カリル伯爵の様子を見る為に有効だ。
椅子にドンと座っているカリル伯爵の元に、袴姿の男性の神職さんが近づいて行くのが見えた。
最初カリル伯爵を出迎えた年若い神職さんではなく、20代後半くらいの落ち着いた感じの男性の神職さんだった。あ、知的そうなイケメンさんだ。
「お待たせいたしました。では祈祷をはじめますので祭壇の近くへお進みいただき、正座をしてください」
男性の神職がそう促すと、カリル伯爵がギロリと彼を睨みつけながら、指定された場所で渋々と膝を折った。
? あれ? 足を怪我してるんじゃなかったっけ? 正座できるの?
それはローディン叔父様やリンクさんも指摘していた。
やっぱり、あれは嘘だったのかな。
「あの男性を睨みつけてたな」
「ええ、彼に『最初からやり直し』させられましたからね」
「やり直し?」
カリル伯爵は、外で参拝した後祈祷をしてもらうために神社の中に入ったのだが、土足のまま上がり込んだらしい。
年若い神職が説明をしたのだが、その彼を押しのけてどかどか土足で入って来たカリル伯爵を、秋津様が一喝したとのことだ。
この神社のある区域は、久遠国の大使館の管轄でもある。
いわばここは、アースクリス国の中にある、久遠国なのだ。
秋津様は神職でありながら、久遠国の大使。カリル伯爵といえど、他国の大使相手に無礼は許されない。
大きな外交問題となるのだ。
大使である秋津様に神域に土足で踏み込んだことを叱責され、その迫力に押されたカリル伯爵は、渋々靴を脱いだとのこと。
さらに手水舎でのお清めもしなかったことを若い神職から聞き、『最初からやり直せ』と秋津様に放り出されたとのこと。
『言葉が分からないのだから仕方がないであろう! 片言の案内を付ける方が悪い!』と言い訳をしたカリル伯爵に、こちらの言葉が堪能な神職をつけ、神社の鳥居まで戻らされて、鳥居の前で礼をするところからやり直しをさせられたそうだ。
カリル伯爵が睨みつけている男性はまったく動じていない。
「まったくいつまで待たせるつもりなのだ」
と悪態をつくカリル伯爵に、彼は端正な顔に微笑みを浮かべて言った。
「ええ、土足で上がりこんだお方のせいで、神域が汚れましたので。清めるのに時間がかかったのです」
暗に『お前のせいだ』と言い返している。すごい。
その言葉に、ぐ、と声を詰まらせたカリル伯爵。
遅くなったのは、カリル伯爵の自業自得だよね。
でも。カリル伯爵のすぐ後に私達が来たのに、数分の間でそんなことがあったなんて。
「一事が万事といいます。あの者は人の話を一切耳に入れず、自分の思うようにしか動かないのですね。神域に来たというのに、ひとかけらの誠意も感じられません。ルードルフ侯爵の言うように、何か良からぬ考えを持ってここに来たのでしょう」
秋津様は苦々しい口調で言った。
「そうね。―――気を付けましょう」
サヤ様の言葉に、周りの者たちも深く頷いた。
サヤ様が祭壇のある部屋へと赴き、私たちはカリル伯爵への祈祷が終わるまでの間、魔道具の襖越しにその様子を見ることにした。
カリル伯爵が持ってきたという供物を祭壇に上げ、サヤ様が祝詞をあげる。
「あのワイン怪しいかと思って鑑定したけど、―――大丈夫そうだな」
リンクさんの言葉に、ローランドおじい様やルードルフ侯爵が頷いている。
リーナ様やメイリーヌ様も同様だ。
『鑑定』を持っている5人が頷いているから大丈夫なんだろう。
祭壇に上がっているのは、大き目のワインボトルが12本入った木箱。
そして、その他に標準のワインボトル12本入りが5ダースだ。
カリル伯爵はワイナリーを持っているというから、ワインを供物にするのは考えられることだ。
―――だが。
5ダースもある標準のワインボトルに、何かが、見えた。
ワインは、なんの変哲もないただのワイン。
―――だけど。
何かの違和感。
よく視ようとしたら、瞳の奥が熱くなった。
お読みいただきありがとうございます。




