198 神社にて 1
更新の間隔があいてしまいました。
これから数話あまり間を置かずに更新する予定です。
「わあ! おっきなとりい〜!」
大きな鳥居が遠くからも見えた。
―――今日は久遠国の神社に来た。
久遠国の神社は誰でも参拝出来る場所となっていて、神社から少し離れたところには、久遠国の大使館がある。
大使館の敷地はちょっとした町になっていて、そこには久遠国からついてきた方達の住宅街、久遠国から仕入れた生活用品が売られているお店もあるとのことだ。
大使館は『久遠国』管轄なので、アースクリス国の人は、大使の許可を受けた人しか出入りが出来ない場所だ。
今回はルードルフ侯爵家のみなさんと一緒なので、大使館の方にも行くことが出来る。
ものすごく楽しみだ。
なので今日は大使館にスムーズに入ることが出来るルードルフ侯爵家の家紋の入った馬車に乗っている。
ルードルフ侯爵は裁判官という職業柄、悪いことをする人たちから狙われることが多いらしいので、馬車は特別仕様となっていて、外からの防御力が高く、物理攻撃はもちろんのこと、魔法攻撃にも耐えうるとのこと。
さらに、中に誰が乗っているか分からないようになっているとのことだ。
なので、馬車の窓から見ている私の顔も声も、外からは認識できないのだ。
やがて鳥居が近くまで見える場所に来ると、派手な馬車が鳥居の真ん前にいた。
あれ? なんで馬の頭が鳥居の先の参道の方に向いているの?
「ん? 先客か? 鳥居の真ん前に馬車を置くとは、邪魔だな」
「―――ずいぶんとギラギラしてる馬車だな。趣味悪い」
「貴族の馬車には家紋が入っている。あの家紋は―――カリル伯爵家か」
ローランドおじい様はすべての貴族の家紋が頭に入っている。
「―――まったく!! なんだコレは!! 馬車が通れぬではないか!!」
ギラギラした馬車から、顔がぽっちゃりした、頭がつるりとしたおじさんが馬車の窓を開けて従者に喚いた。口ひげが金色なのでなくなった髪の毛が金髪だったことが想像できた。
大きな鳥居の少し手前には、低めの石段が何段かあり、そのもっと手前には一本のポールが立っているのが見えた。
「旦那様。ここから先は神域ゆえ徒歩で参拝ください、と立て看板がされております」
「なんだと!? この私に歩けというのか!? 生意気な!! こんな無礼な神殿、潰してやる!!」
え? その馬車で鳥居をくぐるつもりだったの?
鳥居から先は神域なのに?
と、いうか。たぶんあのポールは今までも誰かが馬車のまま石段を駆け上がって、神社の区域内に入ったことがあった故に、設置されたのだろうということが容易に想像できた。
プンプンと怒りながら馬車から降りた小太りなおじさんは、馬車から降りたことで、後方にルードルフ侯爵家の馬車がいたことに気づいた。
馬車の窓を開け、ルードルフ侯爵がカリル伯爵を見下ろして、冷ややかな視線を送っていた。
「―――我が領地にある神社に対して、不穏なことを言っていたようだな? カリル伯爵」
「! ルードルフ侯爵……」
まさか聞かれていたとは思っていなかったのだろう。小太りで小さなおじさんは『しまった』という表情で目を泳がせた。
「な、なぜここへ……」
「何故とは、心外な。我が先祖に久遠国の姫がいるのだ。そしてこの神社はその姫の為に建立されたもの。子孫である私がここを訪れることに特別な理由など必要ない。―――逆に、なぜカリル伯爵がいるか、尋ねたい」
ルードルフ侯爵の真っ当な言葉に切り返されて、カリル伯爵はしどろもどろになった。
「あ、いや、し、知り合いに、ここに詣でたら、作物が豊作になったと聞いて、それならばとうちの領地もと神頼みにきた次第で」
「……それなのに、『潰す』と?」
「い、いや。私は足を負傷しておりまして、だから思わず……」
鳥居の先は長い参道だ。本殿に着くまで少し長く歩かなくてはならない。
私の後ろで『太って足腰が弱ってるだけだ』と、リンクさんが言い、ローディン叔父様が同意していた。
はあ、とルードルフ侯爵がこれ見よがしにため息をついた。
「―――この鳥居の先は神域である。そなたのしようとしていることは、女神様の大神殿に馬車で入り込むような無礼極まりない行動である。詣でるならきちんと参拝の礼儀をおぼえてから来ることだな」
本当に。それにさっき言ってた物騒な言葉は何!? 潰すって。
「―――サンパイにいらした、オカタ、デショウか?」
赤い鳥居の向こうから、白衣に緋色の袴を着た若い巫女さんらしき人と白衣を着た男性が急ぎ足でやってきた。久遠国の人は黒髪が多い。若い二人も真っ黒な髪をしていた。
まだ言葉に慣れていないのか、この国の言葉が片言だ。
でも、こっちでも久遠大陸の神社の装束は袴なんだ~。巫女さん可愛い~!
「わしはカリル伯爵である! 礼拝に来たのだ。案内せい!!」
「で、デハ、こちらへドウゾ」
男性の神職がカリル伯爵を案内して先に中に入って行った。
ルードルフ侯爵の鋭い視線から逃れるように、カリル伯爵が参道の奥に小走りで入って行ったのが馬車の窓から見えた。
ねえ、足を負傷してるって言ってたけど、どたどた歩いてるよ?
その姿を見ていたら、ちょっと不愉快になってしまった。
ムッとしていたところに、馬車の扉が開けられ、先に降りたリンクさんに抱っこされて、呟いた。
「―――あのおじしゃん、だめでちゅ」
「―――ん? どうした? アーシェ?」
「旦那様~。お待ちください~~」
カリル伯爵の後ろを数人の従者が重そうな木箱を持って追いかけていく。
「あのひとたちも、だめでちゅ」
「とりいからあっちは、かみしゃまのいるばちょ。だから、とりいのまえで『れい』しゅる」
「そうよね。ここに来ることになってからお勉強したものね」
その通りだ。ここに来ることになってから、アーネストおじい様やレイチェルおばあ様に、参拝の仕方を教えてもらって来た。
最低限の久遠国の知識も、アーネストおじい様と王宮の図書館の本から頭に入れて来た。
参拝の仕方は、ほとんど前世と変わらない。多少違うところはあったが。
「あい。しょれに、みちのまんなかはかみしゃまがとおりゅ。だからまんなかありゅかない」
「真ん中を避けて、歩くのよね」
一緒に王宮で聞いてきたローズ母様が頷く。
「そうよ~。よくお勉強して来たわね。アーシェラちゃん」
「あのひとたち、おきよめも、ちなかった。ぜんぶだめでしゅ」
さっき男性の神職が手水舎でお清めを勧めたが、片言で通じなかったようだ。ちらりと見たが、すたすたと通り過ぎて行った。
「ああ。あそこにはこちらの言語で説明書きしてある。―――あいつは気づいていながら無視したんだ」
ルードルフ侯爵が憤慨している。
「礼も、通る道も、お清めさえも何一つ守っていない。失格ね」
リーナ様も怒り心頭のようだ。
「いったい何しに来たんだ」
「ああ、不穏な言葉を吐いてたしな」
ローディン叔父様とリンクさんをはじめ、みんなが不信感を募らせる中。
ローランドおじい様が目を細めてカリル伯爵の後ろ姿を睨んでいた。
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