196 ちゃいろはおいしいのです
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そして次はカツオの漬けを使ったちらし寿司。
お弁当に何を作ろうか、と食材を確認した時、保存魔法がかかったデイン伯爵家からのお土産の箱の中にカツオがあったので、カツオの漬けのちらし寿司が真っ先に頭に浮かんだ。
前世で神宮に参拝に行った時に、カツオの手こね寿司を食べたのだ。
それなら神社に行く今回も、とカツオの漬けのちらし寿司にしようと思いついた。
それに、久遠大陸からアースクリス国にやって来た神職さん達は、生のお魚を食べる機会はそうそうないはずだから喜ばれるだろうし。
カツオの漬けのちらし寿司の作り方を一番熱心に教えてもらっていたのはリオ料理長だ。
リオ料理長は『祖母に食べさせたい』と言っていたので、どうやらその方が久遠大陸出身のようだ。
「驚いたわ。生のお魚を使った料理なんて初めてだわ」
「唯一海に面しているデイン領だから出来るお料理ですわね」
生のお魚料理はこの国の人にとって未知の料理だ。
おばあさんが久遠大陸出身のリオ料理長は早く食べたそうにしているが、他の料理人さん達は『……』を顔に貼り付けている。
まあ、そうだよね。
でも食べたらその美味しさにびっくりするよ?
「大陸では新鮮な魚を生で食する文化があります。デイン領は海に面していて新鮮な魚介が獲れます。大陸の酒や味醂、醤油で漬けたカツオの漬けは美味しいですよ」
ローランドおじい様の説明を聞き、メイリーヌ様とリーナ様、そして料理人さん達は少し安心したようだ。
みんなでカツオのちらし寿司をパクリ。
―――ああ、やっぱり美味しい~。
漬けにしたカツオの旨味と甘酢生姜と薬味たっぷりのすし飯。それが口の中で渾然一体となってとっても美味しい。
「「まあ! 美味しいわ!!」」
「「お、美味しい」」
料理人さん達、主人であるメイリーヌ様達に遠慮しているのでさっきから若干声が控えめだが。
しっかり、『美味しい』いただきました。ふふ。
「おいちい?」
「はい。美味しいです。カツオを捌いていた時すっごく生臭かったのに、全然匂いがない。醤油ベースの漬けだれに付けたらトロリとした食感になって、ものすごく美味しいです」
「ご飯に入っているこの甘酢生姜っていいですね。すごくさっぱりしてて、ちょっと辛みがあるところがまた後をひきます」
「あーちぇもしゅき! めいりーにゅおばしゃまとりーなおばしゃまは?」
「とっても美味しいわ。これは定期的にいただきたいわね」
「ええ、本当に」
一番ハードルの高いカツオのちらし寿司。
人間どうやっても食べられないものがあるけれど、生のお魚という高いハードルは乗り越えられたようだ。よかったよかった。
次は山と海の幸をふんだんに使ったお煮しめだ。
コトコトと時間をかけて煮詰めたお煮しめは、かつお節や昆布、椎茸からの旨味とゴボウなどの野菜の出汁。
そしてさつま揚げやちくわもどきからもお魚の旨味がたくさん出る。
柔らかくなった昆布は私の大好物なのだ。
時間をかけて炊いたお煮しめは、たくさんの具材から出る旨味が渾然一体となっていてとっても美味しい。
おでんとは違った根菜たっぷりのお煮しめは、ローランドおじい様のお気に入りの一品でもある。
「私はこの煮しめがお気に入りでしてな」
その言葉にメイリーヌ様とリーナ様が頷いた。
「ええ、分かりますわ。お野菜とお魚の旨味がひとつにまとまって、奥深い味わいですわ」
「本当に。それにわらびもとっても美味しいですわ。もっとわらびを入れてもいいくらいだわ」
「不思議ねえ。去年までは駆除も大変で、厄介者だったわらびがこうして食卓にのるなんて」
「今では『わらびは食材』ですもの」
今年春が来る前に、王家から各領主に向けて、わらびの毒抜き方法や調理例が通達された。
その通達の内容は今までの認識を覆すことであり、驚愕でしかなかった。
領主から領民へと通達されるゆえに、領主たちも事実の検証の為に動くのは当然の流れだろう。
ルードルフ侯爵家でも、リーナ様の嫁ぎ先であるケイルネン伯爵家でも、当主家族立ち合いのもとわらび採りと毒抜きが行われたそうだ。
「灰をわらびにかけたら、面白い程に毒が抜けていくのが分かったわ」
リーナ様は鑑定を持っているので、毒がすうっと抜けていくのが見えたという。
「旬の時期のわらびのお浸しも美味しかったわ。塩蔵すると長持ちするし、こうやって冬でも春の食材が食べられるなんてね」
「生命力が強くて駆除が厄介だと嘆いていたのに、今では来年の収穫が楽しみだと皆が話しているのよ」
その言葉にリオ料理長や料理人さん達がコクリと頷いた。
「来年の春はもっと塩蔵出来るように致します。今年初めての試みでしたので控えめに収穫したのが少し悔やまれます。在庫ももうそろそろ切れますし」
塩蔵わらびは各家庭で活躍していたらしい。
海水から塩を作って販売しているデイン家は、塩の発注量から各地で塩蔵わらびが作られていることを実感したそうだ。
「そうね、そうしましょう」
リオ料理長の言葉にメイリーヌ様が頷いた。
「このお煮しめに入ったわらび、煮込んだことで味が染みて美味しいわ」
さっきからリーナ様は、お煮しめのわらびがお気に入りのようだ。リーナ様はよく食べる方のようで、お弁当のお煮しめだけでは足りないと、おかわりを指示している。もちろんわらび多めで。
「具ももちろん美味しいが、とにかく煮汁が美味い。弁当に入った煮しめは十分に旨いが。―――私にもおかわりを皿で出して欲しい」
ローランドおじい様の言葉を受けて、深めの皿に湯気の立った煮汁入りの煮しめが用意されると、ローランドおじい様が嬉しそうに破顔した。
―――それを見たら、食べたくなるのが人の性だ。もれなく全員に温かいお煮しめが配膳された。
「まあ! 本当ね。スープがとても美味しいわ」
「具材の美味しさが全部入っているのね。茶色いのに本当に美味しいわ」
あ。久しぶりにそのフレーズを聞いた。
「でも、きんぴらごぼうも、炊き込みご飯も美味しいし。お醤油って美味しいのね」
「そうね。―――久遠大陸から送られてくる神社への物資は一旦侯爵家で受け取ることになっているの。それから神社へ持って行くのだけど、いつもお米と醤油と味噌が入っていたのよね。こんなに美味しいと分かっていたら侯爵家にも送ってもらえばよかったわ」
神社の人たちは久遠大陸出身の人たち。
アースクリス国では手に入らない、主食と主な調味料は久遠大陸から送ってもらっていたようだ。
ヒオ様亡き後、代を重ねた今では、久遠大陸の料理の味を覚えている侯爵家の人間も、作れる人もいなかった。
ルードルフ侯爵家は、久遠大陸から送られてくる食材をどのように使うか分からないまま、神社へと運んでいたということだった。そうなんだ。
ちなみにルードルフ侯爵家に生を受けた方たちはもれなく久遠大陸の言語を習得するとのことだ。だから、さっき漢字で書かれた『弁当箱』という漢字が読めたんだね。
そしてクリステーア公爵家が外交を預かる家であり、ヒオ様の子孫がクリステーア公爵家に嫁いだことで、クリステーア公爵家の直系も久遠大陸の言葉を習得するのが当然だということだった。
だからルードルフ侯爵家の血を引くリーナ様だけではなく、クリステーア公爵家出身のメイリーヌ様も漢字が読めたんだ。納得。
お読みいただきありがとうございます。




