192 リンクさんが帰って来た!
実はこの度、第4回アース・スターノベル大賞で審査員賞を受賞しました!
書籍化も初めての事でドキドキしております。
これも読んでくださる皆様のおかげです。
ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします!
ジェンド国との戦争が終わり、リンクさんがジェンド国から帰ってくるひと月ほど前に、クリスウィン公爵率いるアースクリス国軍がアンベール国へと出立した。
―――アンベール国へはセルトさんが出征した。
セルトさんが出征する時もいっぱい泣いてしまった。
だって、セルトさんもずっと私の傍にいてくれた人だから。
だから、セルトさんも無事に帰ってきて欲しい。
アンベール国は、ウルド国やジェンド国をそそのかして戦争を引き起こした国であり、三国の中で一番アースクリス国に敵意を持っている国。闇の魔術師を引き入れたことといい、どんな手を使ってくるか分からない不安がある。
でも、セルトさんは『お守りを貰いましたから大丈夫です』と微笑んだ。
アーネストおじい様から、アーシュさんと行動を共にしている人がアンベール王族の一人で、彼が反乱軍の旗頭として立ち、アースクリス国軍はその彼を援助するのだと教えてもらった。
ということは、その人が現王を倒した後のアンベール国の国主になるということだと理解した。
セルトさんはアンベール国に行ったら、アーシュさんに会うとのこと。アーシュさん用の御守りをお願いされたので、折り鶴を作って渡した。
『無事に帰って来れますように』と祈りを込めて。
折り鶴をセルトさんに渡した時、どこからか歓喜の声が聞こえてきた気がするけど。
―――あれは何だったんだろう?
◇◇◇
そして、セルトさんがアンベール国へ出立した後、半年間という従軍期間を終えてジェンド国からリンクさんが帰って来た。
戻ってきたリンクさんに駆け寄って、ぎゅうっと、いっぱい抱きしめてもらって。
リンクさんが無事に帰ってきてくれたことを、女神様にいっぱいいっぱい感謝した。
大事な家族であるローディン叔父様も、リンクさんも大きなケガもなく無事に帰ってきてくれた。
『ちょっと危なかった時もあったけどな。アーシェの御守りのおかげだな』と、リンクさんが言い、ローディン叔父様と目を合わせて頷いていた。
?? どういうこと?
ジェンド国王が画策したことで、リンクさんが毒を飲んでしまったと聞いてびっくりしたけど、『今はピンピンしてるぞ』と笑ったので大丈夫そうだ。たぶん解毒薬でもある菊の花のおかげだろう。
―――実は王妃様から、ジェンド国王が国内の主要な川に猛毒を流したことは教えてもらっていた。
そして、その非情な行動こそが、ジェンド国王の命運を決定づけたのだと。
毒のせいで川の主流や支流周辺は大混乱に陥り、光魔法を持つクリスティア公爵や魔術師達が浄化の為にあちこちに走り回ったことも聞いた。
そして、イブリン王女様率いる反乱軍が王を討つべく王宮に乗り込んで行ったところ―――弟王であるジェンド国王と王太子は、これまで彼らに仕えていた者たちに毒を盛られて床に頽れており―――息絶える直前だったそうだ。
ジェンド国王は、大臣にも知らせずに猛毒を川に流し、事後報告として王都の貴族たちにその事実を伝えたのだという。
『王都にいる者は助かる』のだと、国王たちは言った。
確かに、国王派の上位貴族の殆どは王都にいる。
―――だが、王都より下流地域には、国王派貴族の領地も数多くあるのだ。
―――当然ながら川に流された毒は国王派、反乱軍の領地を選ぶわけはなく、下流地域を毒で汚染して行った。
ジェンド国の民のほとんどは、飲み水も生活用水も川を利用する。
民達は何も知らずに毒の入った水を口にし、次々と倒れて行った。
イブリン王女率いる反乱軍の元には、万能な解毒薬となる菊の花があったため被害は最小限で抑えることが出来たが、そこより遠い地域では毒を口にした多くの民が苦しみ、息絶えることとなったのだ。
毒は身分を問わず、口にしたすべての者に襲い掛かる。
ジェンド国王の所業に驚き、慌てて領地に戻った貴族たちは、地獄絵図をみることとなった。
毒により、川や、川から引いた用水路周辺では生き物が死んで浮かび上がり、周辺の草も枯れ腐り落ちている。
時は夏。
喉を潤すために、飲んだ水が命を奪う物だと誰が想像出来ただろうか。
大事な作物にかけた水が、作物を枯らすことになると誰が想像出来ただろうか。
王族派の貴族たちは、領民だけでなく、妻や娘、息子、父や母―――そして、可愛い孫までもが、血を吐いて息絶えていくのを、成すすべなく、ただただ見ているしかなかった。
それをしたのは、―――自分たち貴族が仕えて来たジェンド国の王。
反乱軍に寝返る貴族が多い中、ずっと王家に仕えてきたというのに。
領地を毒で汚染され、家畜も死に、多くの領民が斃れ―――そして、家族をも亡くした。
―――国主たる王族が、国の半分以上を切り捨てるような凶行をするとは。
取り返しのつかない状況を目の当たりにした貴族たちは、己の主君がどうしようもなく愚か者であることを大きな犠牲とともに思い知ることになった。
―――なにより。
ずっとジェンド国王に仕えて来た自分たちの家族を毒殺していながら、何故ジェンド国王や王太子は平気な顔をしていられるのか。
家族を亡くして泣きながら訴えた重臣に、『新しい妻を娶って子をもうければよいではないか』と国王と王太子は宣ったという。
その言葉を聞いて、瞳に昏い憎悪の炎を宿した者は一人や二人ではなかった。
―――かくして、ジェンド国王と王太子、そして王族の命は、それまで味方であった者たちの手によって、幕を引かれることとなったのだった。
◇◇◇
リンクさんが帰って来た日、デイン家の王都別邸でお祝いとなった。
ホークさんはデイン辺境伯領を護り、ロザリオ・デイン伯爵はアンベール国方面にいるのでリンクさんのお出迎えには来ることが出来なかった。
アンベール国侵攻から一月が経ち、海岸線はアースクリス国軍がすでにおさえているとのこと。
ローランドおじい様はホークさんの代わりにデイン商会の仕事や、別件であちこち行っていて忙しい。今日はリンクさんが帰ってきたので遅くなっても別邸の方に帰ってくるとのことだ。
リンクさんが『久しぶりに料理がしたい』というので、厨房の隣の従業員用の食堂でいろいろ作っては食べている。
確かに、従軍中は役割分担されており、料理をすることがなかったんだもんね。
さっき、鼻歌を歌いながら大好きなフライドポテトを大量に揚げていた。
「へえ~、王都にまた店が出来たんだな」
リンクさんは料理人さん達が作った豆腐や、いなり寿司、油揚げを使った料理を感心しながら頬張っている。
豆腐は、リンクさんをびっくりさせようと一番最初に出した料理だった。
豆乳を使って、一番初めに作った土鍋の豆腐だ。もちろんネギやかつお節が入った絶品ダレを添えて。
「なんだコレ、白くてふるふるで。―――あ。優しい味がする。このタレすっごい美味い!!」
豆腐の出来た経緯や、おからのスイーツの件を聞きながら、小さな土鍋で作った豆腐をリンクさんひとりで食べきっていた。美味しかった証拠だよね。
でもやっぱり好きなのは揚げ物料理。
とんかつやチキンカツをこれでもか、と食べ続けている。
「そうそう、フラウリン領でね、ごま油ができたのよ。今日はきんぴらごぼうにそれを使ったのよ」
マリアおば様は、出来たばかりのごま油を持ってきてくれたので、きんぴらごぼうの仕上げに少し使ったのだ。最初から入れるとせっかくの風味が飛んでしまうので、最後に少量使うのがいいのだ。
「うん、すごく香りもいいし、こくもあっていいな。それに天ぷらもごま油だとカラっと仕上がって美味い。なるほど、アーシェがごま油を欲しがったわけだ」
「ええ。ポルカノ料理長もごま油で揚げた天ぷらを掲げて崇めていたわよ」
「ああ、わかるわかる」
クスクスとリンクさんが笑う。本邸のポルカノ料理長は会心の出来のものが出来ると皿を掲げて崇めるのが癖だった。なんだか目に見えるようだ。
ごま油は菜種油と比べると格段に風味が強い。その香りが食欲を刺激する。
シンプルな料理に少しかけるだけで格段に美味しくしてくれるのでよく使ったものだ。
―――さて、リンクさんが好物をたっぷりとお腹におさめた後、湯気の立った土鍋が運ばれてきた。
すっかり豆腐と油揚げ担当になったクラン料理長の自信作だ。
「湯豆腐をお持ちしました」
シンプルな豆腐は、ネギとかつお節、酒、出汁と醤油で作ったタレをつけて食べるのが定番の食べ方だ。
今は寒くなって来たので、湯豆腐にすることにした。
前世の我が家の湯豆腐は豆腐だけでなく、ネギやさつま揚げ、そしてこんにゃくも入れた具沢山のものだった。
本来の湯豆腐は豆腐だけ、ということを知ったのは、旅行に行って本場の湯豆腐を食べた時だ。
でも、ネギは加熱するので甘くなって美味しいし、さつま揚げもふっくら柔らかくて美味しいのだ。
やっぱりネギもさつま揚げも外せない。こんにゃくは無いから入れられないけど。
私の記憶通りの湯豆腐で食べたいのだ。
「あら、これはお湯に豆腐が浮かんでいるのね」
「はい、ネギとさつま揚げも一緒に温めております」
クラン料理長がマリアおば様に応えながら、器に豆腐とネギとさつま揚げを盛り、かつお節やネギを入れて作ったタレをかける。
「ん? このタレっていつも豆腐にかけてるタレ?」
そう。湯豆腐用に作ったタレも温かくして食べるのが我が家流だった。
前世では鍋の真ん中に置くための湯豆腐用のタレの容器があったけど、さすがにここにはないので、深めの器に入れて代用した。これでもタレは温かいのでオッケーだ。
ふうふうして一口。豆腐の優しい味が口に広がる。
「おいちい」
ああ、ホッとする。
「あ、ネギが甘くなってて美味い」
「まあ、本当ね。とろっとしているわ」
そう言えばネギは細かく切ることが多くて、あまり大きく切った料理はしてこなかった気がする。
ネギは加熱するととろっとなって甘くて美味しくなるのだ。
ローディン叔父様とローズ母様はネギが気に入ったようで、おかわりはネギ多めにしてもらっていた。
「さつま揚げも柔らかくて美味しいわね」
マリアおば様も早いペースでおかわりをしている。
「ああ、豆腐も旨いけど、こうやってネギや魚の旨味も一緒に取れるのはいいな」
うん、ネギもさつま揚げも美味しいよね。
「タレも最後まで温かくていいですね」
「これから寒くなるので湯豆腐も定期的にお出ししたいと思います」
鍋に昆布を入れ、豆腐と、大きく斜め切りしたネギとさつま揚げを温めてタレをかけた湯豆腐は、ネギの甘さとさつま揚げの魚の美味しさも同時に食べられると、料理人さん達にも好評だった。
もちろん私も湯豆腐は大好きだ。
食べるとほっこり心が温まる。
―――食後リンクさんに抱っこされて居間でまったりしていたら、ローランドおじい様が帰ってきた。
ローランドおじい様は元デイン辺境伯で、息子であるロザリオ・デイン辺境伯が今アンベール国方面に行っているため、王都の警備や辺境伯としての仕事を一時的に肩代わりしているのだ。
だから軍部の方にもよく顔を出していて、今日も呼ばれて行ってきたらしい。
リンクさんに労いの言葉をかけた後、―――ローランドおじい様が真剣な面持ちで言葉を紡いだ。
「今日、クリスフィア公爵から話があった。――――『あいつが帰って来たから気を付けろ』とな」
「「!!」」
ローディン叔父様とリンクさんの瞳がすっと細まった。
「―――分かりました」
「―――分かった」
「―――」
ローズ母様が青褪めて声を無くし、マリアおば様がローズ母様の背を撫でて落ち着かせている。
え? あいつって、あいつのことだよね?
―――帰って来なくてもよかったのに。
お読みいただきありがとうございます。