191 牡丹と萩の花咲くころに
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では、おはぎづくりに取り掛かろう。
もち米とうるち米を合わせて炊き上げ、すりこぎで半つぶしにして塩水を手のひらにつけて丸めておく。
ちなみに前世ではご飯の粒を残すつぶし方を半殺し、粒を残さないのを皆殺しといっていた。あんこも粒あんは半殺しで、こしあんは皆殺しと言う所もあったらしい。面白いけどあえて口にしないことにした。説明しきれる自信が無いし。
心の中で『あんこもごはんも半殺しだ~』と呟きながら、半殺しにしたごはんを小さくまとめていった。
「? 塩水は何故ですか?」
私の指示で塩水を用意してきたトマス料理長が首を傾げた。
「しおがごはんにてきどにちゅいておいちくなりゅ」
このちょっとの塩が甘さを引き立てて美味しくなるのだ。
「そういえばあんこ作りでも塩を少し入れると甘味が引き立ちますし、味が引き締まりますよね。それと同じということですね」
元菓子職人のハリーさんがふむふむと頷く。
「あい。そうでしゅ。あとはあんこでごはんをちゅちゅんでかたちをととのえたら、かんしぇい」
「おお。面白いですね。今まではあんこは挟んだものばかりでしたが、一口目からあんこが来るとは」
「あんこ好きにはたまらないですね!」
レイド副料理長がニコニコ笑顔だ。さっきあんこ作りで味見と称してかなりの量を口にしていたよね。
「アーシェラ様、黒ゴマ炒り終わりましたよ。これをすって同量の砂糖と合わせるんでしたよね」
料理人さんが炒った黒ゴマをすりこぎですりはじめたら、ふわりとゴマの香ばしい香りが漂ってきた。
「おお~。すったら良い香りがするな~」
「ホントだ。ゴマの香ばしい香りだ」
小さく丸めたあんこをごはんで包んで、たっぷりゴマの衣をつけたらゴマのおはぎの完成だ。
「大豆も炒ってフードプロセッサーで微粉末にしましたよ」
ディークひいおじい様が微粉末のフードプロセッサーを作ってくれたので、きなこも簡単に出来た。
そこに砂糖と一つまみの塩を入れたら、きなこも出来た。
魔道具って有難い。
黒ゴマおはぎと途中までの工程は同じで、表面にきなこをまぶしたら完成だ。
「おお! 重箱の入って来た箱に書いてあった絵の通りだな!」
ローランドおじい様が感嘆した。
うん。包装箱を見たから、あんこだけじゃなくて、ゴマやきなこのおはぎも作りたくなったんだよ。
重箱に三種類のおはぎを並べる。
おはぎがたくさんできたので、内側が黒塗りの重箱と朱色の重箱にそれぞれ入れて見たら、どっちもおはぎが特別なもののように映えていた。
おはぎがすごく上品な食べ物に見える。
うむ。満足な仕上がりだ。
「ふわ~。なんだか高級感ありますね~」
「この重箱の内側の朱色に映えますね」
「内側が黒いのも重厚感がある」
「確かに」
料理人さん達も綺麗に並んだおはぎに頷いている。
重箱に入りきらなかったおはぎは白いお皿にのって隣に置かれてあるけれど、重箱に入った方が品格がある。入れ物でこんなに違うんだね。
さて、せっかくローランドおじい様がたくさんお皿を買ってきてくれたので、おはぎを漆塗りのお皿とカトラリーで食べよう。
ローディン叔父様たち主一家には、黒塗りに金箔が施されたすっごく高級感あふれるお皿で。
料理人さん達は恐縮して漆器を使うのを遠慮していたけれど、これからも漆器を扱うので、朱塗りや黒塗りのシンプルな漆器を使って食べてもらうことにした。
「わ。すっごく軽い皿です。漆器のフォークも」
「朱色や黒い皿って今まで無かったですよね!」
確かに。この国の食器は白をベースに装飾が施されている物が多いのだ。黒い皿や朱色の皿は物珍しい。
「漆塗りの光沢がキレイですね」
「あ、箱の注意事項欄に『金属製のカトラリーを使うと傷が付く』って書いてある」
「漆器を使う時は、カトラリーに気を付けることにしますね」
みんなで一通り漆器の皿を堪能してから。
『いただきます』をしておはぎをぱくり。
「おはぎ、おいちーい!」
ああ、懐かしい味だ。中に入れるご飯を少な目にして、粒あんをたっぷり乗せたのがまたいい。
あんこ好きにはたまらない。
ご飯を丸めた時のほんのりとした塩気がまたいい仕事をしている。このほんの少しの塩味があんこの旨さを引き立てているのだ。
「ああ……っ。幸せですぅ」
レイド副料理長が小豆色の瞳を細めてうっとりと言った。
彼は以前小豆餡の作り方を誰よりも早くマスターし、『私は小豆色の髪と瞳ですからね!』と変な自慢をしていたのだ。面白い。
「あんこの旨さを堪能できる一品だな。これは美味い」
「ええ。あんドーナツも美味しいですけど、シンプルにあんこの美味しさを感じられていいですわね」
ローランドおじい様やローズ母様も小豆餡が好きな人だ。
「丸めたご飯に塩味が付いたのが、あんこの旨さを引き立ててるな。やっぱり塩味が入るといいな」
ローディン叔父様も甘く煮た煮豆を自分でも進んで作る程甘いものが好きなので、小豆餡も気に入ってくれた。
ウルド国から帰ってきて、初めて小豆餡を挟んだあんドーナツやあんバターパンを披露した時、うんうんと頷きながら堪能していた。
「こっちの黒ゴマのおはぎも美味しいです!」
「ゴマって香りもいいですね~」
「ゴマ自体の味もすごく美味しいですね」
ゴマは久遠大陸から種を購入して初めて作付けしたものだ。
「くっきーにごまいれりゅと、しゅごくおいちくなりゅ」
「なるほど! おやつに作りますね!」
「あい! おねがいちましゅ!」
元菓子職人のハリーさんが約束してくれた。
ゴマの入ったクッキーも大好きだった。楽しみにして待っていよう。
「炒った大豆を挽いた黄な粉も香ばしくて美味しいですね」
「ああ、こんな食べ方があったなんてな」
「こりぇ、つきたてのおもちにちゅけてたべてもおいちい」
「確かに。おはぎでこんなに美味しいのですから、絶対に合いますよね」
「次に餅つきした時にはきなこも用意しておきますね」
前世ではきなこ餅が大好きだった。もちろんゴマやクルミも。でもやっぱり。
「あんこのおはぎがいちばんしゅき」
と言ったら。
「「「そうですね!」」」
と答えが返って来た。どうやら料理人さん達もあんこをダイレクトに味わえるものが好みのようだった。
試しに使用人全員に食べ比べをしてもらいどれが一番好きか聞いたら、やっぱりあんこが一番人気だった。
「神社に行く時は、ルードルフ侯爵も一緒に行くと言っていた。侯爵家に挨拶してから神社に行くことになる」
ローランドおじい様の言葉にローディン叔父様が頷いていた。
実は護衛機関の長であるクリスフィア公爵から、旅程の前後、ルードルフ侯爵領のホテルに宿泊するよりルードルフ侯爵家の方が安全だと勧められ、ルードルフ侯爵家に数日滞在することになっていた。
ルードルフ侯爵家の皆さんはローズ母様とも縁が深い。
ローズ母様も楽しみにしているようで、嬉しそうに微笑んでいた。
よし、それなら。
「いっぱいおみやげもっていく!」
ルードルフ侯爵様は、アメリカンドッグやフライドポテトが好きだということをアーネストおじい様に聞いていた。
「ルードルフ侯爵家は、大陸のお姫様がお輿入れした家だから、おはぎもきっと喜ばれると思うわ」
そうだった。久遠大陸のお姫様が嫁いできたから、神社が出来たのだったよね。
ルードルフ侯爵家へのお土産の他に、お姫様が眠る教会にもお供えしてもらおう。きっと喜んでくれるはずだ。
「このおはぎもお店で出したら絶対に売れますよね。あんこ好きには堪らないですよ」
元菓子職人のハリーさんがそう言うと。
「ああ。今までの流れから見ても確実に売れるだろうな。でも、そうすると小豆が不足するだろうな」
ローディン叔父様の言葉にハリーさんが『やっぱり』と頷いた。
「そうですよね。小豆が不足してあんこを使う商品の販売数量を調整してたんですものね。―――残念です」
そう言うハリーさんの隣でレイド副料理長が『こんなに美味しいのに』としゅんとしていた。
ん? でも。年中通しての販売は小豆が足りなくなるかもだけど、期間限定なら行けるんじゃないかな。
それに、前世でもぼたもちやおはぎがよく出回るのは春彼岸と秋彼岸の頃だったような気がするよ。逆にその他の時期にはスーパーでもあまり見なかった気がする。
まあ和菓子屋さんによっては年中置いていたところもあるけど。
「んーと。なのはなどーなちゅとおなじで、ぼたんのはながしゃくじきと、はぎのはながしゃくじきにだけにすりゅ」
「! 期間限定か」
菜の花ドーナツは菜花の旬の時期限定で販売したのだ。
期間限定商品はやはり物珍しく、野菜嫌いの子どももドーナツなら食べられると好評だった。
「牡丹の木の花が全部散り落ちるまではたしか20日程度だったよな。それぐらいならいけるか」
牡丹の花の別称は二十日草。牡丹の花一輪は一週間程度で散ってしまうけれど、牡丹の木全体の咲き始めから散るまでの期間がだいたい二十日ぐらいなのだ。
萩の花の見ごろも大体似た期間なので、花の咲く時期に合わせた二十日間の期間限定と数量限定にすればいけるはずだ。
その提案は良かったみたい。
ドーナツも変わり種を期間限定でいくつか出しているので、それを楽しみにしているお客さんも多い。変わり種のドーナツと重ならない時期に、春はぼたもち、秋はおはぎで期間限定で販売しようとあっさりと決まった。
本当にローディン叔父様は決断が早い。
「その時期は、私が王都のお店にお手伝いに行きます!!」
あんこに心を奪われたレイド副料理長が『はいはい!』と手を挙げた。
レイド副料理長。なんだか、天ぷらにとりつかれたポルカノ料理長と似てきている気がするよ。
―――お腹周りもね……。
お読みいただきありがとうございます。




