190 じゅうばこと秋
更新の間が開いてしまいました。
次の話は明日更新予定です。
秋が深くなって、バーティア領では米の作付け二年目の今年も豊作だった。
領民さんたちも米が美味しいことを知ったので、作付面積も昨年よりかなり増えた。
今年初めて作付けしたもち米も豊作となり、収穫前の田んぼに広がる一面の黄金色の稲穂の原がとっても綺麗で。―――そしてとても懐かしかった。
そして今日はバーティア子爵邸に、バター餅に使うためのもち米の買い付けをしにローランドおじい様が訪れていた。
バター餅は発売から半年以上経っても人気が衰えなかった。嬉しい限りだ。
ローランドおじい様は久遠大陸のお土産を持ってきてくれたので、厨房隣の従業員用食堂でお土産を紐解きながら談笑していた。
ちなみにディークひいおじい様は魔道具部門が忙しく今日は王都の方に行っている。
今回のお土産は器がいっぱいだ。物珍しさにトマス料理長や料理人さん達も手に取って見ている。
「デイン領の米も豊作だったし。よかったな。近いうちにルードルフ侯爵家の神社にお参りに行こう。侯爵にいつが良いか聞いてみたら、半月後が良いそうだ。ちょうどリンクも帰ってくるし、みんなで行けるな」
ローランドおじい様がそう言ってにこやかに笑った。
「あい! みんなでいきたいでしゅ!!」
「米の豊作の感謝にいくのだからな。お供えとしていなり寿司をたくさん作って行こう」
「そうですわね」
ローランドおじい様はいなり寿司が好物になったようだ。
いなり寿司はいろいろバリエーションがあり、一通り作ってみたけれど、結局シンプルなものが揚げの美味しさを一番感じられると好評だったので、今では白ご飯か酢飯の二種類に定着した感じだ。
「もち米も出来たのでおこわも用意しますね」
「それを言ったら、炊き込みご飯も必要だな」
トマス料理長がもち米料理を提案すると、ローディン叔父様が定番の炊き込みご飯も、と付け加えた。
「しょれ、じゅうばこにちゅめる!」
「ああ、それはいいな」
ローランドおじい様は今回、久遠大陸から漆塗りの食器や重箱を買ってきてくれた。
久遠大陸の街道沿いの市に立ち寄ったら、漆器の露店があったそうだ。
アースクリス国にも木で作ったお椀のようなものがあるが、木目が見える素朴な物が多い。
久遠大陸のお椀は、アースクリス国と同じ種類の木で作ったお椀とは思えない程薄くて軽い。漆を塗ったことで見た目が美しく、独特の光沢や質感があることに驚いた。
お土産に購入しようとしたが、小さな露店ではローランドおじい様の希望する数がなく、漆器の工房に案内されて職人の作業を見てきたそうだ。
軽く、見た目が美しいことの他に、陶磁器やガラス、金属に比べて、木で作った漆器は熱を伝えづらいとの特徴を聞いた。つまり、漆器に盛ると熱いものは熱いまま、冷たいものは冷たいままを、陶磁器より長く保つと聞いて興味が湧いたらしい。
確かに。
前世で朝、身支度に時間がかかって食事する時間が少ない時、熱々のお味噌汁をお椀ではなく、深めの陶器のお皿によそっていた。
木製のお椀に比べると陶磁器は温度が落ちやすいので、熱々の物を早く食べられる温度にしたい時によくやったものだ。
裏を返せば、それだけ木でできたお椀は保温性があるということなのだ。
ローランドおじい様は漆器の露店でお味噌汁を振る舞ってもらい、漆器と陶磁器の冷める速度の違いを実体験してきたとのことだ。
すっかり漆器に魅了されたローランドおじい様は、漆塗りの汁椀やお皿、スプーンなどのカトラリー、お盆などたくさん購入して来た。
それも多種多様、おっきい箱にたくさん。
相変わらずの豪快な買い方にびっくりしたけど、ひとつひとつ見るのが楽しかった。
朱塗りや黒塗り、茶色がかった赤色の塗り、オレンジがかったもの、下地に赤が見える渋い黒のものなど、色も多様で、文様も様々。
そしてその中に重箱があったのだ。
黒塗りの重箱に金箔や金粉や銀粉で飾りをつけた見事なものがいくつも。
「お供え用にもいくつか購入してきたからたくさん詰めて行こうな」
「あい!」
たくさんの漆器にわくわくした。
以前貰った名前入りのお箸も気に入っていたが、今回は漆塗りのお箸もお土産にもらった。
綺麗なカトラリーが揃うとテンションが上がる。
早くこのお箸や漆器を使って何か食べたい!
ローランドおじい様は、漆塗りの工房で多種多様の漆器をどれに使うか教えてもらったそうだ。
話の流れでアースクリス国の自領で米を栽培していること、いなり寿司を作って神社にお参りすることを話したら、派手すぎない重箱を勧められたそうだ。漆器は久遠大陸でよく使われているものだそうだが、蒔絵や沈金を施したものはやはり高価格帯なので庶民には手が出ないものらしい。
ローランドおじい様は工房で作業を見て来たので、その繊細さと見事な匠の技に感嘆していた。
『あれだけの技術が必要なのだから価格が高いのは当然だな』と言っていたけど、そのお高い逸品をいくつ買って来たの? って思うくらい重箱が並んでいる。
そして、それとは別にお供え用に加飾控えめで上品な重箱をいくつも購入して来ていた。
それにたっぷりといなり寿司やおにぎりを詰めて持って行くつもりだ。
そして、重箱と秋というと、私の頭の中を占領する食べ物があった。
「―――おはぎ!! おそなえしゅりゅ!!」
「おはぎ??」
「それはなんだ?」
ローディン叔父様とローランドおじい様が首を傾げた。
「あんことおこめでちゅくった、おかち」
「アーシェ。それって、春はぼたもちで、秋はおはぎっていうあれのこと?」
ローズ母様が気づいてくれた。
「あい! それでしゅ!!」
「姉さん。それは?」
「ええ。たしか周りがあんこのお菓子なのだけど、春は牡丹の花が咲く頃、秋は萩の花が咲く頃に食べるので同じ食べ物なのだけど名称が変わるの。なんだか風流で覚えていたのよ」
王宮図書館にある本は持って帰れないので、行く度にレイチェルおばあ様やアーネストおじい様に読み聞かせしてもらっていた。
この前読んでもらった久遠大陸の絵本におはぎとぼたもちの話があったのだ。
アースクリス国ではもともと牡丹も萩も自生していなかったが、どちらも『根の部分が薬になるから』とかなり昔に久遠大陸から苗木が輸入され、今ではあちらこちらで見ることが出来るようになった植物だ。
「あんこと言ったら、あんドーナツと、あんバターをはさんだパンが真っ先に思い浮かぶな」
それは、どっちも小麦粉を使ったものだ。
せっかく稲の豊作を感謝しに行くのだから、お供え物は米を使ったものにしたい。
「いなりのかみしゃまにおそなえしゅるから、おこめをちゅかったおはぎにしたいでしゅ」
その言葉にローランドおじい様が頷いた。
「それはそうだな。で、それはすぐ出来るのか?」
「あんこがあるとできりゅ」
「もちろんご用意しております」
間髪入れずトマス料理長が応えた。
「実は今年初めてバーティア子爵領で小豆を作付けしたのです。それであんこを作っておきました。今日のデザートにあんドーナツか、アーシェラ様がお好きなヨーグルトのトッピングにしようと思っていたのですが、どうぞお使いになってください」
小豆は生産地のツリービーンズ男爵領の中でもマイナーで作付け量も少なかった。
今年急激に小豆の消費量が増え、在庫が不足気味になり販売の調整も行っていたので、ツリービーンズ男爵領からの購入と同時に、お店での安定供給の為にバーティア領でも小豆も栽培することにしたのだ。
「よし、じゃあそのあんこを使おう。―――ああ、そういえば、ローランドおじい様にタネを買ってきてもらったゴマも無事に収穫できたんですよ」
「そうかゴマも出来たのだな。マリアもアーシェラがごま油が欲しいと言っていたから、フラウリン領でもゴマを作付していたぞ」
そうなんだ。マリアおば様、行動が早い。オイルの一大生産地だから新しい作物に着手するのにもハードルが低いんだね。
「ごまあぶりゃ、できた?」
「それはまだ聞いていなかったな。今度マリアに聞いてみような」
「あい」
胡麻油は風味が好きでよく使っていたので出来上がりが楽しみだ。
お読みいただきありがとうございます。