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19 教会に咲く花



 今問題となっているその教会までは、市場から馬車で15分くらい離れたところで、少し小高い場所にあった。

 馬車から降りて下を見ると、市場や離れたところに船着き場や大きな川が見えた。


 そして反対側を見ると、周りを木に囲まれて、白い教会が佇んでいた。


「教会の後ろの建物にだいたい20人くらいいます。以前は孤児が数人だけでしたが、大人も子どもも増えて今では20人くらいですね」


「まずは教会の中に入って司祭様とお会いしましょう。―――今の司祭様は以前王都の神殿にいらした方です。後進に道を譲って、昨年教会に来られた方なのです」

「そうか」


 礼拝堂の中に入ると、女神像のあたりに司祭様らしき人がいた。

 60歳くらいだろうか。白髪交じりの茶髪に優しそうなブルーの瞳をした司祭様が、にこやかに笑いながら歩み寄ってきた。


「おや、デイン商会のカインさんだね。おや、一緒におられる方は……」


 ローディン叔父様とリンクさんが、すっと礼をした。

「―――お久しぶりです。レント神官長様。ローディン・バーティアです」

「リンク・デインです。お久しぶりですねレント神官長様」

 なんと、神官長さん!?


 レント神官長さんは驚いた顔で、ローディン叔父様とリンクさんを見ると、嬉しそうに目を細めた。

「いやいや。私はもう神官長を辞しました。今はこの教会を預からせていただいている司祭ですよ」


「神官長は20年を境に入れ替わる決まりでしてな。過去に年老いてもその地位に固執して良くないことを引き起こした愚かな神官長もおりました。―――ですから、私は円満な定年退職をしたのですよ」


「そうなんですか・・・。でも、なぜこちらに?」

「実は新しい神官長から、戦争が終わるまでは王都にいて欲しいと懇願されましてな。ここの教会の司祭が病気で故郷に帰ることになったので、ここに来た次第ですよ」

 にこやかに話すレント司祭に、ローディン叔父様やリンクさんは頷いた。

「納得しました」


「おや、小さな子供も一緒ですね」

「ええ。私の大事な姪です」

 さあ、とローディン叔父様が促してくれたのでご挨拶。

「あーちぇ……あーしぇらでしゅ」

 ぺこり、とお辞儀をすると、優しく笑ってくれた。


「かわいらしいですな。3歳? 4歳くらいかな?」

「あと数か月で4歳になります」

「では、魔力の鑑定はまだなのかね?」

「ええ。私たちは7歳を待たずにレント神官長、いえ、司祭様に鑑定をしてもらいましたが、この子はまだです」

 へえ、みんな7歳になってから鑑定を受けると思っていた。

 貴族は違うんだね。


「この子も貴族の色彩(いろ)を持っているし、7歳を待たず鑑定しても身体に負担はないでしょう―――やってみますかね?」

 え? 私の魔力鑑定?

 今ここでできるの?

 わ~! やってみたい!!

 ローディン叔父様とリンクさんも驚いている。


「! ―――お願いしたいです! ……ですが、この子の魔力鑑定は姉が一緒にいる時にやりたいと思います」

 大事なことなので、家族で立会したいとのローディン叔父様の言葉にリンクさんもレント司祭も頷いた。

「そうですか」

「数日後にまた参りますので、その時にお願いします」

「承知しました。―――それで、今日はどのようなご用向きですかな」

 一瞬、ローディン叔父様は私の鑑定のことで当初の目的を忘れてしまったらしい。

 気を取り直して話し出した。


「―――食材の寄付の件でいろいろあったと聞きました」


「―――ええ。その通りです。困ったものです。己が同じ立場になったらどう思うのか」

 ふう、とため息をつく。


「それだけその者たちも困窮しているのでしょう」

「なんとか事態を収拾できればと、訪問した次第です」


「ありがたいですな。・・・あの小さかったご子息たちが、こうやって動いてくださるとは。これも創世の女神様達のお導きかの」

 ローディン叔父様とリンクさんの申し出にレント司祭様は嬉しそうに目を細めた。



 デイン商会のカインさんはローディン叔父様とリンクさんに話を任せて、セルトさんと一緒に傍に控えていた。



 教会に身を寄せているのは、女性が5人、子供が12人と、男性が3人。


 5人の女性たちは夫を戦争で亡くした寡婦。

 子供は女性たちの子供が8人と身寄りのない子供が4人、男性は戦争で体が不自由になった2人と、病気の老人だ。


「王宮にも費用の増額をお願いしておるのですが、どこも同じような有様で手が回らないようで、いつになることやら。今は皆さんからの食材の寄付で最低限の食事だけはなんとか。ですが、ここにいる大人のほとんどが身体を弱くしております。職を探そうにもどうしようもないのです」


「他の者たちは働かずに施しを受けていることを罵りますが。働きたくても、そうできない現状だということを理解出来ないのですな」


「それだけ他の者たちも苦しいのだろうな。だから施しさえも羨ましくて嫉妬する」

 と、リンクさんが難しい顔をした。


「教会の敷地内を見せてもらえないだろうか」

 ローディン叔父様が言うと、にこやかに司祭様がこたえた。

「よろしゅうございますよ。こちらへどうぞ」


 礼拝堂の奥の扉から外に出ながら、レント司祭様が。

「こちらの庭の奥は小さな森です。迷うほど広くはありませんが、背の高い植物が生い茂っていますので、小さいこどもが入ると見えなくなってしまいますので、ご注意ください」


「こどもが沢山居るだろう? 危ないならどうにかしなければならないのではないか?」

「あの花は生命力が強く、刈り取ったとしても、数日でまた花を咲かせます。年中咲いているんです。その伸びる力はすごいですよ」

 年中咲いているなんて、不思議な花だ。


「こちらです」

 と、案内されたのは、教会の奥の生活の為の建物のわきの庭。

 その奥には森が広がっており、一面に背の高い、黄色の花が咲き誇っていた。


「しゅごい。なのはなばたけみたい」

「ああ。すごいな。森いっぱいに広がっているんだな」

「森の奥までこの花が咲いているのか。圧巻だな」

 森としては小さいかもしれないが、見渡す限りの花畑だ。奥が見えない。


「あ~……重弁花か。これじゃあ養蜂はできないな」

 近づいて見たら、ローディン叔父様が残念そうに言った。

 重弁花とは花びらが重なっている花のことだ。あまり蜜が取れず養蜂向きではない。

 ローディン叔父様は養蜂箱を寄贈するつもりだったみたいだけど、ここには不向きだ。


 この花は私の背丈より高いということで、私はローディン叔父様に抱っこしてもらっていた。

「アーシェ?」

 見下ろしたことで、しっかりと花を見ることができた。

 見事な大輪。鮮やかな黄色。

 これって。これって。


「きくのはな」

 だよね。

 日本人に馴染み深い菊の花。

 桜に並び、日本の象徴の花だ。

 ん? でもちょっと待って。

 ―――これって。


 ローディン叔父様に一輪花を手折ってもらった。

 そして、花びらを一枚途中からちぎってみると、花びらが筒状になっていた。

 これって。あれよね。

 黄色だし。いや薄紫色のやつもあって、あっちも好きなんだけど。


 ―――食用菊だ!


「りんくおじしゃま。これどくありゅ?」

「なんで毒……。わ、ちょっと待て! 食べるな!!」

 記憶の通りなら、黄色のこれは食用菊だ。

 味噌汁やお浸し、酢の物だっていける!!


「待てって! 『鑑定』 うん。毒はなし。って、食用?! 薬用とも鑑定で出てるぞ!」


『毒はなし』って言葉で口に入れた。

 うん。大丈夫だ。

「おいちい! おじしゃま。これほちい!」


 花びらの特徴を見てわかった。

 前世で両親が好きで、家庭菜園で育てていたものと花が同じだったのだ。

 ちなみに農家の家庭菜園は植える量が半端ではない。

 売れるのではないかと思うほど大量だったので、冷凍して年中食べたおなじみの食材なのだ。

 食用とする菊は花びらが筒状になっていて、食べるとシャキシャキといい食感。

 ある猛者は観賞用の菊を食べたらしいけど、ちょっと風味が強かったそうだ。

 そんな勇気は前世ではなかったけどね。


「? この花を? 食べられるのですか?」

 レント司祭様もカインさんも驚いている。


 こっくり。頷いた。

 生でもいける。

 刺身用の小菊は刺身の解毒作用もあったのだ。

 小さいころから家で菊の花のお浸しやお味噌汁を食べていた。

 刺身についていた小菊も花びらをほぐして食べたものだ。

 鮮やかな黄色が料理を華やかにしてくれて、さらに美味しいのだ。

 塩ラーメンに入れて食べた時に、シンプルなラーメンが菊の花の黄色と青ネギのコントラストが美しく、また食材の味を邪魔しなくて美味しい『食べられる花』で、私の中では野菜なのだ。


 それに、前世でも解毒・解熱・鎮痛などの薬効成分があったし、さっきのリンクさんの鑑定でも薬用と出ていた。

 食べられて、薬にもなるなんて一石二鳥ではないか!


 それにそれに、一年中咲いているなんて最高だ!!


「おやさいみたい。おいちいよ!」

「キクの花が野菜のように食べられる……で、薬になるんですね」

 カインさんがへえ、と感心する。


「これと、おしゃかな、こうかんしゅる」

「! 確かに、物々交換できますね……でも、これを食べられると言っても需要があるかどうかわかりませんし」


 それなら。食べてみたらいいよね。

「おじしゃま! おひるごはんちゅくる!」

「「よし、わかった」」

 叔父様たちは即答である。

 そんな叔父様たちを見て、カインさんが驚いている。

「ちょっと待ってください! 貴族が料理ですか?!」

 急な展開にカインさんが驚いているが、叔父様たちは通常運転である。


「レント司祭様、炊事場をお借りしていいですか?」

「構わんよ。しかし、貴方がたが炊事するのでは大変でしょう。女性たちにも声をかけましょう」

「ええ。大人数分ですからね。手伝いをお願いします」


「花が食べられるんだよな? なら花だけ摘むか」

 菊の花は背丈が高い。大体120cmから130cmくらいだ。

 私は90cmくらいなので、当然届かないし、数歩中に入るとすっぽりと隠れてしまうのだ。

 おとなしく叔父様たちが花を摘むのを待っていることにした。


 それにしてもこの菊の花は大きい。

 こっちの世界の菊の花は大輪で直系20cmくらいはある。

 なので一輪の花は私の両手いっぱいに広がっている。

 一輪でも食べられる部分が相当とれる。

 ふふふ。


「アーシェ。楽しそうだな」

「きいろきれい! かわいい! おいちい!」

「おいしいのか。楽しみだな」

 ローディン叔父様もリンクさんも、私のことを全面的に信用してくれている。


 すぐに大きなかごいっぱいになった。

「おりょうりに、きのうのおしゅほちい」

「おしゅ? ああ酢か。うちにあるものは商会にもある。カインとセルトに持ってきてもらおう」


 リンクさんが指示して、二人には商会に行ってもらった。


 下処理のために炊事場に向かうのかと思ったら、リンクさんが『ちょっと話がある』と礼拝堂の方に私とローディン叔父様、そしてレント司祭様を呼んだ。


 

 リンクさん、少し気まずそうだったけど。


 ―――どうしたんだろう?





お読みいただきありがとうございます。

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