189 アーシュさんに加勢します
誤字脱字報告ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
今回でローディン叔父様視点終わります。
「―――ただ、ローズにはアーシュが戻るまではアーシェラが実の娘であることを伏せておいて欲しいのだ」
「理由は教えていただけないのですか?」
「―――ローズはアーシェラを守る為ならなんでもする」
クリステーア公爵のその言葉で、脳裏に浮かんだものがあった。
「もちろんそうですね。―――ああ、何となくわかります。昔、古書で読んだことがあります」
バーティア子爵家は建国以来続く古い家だ。そして魔力に深い造詣を持っている。
ゆえに王立図書館にも無いような古書も数多くあるのだ。
私は実父のあまりの怠惰さに呆れ、次代のバーティア子爵となるという自覚を持った少年の頃から、一日でも早く子爵位を継ぐために、ありとあらゆる知識を吸収しようと心掛けていた。
公で取引する結晶石が採掘されないバーティア子爵領は、これといった特産物がない。
であれば、代々魔力の強い家系であることを生かして、子爵位を継いだ後、魔道具を扱う事業を興すことを考えていた。
数代前にも魔道具店を経営していたことがあるが、その時は結局利益を生み出すことが困難になり、事業をたたんでしまったという過去がある。
前回は専門的過ぎてしまったことが原因だったという。
ならば、今回は身近で必要なものを。その使い勝手に皆が欲しくなるような物を作ろうと、商会の仕事を通じて、リサーチしてきた。
魔道具事業の構想を祖父に話すと、祖父も同様の考えだったようで、魔道具を扱うための知識を得るためにいろいろと協力してくれた。
建国時から存在するバーティア子爵家には、王立図書館で禁書にあたるような古書も存在している。
さすがにそれは対外的に隠されているが。
私はどんな知識もいつか役立つだろうと、魔道具の専門書だけではなく、魔術陣やいろいろな魔法の書も読み込んできた。もちろん、バーティア子爵家の者の特権である古書も。
だから、先ほどクリステーア公爵の話したものが何であるかに気が付いた。
「―――さすがバーティア先生の孫だな。おそらくそなたが想像した通りだろう。二人とも無事でいて欲しい。それが理由だ」
ああ。クリステーア公爵はアーシェラだけではなく、ローズ姉上をも守ってくれていたのだ。
姉がクリステーア公爵家に嫁いだことは間違いではなかったのだ。
―――ただリヒャルトという異分子がいなければ。
「―――リヒャルトは前公爵夫人の不義の子ということでしょうか?」
「そういうことだ。父は生まれたばかりのリヒャルトに姿変えの魔法をかけたのだろう。父が亡くなってから相当経つ。おそらくは見えぬところに核があるのだろう。それを見つけて壊さねば」
「本当の姿に戻すということですか」
「それもあるが、父はクリステーア公爵家の者としての権限を姿変えの魔法にのせていたらしい。いわゆる家の鍵のようなものだ。―――今となっては厄介なものだな」
なんと。前公爵はリヒャルトの出自をくらますためにそんなものを与えていたのか。
それがどんなに弊害を生むのか、与えた時には思いもしなかったのだろう。
それにしても、前公爵とてリヒャルトの性根に気づいていただろうに、なぜ後からでもリヒャルトを排除しなかったのか。
それを口にすると、クリステーア公爵もそれは不思議に思っていたとのことだ。
「ともかく、その核を壊すことが肝心だ。もしも対峙することがあれば目を凝らして見ておいてくれ。光魔法を持つそなたなら見つけられるやもしれん。破壊しろとは言わぬ。それは私の役目だからな」
前公爵のかけた魔術を私が解けるとは思わないが、クリステーア公爵家に出入りできる権限を術で付与されているならば、それを破壊しなければ、いつまで経っても姉とアーシェの安全は本当の意味で確保することはできないだろう。
「承知しました。ですが、アーシェに手を出すようなら、見逃しませんよ?」
表に引きずり出して断罪するのが前提だが、手足の一本位、いや二・三本やっても構わないだろう。
「ああ、その時の判断は任せる。あいつは手先の者を使い、なかなか自ら顔を出さぬがな。近いうちに引きずり出して引導を渡してやるつもりだ」
「分かりました」
クリステーア公爵がアーシェと同じ色の瞳で私を見る。そしてその表情から、私からアーシェを引き離してしまう申し訳なさが感じ取れた。
「―――アーシェは私の大事な家族です。ずっとそれは変わりません」
「分かっている。―――アーシェラとそなたたちの間に血の繋がりはあったが、それを伏せてそなたたちに託した。ローズはおそらく血の繋がりを無意識に感じただろうが、そなたやリンク・デインがどのようにアーシェラに接するかが最初心配だったことは否めぬ。―――だが、それは杞憂であったことはすぐにわかった。―――私はアーシェラとの繋がりを使いずっと見て来たからな」
「ありがとう。私の孫娘を愛しんで育ててくれて、本当に感謝している。―――そしてずっと守ってくれたことにも、心から感謝している」
クリステーア公爵が深く深く頭を下げた。
アーシェを本当に大事にしていることがひしひしと伝わってくる。
「それは感謝されることではありません。当然のことをしたまでです」
そう。アーシェと暮らすのはとても楽しかった。あの小さな存在が、心の殆どを占めるくらい大きな存在となっていた。―――だからアーシェの命を脅かすものを赦しておけるはずがなかった。徹底的に排除することに躊躇しなかった。
「転移門の話を受け入れます。―――数年後、リンクはフラウリン子爵領を継ぎ、バーティアの商会の家を去るでしょう。そして私も商会での修行を終え、子爵邸に戻ることになるでしょう。―――そして、アーシュさんの元に姉とアーシェが戻るのが自然な流れです」
16歳だった頃、アーシェを見つけた。
その頃はまだまだ子爵位を継ぐことは先のことだと思っていた。とにかく目の前のことをこなすことで精一杯だった。
領民と同じような暮らしをして民心を理解すること。
商会を運営して領地のことを深く学ぶこと。
利益を出して少しでも早く父ダリウスの作った借金を完済すること。
慣れない暮らしをはじめた頃に、赤子のアーシェを見つけたのだ。
何もかも初めての事ばかりで、しかもすべて自分たちでこなさなければならず、あまりの忙しさに天手古舞していた。
―――でも、充実していて、楽しく、濃密な時間を過ごした。
「アーシェにとって、私やリンクは父親のようなものです。そして私たちもアーシェを娘のように思っています。それはどんなに時が経っても変わることはないでしょう」
「まして、そなたたちはアーシェラから光魔法を与えられた。血の繋がり以上に『魂の繋がり』を生んだ。―――さすがに、それほどの強い繋がりを切ることは私たちにはできぬよ」
「だからこそ、そなたらにはアーシェラをこれからも支えてもらいたいのだ。可愛い孫娘を裏切ることのない味方はいくらあっても良いからな」
だから、陞爵の話を受け入れろということなのか。
下位貴族であっても王宮勤めに支障はないが、王族近くにいる者は殆どが伯爵位以上となる。
アーシェがもし国母にならないとしても、女公爵となるアーシェを支えていく為にはある程度の高い身分が必要となるのは否めない。
「先ほどの話し合いの中にもあったとおり、これから先、大規模な貴族の粛正がある。つまり、爵位持ちが大幅に少なくなるぞ」
クリステーア公爵が大きな捕り物があるのだと断言した。
「戦争を終わらせるのと同時に、国内貴族の大規模な粛正を行う。―――まずは、リヒャルトにつながる貴族を粛清する。デイン伯爵家はその為にずっと動いてくれていたからな」
「―――伯父上も、そしてデイン家の祖父もアーシェのことを知っていたのですね」
先ほどの話し合いの時、アーシュさんの生存を聞いても祖父から驚きを感じなかった。それは前から彼の生存を知っていたからだったのだと今なら分かる。
「アーシェラが生まれた時、ロザリオ・デイン伯爵、ローランド・デイン前伯爵、そしてバーティア先生にローズとアーシェラを守って下さるようにお願いした。そして、そなたたちが戦争に行く前に、デイン伯爵夫人にも打ち明けた」
「納得しました」
「さすがにダリウス・バーティア前子爵には一切教えぬこととしていたが、そなたの母君は、アーシェラが自分の孫娘であることを一目で見抜いた。さすがだな」
ということは、母ローズマリーは初めて会ったあの日アーシェが自分の孫娘だと分かったということだ。
母の鑑定で、触れることで相手の身体の状態を見ることが出来るという能力を持っていることは知っていた。
「ローズマリー夫人は触れることで、血縁関係を見ることが出来るそうだ。その能力は対外的に秘密にしているようだが」
確かに。人によっては、はた迷惑な能力だ。
貴族の中では不倫の末に夫の子ではない者を産み、平然と育てる者もいる。
そんな中に母のような能力者がいたら、いつバラされるかと戦々恐々とするだろう。
疑心暗鬼になって、母を害する者が出てくるのは目に見えている。
最初から隠していた方がいいのだ。
「ローズマリー夫人は、私たちに言ったのだよ。私たちがアーシェラに自由に会えるようになるまでは、自分もアーシェラに会わない、と。その代わりにアーシェラに着せる服を用意するのを許して欲しいとね。―――まさか、専門店を開くほどになるとは思わなかったが。アーシェラに会えない分、服に思いを込めたのだな」
確かに。母の製作意欲はすごかった。ひとつのことにのめり込む性格とはいえ、不思議に思っていたこともある。
でも、アーシェが孫娘と知っていたのなら、その行動の意味が分かる。
そして、アーシェを手放したクリステーア公爵夫妻のことを慮っての言葉も。
―――本当に母は、父にもったいない人だと、そう思う。
「いつか、本当の家族として皆が会えるようにしたいです。姉上に真実を打ち明ける日が早く来ることを願うばかりです」
「同感だ。だがその前にはあやつを粛清する必要がある。―――しっかりとローズとアーシェラを守ってくれ」
「もちろんです」
―――私も心を決めた。
この決断が招く未来は別れではない。
アーシェと共に心から家族として笑い合える未来を引き寄せるためのものだ。
―――だが。
まだまだ嫁に行くのは早い。
この点はアーシュさんに加勢しよう。―――そう決めた。
お読みいただきありがとうございます。