188 はたから見ても気づきます
誤字脱字報告ありがとうございます。
本当に助かっています。
これからもよろしくお願いします。
ローディン叔父様視点です。
国母とは王妃。アーシェが?
「血筋的にも問題はない。すでに国王陛下から内々に申し入れも来ている」
「確かに代々王妃は公爵家の姫で―――それでいけばアーシェはそうなんでしょうけど、まだアーシェは4歳ですよ」
アーシェがクリステーア公爵家に行くことを無理やり自分に納得させようとしているというのに、今度は王妃? ちょっと待って欲しい。気持ちも思考も追い付かない。
「まあ、アーシェラが望まぬなら消える話ではあるがな」
「? アーシェに決定権があるのですか?」
「アーシェラの後ろには女神様がいらっしゃるゆえ、国王陛下や王妃様も『アーシェラ次第だ』と仰っている。それに私も可愛い孫娘に無理強いなどするつもりはない。王太子殿下には、次の世代の姫と縁があるやもしれぬしな」
それを聞いて少し安心した。
次代の王となる王子様が生まれた後、四公爵家に生まれた姫が王家に輿入れするのが、この国の王家の慣例だ。
これはこの国の建国以来、一度として例外がなかったことだ。
アーシェはクリステーア公爵家の令嬢。
そして今現在、他の三公爵には王子様と釣り合う令嬢はいない。
公爵家は子どもは一人か二人。それ以上生まれることはない。
クリスウィン公爵家の後継者であるリュードベリー侯爵には二人の男子。
クリスティア公爵にも先日二人目の孫が生まれたが、一人目と同様に男子だ。
クリスフィア公爵には男子と女子がいるが、令嬢は王太子殿下より10歳も年上なので輿入れは現実的に無理だろう。
「もしかしたら我がクリステーア公爵家にもう一人生まれるやも知れぬが、未確定だな。そもそも強い魔力を持つ子が生まれると、その後には子が生まれづらいという前例があるからな」
つまり、今の段階では条件がきっちりと揃っているのはアーシェだけだということだ。
高位貴族に生まれた姫は、政略結婚が主流だ。
―――だが、私はアーシェがアーシェらしくいられるように、アーシェが心から望む場所にいて欲しいと思っている。
今の国王陛下と王妃様は10歳近く年が離れている。
それでいくと、クリスフィア公爵の次世代あたりに可能性があるかもしれない。
そうだ。『アーシェ次第』なのだから、申し入れがあっても確定ではない。
そもそもアーシェはまだ4歳なのだ。婚約話などまだまだ先だ。
―――不敬だとは思うが王太子殿下の人となりを知るまでは納得など出来ない。
そんなことを小さく呟いていると、クリステーア公爵が『そなたもか』と、くすくすと笑った。
「―――アーシュは、結婚話などまだ早すぎると聞く耳も持たん」
「え? アーシュさんが反対しているんですか?」
貴族ならば王家からの申入れは絶対的ではないのか?
「ああ。……そなたには話しても良いな。―――アーシュが封じ込まれていたのは、アンベール国の闇の魔術師の結界だった。その強力な結界が打ち破られたのは、昨年秋、そなたたちが王宮に呼ばれた日のことだ」
私やリンクが出征を命じられた日。そして、私が子爵位を受け継いだ日のことか。
「あの日、王妃様のところにアーシェラがローズと共に訪れていた。レイチェルも加わり話をしていたところ、アーシュの話となってな。ふさぎ込んでしまったローズやレイチェルの為に、アーシェラが王妃様に促されてアーシュの無事を女神様に祈った。―――その祈りが光となってアンベール国の北の森に降り注ぎ、闇の魔術師の結界を外から打ち破ったのだ」
「……―――え!?」
闇を切り裂くのは光。
それは、私自身が身をもって知っている。
私がウルド国で闇の魔術師を討ち取り、リンクがジェンド国で浄化の力を使うよりもずっと前に、―――アーシェは自分が意図せずに、アンベール国の闇の魔術師の強力な結界を破ったというのだ。
命を利用した禁術はとてつもなく強力だというのに。
―――たしかに、私やリンクに光魔法をくれたのだからアーシェ自身がそれ以上の力を持っているのは当たり前だろう。―――だが。聞いた事実は驚き以外のなにものでもない。
「あれはまぎれもなく女神様のお導きによるものだろう。―――闇の魔術師の結界が破られ、唐突にアーシュとの繋がりが戻ったことを感じた私はすぐに意識を飛ばした。たどり着いたのは、アンベール国の北の森に作られた処刑場。森全体に魔力封じがかけられ、森を抜けようとした者の命を屠る結界が張られたところだった」
「悪趣味な結界ですね」
処刑場で落とした命、抜け出そうとすると狩られる命。その命はもれなく闇の魔術師の力となる。
それによってさらに術者は強くなり、その者が施した術も強力になっていく。禁術とはそういうものだ。
アンベール国の北の森は、アンベール国王に楯突いた者、つまり戦争に反対していた人たちを処刑する場所で、実に数百人もの命がそこで失われたのだという。
そんな中にアーシュさんは封じ込められていたのか。魔力を使うこともできず、周りを死の結界に取り囲まれたところに何年も。
―――そんな逆境の中で諦めずに生き抜いたその胆力はすごい。
「私がアーシュのもとに辿り着いた時、森には金色とプラチナの光が幾万と降り注ぎ、闇の魔術師の結界を千々に切り裂いていた。―――そして、闇の魔術師はその際に自ら禁忌を犯し、女神様に粛清された」
「――――――」
もはや驚きすぎて言葉が出ない。
「アーシェラの願いを聞き、アーシェラの力をアンベール国に導いたのは、女神様であろう。女神様は加護を与えた者を通して世界に関与すると言われている。王妃様に異界の魔術師の力が与えられていることも、その証左であろう」
そういえば、アーシェはアーシュさんの無事を願ってお祈りをした後、こてりと眠ってしまったと聞いていた。
今では分かる。
それが、私やリンクに自らの祝福の力を使った故に、力を使い果たして眠ってしまった時と『同じ』であることが。
クリステーア公爵はアンベール国で見たことを教えてくれた。
アーシェの祈りから生じた力が闇の魔術師の結界を破ったこと。
そして、闇の魔術師が禁忌を犯し女神様の粛清により斃れたということ。
闇の魔術師は光の矢をその身に受け、魂ごと消滅したとのことだった。
「約5年ぶりにアーシュは闇の魔術師の結界から生還した。―――その時にアーシュに娘が生まれたことを教えた。―――ぼろぼろと涙を流して喜んでいたよ。そしてローズとアーシェラに申し訳ないと言っていた。自分が傍にいたら危険な目に遭わせなかったのに、と」
「……アーシュさんらしいですね」
「私たち四公爵家の者は、先ほど教えた通り、血の繋がりのある者のところへと意識を飛ばすことが出来る。だからアーシュは結構な頻度でアーシェラやローズを見に行っているらしい。アーシェラがローズにそっくりだと喜んでいたよ」
なるほど。アーシュさんがアーシェの結婚話を嫌がっていた理由が見えた。
意識を飛ばせるという話を先程聞いたものの、まだどこか完全に理解できていなかったのは否めなかった。
だが、アーシュさんのローズ姉上への幼い頃からの想いを嫌というほど見てきているので、それでやっと理解できた。
アーシュさんが、アーシェとローズ姉上を何度も見に意識を飛ばして来ていたというなら、納得だ。姉一筋のアーシュさんが、姉にそっくりなアーシェが可愛くないはずがない。
「―――アーシュさんは姉上に惚れ込んでいましたから」
アーシェは姉上によく似ている。
血のつながった母娘と知った今では、おそらくアーシェは姉と同じように美しくなるだろうということが分かる。
「すでにかなりの親ばかだぞ。今まで会えなかった分、戻ってきたら暫く傍から離さないだろうな。今から目に見えるようだ」
ふふ、とクリステーア公爵が笑む。
アーシュさんはアーシェが感応してアーシュさんを見ないように、眠っている時間帯に見に来ているということだ。アーシェを起点として周りを見ることが出来るので、姉の姿も見ているとのことだ。
そこで改めてクリステーア公爵に頭を下げられた。クリステーア公爵自身、アーシェを心配するがあまりにこれまで意識を飛ばして何度も見てきたことを。
―――確かにそんな力の前ではプライバシーもなにもあったものではない。
だから、クリステーア公爵は可愛い孫娘の成長を時折見守るだけに留め、私やリンクの仕事やプライベートは見ないように心がけて来たという。―――こちらとしては信じるしかないが。
けれど、その力は女神様に与えられたものだ。
必要であるゆえに王族や四公爵家に与えられたもの。
悪用するような者にはその力は与えられないだろう。
今後は通信用の結晶石で前もって連絡を取り合うことで、クリステーア公爵がアーシェの元にこっそりと訪れることを了承した。
アーシュさんに関しては心配する必要もない。たぶん彼はかぶりつきでアーシェと姉の姿ばかり見ているだろうから。
―――私が幼い頃、クリステーア公爵夫妻に連れられ、12歳だったアーシュさんが初めてバーティア子爵家を訪れた。
その頃のアーシュさんは無表情で、常にどこか警戒していたことを思い出す。
アーシュさんは魔力の修行の為にバーティア子爵家で暮らすことになり、―――いつしか姉と一緒にいる時は穏やかな笑みを浮かべるようになった。
暫くすると、出会った頃が嘘のように明るくなり、私とも、とても仲良くなった。
以前から王都でアーシュさんと遊んでいたホークは、アーシュさんが元のように明るくなったと喜んでいた。
課外授業としてバーティア子爵領のはずれ、小神殿のある地の別荘に行った時、一緒に温泉に入った際にアーシュさんの腹部に大きな傷をみつけて驚いた。
深くえぐれた傷。
治癒で一命をとりとめ、すでに痛みはないが、傷が深い為に傷痕が完全に消えるまでは時間が必要だということだった。
そこで初めてアーシュさんから、以前から何度も襲撃を受けていたことを聞いた。
その腹部の傷は、それまで専任で自分を護衛してくれていた者が、敵方に買収されて自分を襲って来て受けた傷なのだと。―――信頼していた護衛に裏切られたせいで、人を信じられなくなっていたのだと。
―――そんな裏切られ方をしたら人間不信になるのは当たり前だろう。
初めて会った時の無表情はそれが原因だったのだと知った。
アーシュさんは感覚が鋭く、護衛に敵意を感じてとっさに避けた為に致命傷を負わずに済んだそうだ。
だがその事件があった後、クリステーア公爵家にいても心が休まらず、眠るのが怖くなったという。
―――今思えばクリステーア公爵家には黒幕であるリヒャルトがいたのだ。
あんなことがあった挙句、唯一心安らげるはずの家で敵意を感じたら眠れなくなるのは当然だろう。
ふさぎ込んでいるアーシュさんをバーティア子爵家の祖父の元に預けたのは、魔力の底上げの為だけではなく、子ども同士で過ごすことで、傷を負った心を癒してあげられるのではないか、というクリステーア公爵夫妻の思いもあったのだと後から聞いた。
結果、その試みは成功したと言えよう。
アーシュさんはバーティア子爵家に来てから少しずつ明るくなった。
何があったのかは分からないが、その頃からアーシュさんは姉の傍にいるようになった。
アーシュさんが姉に好意を抱いているのははたから見ても直ぐにわかった。
姉のいるところにはいつもアーシュさんがいるのだ。
気づかぬ方がおかしいくらいだった。
一年という長い間を一緒に過ごしたので、皆がそれぞれの家に戻った後も私達姉弟とアーシュさん、そしてリンクとホークは、気心の知れた家族のような付き合いを続けていた。
だから姉とアーシュさんが結婚すると決まった時は手放しで喜び祝福した。
アーシュさんならば、姉を誰よりも大事にしてくれると分かっていたからだ。
―――まさか、結婚してすぐにあんなことになるとは思わず。
アーシェは、アーシュさんと姉との間に生まれた待望の子ども。
―――アーシェは望まれて生まれてきたのだ。
アーシェの出自を知らぬ時は、アーシェを捨てた者を許せなかった。
迎えに来ても絶対にアーシェを渡さないと思ってきた。
―――でも、アーシェは捨てられたのではなかった。
アーシェを守るために、生まれて直ぐに姉から離すしかなかった。
アーシェを守るために、クリステーア公爵夫妻は手放すことを余儀なくされ、私たちに託した。
アーシェを守るために、秘かに護衛を付け、遠くから見守ってきた。
―――それが分かった。
もう、納得するしかない。アーシェはクリステーア公爵家の子なのだと。
お読みいただきありがとうございます。