187 魂の格
誤字脱字報告ありがとうございます。
本当に助かっています。
これからもよろしくお願いします!
その瞳の色で、アーシェがクリステーア公爵家の直系の血を引いていることを理解した。
ではなぜ、アーシェは死産だと偽られ、生みの母である姉ローズから引き離されていたのか。
それを問うと、クリステーア公爵は申し訳無さそうに口を開いた。
「ローズがアーシェラを宿している間、リヒャルトはクリステーア公爵家の後継者であるアーシェラを殺害しようと連日ローズを害そうとしていた。―――さらに、アーシェラが生まれた日、産室にまで暗殺者を送り込み、生まれたばかりのアーシェラを殺そうとしていたのだ」
「産室にまで……」
言葉を失った。リヒャルトが執拗だと知っていたが、まさかそこまでだとは思わなかった。
開戦直後であった為、クリステーア公爵夫妻は屋敷におらず、仮の後継者となったリヒャルト夫妻が公爵家を我が物顔で仕切っていたという。しかも公爵家はリヒャルトにとっては生家だ。
リヒャルトが自らの伯爵家の邸から幾人も公爵家に連れて来たため、姉の周りは更に危険な状態になったという。
クリステーア公爵が信頼できる者たちを姉の周りに置いて、日々危険から防いで来た。
姉を最も近くで護ってくれたのが、クリステーア公爵の叔母である前ルードルフ侯爵夫人と、そのご息女であるケイルネン伯爵夫人。その二人は常に姉の側にいて励ましてくれていたと、姉からもよく聞いていた。
「開戦当時は私やレイチェルは王宮に詰めていて、公爵家に戻ることは少なかった」
それはそうだろう。
国の一大事に国を支える立場にある公爵が動くのは当たり前のことだ。
そして、王妃様が出産したばかりだったので、女官長であるレイチェル夫人が王宮から戻れなかったことも頷ける。
それをいいことに、仮の後継者という地位を利用してクリステーア公爵家で傍若無人なふるまいをしたリヒャルト達が悪いのだ。
「あのまま公爵家に置いて育てていたら、アーシェラは直ぐに殺されていただろう。だから、アーシェラを確実に守るために、アーシェラが生まれて直ぐに王宮に転移させた」
その言葉に頷いた。産室にまで暗殺者を送り込むくらいだ。
生まれたばかりの赤子に抵抗が出来るはずもない。
そのままクリステーア公爵家にいたら、確実にアーシェは殺されてしまっていただろう。
「アーシェラが生まれた頃、国は混乱していて誰かに預けるわけにもいかなかった。―――だから、アーシェラは私とレイチェルで王宮の隠し部屋で育てた」
「えっ?」
思いがけない言葉が出たことに、衝撃を受けた。
高位貴族のクリステーア公爵とクリステーア公爵夫人が?
「―――正直、大変だった。子育ては全くの素人だったからな。オムツを替えるのも、沐浴も初めてで右往左往したものだ」
懐かしそうな瞳でクリステーア公爵がそう言った。
「王妃様が先に王子様を出産されていたので、レイチェルは王子様のお世話で予行練習をさせてもらっていた。そのおかげで、なんとかアーシェラの世話を出来たのだ」
数時間毎の授乳。オムツ替え。
沐浴をさせて寝かしつけ。
仕事の間を縫い、周りに怪しまれないように細心の注意を払って、クリステーア公爵夫妻で生まれたばかりのアーシェの世話をしたのだという。
さらに、アーシェの乳母が王妃様だということを知り、二重の衝撃を受けた。
そして、王宮の隠し部屋でずっと育てることが出来ずに、アーシェを拾い子として私たちに託したこと。
あのバーティアの小神殿でその様子を、バーティアの祖父と共にクリステーア公爵が見守っていたということも、聞いた。
父のせいでバーティア子爵家で姉とアーシェを護ることが出来なかった為、姉に伝えるはずだった、アーシェの出自を伏せることになったことを聞き、改めて父ダリウスのことが腹立たしく思えた。
「君やリンク・デイン殿がアーシェラを愛しんで育ててくれたことを知っている。―――私はアーシェラとの繋がりを使って、視て来たからな」
血族の繋がりで意識を飛ばすということは先ほど聞いた。クリステーア公爵は、その繋がりを使って、アーシェを見守ってきていたということだ。
「私とレイチェルも、アーシェラが7ヶ月になるまでこの手で育てて来た。王宮で育てるよりもローズに託すのがアーシェラを守るために最善だと思いながらも、手放すのが身を切られるように辛かった。―――レイチェルはアーシェラを手放した後、アーシェラを育てていた隠し部屋で泣いていたものだ」
だから、これからアーシェラを手放すそなたたちの辛い気持ちも十分に分かるのだと、クリステーア公爵は続けた。
―――ああ、だからか。魔力鑑定の際にクリステーア公爵やレイチェル夫人があんなにもアーシェラの身を案じていたのは。
私やリンクが驚くほど、公爵夫妻がアーシェが魔力教育で決して無理をしないようにと、おじい様に頼んでいたのは。その手で育てた愛しい孫娘を心から心配していたからなのだということが分かった。
「私は、アーシェラが可愛くてしょうがない。あの子を傍に置きたいのは山々だが、あの子を悲しませることはしたくない。―――だから転移門の提案は最善だと思い、了承した」
「いいのですか? 私やリンクもクリステーア公爵家に出入り自由ということですよ?」
転移門は一方通行ではない。アーシェが私やリンクのもとに来れるように、私たちもアーシェのいるクリステーア公爵家に行けるということなのだ。
私やリンクはアーシェや姉が訪れるのは大歓迎だが、クリステーア公爵家にとって私やリンクは、姉を通した親戚ではあっても、心を許せるほどの存在ではないだろう。
―――だが、その予想に反してクリステーア公爵は、ふ、と微笑んだ。
「そなたは、アーシェラに光魔法をもらっただろう?」
「―――はい」
ウルド国で闇の魔術師を葬った光魔法。
―――それは、アーシェが私にくれたものだった。
一時的なもので、すぐに消えるかと思っていたその力は、―――今もこの身に宿っている。
ウルド国からアースクリス国に戻ってきた時にカレン神官長やレント前神官長に視てもらったところ、その光魔法の力はすでに私の中に根を下ろしているとのことだった。
そして、数か月前。ジェンド国において、リンクも同様の力を覚醒させたとの情報をクリスフィア公爵から聞いた。
「それで資格は十分だ。光魔法は女神様の流れを汲む、『相応しい』者にしか与えられないものだ。四公爵家と違いそなたたちは一代限りの光魔法の保持者だが、―――その魂の格は光魔法を扱えるものだということだ」
「!!」
魂の格。光魔法を扱う者にはそれが必要だったということを初めて聞いた。
「私はクリステーア公爵家の数多いる有象無象の親戚よりも、光魔法を扱えるだけの魂の格を持つ君たちを信頼している」
クリステーア公爵はそう言って、アーシェと同じ薄緑の瞳で微笑んだ。
どこかアーシェに似ている。―――血がつながっているのだから当たり前か。
「―――クリステーア公爵。私は、アーシェが可愛くてしょうがないのです。あなた方が私たちに託してくれた日から4年……あの子は私たちの宝物でした」
「これからも、だろう?」
その言葉は、アーシェの傍に私やリンクがいても良いのだと示している。
「はい、もちろんです」
ふふ、とクリステーア公爵が笑った。
「となれば、アーシェラの為にもっと働いてもらうぞ。私はリヒャルトの持っていた伯爵領をそなたに託すつもりだ」
リヒャルトの横領罪の罰として取り上げられ、国の所領となった土地。
あれほどの広大な土地を子爵が持てるはずはない。陞爵の話を受け入れろということだ。
「―――私に伯爵位を持てということですか」
「リンク・デインにも陞爵の話が出ている。二人ともアーシェラを支える為にそれなりの地位を築け」
「? 私たちがアーシェを支える為? ―――どういうことでしょうか」
「―――あの子はいずれ、我が一族の後継者になるとともに、次代の国母となるだろう」
「!!」
お読みいただきありがとうございます。