184 思いがけないごほうび
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―――アーネストおじい様とレイチェルおばあ様は、私が王宮に行く度に、私を膝にのせてよく絵本を読んでくれる。
そして、クリステーア公爵領がどんな所かを教えてくれる。
クリステーア公爵領や、久遠大陸の神社があるルードルフ侯爵家のこと、どんなものが採れて、どんな仕事をしていて、どんな人たちがいるのか。
アーネストおじい様は外交官という職業のせいか、とても話が上手で、その情景が見えてくるようだった。
私はその話を聞くのが大好きだった。
そのたくさん聞いた話の中に、心を鷲掴みにされたものがあった。
それは、クリステーア公爵領には久遠大陸から贈られた桜の木がたくさんあるということだった。
遠い昔、クリステーア公爵家の次男が興したルードルフ侯爵家に、久遠大陸のお姫様が輿入れした。
お姫様が故郷を思い出せるようにと、久遠大陸から桜の苗木が贈られ、ルードルフ侯爵領やクリステーア公爵領に桜の木が植えられたのだそうだ。
その何代か後、ルードルフ侯爵家の令嬢を妻に迎えた当時のクリステーア公爵が、妻の大好きな桜の木をクリステーア公爵邸や公爵領のあちこちに植え、今では春になるとクリステーア公爵家の周りはピンク色に染まるとのことだ。
桜!! アースクリス国にも桜の木があったんだ!!
『ぴんくのしゃくら、みたい!』
『ああ、見においで。クリステーア公爵家本邸の周りにある桜並木は絶景だぞ』
『公爵領の山も中腹まで桜のピンク色に染まってね。とても綺麗なのよ』
そんな風に、クリステーア公爵領の話をたくさんしてくれた。
そして、その声が心地よくて、いつの間にか腕の中で眠ってしまうことが多かった。
アーネストおじい様やレイチェルおばあ様の声や腕がとても安心できて、かなりの確率で寝落ちしてしまう。
それを見てローズ母様はよく驚いていた。
それは当事者である私も驚いた。だって、私は小さい頃から周りを暗殺者がうろつく状況のせいで、心から安心する人のところでしか眠れないのに。
アーネストおじい様やレイチェルおばあ様と会うたびに、一緒にいるのが当たり前であるかのような気持ちになるのがいつも不思議だった。
私は、ローズ母様とローディン叔父様に拾われた子なのに。
―――本当に私を大切にしてくれている。それが伝わってくる。
たぶん、ローズ母様と一緒にクリステーア公爵家に行っても、アーネストおじい様とレイチェルおばあ様は私を大事にしてくれる、とそう思う。
―――でも。
「おじしゃまは? りんくおじしゃまは?」
その私の言葉に、ローディン叔父様が哀しそうな表情をした。
そうだよね。ローズ母様は婚家に戻るのだ。それに付いて行ったら、当然ローディン叔父様たちとは、もう一緒に暮らすことは出来ないということなのだ。
―――分かっていたつもりなのに、どうしても聞かずにいられなかった。
ローズ母様と離れたくない。
でも、クリステーア公爵家に行ったら、そうしたらローディン叔父様とリンクさんとは離ればなれになる―――ローディン叔父様もリンクさんも、私の大事な大事な家族なのに。
―――離れたくない。
「……ふぇ」
―――涙がぽろぽろと落ちた。
「アーシェ……」
ローディン叔父様が私を抱き上げてぎゅうっと抱きしめた。
「「アーシェラ……」」
アーネストおじい様とレイチェルおばあ様が心配そうに見ている。
「おじしゃま、だいしゅき。りんくおじしゃま、だいしゅき。はなれたくにゃい」
ローディン叔父様にしがみつく。
離れたくない。
―――まだずっと一緒に居られると思っていた。
けれど、現実的には、アーシュさんが戻ってきたらローズ母様はクリステーア公爵家に戻る。
それにリンクさんだって、数年後にはフラウリン子爵になる。馬車で何日もかかる遠く離れた場所に住むのだ。
バーティア子爵になったローディン叔父様も、これからもずっと商会の家で過ごすことは不自然だ。
本当は心のどこかでちゃんと分かっていた。
それでもそれから目を逸らして、極力考えないようにしてきた。
ずっと先送りしてきたそれを直視する時が来たということなのだ。
分かってる。
分かってるけど、悲しい。さみしい。ずっと一緒にいたい。我儘だってわかってるけど。
「みんなばらばら。しゃみしい」
ぎゅうっとしがみついたまま、涙交じりの声で言うと。
「ああ。私もアーシェが大好きだよ」
ローディン叔父様が優しく背を撫でてくれる。
「―――それに関しては、王家と神殿も力を貸すわ」
「フィーネ?」
「王妃様?」
ローズ母様とローディン叔父様が王妃様を見ると、王妃様が傍に来て、私の頭をなでた。
『大丈夫よ』というように、小さく微笑んで。
「ふたりと離れることはアーシェラが心から悲しむこと。だから少しでも心が軽くなる手伝いをしてあげたいと思ったの。アーシェラがこれまでにたくさんみんなの為にしてくれたご褒美だと思って受け取ってちょうだい」
「ごほうび?」
「ええ。そのとおりよ。ローディン・バーティア子爵やリンク・デイン殿は、戦争での功績で陞爵が決まっている。つまりご褒美をもらうの。アーシェラはキクの花を国中に広めてくれたわ。おかげで飢えから救われたり、薬になったりと、本当に数え切れないほどたくさんの人たちの救いになったの。わらびの毒抜きのことだって、同じ。―――だからそれに対するご褒美。ずっと、何をご褒美にしたらいいかと悩んでいたのだけど、クリステーア公爵家に戻るのなら、これが一番だと思ったのよ」
そう王妃様が前置きした。
「アーシェラはローディン・バーティア子爵とリンク・デイン殿と家族であると共に、深い繋がりを持っていることを私達も知っているわ。―――だからアーシェラが二人に会いに行けるように、クリステーア公爵家に『門』を作る許可を出します。そしてバーティア子爵とリンク・デイン殿の所にもね」
「もん?」
王妃様の言葉にローディン叔父様が『え!?』と驚きの声を上げた。
「―――それは、もしかして転移門ですか? 魔導具を使った通信ではなく?」
「通信用の魔導具で顔を見るだけでは物足りないのではなくて?」
「それはその通りですが―――よろしいのでしょうか? かつて転移門は悪意ある者に悪用されたことがあった故に王宮以外はすべて破壊されたのですよ?」
「アーシェラはあなた方と『離れたくない』のよ。実際に触れ合えることでアーシェラが心健やかにいられるのなら、それが一番だわ。それに転移門はアーシェラとローディン・バーティア子爵、そしてリンク・デイン殿しか使えない、一代限りのものであり、つながるのはお互いの門のみ。あなた方が悪用しないことは私たちは分かっているわ。それに、だれも転移門の符号を真似することは出来ない。たとえ王族や四公爵であってもね。だから安心なさい」
この国の最高位の魔術師は王族と四公爵家の者たちだ。その人たちでさえも解くことの出来ない鍵ならば他の者に悪用されることはないという証だ。
王妃様がローディン叔父様に向かって、にこりと笑って言った。
「あなたにはアーシェラからもらったものがあるでしょう? それがあなたたちだけの共通の鍵よ」
―――と。
貰ったもの?
王妃様の言葉にローディン叔父様がハッとしていた。
―――何のことだろう?
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