183 その花が指し示すもの
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キクの花はアースクリス国全土の教会に植えられた。それは大神殿の神官たちが担当して行う為、当然時間がかかるものだ。
すべての教会を回り終えたのは数ヶ月後の春のことだった。
「女神様は咲く場所によって教えてくださった。うちの家門のカシュクールを含むあの三人の愚かな所業を。それ故に私たちは『キクの花はその地を預かるに相応しい者のもとに咲く』と思っていました。―――ですが、『根付いたこと』だけに関心を持っていたところ、出来上がったキクの花の根付きの有無のリストと、私達の最初の認識との間に矛盾があることに気付いたのです」
カシュクール達の犯罪は冬、新年の頃のことだった。
「矛盾ですか?」
ローディン叔父様の疑問にリュードベリー侯爵が頷いた。
「女神様の花は、何故か後ろ暗いものを持つ者の領地にも咲いたのです。それこそリヒャルトの仲間の領地にも」
その者たちは、決して女神様の花が咲く場所として『相応しくない者』だというのに。
それには国王夫妻や公爵たち、レント前神官長、そしてカレン神官長も首を傾げた。
―――だから、原点に戻って考えてみたのだそうだ。
もともと花が咲いていた王都の教会のように『神気のある場所』は多数あるとは考えにくい。
キクの花を植える為に、実際に教会を回っていたカレン神官長をはじめとする神官達は、神気の有無にかかわらずキクの花が咲いていることを確認している。
だから、相応しい領主、相応しい場所が、キクの花が咲くための絶対的な条件ではない、と認識を改めた。
次に、女神様の愛し子が言ったことを思い返してみた。
『めがみしゃま。みんなのためにきくのはなをわけてくだしゃい!』
みんなが飢えずに済むように。薬となってみんなを助けて欲しい、と言ったことを。
その視点から見てみた所『民にとって必要なところ』にキクの花は根付いていた。ということに気づいた。
難民が流入している場所、教会に身を寄せるしかなかった者たちが多くいる場所に咲き、無辜の民を救っているということを。
だから、神気の有無に関わらず『民を飢えから救うため』に、黒い考えを持つ者の土地であっても咲くのだとわかった。―――ただ咲く場所は他の領より少ないけれど。
女神様は明確な意思を以て、キクの花が咲く場所を選んでいる。
民を救うために咲く場所を選んでいること。
花が根付かぬことでカシュクールたちの陰謀を教えてくださったこと。
そして、デイン辺境伯領でジェンド国の追手から、イブシラ様をキクの花で覆い隠し護ったこと。
―――女神様がキクの花を通じてなさっていることには、それぞれに意味がある。
―――では、怪しい者たちの土地に咲いたことに、『他にも何か意味があるのかもしれない』―――と思い至った。
「そこで、カレン神官長に協力してもらい、神官たちにキクの花の様子見ということで定期的に教会に赴いてもらいました。―――特に、私たちが警戒している者たちの領地を中心に。そうしたら、これまで掴むことの出来なかった情報を得ることが出来たのです」
教会に身を寄せているのは、戦争やその他の理由で孤児となってしまった子どもや、寡婦となった女性。戦争で障害が残ってしまった男性など―――弱い立場の者たちだ。
何度も教会に神官が訪れることで誰からも怪しまれないように、神官たちは他の教会にも満遍なくキクの花の様子を見に赴いた。
神官たちが定期的に教会にキクの花の状態を確認しに行き、キクの花の調理法を教えたり、時には司祭と共に子供たちに読み書きを教えたり、治癒魔法を使える神官は教会で治療をしたりしたそうだ。もともと地方に医師は少ないので神官たちの訪問は歓迎された。
そうしているうちに、神官たちに子どもたちは懐き、大人たちとも話をするようになったのは自然な流れだ。
どこで生まれ、どのように育ってきたか、どんな仕事をしてどのような暮らしをしてきたか。―――そして最近こんなことがあったのだと。
そんなどこにでもある話の中に、些細だけれど気になる『点』がたくさんちりばめられていて―――その『点』を調べてみたところ、反逆計画につながっていると思われるものをいくつも見つけることが出来たのだそうだ。
「教会に身を寄せたり訪れる人たちは、もともとその地に住んでいる人たちです。慣れ親しんだ場所が少しでも変化すると民は敏感に感じ取ります。住民たちの『些細な違和感』はかなりの確率でした」
ふふふ、とリュードベリー侯爵が満足げに微笑んだ。
気が付いた『点』がなにかは教えてもらえなかったけれど、裏付けも取れたのだという。
「キクの花がなければ、こうして全国の領地の実態を『民の目線から』知ることは出来なかったでしょう。―――これが、女神様がキクの花を通して我々に気づかせたかったことなのでしょう」
その実態の中には、反逆にはかかわっていなくても、民の困窮に見向きもしない貴族も少なくなく存在していたということだ。
「こうやって教会の状況を知ることで、戦争により飢える民を生んでしまったことを痛感したな。―――それは戦争を決断した時から予測していたことだったが、領主はそのような状況に対して策を講じることが大事な役割だ。もちろん対処出来ている貴族も、懸命に策を講じようとしている者もいる。だが、まったく民の状況に見向きもしない者もいるのだと―――今回思い知ったな」
呆れたようなクリスフィア公爵の言葉に、アーネストおじい様も同意する。
「ああ。リヒャルト達に関する粛清とは別にそんなやつらの粛正も必要だな」
つまり、反逆には加担していないが、苦しむ民を放置している貴族もきっちりと締め上げるということらしい。
教えてもらった話の中で私に身近だったのは、以前地方から出てきて王都の教会に身を寄せたサラさんやサラサさんたちのことだった。
彼女たちは夫を戦争で亡くして小さな子供を抱えて働くこともままならないというのに、そういう事情をまったく考慮されずに領主から税の取り立てをされたとのことだ。
それは立派な違反行為である。国の通達を無視して領民から税を不法に取り立てて懐を肥やしていたのだ。
サラさんやサラサさんは、税を納める為に住み慣れた家を手放すことになり、身一つで大変な思いをして子ども達と共に王都に身を寄せることになったというのに。
改めて聞いたらそんな領主に腹が立ってきた。
当然その領主も粛正の対象になっているとのことだ。
なるほど。サラさんやサラサさんの話からも、その土地の実態が見えてくる。
これまでは平民の声は上に上がってくることは稀だった。そもそも平民は領主に逆らうことは出来ない。もしおかしいと声を上げても、途中で握り潰されるのが常だったのだ。
そうやって今まで隠されてきたものが、反逆者の捜査の一環で神官が民の声に耳を傾けたところで一気に浮かび上がってきた。
女神様はその土地に住む者たちの声を聞け、と言いたかったのかも知れない。
―――どうやら貴族に対する粛正は大規模なものになりそうだ。
「―――リヒャルトの仲間は大臣の息子であったり、侯爵や伯爵など高い爵位を持ちながら欲に限りが無い者が多い。そして、高い地位にいる故に手下を使い、危なくなれば切り捨てて保身をはかり罪を逃れる者ばかりだ」
「ああ。類は友を呼ぶというが、その通りだ。あいつらはリヒャルトと一蓮托生。だからこそリヒャルトの側近を口封じした。誓約魔法で犯罪に加担した者として自分たちの名が出るのが確定しているからな」
従順な臣下の仮面を被っている狡猾な高位貴族たち。
リヒャルトが反逆に成功して国主となった時、自分たちが享受するであろう莫大な利益と権力の為に、リヒャルトの罪を巧妙に隠す手伝いをしてきたのだ。
この広大なアースクリス国、いや三国を従えれば、アースクリス大陸の王者だ。
アースクリス国一国で得られるものとは桁違いになるはずだと、欲望は膨れ上がり、リヒャルトと共に王位の簒奪に加担することを決めた。
だけど、リヒャルトはクリステーア公爵家の血を引いてないんだよ?
それを知ったらその共犯者はどう思うんだろう?
「アンベール国侵攻を早めたのには、季節のこともあるが、これに対処する必要があった為だ。まずは戦争を終結させ、アンベール国で動いているアーシュ殿を早くアースクリス国に戻せるように尽力するつもりだ」
クリスウィン公爵が今回の出征が早まったことの理由がひとつだけではないと言った。
リヒャルトは横領していた事実を暴かれ、貴族牢にしばらく監禁された後に、アンベール国側国境近くに送られ、監視付きで従軍をしている。一年間という期限はあともう少しなのだそうだ。
高位貴族の身分を剥奪され、平民とされたリヒャルトはアースクリス国の国王陛下に深い恨みを抱いている。
それに、リヒャルトの仲間は着々と反逆の準備を進めているとのことだ。
反逆に対し、四公爵がすべて揃った状態で迎え撃つ。そのために、アンベール国侵攻を早めたということらしい。
「アーシュが生きて戻って来れば、リヒャルトにとっては誤算以外のなにものでもないな。後継者の地位から完全に転がり落ちたうえに、自分が始末するべき人間が増える。それも、手ごわい相手だということがリヒャルトは身に沁みているはずだ。―――今まで自分が仕向けた手練れの暗殺者を何人もアーシュに返り討ちにされているんだからな。―――そうなると、アーシュの弱点を必ず狙って来る。言わずとしれた、最愛の妻をな」
ローズ母様を狙って来る。クリスフィア公爵がはっきりとそう言った。
「三国との戦争が終結した後は、アースクリス国内部の膿を絞り出すことになる。これから先、ローズやアーシェラの身辺はあやつらのせいで騒がしくなるだろうが、それに対処する為に護衛をつけているし、アーシェラの護衛機関もきっちりと機能している。普段通りに過ごすといい。ただ、絶対にローズやアーシェラは一人でいないこと。それだけは徹底して欲しい」
「アンベール国との戦いが始まればアーシュが生存していることが上層部に伝わるだろう。そうなったら、リヒャルトの手下どもはこれまで以上に執拗にアーシュの妻であるローズを狙ってくる。そして、アーシェラの命もな。―――またいつどこで女神様の愛し子のことがバレるか分からぬ。―――あいつは、自分の欲望の為なら何でも利用する奴だ。だが、アーシェラは我がクリステーア公爵家の子だ。絶対に守り抜く」
アーネストおじい様は、ローズ母様とローディン叔父様の目をしっかりと見て力強く言った。
「ローズ、戦争が終わったらアーシュが帰ってくるわ。―――本来はあなたを守るべき公爵家がこれまであなたにとって一番危険な場所であったことは、本当に申し訳なく思っているわ」
そう言ってレイチェルおばあ様が頭を下げた。隣でアーネストおじい様も同様に。
「リヒャルトたちを完全に排除したら、今度こそ本当にあなたを守ってあげられる場所になるわ。―――だから、その時にはアーシェラとふたりで公爵家に戻っておいでなさい」
レイチェルおばあ様が私とローズ母様を見て微笑んだ。
アーネストおじい様が、アーシュさんも私に会えるのを楽しみにしているのだと言い、その言葉にローズ母様がほっとしていた。
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