181 その欲望が目指すもの
誤字脱字報告ありがとうございます。
本当にたくさんあって驚いています。
これからもよろしくお願いします。
晩餐会の翌日、呼ばれて応接室に行くとクリスウィン公爵家の皆さんの他に、クリスフィア公爵、クリステーア公爵のアーネストおじい様とレイチェルおばあ様が待っていた。
実は昨日の晩餐には、ジェンド国に行っているクリスティア公爵以外の公爵たちが招待されていたのだ。
というのは、私の護衛機関の長でもあるクリスフィア公爵が、私の作った料理が何品も出るのなら晩餐に呼んで欲しいとクリスウィン公爵に言ったとのことで、『それなら』と、クリステーア公爵のアーネストおじい様とレイチェルおばあ様を晩餐に招待したとのことだった。
アーネストおじい様もレイチェルおばあ様も、私の作った料理を絶賛して食べてくれた。嬉しい。
朝食後、私たちよりも先に応接室に呼ばれたローランドおじい様とセルトさんは、アンベール国侵攻の打ち合わせをしていた。
アンベール国侵攻には陸地で国境を接している所からと、ジェンド国と河を国境としている所、そして海側からと、三方向から一気に攻め落とすのだと、昨日ローランドおじい様からこっそりと聞いていた。
海側からの攻撃は、デイン辺境伯軍が担当するのだということも。
国の殆どが内陸であるジェンド国侵攻の際は、海に面している南側を制圧するだけでよかったが、アンベール国は東側全体が海に面している。デイン辺境伯が担う部分がジェンド国侵攻の数倍になるとのことだ。だからその準備で忙しいデイン伯爵は今回クリスウィン公爵家に来れなかったということだった。
そして、話があると、応接室に呼ばれた私とローズ母様とローディン叔父様。
広い部屋の中央にはメインの応接用のテーブルとソファ、少し離れたとこにも似たようなテーブルとソファが配置されていた。
案内されて部屋中央の席に着くと、向かい側にはクリステーア公爵のアーネストおじい様とレイチェルおばあ様が座った。
少し離れた別の席には、クリスウィン公爵とリュードベリー侯爵と王妃様、そしてクリスフィア公爵が座り。
私たちの後ろにはローランドおじい様とセルトさんが立った。
?? 私たちにお話があるのはアーネストおじい様とレイチェルおばあ様なの?
混乱する私をよそに、アーネストおじい様は真っすぐにローズ母様を見た。
ローズ母様もやはり緊張しているようで表情が硬くなっている。
「ローズ、アンベール国への侵攻の前にそなたに伝えておくことがある」
「―――はい」
「王家と、私たち四公爵家直系の者は、意識を飛ばすことが出来る。そのことは知っているな?」
「はい。アーシェラが同様の力を女神様に与えられているということを教えていただいた際に聞いております」
ローズ母様の答えに、アーネストおじい様がそうだ、と頷く。
「そして、その力にはもうひとつ秘密がある」
「秘密、ですか?」
「―――そなたは婚姻によりクリステーア公爵家の者となった。これはそなたの夫であるアーシュが伝えるべき事柄であったのだが―――今の状況ではそうもいっていられぬ。それにこれを知っておいてもらわなければ、この先の話は理解できぬと思ってな。本来は四公爵家の後継者に連なる者のみに伝えられることゆえ、ローランド・デイン前伯爵。ローディン・バーティア子爵。ここから先のことは決して他言無用だ」
「「承知しました」」
二人が了承すると、アーネストおじい様はゆっくりと言葉を紡いだ。
「私たち四公爵家の当主とその後継者は―――血の繋がりを持つ者の元へと意識を飛ばすことが出来るのだ」
その言葉に、ローズ母様がはじかれるように顔を上げた。
「―――つまり私とアーシュは身体はどんなに離れていても、通じ合えるということなのだ」
「「!!」」
ローズ母様とローディン叔父様が目を見開いた。そして私たちの後ろに立つローランドおじい様が息を呑む気配がした。
私は王妃様が繋がりのあるアルとアレンの元に意識を飛ばした時のことを思い出した。
あれは、そういうことだったんだ。
そして同じような特殊な力をクリステーア公爵家を含む他の公爵家も持っているということなのか。
「だが、5年前、いやもう少しで6年になるが―――その繋がりが突然ぷつりと途切れた。どんなに意識を研ぎ澄ませても呼びかけても、アーシュの痕跡を見つけることが出来なかったのだ」
アーネストおじい様の言葉をローズ母様が息を呑んで聞いている。
「私は、私と血のつながりのあった父親との死別で、つながりの完全な断裂を経験している。―――だから、『アーシュは死んではいない』と分かっていた。ただ、死んではいないというだけで、どこにどのような状態でいるかは分からなかったのだ」
アーネストおじい様は『分からなかった』という過去形で言った。それなら今は?
「―――アーシュが、生きている、のですね……?」
ローズ母様がゆっくりと確認するように聞いた。
それに対してアーネストおじい様がしっかりと頷いた。
そして微笑みを浮かべて次の言葉を紡いだ。
「その通りだ。そして―――昨年秋に、アーシュとの繋がりが戻った。大きなケガもなく無事でいるよ」
「あ、ああ―――……」
アーネストおじい様の言葉を聞いたとたん、ローズ母様が顔を覆って涙を落とした。
『女神様、ありがとうございます』と何度も何度も呟いて。
行方不明になってから5年以上が過ぎてやっと、夫の無事を知ることが出来たローズ母様。
ローディン叔父様も安堵の笑顔を浮かべてローズ母様の背をぽんぽんとしていた。
アーシュさんの行方が分かった時のことは極秘事項らしく、詳しいことは教えてもらえなかったが。
しばらくしてローズ母様が落ち着くと、アーネストおじい様が話を続けた。
「今は、アンベール国の反乱軍の元で精力的に動いている。戦争が終わればアーシュは帰ってくる。絶対に無事で帰ってくる―――だから、もう少しの辛抱だ」
「はい。―――信じて待ちます」
涙を拭いたハンカチを握りしめてローズ母様は力強く頷いた。
「だからね。ローズ。戦争が終わって、アーシュが戻って来たらアーシェラと一緒にクリステーア公爵家に戻ってらっしゃい」
レイチェルおばあ様のその言葉にローズ母様とローディン叔父様がぴくりと反応する。
「戻る……でも」
ローズ母様が不安そうにアーネストおじい様を見る。
アーネストおじい様は『分かっている』というように深く頷いた。
「ローズが不安に思っているのは、リヒャルトとカロリーヌのことであろう? だが、あの者たちはすでに系譜から抹消された。決してクリステーア公爵家に戻ることはない」
「系譜から抹消? ―――それは……どういうことでしょうか」
犯罪を犯し、貴族籍から抜かれても、貴族の血を引いた者は系譜にその名を残すものだ。
それが消されたということは、リヒャルトがクリステーア公爵家の血を引いていないということだ。
そうローディン叔父様が疑問を口にすると、アーネストおじい様が肯定した。
「数か月前にカロリーヌがリヒャルトの息子を出産した。―――こげ茶色の髪の子をな」
「「まさか」」
ローズ母様とローディン叔父様が声を揃えた。
アースクリス国では、子どもは父親の髪色を受け継ぐ。リヒャルトの子どもがこげ茶色の髪をしているなら、当然父親であるリヒャルトも同じ髪色をしているはずだ。
「我が公爵家は全員金色の髪を受け継ぐ。それ以外はあり得ぬ。こげ茶色の髪は決して生まれることはないのだ。カロリーヌは生まれた子がクリステーア公爵家の後継者だと言い張り、その事実を受け容れなかった。そしてカロリーヌの要望で血縁を視る鑑定を行ったのだ。その結果、赤子と私との間に血縁関係はなかった。さらにカロリーヌが行った誓約魔法で父親がリヒャルトであることが確定したのだ」
アーネストおじい様たちも、生まれた赤子の髪色を見て驚いたらしい。
カロリーヌが希望して行われた誓約魔法で赤子の父親がリヒャルトであるということが確定したことで、リヒャルトが前クリステーア公爵夫人の不義の子であることが確定となった。
それはすなわち、リヒャルトの本来の髪色がこげ茶色であること。
―――そして。
金色の髪を受け継ぐクリステーア公爵家の者ではないということの証拠となった。
「では……」
「ああ。リヒャルトがクリステーア公爵家の血を引いていないことを立会人の神官と裁判官も確認し、承認した。―――ゆえにクリステーア公爵家に最初から存在しない者として系譜から抹消した。リヒャルトとカロリーヌは二度とクリステーア公爵家を名乗ることは出来ぬ」
なんということだ。これまでクリステーア公爵家の権力を笠に悪さをしていたリヒャルトが。公爵の地位欲しさにアーシュさんやローズ母様の命を狙っていた人が、クリステーア公爵家を名のる資格を持たない人だったなんて。
「父は何故リヒャルトを放逐しなかったのか、と考えたこともあった。だが、カロリーヌが生んだ子の生殺与奪権を私が握った時、『親が犯罪者であっても、何も知らずに生まれて来た子には罪はない』と思ったのだ。―――おそらく、父もそのような慈悲をリヒャルトに与えたのだろう。それが限りなく裏目に出たということだろうな」
それは、リヒャルトの髪色をこげ茶色の髪から金色に変えたのは前クリステーア公爵だということだ。
「リヒャルトの本当の血筋は今調査している所だ。だが決してあやつがクリステーア公爵家の後継者として戻ることはないことを伝えておく」
「クリステーア公爵、気になっていることがあります。今でも時折商会の家のまわりに嫌な気配を感じます。リヒャルトはまだアンベール国側の国境付近にいるはずですが、手下はリヒャルトから何らかの指示を受けて動いているのではないですか?」
「―――リヒャルトは長い時間をかけて、表には出せない組織を作っていた。リヒャルトは今王宮魔導師の監視を付けられていて勝手な行動は出来ぬはずだが。―――リヒャルトの目指すものを知る仲間が暗殺者を動かしているのだろう」
「目指すもの?」
ローディン叔父様の言葉に、アーネストおじい様が頷き、きっぱりと言った。
「リヒャルトが狙っている最終的なものは。―――玉座だ」
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