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18 カインさんはあきらめない


 今日は王都にあるデイン家の商会にいく日だ。


「アーシェラさま。こちらにどうぞ」

 セルトさんに馬車から降ろしてもらって、ローディン叔父様と手をつなぐ。


 デイン家の商会は、王都の中心部と王都のはずれにある川の船着き場近くの市場の中にもある。

 今日は船着き場近くの、デイン家の商会に行くのだ。


「市場にはいろいろな果物があるぞ」

「秋だからな、秋取れの野菜もたくさんある」

「デイン家の商会に行くのもいいが、市場にも海産物の店を出しているから、そこも見てみような」

「焼き菓子の店もあるし、そうだ! アイスクリーム好きだろう? そこにも行ってみような!!」

「あい!!」

 アイスクリーム! お店で選ぶのは初めてだ!

 ミルクのアイスクリームは定番だけど、いろいろな種類があって、リンクさんはいつも基本のミルクアイスともう一種類のアイスクリームを買ってきてくれる。

 イチゴ味がお気に入りだけど、もっともっと別の味も食べてみたい!

 どんな味があるんだろう。楽しみだ。


「ただ、アーシェ。これだけは約束してくれ。リンクやセルト、そして僕からは絶対に離れないこと。いいね?」

「あい!!」

 意思表示にローディン叔父様とつないだ手にぎゅっと力をこめると、『いい返事だ』とにっこり笑ってくれた。


「ローズも来れりゃよかったんだがな。明日の準備があるからな」

「王都の商会には一緒に行くことにするよ。今回は仕方がない」

 明日は王宮に行くので、ローズ母様はドレスの試着で忙しい。

 マリアおば様が張り切って用意していたので、今頃は着せ替え人形と化しているだろう。


「いらっしゃいませ! リンク様! お久しぶりです!!」

 一番先に行ったのは、デイン家の商会が市場に出している店だ。

 海で獲れた海産物を船で運び、新鮮な海産物と、加工品を販売している店だ。


 うん。お魚屋さんの匂いだ。

 海に面したデイン領の市場の店には、海の魚を買いにたくさんの人が買いに来ている。

 前世で見たことがある魚や、見たことがないこっちの世界のものとかがたくさんだ。


 その中に馴染み深いものが。

「あ! いかさんとたこさん!!」

 転生して初めて、昨日のデイン家の夕食で食べたのだ。


「アーシェ、お気に入りだったからな。今度うちにも入れてもらおうな」

「あい!!」

 うれしい。

 さすがに刺身は駄目だろうけど、煮ても焼いても揚げても美味しいのだ。

「タコはローズが悲鳴を上げそうだから、ある程度処理してもらってから送ってもらおうな」

 うん。

 タコは見た目グロテスクなのだ。

 魚の処理に涙目になる母様にとって、タコは魚よりハードルが高いと思う。

 イカなら私が処理方法が分かっているからたぶん母様でもいけるはずだ。


「そういえば、これも美味かったよね」

 ローディン叔父様が瓶に入った魚のオイル漬けを指さした。

 昨日サラダに使ったツナそっくりの加工品だ。

「ああ。それなら多少保存がきくから、これもバーティアの商会に置くか」

 ということは、家でも食べられるということだ。

 うれしい。

 日本人の味覚の記憶を持つ私はお肉も好きだけど、魚も大好きなのだ。



 ◇◇◇



「リンク様。ローディン様。あの……少しお手伝いをお願いしてもよろしいでしょうか?」


 市場を一回りした後、デイン家の店内のテーブルで休憩していたら声をかけられた。

 ちなみに私は、夏秋限定のトウモロコシのアイスクリームを買ってもらって、うまうまと食べている。

 美味しい。


 声をかけてきたのは、市場の店を任されているカインさんだ。

 ホークさんと同じ年で茶色の髪と瞳をしている人で、漁にも出ているからか、日に焼けて、がっしりした体格の人だ。

「ん? どうした?」

「……実は以前から、この近くの教会に、店で売れ残った魚を寄付していたのですが、この頃教会に身を寄せる人数が増えたらしくて」

「ああ。聞いている。デイン領にも他国の難民が流れ着いているからな。国内では働き手をなくした者たちがあちこちの教会に身を寄せていると聞く」

「はい。ですがそのような者たちが増えて、各領地では受け入れてもらえずに、王都なら助けてくれる、とそういった人たちが集まってきているのです」

「それで、教会か」

 たしかに真っ先に頼れるのはそこしかないだろう。


「デイン領は海産物が豊富に獲れますので、この頃は少しばかり多めに寄付をさせていただいております」

 デイン商会のみなさん、いいことをしている。


「ですが、それをこころよく思わない者たちもいまして、嫌がらせを受けるのです」

 困ったようにカインさんが眉を寄せる。

 困っている人に寄付をして何が悪いんだろう?


「嫌がらせ? うちの商会が受けているのか?」

「―――はい。ある貴族の方からも『人気取りだ』と嘲られたこともあります」

「言わせたい奴らには言わせておけ」

「そう言うやつはどうせロクな者じゃない。デイン商会がやっていることは人気取りではないことを私は知っている」


「ありがとうございます。ですが、私たちが一番つらいのは、この辺りに住んでいる一部の住民たちからの罵声です」

「「住民!?」」

「はい。何とか生活をしているような、困窮した住民たちです。戦争の弊害といいますか、ここら辺でも建築の工房やら服飾の店に受注がなくなって」

「ああ。戦争中に家を建てる人はいないな。普段着ならともかく贅沢な服は注文も少なくなるだろう」

「王都には職人が多くて。少しある受注も取り合いになるそうです」


「そうなると、少し立場の弱い人たちが仕事をもらえず、たちまち困窮してしまうんです。それでも、戦争が終わったらまた工房で働ける、と。貯えを切り崩して細々と暮らしている人たちが多くて。そんな人たちが……教会に身を寄せている人たちに向かって―――『タダで毎日食事をもらうとは、この恥知らず!』、と」

 実際に見た時は、怒りと―――悲しみが襲ったという。

 言った方も言われた方も、ぼろぼろの服を着ていたらしい。


「仲裁にきた役人も、戦争になった為に生活が苦しくなって愚痴を吐き出す住民と、戦争の為に寡婦や孤児になった者たちの間にはさまれて、困ってしまっていて―――今では、教会に向かう商会の荷車を見ると、生活に困窮している住民が『うちにも寄こせ!』と言ってくるんです。……どうしたものかと」

 あくまでもデイン商会が行っているのは、教会に対しての寄付行為だ。

 一般人が数人にわけてあげるのとはわけが違う。

 貴族がバックにいる寄付なのだ。

 そして、ここは王都。

 王都の管理を行う者たちが率先してやるべきところを、王都の役人や王家に断りもなく、一地方領主が出しゃばると後々に大変なことになるのは目に見えている。


『一貴族が寄付により民の人気を高めて、王家の信用を低下させている』

『王家に対して叛意あり』

 と言われもないことを言う輩もいるのだ。


「伯爵様にも、『やりすぎるな』と言われておりましたし。だからといって寄付も止めたくはありません。つらい思いをしてきたんですよ……せめて食べさせてあげたいんです」

 生活に困窮している者も大変だろう。

 けれど、教会を頼らずにいられなかった人たちは、もっと大変な思いをしてきたんですよ、とカインさんが言った。

「私は……数か月前、デイン領でホーク様と一緒に難民の亡くなった子を見ました」

 はっ、と、ローディン叔父様とリンクさんが息をのんだ。


「私にも子供がいます。私の娘と同じ年頃の女の子ががりがりにやせ細って……。あの時の、娘を抱きしめて泣く、母親の泣き声が今でも聞こえてくるような気がするんです」

「「女の子……」」

「ですから、あきらめたくないんです」

 カインさんが目を真っ赤にしながら、強い瞳をローディン叔父様とリンクさんに向けた。



「―――仕事を作るのが手っ取り早いんだがな」

「そうだな。今現在生活に困窮している者たちにも、一時的でも収入が得られるようなものが出来ればな。それに、教会に寝泊まりしている者も、きちんとした仕事がありさえすれば自立も出来るかもしれないし、そんな罵りも受けることもなくなるはずだな」

「だが、ここは王都だ。うちの領地(バーティア領)のようにすぐ対処できるわけじゃない。小さな領地と違って、かなりの規模と人数だからな」

「既存の商売でなんとかできないものかな」


 カインさんが潤んだ目を拭いながら。

「この市場でも、教会の孤児たちには同情的なんですが。でも、生活に困窮している人たちの事情も分かるのであまり悪くも言えず……でも自分たちもいっぱいいっぱいで他の人を雇ったりするほどの余裕もないですし」


「バーティア領では、この頃画期的なことで母子家庭や障害を負った方たちを救済していると伺っております。なにか良い案があれば、と思いまして」


「……難しい問題だな。だが、とりあえずその教会に行ってみるか」

「そうだな。何か見つけることができればいいな」


 その会話で、ローディン叔父様とリンクさんが動いてくれると分かったカインさんが喜びの声を上げた。


「ありがとうございます! ではすぐ馬車をまわしますね」

 ローディン叔父様もリンクさんもいくなら。もちろん。

「あーちぇもいく!」

「ん? アイスは食べ終わったのか? よし、じゃあ行くか」

 そう言って、リンクさんが椅子から抱き上げてくれた。


「え、と。子供が行くには危険ではないですか? もし住民たちに囲まれたら……」

 当然のように私を抱き上げて歩き出したリンクさんを見て、カインさんが戸惑った。

 そんなカインさんに。

「そばにいない方が危ない。連れて行く」

 とローディン叔父様がきっぱりと告げていた。


 危ないって、叔父様。そうそういつも転ばないよ?

 と目で訴えたら。


「アーシェは転んだり、ハマったり、自分から蜂に突進して行ったりするんだよ?」

「そうだな。同感だ」

 あう。反論できない。


「魚はいつも夕方持っていくんだろう? 今はまだ午前中だし大丈夫だろう」


 そうカインさんに言って、さっさとまわされた馬車に乗り込んだ。


 ―――ローディン叔父様もリンクさんも行動が早いなあ。






 

お読みいただきありがとうございます。

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