179 とんかちゅ!
コメントありがとうございます。
なかなか返信出来ませんが楽しく読ませていただいています。
これからもよろしくお願いします。
「わあ! おにくがいっぱい!!」
今日のメイン食材である大きな肉の塊が食品庫から厨房へたくさん運び込まれてきた。牛肉や豚肉に鶏肉、あとはよく知らないお肉も。
「ああ。いつも出征前には好物を食べてから行くことにしているのだ。私は肉が好きでな。ビーフステーキやポークソテー、ウインナーなど、たっぷりと食べて行こうと思ってな」
戦争の間、司令官も兵たちとあまり変わらぬ食事をとる。
栄養バランスを考えての食事だが、肉類はおそらくしょっちゅう口にすることは出来ないだろう。
食料を補給する部隊は何度も後から行くけれど。
だから今日の晩餐は肉料理がたっぷり出るようだ。
「牛肉はやはり、ステーキが一番だな。以前アーシェラちゃんが中心がレアのものを教えてくれたろう? あの焼き方が秀逸でな。今ではその火の通し方で食べるのが好きなのだよ」
クリスウィン公爵がうっとりと言った。
こっちの世界の調理方法は『完全に火を通す』のが基本だった。
だから、今年の初め頃にクリスウィン公爵家に来た時に、半熟卵の親子丼で料理人さん達にものすごく抵抗をされたのだった。
その日の晩餐で出たステーキは、しっかり火が通ったウェルダンの焼き方で、はっきり言って幼児には硬すぎた。同じ幼児でもアルやアレンはそれが当然かのように食べていたが。
上位貴族の家に出るお肉は最上級の肉だろうに。柔らかいともっと美味しいのに。こんなにパサパサになるまで火を通さなくても。―――ああ、顎が疲れた。
『―――すてーきも、ちょっとなかがあかいほうがやわらかくておいちいのに』
心の声がいつの間にかポロリと声に出てしまった。
その小さな呟きを聞き逃さなかった、クリスウィン公爵とリュードベリー侯爵、王妃様の目がキラリ、と光った。
卵のとろとろが美味しいということを知ったばかりだ。
好物のステーキが、『柔らかくて美味しくなる』ならその焼き方で食べてみたいと思うのは当然の流れだ。
料理人さん達は例のごとく『肉は完全に火を通さなくてはいけません!!』と抵抗したが、クリスウィン公爵たちの『鑑定』で安全であることを納得させた。
そして、少し赤みが残る状態の焼き方で食べてみたら『美味しい!』と大絶賛だったのだ。
それ以来、ステーキはミディアムかミディアムレアが基本になったそうだ。
今日はクリスウィン公爵の為のパーティーでもあるので、いい焼き加減のステーキも出るということだね。
料理人さん達が今日の主役である肉を下処理していく。
豚肉を肉たたきでたたき、ポークソテー用に切り込みを入れて下処理をしている豚肉を見て、どうしてもアレが食べたくなった。
「ぶたにくちゅかってもいいでしゅか?」
「もちろんでございますよ。どのくらいの大きさにしますか?」
ストーンズ料理長がそそくさと寄って来た。どうやらトマトケチャップの仕込みは終わったらしい。
ポークソテー用の下処理した豚肉を用意してもらって、それからローディン叔父様を呼ぶ。
料理人さん達にお願いしてもいいけれど、これからもお家で作ってもらいたいからローディン叔父様にお願いする。
「んーと、しおこしょうちて、おしゃかなのふらいのように、ぶたにくにころもをちゅけて、あぶらであげりゅ」
「わかった」
ローディン叔父様がさくさくと手際よくフライの用意をしていく。
「豚肉を魚のフライのように揚げるのですか?」
手伝いをしてくれている料理人さん達が興味津々だ。
魚のフライは、デイン商会が冷凍で各地に普及させている。
油で揚げるだけで海の魚が食べられると好評だ。
料理人さん達は指示されて、固くなったパンをすりおろしてパン粉を作って行く。
デイン伯爵家やバーティア子爵家ではすでに見慣れた作業だけれど、クリスウィン公爵家では初めての作業だ。
せっかく手間ひまをかけて焼いたパンが、固くなったとはいえ粉々にすりおろされて行くのを、料理人さん達がちょっと複雑そうな表情で見ていた。でも、これが美味しい衣になるんだよ?
ローディン叔父様の近くでトマス料理長とクラン料理長も同じように豚肉に塩コショウをして衣をつけている。戸惑いながらストーンズ料理長も。
うん。試食には数が必要だからね。一緒にやろう。
「ふらいどぽてととおにゃじように、にどあげしゅる」
「わかった」
「「「わかりました」」」
ジュワーっと、揚げ物の良い香りがする。
「まあ、揚げ物のいい匂いね」
「魚のフライだけでも驚いたのに、肉もフライに出来るのだな」
少し前までこの国に『食材を揚げる』という食文化はなかった。
揚げ物、美味しいのにね。
フライドポテトで揚げ物の美味しさに衝撃を受け、アメリカンドッグやドーナツは王都で市民権を得たものの、天ぷらや魚のフライはまだまだ新参者だ。そもそもどれをどう揚げれば美味しいのかはまだ見当もつかないらしい。
食文化としてフライものが定着するにはまだ少し時間がかかりそうだ。
二度揚げして、こんがりといい色に揚がったのは、とんかつだ。
ザクザクと食べやすい幅に切り、たっぷりのキャベツの千切りと、レモンのくし切りを添えて。
「とんかちゅ、かんしぇい!」
「とんかちゅ?」
「『とんかつ』ですわ。豚肉を衣を付けて揚げたもので、『かつ』は肉をこのように調理する方法を指すものだそうです」
ローズ母様の通訳が入った。とんかつと言ったつもりが、とんかちゅになってしまった。ううむ。
「その他に『かつ』と『勝つ』の語呂合わせで、とんかつを食べると、勝負ごとに勝つとか。大陸の絵本で読んだ時、その語呂合わせがなんだか面白くて印象に残っていましたの」
「なるほど! それはいいな!」
「縁起がいい食べ物だわ」
ローズ母様の説明にクリスウィン公爵と王妃様が、面白そうに笑った。料理人さん達もなるほど、と頷いている。
うん。勝利を引き寄せるために、たくさん食べてね。
さっそく試食することにしよう。トマス料理長とクラン料理長も一緒に揚げてくれたので、みんなに数切ずつ行きわたるだろう。
「のうこうそーす、ちゅけてたべりゅ」
濃厚ソース=とんかつソースだ。絶対にベストマッチだ。
いただきます。をして、サクッと一口。
「おいちい!」
とんかつととんかつソースが絶妙だ。ああ、白いご飯が欲しい。
「これはいいな! うまい!!」
「衣とやらを付けて揚げるとこんなに変わるんだな。さっくりとして美味しい」
「魚のフライも美味しいけれど、お肉を揚げたものもとても旨味があって美味しいわ!」
クリスウィン公爵、リュードベリー侯爵と王妃様は満面の笑顔だ。
「パンを削った粉がこんなに美味しい衣になるとは。目から鱗です」
「硬くなったパンを衣にするのもありですね!」
「この濃厚ソース、ポークソテーに使っていましたが、断然とんかつの方が合いますね!」
「「「同感」」」
料理人さん達にも好評だ。
「これは、フィッシュフライサンドと同じくパンに挟めるのではないか?」
とローランドおじい様が言ったので。
「しゅごくおいちい」
と答えたら、今度はクリスウィン公爵家の料理人さん達が一斉にとんかつを作り始めた。
食パンにマスタードを塗り、千切りキャベツをのせ、ケチャップとソースを混ぜ合わせたものをとんかつにたっぷり塗って好みの量のマヨネーズをかけてもう一枚食パンを乗せる。
それを食べやすいようにカットして出来上がりだ。
「これは贅沢なサンドイッチですね。美味しいです」
「たっぷりソースを塗った方がより美味しいですね」
ソースが染みたカツサンドは絶品だ。
王妃様達は試食のおかわりを指示している。―――晩餐にもたぶん出ると思うけどね?
相変わらずの食べっぷりだ。
でもやっぱりとんかつは美味しい~
前世ではとんかつ専門店があるともれなく食べに入ったものだった。
そういえば、とんかつ専門店は身近にあったけど、牛カツとかの店はなかったな。ジューシーでわさび醤油で食べるとすごく美味しかったなぁ。
あ。思い出したら食べたくなってきた。
お読みいただきありがとうございます。