177 ことわりをくつがえすちから
今回でリンクさん視点は終わります。
誤字脱字報告ありがとうございます。
いつも助かっています。
これからもよろしくお願いします。
―――最大限の力を込めて。
蛇の目は『魔力の目』だ。この蛇の目を潰せば、これを操る者の目を潰せる!!
蛇の目を掴んだ時に、金色とプラチナの光が俺の身体を覆ったのが見えた。
そして、その光が手に集中し、蛇を通して何処かに駆けて行ったのがわかった。
『―――ギャアァアアアアアッッ』
蛇を通して術者らしき者の悲痛な叫び声が聞こえた。
それはそうだ。蛇を通して、術者の放った魔術を返したのだ。
魔術を返された術者が、己の放った猛毒に侵され頽れる姿が脳裏に浮かんだ。
魔術師の額には、王族に仕える魔導師の額飾りがあった。
―――なるほど。ジェンド国の上級魔導師。だからあの時、あの魔道具の隠蔽魔法を俺は見破れなかったのか。
―――そして、渾身の力と魔力を込めて蛇の頭を握りつぶすと、蛇のボロボロになっていたでかい体が光で侵食されて―――霧散した。
蛇が消え去った真っ暗な水の中で―――手や足だけでなく、全身にうっすらと金色とプラチナの光を纏っている自分の身体に呆然とした。
「―――なんだ、これ……」
首を傾げつつ、水底から膝ぐらいの高さまでのところまで川から上がると、クリスティア公爵が傍に来た。
クリスティア公爵は魔道具の爆発で空気中にばら撒かれた毒を浄化してくれていたらしい。
夜の闇の中に、クリスティア公爵の力の名残がキラキラと見えていた。
「リンク、よくやった。―――だが休んでいる時間はない。すぐに川に流れた毒を消さなくては」
「毒! ―――そういえば毒の水を飲んで、身体が痺れて、目も―――でも、今はなんともない……?」
飲み込んでしまった時の―――毒が全身を侵食していった感覚は生々しかった。
なのに。―――今は手の痺れも、焼けつくような喉や胸の痛みも、目のかすみもない。
術のかけられた瓶には濃縮された猛毒が仕込まれていたはずだ。
実際に今、目の前で川の水際の草が物凄い勢いで枯れていっているから毒が撒かれてしまったのは紛れもない事実だろう。
―――それなのに。何があって俺は助かった??
クリスティア公爵が俺をじっとみると、納得したように頷いた。
「なるほど。御守りである、あの折り鶴が危険を感知した。それが発動のきっかけというわけか」
―――発動?
「―――リンク・デイン。それは、あの子の祝福の力がお前が飲み込んだ毒も、纏わりついている毒をも浄化したからだ。―――お前の身体の周りに見える、その金色とプラチナの光は―――あの子がお前にくれた力だ」
「―――え?」
「金色とプラチナの光。それを持ち得るのは、女神様の愛し子だけだ」
クリスティア公爵に言われてもう一度自分の手を見る。
今まで見えなかった魔力が見える。
水魔法を扱う故の青い魔力、風を操る白の魔力。
そして―――金色? 金色は光の魔力の色だが。なぜ光の魔力が俺の手にある?
あの子の祝福。
クリスティア公爵の言った言葉で、悟った。
金色とプラチナの光。それはアーシェが女神様から与えられたもの。
レント前神官長が言っていた、女神様からの祝福。
「―――アーシェ……?」
「セーリア神の神殿で鶴の御守りを手渡してもらった時、あの子は私にもその力を分けてくれた。―――おかげで、あちこちの河川に流された毒を浄化することが出来た。―――さすがに私だけの光魔法ではあれだけの広範囲の毒を浄化するのは困難だったからな」
その言葉は、アーシェの持つ祝福の力がクリスティア公爵の光魔法の力を何倍にも引き上げたということだ。
フラウリン領のセーリア神殿でクリスティア公爵がアーシェに折り鶴を手渡されたあの時、クリスティア公爵が目を丸くしていたことを思い出した。すぐそばにいたクリステーア公爵も。
王族や四公爵家、そして高位の神官は、その強い魔力故に魔力の色を視ることが出来る。
おそらくクリスティア公爵とクリステーア公爵は、クリスティア公爵に渡されたアーシェの祝福の力が視えたのだろう。
「―――お前の命の危険で御守りが反応した。おそらくそれが与えられた光魔法の発動条件だったはずだ。―――今ならお前も光魔法を使える」
「え……」
―――光魔法。四大属性の魔法を遥かにしのぐ―――世界でも、扱う者がわずかしかいないと言われる希少なもの。圧倒的な力と浄化の力を併せ持つ。
―――それをアーシェは俺にくれたのか。
ああ。―――ローディンがウルド国の戦闘の中で命の危険があった時、『アーシェに助けられた』と言っていたのはこれのことだったのか。
ローディンはそう言いながら両手を見ていた。
あれは、アーシェがくれた力を『視て』いたのだ。
そしてローディンは、アーシェが夜、糸が切れたように眠りに落ちるのは魔力を使い切ってしまうからだとも言っていた。
それを聞いた時、その意味がまったく分からなかったが。
アーシェがフラウリン領のセーリア神殿で折り鶴をクリスティア公爵に渡した後、ぷつりと糸が切れたように眠りに落ちたのを憶えている。
―――あれは『アーシェが持つ力』をクリスティア公爵に分けたことで、魔力を使い切ってしまったのだということか。
―――では、俺とローディンが出征が決まってからのアーシェが、祈りの形をとったままぱったりとベッドに沈んだのは―――俺とローディンの為に、その小さな身体に宿る魔力を使い切ってしまったのだということなのだろう。
―――確かに、ローディンに言葉で説明されたとしても、理解は難しかったかもしれない。
今こうして、この現実を見たことで、それがわかった。
「光魔法とは先天性のもので、決して後から身に付けることはできないものだ。―――お前は、そういう世界の理を覆すだけの想いを―――あの子から貰っているんだな」
クリスティア公爵の静かな声が心に沁み渡った。
―――胸がいっぱいになって、涙がこぼれた。
―――アーシェ。
初めて会った時、こんな小さいものが息をして生きているのが不思議な存在だった。
子育てなどしたことのなかった俺だったが、初めて抱いてみた時―――小さいのにしっかりと命の重みを感じた。この小さな命を無くしてはいけないと本能的に思った。
お腹がすいても、オムツが濡れても、眠くても泣く。最初は正直面倒くさかったけれど。
抱くと温かくて、その命の鼓動が心地よくて―――その薄緑の色の瞳がいつの間にか愛おしくなっていた。
―――泣くのも。笑うのも。
俺の顔を見るとふにゃりと笑って手を伸ばし、俺の腕の中で安心して眠りに落ちるのも。
全部が全部、愛おしくてしかたなかった。
―――血のつながりなんて、どうでもいい。
アーシェは俺の可愛い可愛い大事な家族。かけがえのない愛しい子だ。
「―――さあ、あの子がくれた光魔法で、毒を消せ」
クリスティア公爵の声にゆっくりと頷く。
涙を拭うと、再び川に入り、両手を水につけて意識を集中した。
アーシェからもらった祝福の力―――それを強大な浄化の光に変えて。
―――ぱあああああっっ―――
漆黒の闇の中に、金色とプラチナの光が走って行く。
―――その光は、川の形をはっきりと闇の中に浮かび上がらせた。
この国の血管ともいえる、川というすべての生き物の命をつなぐ生命線を浄化し、その光で癒していく―――
そして、その清冽な光はジェンド国の長大な川を下り、支流の隅々まで照らし―――海まで続いて行ったのだった。
お読みいただきありがとうございます。