176 リンクさんのたたかい 2
リンクさん視点 その2です。
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ひとり真っ暗な川に入り、鑑定の力を広げて毒の瓶の位置を確認する。
―――川べりにふたつ。
―――水深の深いところに、ふたつ。
―――橋近くによっつ。いやまだまだ気配がある。
ワザと橋近くに多く沈めたのは、王都への道である橋を破壊する為でもあったことに気が付いた。
俺に見つかり、川べりからとっさに投げ入れたのは奴にとって計算外だったようだ。
実行犯は魔術師だったらしい。
そうでなければ、川べりに沈めた魔道具の瓶が川の中央部まで流れ着くはずはない。
実行犯が自らと魔導具にかけていた隠蔽魔法のせいで、こちらの見張りの誰もが毒の瓶を沈められたことに気づいていなかったらしい。
草をかき分ける音で気づくことが出来たのは幸いだった。
もしあのまま気づかなかったら、見張りに立っていた者たちも確実に巻き添えをくらったはずだ。
だが、いくら姿や魔力を隠蔽魔法で隠していても、砂利を踏みしめる音や草をかき分ける音は消すことは出来ない。
そして、隠蔽魔法は自分より強い魔力保持者には効果が薄れる。
―――だから、実行犯は俺に姿を見られてしまったということなのだろう。氷の矢で傷を負い、気を失ったことで隠蔽魔法を維持することが出来なくなり、騎士たちに拘束されて連行されて行った。
川の中、水魔法で水を動かし、川底に沈んだ魔導具の瓶を一つずつ回収していく。
実行犯が意識を失ったことで奴が魔導具にかけていた隠蔽魔法が消え去り、はっきりと毒の仕込まれた魔導具の場所が認識出来た。
月の出ない夜。星の光はあれど、川を照らすほどの光はなく川の中は漆黒の闇だ。
灯りと言えば自分が灯す魔法の明かりのみ。
俺は毒の入った魔道具を川底からひとつ拾い上げると同時に時限魔法を読み解き解除していった。
幼い頃バーティアのじいさまに魔導具の扱いを叩き込まれたことが役に立った。
時限魔法の解除方法は従兄弟のローディンや兄であるホーク、クリステーア公爵家のアーシュと共に、バーティア子爵家で競いあって学んだことだ。
デイン辺境伯家には『国境を護る』という任がある。
デイン辺境伯領は南の玄関口であり、東にジェンド国の国境、西にウルド国の国境がある。
そして常に三国との小競り合いがあった為、デイン辺境伯家にとって、危険は常に身近にあるものだった。
兵力による陸上戦、海上戦の他、魔法による攻撃にも対処しなければならない。
だからこそ多岐にわたり、高い知識とそれを使いこなすことが要求される。
デイン家に生まれた者は、遺伝的に強い魔力を持ってはいるが、それがうまく使いこなせなくては意味が無い。
そういった理由もあって、親戚でもあるバーティア子爵邸で幼少期からみっちりと魔法教育を受けたのだ。
魔法学院では決して教えてもらえないような、戦闘に関することもしっかりと仕込まれた。
この時限魔法もそのひとつで、時限魔法をかける方法、そして解除する方法を、基本的なものから難解なものまでみっちりと叩き込まれた。
ディーク・バーティア元子爵から『自分が出来るだけではなく、仲間にやり方を教えることができるようになれ』と言われたことを思い出す。
『何となく出来た』では時が経てばやり方を忘れてしまうこともある。
人に教えることが前提ならば、教える為にさらに自分が深く理解しようとも思うし、しっかりと身につくからと。
その教えのおかげで、対処方法が多岐にわたる難解な時限魔法の解除も出来るようになった。
毒の入った魔道具を次々と拾い上げ、十数個もの魔道具の時限魔法を解除した。
取りこぼしは無いかと、鑑定の感覚を広げる。
魔法の明かりは暗闇の川の中ではそう遠くを照らすことは出来ないゆえに、視認することもままならない。だから自らの鑑定に頼るしかない。
だが鑑定に反応はなかった。
すべて回収できたということでいいのか?
だが、マーレン公爵やイブリン王女を憎むジェンド国王がさらなる罠をかけているように思える。
―――何かを見落としている気がする。
―――そう思った瞬間。
―――キイイイイィイイイン―――
川底から耳をふさぎたくなるような嫌な音が響いた。
「―――なに!?」
バキバキと内側から破砕される音が聞こえてくる。
さっきまで感じなかった魔道具の気配が、音と共にその存在感を現してきた。
敵は、毒の瓶のひとつに、毒の瓶を隠蔽する魔法を幾重にもかけていたのだ。
やはり一筋縄ではいかないということだ。
―――マーレン公爵領に毒を確実にまき散らす為に仕込んでおいたということだ!
―――ドンッッ!!
破裂音と共に閃光が走り、川の中でその衝撃波が身体を襲う。
魔道具の中から猛毒と共に、でかい黒い蛇が飛び出してきたかと思うと、すぐに俺に狙いを定めてあっという間に間合いを詰め―――俺の防御結界を引き裂き、俺の足に巻き付いて水の中へと引きずり込んだ。
ゴボリ、と川の水を飲み込んでしまった。―――毒のまき散らされた水を。
「しまっ……」
黒い蛇は俺を水底に引きずり込むと、今度は身体に巻き付いてきた。
「……ぐっ」
飲んでしまった毒で、瞬く間に身体が痺れ、目の前がかすんできた。
喉が胸が焼けつくように痛む。
防御結界を破られたことで水中で息をすることも出来ない。
黒き蛇に巻き付かれているために身動きもとれない。
―――まずい。
―――息が苦しい。
黒き蛇がシャーシャーと先の割れた舌を出しているのが視界の端に見える。
毒がまわって死ぬのが先か、息が続かなくて溺死するのが先か―――
それとも蛇の餌食になるのか―――
―――そう思った時。
『―――ギィイイイイイッッ』
蛇が、突然奇声を上げた。
それと同時に俺を締め上げていた蛇の力が緩む。俺は蛇から逃れることが出来たが―――毒のせいで浮かび上がる力もなく……水底に沈んだ。
―――が。
胸の辺りがほわんと熱くなって、急に息がしやすくなった―――息が出来る? 水の中で? 防御結界が引き裂かれたのに?
―――何が起きた?
混乱しながら目を開けると、さっきまで俺を締め上げていた黒い蛇が、奇声を上げ、その巨体を震わせのたうちまわり、あげくあちこちからボロボロと削れていくのが見えた。―――いったいどうしたというんだ?
―――そこで、はっきりと辺りが見えることに気が付いた。
さっき毒のせいで一瞬で視覚のほとんどを無くしたはずなのに。
光が辺りを照らしていることに改めて気づいた。
光? 月も出ていない暗闇なのに?
見ると、俺の手の周りに光が見えた。
―――光?
思わず起き上がり、自分の手や足、そして体をあちこち見るとほのかに自分の身体に光が纏わりついているように見えた。
―――え? 俺が光っているのか?
その中で、ひときわ強く感じる光の源があった。
服の下にあるにも関わらず、俺の胸元で―――その光の源は形をはっきりと見せていた。
貰ってからずっと肌身離さず着けていた結晶石の御守り。
そして光っていたのは、結晶石のなかの、小さな小さな金色の折り鶴―――
それは―――『その鳴き声は天に通じる』といわれる『鶴』をかたどったものだった。
小さな金色の鶴が放つ清冽な光が辺りを煌々と照らし。
―――さらに、金色の鶴から放たれた、凄烈な幾つもの光が―――矢となり、黒き蛇を貫いていた。
『―――リンク!! その蛇を掴め!! 今ならそいつを操っていた術者を潰せる!!』
通信用の結晶石を通してクリスティア公爵の声が響いた。
『早く!』と叫ぶクリスティア公爵の言葉で―――光に貫かれてのたうち苦しむ蛇の頭を両手で鷲掴みにした。
―――かつて、アーシェを狙って来た『魔力の目』を潰した時のように。
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