175 リンクさんのたたかい
今回はリンクさん視点です。
誤字脱字報告ありがとうございます!
たくさんあり過ぎて毎回驚いています(^_^;)
これからもよろしくお願いします!
ジェンド国に来てそろそろ2ヶ月が過ぎようとしていた。
護衛を任されていたイブシラ様をご両親であるイブリン王女様とシリウス・マーレン公爵の元に無事送り届け、今は王都近くのマーレン公爵領にアースクリス国軍はいる。
戦況はというと、アースクリス国軍は、イブリン王女を旗印に掲げるデミア侯爵やエンテラ辺境伯ら反乱軍に助力し、反乱軍はジェンド国の殆どを掌握した。
ジェンド国は国内を流れる川がいくつもあり、湖も数多くある。アースクリス大陸では一番水資源が多い国だ。
ジェンド国の海側の玄関口をデイン辺境伯軍が制圧し、そこからアースクリス国軍が侵攻。
そして国境の河近くに領地を構えるエンテラ辺境伯の領地からと、二手に分かれてジェンド国側に侵攻した。
一時に二か所からの侵攻により、ジェンド国王側は混乱を極めた。
ジェンド国は、東側の大河を挟んでアンベール国、西側の大河の向こう側がアースクリス国という、河を国境とする国だ。
南の海側の玄関口を制圧、あっという間に内陸部を制圧して王都近くまで侵攻してきた。
イブリン王女、そしてマーレン公爵率いる反乱軍は大多数の民心を掴んでおり、瞬く間に王都周辺を包囲したのだ。
圧倒的にイブリン王女側が優勢で、数日内に王城は陥落するだろう―――と思われていたが。
「デイン卿! 川に―――毒が流されている!!」
クリスティア公爵と一緒に行動していた騎士が息せき切って砦に駆け込んできた。
「えっ!?」
「本当だ。クリスティア公爵が気づいたんだ。反乱軍側の領地を通る河川に毒が流されている。魚や生き物の死骸が浮かんでるんだ!!」
クリスティア公爵は反乱軍を率いているデミア侯爵と共に、近隣の住民たちへ食糧支援をしつつ状況を把握するために自らいろいろと動き回っている。
大きな川の支流が通る村に入った所で休憩を取ろうと水辺に近寄った時、クリスティア公爵が急に目を瞠り、『馬にこの川の水を飲ませるな!』と叫び、そのまま支流を一気に馬で駆け、大きな川へとたどり着くと、川に息づく魚や生き物たちの死骸が浮かび上がり、流れていっているのが見えた。
そして、川べりに生えた草が腐り落ちていることも。
すぐにマーレン公爵たちが調査に乗り出したところ、すでにあちこちの川で同様な現象が起きていた。
主要な川――――だが、王城のある王都より上流には異常がなく、王都より下流の川に魚や動物が死に、植物が腐り枯れているという。
痕跡を辿って実行犯を捕まえたところ、それは王族側の手の者たちだったという。
「ジェンド国王のばかやろう! 自分の民を皆殺しにするつもりか!!」
毒の流された河川を地図で確認してみたら、反乱軍側の領地だけでなく、あらゆるところにつながっている。このまま放置していては、下流の地域がすべて汚染されてしまう。
水が豊富なジェンド国。
ほとんどの者は川や湖から引いた水を使って生活しているため、井戸の数はそう多くないのだ。
「すでに中毒者があちこちで出てる。解毒薬で対応しているが、水が無ければ俺達も民たちも全滅する」
同僚の騎士や魔術師たちが顔を強張らせている。
まさか、土壇場になってこんなことになるとは。
王位から引きずり降ろされそうになって、なりふり構わっていられないということか。
―――卑怯な手には気分が悪いが、確かにこちらを混乱させることには成功したといえよう。
水はすべての生き物の生命線なのだから。
「冷静になれ。すべての水源が使えなくなったわけじゃない。湧き水や井戸水もある。鑑定すれば安心して飲める。大丈夫だ」
安心させるように親指で自分を指しながら言うと、同僚たちは俺を見て『そういえば』と頷いた。
「そういえばデイン卿は鑑定を持っているのだったな」
「水魔法も持っているよな」
「ああ。水魔法なら他にも使える魔術師が何人もいる。それに浄化の魔導具を持っている奴もいるだろう? それで対処も出来る」
「浄化のペンダントか! それなら結構持っている者はいるな!」
「そういえば御守りにって、出征前に家族がくれた」
食べ物や飲み物の毒混入による大量毒殺はよくある手段だ。それを案じた家族や恋人、知り合いが、出征する人への御守りにと浄化魔法を込めたペンダントを渡すのが習慣だ。
毒消しの他にも、身を清めることも出来るので、主に後者の方で使われることが多いのだが、本来は毒消しに使う。
冷静に考えればすぐに思いつくのに、恐れがそれに目隠しをした。それだけ『水』とは本当に重要なものなのだ。
対処法をいくつか並べると不安にかられていた騎士達がだんだん平常心を取り戻していった。
「じゃあ、井戸や湧き水、溜池にも見張りを置いて不審者が近づかないようにしないとな!」
そう。今できることはそれしかない。
多くの者は混乱しているが、イブリン王女様達は逆に冷静になったようだ。というか決心がさらに固まったようにも感じた。
弟王がこのような暴挙に出た為、王城を落とす日を前倒しにするとの知らせを受けた。
早晩ジェンド国王は討ち取られる。―――数日、水源を護れればこれ以上の被害は抑えられる。
それにしても。命の源である川に毒を流すとは……敵も味方もなく全滅させる卑怯なやり方だ。
幸いすべての川に毒が流されているわけではないらしいが、追い詰められたジェンド国王側は何をしでかすかわからない。
それに、一度毒により汚染されたら、土壌の毒が完全に抜けるまでそこに育った野菜や果物などの実りを口にすることは出来なくなる。
ひもじさにそれを口にしたら、末路は言わずもがなだ。
その行動がいずれは自分たちを滅ぼすことになるのだとなぜ気づかないんだ。
滅びるならすべてを道連れにするということなのか。ふざけるな!
すでにあちこちで中毒症状を訴えた住民が治療院に殺到しているという。
解毒剤が底をついても、キクの花があれば解毒は可能だが―――それにしても、無差別にしかも自国の民まで巻き込んだジェンド国王が腹立たしい。
ともかく、川や池、湖などの水源に毒が流されるのを防ぐために、手分けをして昼夜問わず監視するしかなかった。
◇◇◇
―――夜。
月の光さえない暗闇の支配する中―――王都に隣接しているマーレン公爵領の川には騎士や魔術師たちが水源を守るためにかなりの人数で見張りについていた。
今王都は反乱軍に包囲されているが、反乱軍の旗印であるイブリン王女やマーレン公爵を憎んでいるジェンド国王がマーレン公爵領を毒牙にかけないはずはない。
暗闇の中、夜目はきかないが、鑑定の力を使って毒を仕込んだ魔道具の気配を探る。
ただの瓶に毒を仕込むなどあり得ない。
川の下流にまでも影響を及ぼす猛毒を濃縮して魔道具を使って拡散させるからだ。
魔力を帯びた魔道具の気配を感知することが出来れば、防ぐことが出来るはずだ。
―――川べりの木の上で鑑定の力を使って探知をしていた時、対岸側にかさり、と何かが動いた。
魔法の灯りをそちらにむけると、対岸に人影が見えた。暗闇に黒ずくめ、明らかにおかしい風体だ。
「―――誰だ!!」
相手は無言のまま。味方ならば誰何に応えるはずだ。
―――魔力を感知しなかった。隠蔽魔法を仕込んだ魔道具で気配を消してきていたのだ。
こんなに近くに来るまで気付かなかったとは。
その人影は瓶らしき物を数個川に投げ込んで暗闇の草むらに逃げ込んだ。
「―――くそっ!」
―――だが、実行犯は絶対に逃がすものか。
とっさに火魔法で奴の辺りを囲い込み足止めをした後、氷の矢を放ち地面に縫い付けた。当然無傷なはずはない。
ぐうう、と、うめき声をあげて気を失った。
川に投げ込まれたモノから魔力を感じた。鑑定するまでもなく禍々しい気を放っている。
―――あの瓶は時限的に爆発して、川だけではなくこの周囲の空気にも毒をまき散らすはずだ。
「ちくしょう。どこまで汚いんだ」
「リンク!!」
「デイン卿!」
こちらの騒動に騎士たちが集まって来た。
「そこにいる奴を確保しろ! それから、全員退避!! 川に毒の瓶が投げられた。爆発したら近くにいる俺達もあぶないぞ!!」
「「「!! わかった!!」」」
足早に騎士たちが去って行ったのを確認して、自分に防御のための結界をかける。
クリスティア公爵には結晶石での通信で、爆発を防ぐ為にここに一人で残ることを告げておいた。
「―――時間がどれくらい残ってるかな」
―――出来れば爆発を無効化出来る時間が残っていればいいが。
お読みいただきありがとうございます。




