172 おまいりにいこう
コメントありがとうございます。
なかなか返信できませんが楽しく読ませていただいています。
これからもよろしくお願いします。
さて、次は油抜きをした油揚げを使っていなり寿司を作ろう。
まずは油揚げを出し汁と酒、みりん、砂糖、醤油でじっくりと煮含め、冷まして味をなじませる。
そして旨味をたっぷり含んだお揚げに、俵型に軽く握ったすし飯を詰めるのだ。
「アーシェ。これ大陸の絵本で見たわよね。神様へのお供え物だったような気がするわ」
ローズ母様がいなり寿司を見て気づいた。そう、以前読んだ久遠大陸の絵本にしっかりと描かれていたのだ。
「あい! いなりずしでしゅ!」
「そうだったわね」
「いなり? ってたしか大陸で稲の豊穣を守る神様のことだな」
何度も久遠大陸に行っているローランドおじい様が思い出しながら言った。
「ええ。たしか稲(いね)がなる(り)、で『いなり』だそうですわ」
「なるほどな」
ローズ母様が説明してくれたので、すんなりと皆が納得してくれた。
さあ! 料理が出揃ったので食べよう!
おからドーナツやクッキーに始まり豆腐料理をいろいろ作っていたから、時間的にもうお昼を過ぎてしまったので豆腐と油揚げを使ったお昼ごはんだ。
まずは、豆腐と油揚げのお味噌汁。
つるんとしたお豆腐にお味噌汁が染み込んだ油揚げ。香味のネギも絶妙なバランス。―――ああ、美味しい。
「これはまた、美味いものだな。油揚げに味噌汁が染みて旨い」
ローランドおじい様の言葉にクラン料理長が頷く。
「どちらも同じ大豆から出来たとは思えませんね。白くて滑らかな豆腐と、色も食感もなにもかも違う油揚げ。面白いです」
次に炊き込みご飯だ。
「あ。油揚げに炊き込みご飯の美味しい出汁がしみ込んでる」
ローディン叔父様が一口食べて、いつもの炊き込みご飯との違いがすぐに分かったらしい。
「本当だわ。ご飯や具材を纏めてくれているみたい」
「ええ。いつもの炊き込みご飯も美味しいけれど、油揚げが入った方が断然美味しいわ」
マリアおば様も、いつも炊き込みご飯を作るローズ母様もその味の違いに驚いていた。
そう。油揚げは炊き込みご飯を作る時に絶対入れたい食材だった。
調味料や具材の旨味を余すところなく吸い込んだ油揚げが、炊き込みご飯をさらに美味しくしてくれるのだ。
そして、次はおでん。
「油揚げに入ったお餅がすごく柔らかくなってます! それに、油揚げにおでんの美味しい出汁がしみ込んでいて、噛むとじゅわっと口に広がって美味しいです~!」
「卵を入れたものも美味い! 仕上がりの後半に鍋に入れたから中が半熟になってて、トロっとしたのがまたいい!」
前世で、おでんに油揚げは絶対に欠かせないマストアイテムだった。
油揚げに餅を入れた餅巾着、卵を入れたものも好きだったけれど、中に何も入れなくてもたっぷりと油揚げをいれて、旨味を吸った油揚げを食べるのが好きだった。
噛むとじゅわっと美味しい出汁が口いっぱいに広がって幸せな気分になる。
「あぶらあげしょのままいれてもおいちい」
「そうですね! おでんの美味しい出汁を吸った油揚げは最高です!!」
「うまい~!」
「油揚げうまい~」
料理人さん達にもおでんに入った油揚げの美味しさはしっかり伝わったらしい。
ふふ。美味しいよね。
君たち。油揚げの虜になりつつあるね。
最後はいなり寿司だ。
しっかりと旨味を含ませた油揚げに酢飯を詰めたもの。
運動会や遠足に母が作ってくれた、いなり寿司。
甘辛な味わいが口いっぱいに広がって―――美味しくて、とっても懐かしい。
「「―――美味しい!!」」
みんなの声が重なった。
「うわ。このいなり寿司美味い!」
ローディン叔父様は今日一番の反応を返した。二つずつ取り分けられたいなり寿司がすごい速さで皿から消えた。
「これは初めての味だな。甘辛な油揚げも旨いし、包まれたすし飯にも旨味が移っていて、美味い」
ローランドおじい様も頷いている。
「ええ、本当ですわ。何個でも食べたくなるお味ですわね」
ローズマリーおばあ様も美味しそうに二個目を頬張っている。
「神様へのお供え物っていうのが分かります! すっごく美味い!!」
「「美味しいです!!」」
料理人さん達にもいなり寿司は大好評だった。
「油揚げいいですね! これまでも絶品だと思っていた炊き込みご飯が、さらに一段階美味しくなりました」
「旦那様は炊き込みご飯がお好きですから、喜ばれるでしょうね」
「あ、そういえば。油揚げ相当使いましたけど残ってますか?」
「夕方お帰りになられる旦那様の分は残しておいたから。あとはまた仕込めばいい」
料理人さん達の言葉に、クラン料理長が冷静に言った。
おからはドーナツとクッキーで、そして豆乳もすべて豆腐と油揚げで使い切った。
クラン料理長は豆腐や油揚げが、材料の仕込みから出来上がるまで時間と手間がかかるということを身をもって知っているので、全ての料理をデイン伯爵の為に取り置いていた。さすがだ。
「手間はかかりますが、この油揚げは美味しいですね」
「アーシェが小躍りした理由がわかるな」
「ええ。本当ね」
クラン料理長の言葉に、ローディン叔父様とローズ母様が笑いながら返す。
む。そういえば、油揚げの皿をもって歓声を上げたんだった。
「大陸の豊穣の神様か。米が収穫出来たらいなり寿司を作って御礼しに行かなきゃな」
ローディン叔父様がそう言うと、ローズ母様が同意を返した。
「そうね。お供えをもって神殿に行きましょう」
「めがみしゃまのしんでん?」
私の疑問にローランドおじい様が答えてくれた。
「そうだよ。このアースクリスの女神様に、豊かな土壌と水、作物を育んでいただいた感謝を。そして、米をこの大陸に分け与えてくださった、大陸の豊穣の神への感謝は女神様の神殿からも伝えることが出来る。神様の世界はつながっているというからな。―――まあ、ルードルフ侯爵領には大陸の小さな神殿―――いや、大陸では神社というのだったな。大陸の神社と鳥居があるから、そっちに行ってみるのもいいだろうな」
「じんじゃ? とりい?」
びっくりした。まさかアースクリス国に久遠大陸の神様の神社や鳥居があるとは思わなかった。
「クリステーア公爵家の家門の一つ、ルードルフ侯爵家には、ずいぶん昔に大陸から輿入れされた姫がいた。大陸の神に仕える家系の姫でな。外交で行った当時のルードルフ侯爵と縁があって、こちらに嫁いできたのだ。もともとルードルフ侯爵家は、その昔クリステーア公爵家の次男が興した家だ。遠くから嫁いでくる姫の希望で小さな神社を建てたのだそうだよ。だから、大陸の神様に感謝を伝えたいのなら行ってみるか? ルードルフ侯爵とは付き合いがあるから話を通してやろう」
そうなんだ。久遠大陸の神様への感謝を伝えるのなら、そこが一番いいと思う。
知った以上、きちんとご挨拶と御礼をしに行かないと。
「あい! いなりずしもって、ありがとうごじゃいますっていいにいきたいでしゅ!」
「そうね。それがいいわね。それにルードルフ侯爵家の方達には私もお会いしたいし。とってもいい方達ですもの。領地に大陸の神様のお社があるとは知らなかったけれど」
珍しくローズ母様がそう言った。
暗殺者から身を守るために極力出歩かないようにしている、ローズ母様。
そんなローズ母様が自ら会いたいと言うルードルフ侯爵家の人たちはどんな方たちなのかな?
「よし、わかった。デイン領も米の恵みを享受するのだ。私たちも大陸の神様に感謝をしに行かなくてはな。一緒に行くことにしよう」
ローランドおじい様も一緒に行ってくれるらしい。
秋深くなったら、リンクさんが帰ってくる。
そうしたら、みんなで一緒にルードルフ侯爵領の神社にいなり寿司を持ってお礼にいくのだ。
ん? ―――そういえば。
こっちの世界での参拝も二礼二拍手一礼でいいのかな?
お読みいただきありがとうございます。




