171 れんそうげーむ?
―――前々から欲しい欲しいと何度も思っていた、油揚げを作る!
油揚げを作るにはさっき作った豆腐よりも、もっと時間と手間がかかるので、ほとんど諦めていた。
だけど思いがけずに豆乳を貰ったので、今なら勢いで作れるはずだと、ローズ母様やローディン叔父様、そしてクラン料理長に前日から下準備をお願いをしていたのだ。
まずは、クラン料理長とローディン叔父様にきれいな木箱に水切りする為の穴をところどころ開けてもらったものを用意してもらった。
そして新しく大豆を水に浸して水戻ししておいたのだ。
そして今日は早起きして、クラン料理長と一緒に仕込み作業をした。
油揚げ用の生地作りの為、普通の豆乳より薄い濃度の豆乳を作り、豆腐を作る。先ほどの絹ごし豆腐と違うのは、柔らかく固まった豆腐を木綿の布を敷いた穴の開いた木箱に移し入れ、重しをして水を切って木綿豆腐にするのだ。
だから、ローズ母様とローディン叔父様、クラン料理長は、みんなより一足先に苦汁が豆乳のたんぱく質を固まらせる効果を見て驚いていた。
作る工程がたくさんあって時間もかかるけど、油揚げがあったらもっと美味しくなる料理がいっぱいあったから、気合を入れて準備した。
この機会を絶対に逃がしたくなかったのだ。
時間をかけて仕込んでおいた油揚げ用の木綿豆腐を、厨房の奥からクラン料理長が持ってきた。
「今朝早く、アーシェラ様とローズ様、ローディン様と仕込んでおいたものです」
油揚げ用の木綿豆腐は固く出来ている。薄く切って、しっかり水切りしておいたものをクラン料理長が低温の油で時間をかけて揚げていく。だんだん伸びていくのが見えた。うん、いい感じだ。
前世で自家製の大豆を使い、一から豆腐を作ったことがある。豆腐が出来、その豆腐から厚揚げも作れたのに、油揚げだけは普通の豆腐から作ろうとして何度も失敗した。真ん中が膨らまず、中途半端なものしか出来なかったのだ。
油揚げは普段食卓に上る木綿豆腐ではなく、油揚げ用の生地を作らないとちゃんとした油揚げが作れないということを後から知った。
睡眠時間を削って手間をかけた分、完璧じゃなくてもいいから、油揚げが出来ればいいな。
「アーシェがこんなに力を入れるのは珍しいわよね」
ローズ母様が私の意気込みに感心していた。それはそうかもしれない。油揚げの仕込みのためにものすごく早起きしたのだ。
「なにが出来るか楽しみだよな」
ローディン叔父様と二人でくすくす笑っている。
昨日豆乳をもらった時、『絶対に油揚げを作る!』と意気込んだ私のテンションが異様に高いことに気づいていたみたいだ。
木箱の準備、それに朝早くの仕込みについても、クラン料理長と話をつけておいてくれたのだ。ありがたい。
「お豆腐がのびていくわ。面白いわね」
「わ。あんなに薄かった豆腐が倍くらいに膨らみましたよ!」
料理人さん達がぷっくりと膨らんだ油揚げを不思議そうに見ている。
「いちどとりだして、あぶらのおんどをあげてもういちどあげる」
「フライドポテトと同じように二度揚げするのですね」
クラン料理長が頷き、温度をあげた油にもう一度油揚げを投入した。
温度を上げた油で揚げると伸びて膨らんだ油揚げの縮みを防ぐのだ。
―――うん。きつね色の良い色に揚がった!
「あぶらあげ、かんしぇーい!!」
語尾にハートマークがつくような声で喜びを表現した。
「え? なに? そんなに嬉しいの? なぜ?」
マリアおば様が私のテンションの高さにびっくりしている。
まずは揚げたての油揚げを等分に切ってもらう。
みんな白い豆腐が茶色い油揚げになったことに興味津々だ。
私の料理はほとんど茶色だが、皆それが普通になったようでこの頃はまったく抵抗がないようだ。
さっきの豆腐用のタレをかけて、食べる。
「あ。うまい!」
「さっきの豆腐とは全然違うな。サクッとしてるな」
「面白い。大豆がこんな風に変身するなんて」
「豆腐も油揚げも旨い」
「それもこれも苦汁があったから出来たんだよね」
そう。にがりがあったから豆腐も出来たし、油揚げも出来たのだ。
にがりは捨てられていたけど、豆腐を作る凝固剤として必要不可欠。
お米を炊くときに苦汁を少量入れるとふっくらつやつやに炊きあがるし、ミネラルも補給できる。
お風呂に入れるとお肌がしっとりとなる。肌が弱い人にもお勧めだ。
また苦汁は肌の保湿力を高めてくれるので、前世では苦汁で化粧水を自作していたくらいだ。
苦汁にはいろいろ使い道があるのだ。
さて。油揚げの試食が終わったので、料理人さん達全員に厨房でスタンバイしてもらった。
今日は私の油揚げの欲求を満たす日なのだ!
―――まずは油揚げをじっくりと全部揚げてもらう。
一番最初に『油揚げがあったらもっと美味しくなるのに!』と常々思っていた炊き込みご飯を作ってもらう。
炊き込みご飯の具材に、油揚げを細かく切って投入。あとはいつもの作り方でオッケーだ。
お味噌汁は豆腐と油揚げ、そしてネギ。日本の定番の具材でいく。
次はここ数か月で王都でもしっかり市民権を獲得した『おでん』だ。
王都の船着き場近くのテイクアウト店に固定客がついて、夏なのによく売れている。
本格的に暑くなってきた時期にメニューから外したら、お客様に嘆かれたので復活したという経緯がある。
さて、油揚げをおでんに入れる前には下処理が必要だ。
まずは油揚げを開きやすくするために麺棒を前後に数回転がす。こうすると油揚げの内側のくっついている生地部分が崩れて袋状に開きやすくなるのだ。その後、油揚げを半分に切って手で開いていく。
料理人さん達も同じように作業し、麺棒を転がす作業の有無で揚げの開きやすさが違うことに驚いていた。まあ、一・二枚なら包丁の背でこすって開く方法もいいけど刃物だし安全性を考えて麺棒で。
そして手で開いて袋状にした油揚げを沸騰したお湯に入れ軽く煮る。
「え? せっかく揚げた油揚げをお湯で煮るんですか?」
「おだしをいっぱいしみこましぇたいとき、あぶらをにゅく」
「へえ、味を含ませるために必要なんですね。油抜きっていうんですね」
「そういえば、さつま揚げもお湯をかけて油抜きをしますよね?」
「ひょうめんのあぶらをとると、おいちいおだしがしみやすくなりゅ」
「なるほど、同じ原理なのですね」
「あい」
前世では揚げを作る油の質や、時間の経過とともに油が酸化してしまうなどの理由から、油抜きして調理をすることが推奨されていた。
けれど、新鮮な油で、それも揚げたての油揚げで調理するので、お味噌汁や炊き込みご飯にはそのまま使う。
油抜きをすると油揚げに含まれた旨味や栄養も減ってしまうからだ。
ただ、煮汁を染み込ませたいときだけ、油抜きをする。
そうするとおでんもいなり寿司もお出汁の旨味をたっぷり吸って美味しくなるのだ。
「わかりました。今の場合は、煮汁を吸わせたい料理の時に油抜きが必要だということですね」
「お味噌汁や炊き込みご飯にはそのまま入れると美味しくなるのですね」
料理人さん達は一生懸命に舌足らずな私の言葉を聞きとろうとしてくれる。たまにローズ母様やローディン叔父様の『通訳』が入り、そこで納得するのはお決まりのパターンだ。……。なんだかな。
まあ、気を取り直して。
おでんには、油抜きをした袋状の油揚げに、ストックしておいてもらった餅を入れ爪楊枝もどきで留めたものと、生卵を入れたものの二種類を作って投入。
餅を入れていた時、ローランドおじい様が『餅が入ったということはこれが餅巾着か』と言っていた。
デイン領で初めておでんを作ってから、ついこの間久遠大陸に行って帰って来たばかりのローランドおじい様。
久遠大陸で本場のおでんを食べようと思ったら、『秋冬限定メニューで今はない』と言われたそうだ。残念。
そこで通訳さんを通して食堂の店主と会話をしている中で『餅巾着が美味しい』と教えてもらったそうだ。
でも通訳さんは、『餅』は分かっても『巾着』が何からできているかまでは通訳しきれなかったらしい。―――巾着とは本来身に着ける布製や皮製の小物入れのことだ。
こちらから同行する通訳さんは日常会話や政治的な部分は何とか通訳できるけれど、その他のことについては完璧に通訳は出来ないそうだ。そして久遠大陸の言語は難解で発音も特殊だ。
その時の通訳でなんとか分かったのは『餅巾着の巾着は小物入れではなく、形が巾着に似た食べ物であること』、『油で揚げた袋状のものに餅を入れて口を閉じたもの』、そして『その袋状のものの原料は大豆である』ということだった。
なるほど。大豆(原料)から出来た豆乳 ⇒ 豆乳と苦汁でできた豆腐 ⇒ 豆腐を油で揚げて出来た油揚げ ⇒ 油揚げを切った袋状のものに餅を入れて口を閉じたもの、と段階を見てきたため、ローランドおじい様は久遠大陸の食堂の店主が言った『餅巾着』の『巾着』が『半分に切って袋状にした油揚げ』を指すものだと連想していったみたい。
正解だと頷いたら、やっと謎が解けてすっきりしたと笑った。
たしかに、なぞなぞというか、連想ゲームみたいだったよね。
お読みいただきありがとうございます。




