168 みみたこになるくらい
少し長くなったのでふたつに分けました。
次は0時に更新します。
薬の工房の隅で、ガーッというミキサーの音が聞こえた。
「みきさー?」
「ああ。バーティア領に行った時に買ったんだ。すごく重宝してるよ。簡単に細かく細断できるから、薬づくりにも、過敏症の子の食事作りにもいいしね」
試しに一台買って使ってみたら、その使い勝手の良さに感動したそうだ。すぐにバーティア商会の王都支店で追加で何台か購入したそうだ。
「お買い上げありがとうございます」
にこりと微笑んだローディン叔父様にドレンさんが頷く。
「こっちの要望でさらに細かく出来るものも作ってもらって、本当に有難かったよ。微粉末に出来るってすごいよね」
ローディン叔父様が帰ってきてから動き出したバーティア商会の魔道具部門は好調な滑り出しだ。
今はあちこちで冷凍庫の需要が伸びていて、雇い入れた魔術師さんたちはとても忙しい。
それぞれに自分の得意なことがあるらしく、分担して魔道具部門を担ってくれている。
魔道具作りが純粋に好きな人や、その魔道具を動かすための結晶石に魔力を注ぐ人、メンテナンスや修理専門に動く人など。
魔道具を作った人たちとバーティア商会の営業の人たちの力で魔道具部門は今のところ順調なようだ。
ミキサーを購入したドレンさんは、乾燥した薬草を石臼で引いたように、ものすごく細かい粉末に出来ないかと相談をしてきた。たくさんの種類の薬草をそれぞれ微粉末にするのには骨が折れる仕事だからだ。
ドレンさんの要望を受けて、ディークひいおじい様や魔術師さんたちはミキサーの改良を重ねた。
そして、時間をかけてやっと出来上がった特注品が、数日前に納品されたのだそうだ。
特注品のミキサーは小型で、一度ミキサーで粉砕したものを移し替えて再度粉砕することで微粉末にするのだそうだ。なるほど。
使い勝手は上々らしく、従業員の皆さんもだいぶ楽になったと話してくれた。
「先に購入したこちらのミキサーでは、お客様から注文のあった過敏症の子用の代替食品を作っているのですよ」
女性の薬師さんが作業しながら説明をしてくれた。
過敏症。つまりアレルギーのことだ。
そういえば、この匂いは。
「だいず?」
ドレンさんが頷いた。
「ああ。ミキサーを買ってから過敏性の子ども用の食品が楽に作れるようになったんだよ」
ミキサーに水で戻した大豆を入れて粉砕し、次々とペースト状にしている。
そして、たくさんの大豆のペーストを火にかけた後、布で濾している。
―――これって、豆乳だよね!
「とうにゅう!」
「よく知ってるね。患者の中に牛乳で過敏症をおこす子どもがいるんだ。過敏症は大体が大人になったら改善されるが、それまでは牛乳を口に出来ないから、こうやって豆から作った豆乳で代用するんだ。今までは豆乳の作り方を教えていただけだったけど、ミキサーを導入してから売ってみたら好評でね。近隣の過敏症の子どもを持つ親たちが頻繁に買いに来るんだ。豆乳づくりは手間がかかって大変だし。ミキサーは高価で一般の民たちには手が出ないからね」
なるほど。ミキサーを導入したので、数日前から、過敏症の子の為に豆乳を販売し始めたら、口コミで広がって過敏症の子を持つ親が豆乳を買いに来るようになったのだとか。意外な需要の多さに驚いたのだそうだ。
「今日の注文分は作り終えたよ。豆乳飲んでみる?」
もちろんだ!
うん。濃厚な無調整豆乳だ。大豆の香りが口いっぱいに広がって美味しい。
豆乳本来の味を感じた後、お砂糖を入れて飲んでみた。うんやっぱり甘味がある方が好き。
「む。牛乳とは違うな。―――悪いが苦手だ」
ローランドおじい様が顔をしかめた。ローズ母様やマリアおば様たちも砂糖を入れないままではあまり好みではなかった様だ。
「確かに牛乳とはまったく違いますが、過敏症の子は牛乳の代わりにこれを飲むのです。それに牛乳の代用で料理に使うのですよ」
そのとおりだ。
「この搾りかす。おからもスープに入れると腹持ちがいいので、一緒に買っていく人もいますよ」
ちゃんとおからも利用されているんだ。それはよかった。
なにしろおからは豆乳の1.3倍は出ると言われているのだ。
前世では豆腐屋さんもおからが大量に出るので、豆腐を一丁買うと、買った豆腐以上の量のおからをただでくれたものだ。
「ただ豆乳よりおからの方が大量に出るし、水分量も多いので日持ちがしないのが難ですね。冷凍すれば日持ちするんですが、もう冷凍庫はおからで満杯なんです。冷凍庫には他に優先的に入れるべき物があるのでそう場所を取れません。豆乳づくりが楽になって売れるのは嬉しいですが、おからはもう従業員も貰っていかないほど余ってるんです」
ああ、やっぱり。豆腐屋さんと同じ悩みだ。
たしかにおからは傷みやすい。それに豆乳づくりで旨味が豆乳に出てしまっているので味が落ちてしまっているし、パサパサしているので食材として使いづらい。
それに、おから料理は馴染みが薄く、使い方も『スープに入れるしか使いどころが無い』とお客さんから人気がない。低価格で販売してもリピート率が低いという。
―――なるほど。
聞いたら、10日ほど前から豆乳を販売し始めたらしい。
それと同時におからも冷凍保存にまわり、今では冷凍庫を占領しているそうだ。
たしかおからは家畜の飼料にもなるはずだけど、畜産は王都から離れたところでやっている。
しかも今は夏。傷みやすいおからは、運んでいるうちに傷んでしまうだろう。
どうやらおからはドレンさんにとって悩みの種になっているらしい。
―――それなら。
「じゃあ、いまでたおから、もらってもいいでしゅか?」
「ああ、もちろん。どのくらい? 全部でもいいよ」
「あい! ぜんぶくだしゃい!!」
もちろんだ。
でっかい箱にどっさり。うん。全部有効活用させてもらおう。
「ああ。すべて貰って行こう。―――傷まないように凍らせような」
ローランドおじい様がそう言って凍らせた。よし、これで腐敗の心配はない。
『豆乳もいる?』とドレンさんが聞いたので、こくこくと頷いたら、瓶に入った豆乳を何本もくれた。
やった! 大豆から豆乳を作るのは大変なのだ。
しかもおからを大量ゲット!! うれし~い!!
『アーシェがなにか面白そうなことをする』と、ローディン叔父様やローランドおじい様が微笑んで見ている。
「アーシェ。何を作るんだ?」
「とうにゅうとおからでどーなちゅ、ちゅくるとしゅごくおいちいの!」
「へえ、そうなのか?」
うん。おからドーナツはほんのりと豆の旨味がして、普通のドーナツより好きだったくらいだ。
特にお豆腐屋さんが売っていた、おからドーナツは本当に好きだった。
行列に並んでまで買って食べたくらいだ。
「あい。あのしぼりかす―――おからがはいると、どーなちゅがおいちくなる」
「なるほど。アーシェが言うんだから、絶対美味いはずだな」
ローディン叔父様はまったく私の言葉を疑わない。
「それはいいな! 過敏症の子はいま流行りのドーナツが食べられないんだ。材料に牛乳を使っているからな。豆乳ならそんな子も食べられる!!」
ドレンさんがドーナツの話に食いついてきた。
ドレンさんはウルド国に行っている間、ローディン叔父様から私のことを聞いていたそうだ。
特にいろんな料理を作ることを何度も何度も。それこそ耳にタコが出来るくらい聞かされてきたそうだ。
なのでドレンさんはラスクやバター餅のレシピ保有者が私だということも知っている。
ローディン叔父様から散々聞いて(聞かされて)きたので、私を何か面白いものを作る子供だと思っていたらしい。
だから疑問を持たずにおからを全部くれたのか。納得。
ドレンさんの言葉で気が付いた。お店で売っているドーナツには牛乳を入れていた。
―――なら、豆乳で作ればそんな子供たちも食べることが出来るだろう。
「ちゅくって、もってくりゅ?」
デイン伯爵家に行けば、ドーナツ作りのプロが何人もいるのだ。彼らに作ってもらおう。
作って持ってくると言ったら、ドレンさんはさらに冷蔵保存していた豆乳を持ってきてくれた。うわ。材料がいっぱいになった。これならドーナツ以外のものも作れる!!
「おじいしゃま。おまめのりょうりちゅくる!」
「ああ、いいぞ。楽しみだな」
ふふふ。おからのドーナツは大好物だったのだ。
わざわざおからを購入してまで作ったくらいだ。
楽しみでしょうがない!!
お読みいただきありがとうございます。




