167 ローズマリーおばあ様のとくいわざ 2
誤字脱字報告いつもありがとうございます。
毎回あって驚いています。(;'∀')
これからもよろしくお願いします。
「今夜は実家に泊まることにするわ。あまり旦那様から離れた時間を持てないから、久しぶりに実家でゆっくりしたいし。アーシェラの顔ももっと見ていたいわ」
「ああ。そうするといい」
ローランドおじい様が、笑顔で頷いた。
ローズマリーおばあ様から指示を受けたお付きの女性が乳児のベビー服が入った箱を持ってきた。
中には肌着が数着とかわいいベビー服、ベビードレスにミトン。みんな小っちゃくて可愛い。
「赤ちゃんはとても汗をかくから肌着は何枚あってもいいはずよ。今は夏だから通気性のいい生地で仕立てたわ」
肌触りの良い白い肌着は縫い目が表側に付いていて、赤ちゃんの肌に優しくという心づかいが見える。
表側に縫い付けられたローズマリーの花が刺繍されたブランドタグも可愛いし。
布地や縫い目、タグの位置からみても、赤ちゃんの肌に優しく、という心づかいが分かる。
クリーム色やピンク色の優しい色合いのベビー服やベビードレス、爪で顔をひっかかないようにするミトンもとっても可愛い。
「かわいい!」
「ふふ。これはね。アーシェラの為に一番初めにデザインして作ったものと同じなのよ」
「おばあしゃまが?」
「ええ、そうよ」
びっくりした。赤ちゃんの時の肌着までローズマリーおばあ様の作品だったとは。
「いただいた時は本当に驚きましたわ。お母様にこんな才能がおありになったなんて」
「確かにな」
ローズ母様の言葉にローディン叔父様も頷いている。
「ローズマリーは昔から一つのことを突き詰める子だったからな。まさか店を出すまで極めるようになるとは思わなかったが」
「可愛い孫娘の為ですもの。作るのはとても楽しかったですわ。旦那様の手綱を握るのに忙しくて会いに行けなかったのですけれど、子爵位をローディンに譲らせることが出来て、やっと少しだけ余裕が出来ましたわ」
ローズマリーおばあ様がそう言い、私に頬ずりをする。あう。気持ちいい。
「あら、そろそろ約束の時間になるから出かけなくてはいけないわね。今日は薬屋さんに行くのでしょう? 私も用事があるから一緒に行きましょう」
そう言って、マリアおば様が立ちあがった。
「フラウリン領の蜂蜜を薬の矯味剤にしたいと薬屋さんから申し出が来ていてね。試作品を作ってあちらから訪問してくれる予定だったのだけど、アーシェラちゃんが行くと聞いていたから一緒にいこうと思って。約束を今日にしてもらったのよ」
矯味剤とは、苦みや臭みのある薬剤を飲みやすくするためのものだ。
本来蜂蜜は高価格なのだが、今年養蜂をはじめたフラウリン領は、菜の花からたくさん蜂蜜が採れ、オイルだけではなく、蜂蜜の一大生産地となったのだ。それにフラウリン領はたくさんの花が時期をずらして咲くため、いろんな種類の蜂蜜が採れている。
だが、蜂蜜が豊富に採れたからといって、一気に蜂蜜の価格を下げてたくさん流通させることは望ましくない。
これから養蜂をはじめるところもある。けれどフラウリン領と同じ量を採れる領は少ないだろうし、他の領と蜂蜜の価格帯で揉めるのは避けたい。
だから、フラウリン領内で採れた蜂蜜を全て管理しておき、他の領の状況も見ながら、需要に合わせて適宜に流通する量や価格を設定することになった。
なにしろ純粋な蜂蜜は適切に保存すれば腐らないのだ。前世で3000年以上前の遺跡から腐っていない蜂蜜が発見されたくらいだ。
蜂蜜は糖度が高く、蜂蜜自体に殺菌力がある。
それは、蜂さんが花からとって来た蜜を数日かけて羽で一生懸命あおいで蜜の水分を飛ばしてくれたおかげで糖度が上がり、蜂さんの持っている酵素のおかげで強い殺菌力が蜂蜜に含まれるので、適切に保存しておけば腐ることはないのだ。
今年とれた蜂蜜を適切に保存しておけば、数年かけて販売したとしても品質になんら問題はない。
だから『塩やお砂糖と同じで、蜂蜜は腐らない』と言ったら、皆驚いていた。
何年も保存するほど量は採れなかったから知らなかったということだ。
なるほど。蜂蜜はそれほど希少価値が高かったということなんだね。
蜂蜜は今までは巣を壊して採るしかなく、蜂に刺される危険も伴うために、はっきり言って高額商品だった。
養蜂箱が出来たことで、巣も壊さず、コツさえ掴めば刺される危険性も減った。そしてかつての数倍の量の蜜が採れるようになったのだ。
希少価値の高い種類の蜂蜜は価格は高いままだが、比較的多く採れる蜂蜜はかつての価格より手に取りやすい価格となった為、ドレンさんの薬屋さんから矯味剤として使いたいと打診が来たそうだ。
マリアおば様は今年始めた蜂蜜事業に力を入れていて、蜂蜜がどのように薬に使われるか自分でもちゃんと確認をしたいのだそうだ。
フラウリン領の蜂蜜の担当者ともドレンさんの薬屋で合流するらしい。
「ローズマリーも一緒に行くか。蜂蜜の話も気になっていたし、辺境伯軍の薬の買い付けもしようと思っていたのだ。私よりお前の方が必要な薬が分かるだろうしな」
うん? 不思議なワードが出たけど、何のことだろう?
軍用の薬? それになんでローズマリーおばあ様が詳しいの?
ローズマリーおばあ様がにこやかに了承し、一緒にドレンさんの薬屋さんに行くことになった。
◇◇◇
ドレンさんが婿入りした薬屋の本店は、王都の外れ側、平民たちが多く暮らす居住地の近くにあった。
王都に住む平民の人々が遠慮せずに診療を受けやすいようにと、カーマイン男爵があえて平民の人たちが多く住む場所近くに診療所と薬屋を建てたのだそうだ。
うん? カーマイン男爵って聞いたことがあるぞ。
たしか、バーティア子爵家の隣地のイヌリン伯爵が事業に失敗した時、バーティア子爵領との境にあった山をカーマイン男爵に売ったんじゃなかったっけ。
マリアおば様からバーティア子爵領や近隣の領地のことを教えてもらった時のことを思い出した。
初代のカーマイン男爵は腕のいい平民出身の薬師で、軍医として多くの功績を残したため、百年ほど前に男爵位を与えられたため、貴族としてはまだまだ歴史は浅い。
今の男爵様の跡を継いで、将来ドレンさんが男爵になるのだそうだ。
現在のカーマイン男爵は平民出身で、魔力が強く腕のいい薬師で男爵家に婿入りしてきた人だ。ドレンさんも強い魔力持ち。そして平民出身で婿入りしてきた。貴族でありながら黒髪や茶色の髪の子どもが生まれ続けている珍しい家らしい。
ドレンさんとテルルさんとの間に生まれた女の子は、ドレンさんの色を受け継いだ艶やかな黒髪と明るいブルーの瞳のかわいい女の子だった。
初めて会ったテルルさんは明るい茶髪にブルーの瞳。女性としては背が高くすらりとしていて、前世で見た宝塚の女優さんのようにかっこよかった。
テルルさんはローズマリーおばあ様の作った肌着やベビー服にものすごく感動していて、ローズマリーおばあ様のお友達のドレス屋さんの場所を聞いていて、購入しに行くと話していた。
これからもいいお客様になってくれそうな勢いだった。
フラウリン領の蜂蜜を矯味剤にしたいという商談も無事にまとまり、ドレンさんが薬を作っている作業場に私たちを案内してくれた。
王都の貴族街や中心街には、本店で作られた薬を販売する支店の店舗がいくつもある。
こちらの本店は薬師やいろいろな人を雇って様々な用途の薬を作る工房、薬草を栽培する薬草園、そして診療所が併設されている。
こちらにはなかなか貴族が訪れることはないらしく、ローランドおじい様やマリアおば様、ローズマリーおばあ様、そしてローディン叔父様にローズ母様と、銀髪の貴族が何人も工房に訪れたことに薬づくりをしている人たちは皆緊張しているようだった。
そして、意外にもドレンさんはローランドおじい様に緊張しているようだ。
ここに着いた時、出迎えに来たドレンさんが、馬車から降りたローランドおじい様を見た瞬間、驚いて声が裏返ったのだ。
商談の為のアポイントメントはマリアおば様とフラウリン領の蜂蜜担当の人たちだけで、まさか元デイン辺境伯が一緒に来るとは思わなかったそうだ。
今は引退したとはいえ、ローランドおじい様は元デイン辺境伯軍の総帥。
立っているだけで、上に立つ者のオーラが滲み出てる、とドレンさんが呟いていた。
確かに。私にはとっても優しいおじい様だけど、5年前の三国からの一斉攻撃を迎え撃って勝利した話を聞いた時は素直にかっこいいと思ったもんね。
ドレンさんはその話を義父であるカーマイン男爵に聞いたらしい。軍医としてデイン領に来ていたカーマイン男爵は目の前でそれを見た。海岸線を埋め尽くす三国の敵艦をことごとく沈め、ついにはデイン辺境伯軍の軍船だけが海上に残ったのをその目で見たカーマイン男爵は、ドレンさんに興奮しながらその感動を話して聞かせたのだそうだ。
―――うん。ドレンさんに聞いたら、改めてローランドおじい様やロザリオ・デイン伯爵がすごい人だということが分かる。
「ろーらんどおじいしゃま、しゅごい! かっこいい!!」
「ハハハ。そうかそうか嬉しいぞ」
ローランドおじい様が豪快に笑い、私の頭を撫でる。いつもよりちょっと強めなのは照れ隠しかな。
そして、ローランドおじい様がドレンさんの方を見る。
「私は私の役目をしただけだ。そして、そなたも自分の役目を立派に果たしていることは私も認めているぞ。―――ここが誰からも信用される薬屋であることがその証だろう」
それにな、とローランドおじい様が続けた。
「私は、そなたがキクの花で多くの薬を作り広く薬を普及させたこと、そして戦地での働きも聞いて知っている。分け隔てなく誰にでもしっかりと治療を施したと聞いておる」
ん? 薬師ならそれは普通では? と思ったけどそれは違うらしい。
薬師は前世の薬剤師という認識ではなく、医師と同義だ。
医療に携わる者はほとんどが魔法学院出身。つまりは貴族が多い。
こちらの世界での『薬師』とは、薬を作り、治療を施す者という意味で、医師は主に薬を用いて治療を専門とする者ということらしい。
その薬師や医師の他に、主に外傷を治療する治癒師もいる。
症状に合わせて薬を作る薬師は、病気に対する知識だけではなく多岐にわたる能力が高くなくてはやっていけない職業なのだ。
ローランドおじい様が言ったのは、戦地でドレンさんが忖度しなかったということらしい。
軍医として戦地に行った時―――身分の高い者を優先して治療するという医師もいるのだそうだ。
戦地では身分の高いものは大抵奥に引っ込んでいることが多い。
つまり大けがをして苦しんでいる平民の兵を放置して、先に軽傷の貴族を治療する医師が少なからずいるらしい。
―――え? なにそれ。今にも死にそうな人を放置して、かすり傷の貴族を治療してたってこと?
「ひどい!」
「そうだな。ドレンさんはそんな治癒師や医師を横目に、重傷者を片っ端から治療してたよ」
ローディン叔父様が静かにそう言った。
その目には、忖度して重傷者を放置した医師たちに対する怒りが見えた。
ローディン叔父様は『治癒』の能力を持っている。
ドレンさんたちと一緒にローディン叔父様も、戦場でかなりの人数の重傷者の治療をしたのだそうだ。
ローランドおじい様がまあそんな奴も多々いるぞ、と呆れながら言った。
「貴族しか相手をしない貴族出身の医師など人間性を疑うぞ。軍医として徴兵され、いざ戦地に行くと使えない者のなんと多いことか。言い訳ばかり達者でな。昔、ローズマリーに張り倒された医師もおったぞ」
「お父様。その話は」
突然自分の名前が出たことに、ローズマリーおばあ様が驚いた。
「うちは辺境伯であるゆえに、これまで他国との小競り合いはしょっちゅうだった。治癒魔法が使えるものも手が回らないこともあるゆえに、軍医は必要不可欠な存在だ。だが、昔王都から派遣されてきた貴族出身の医師が兵の切り傷をみて怯えてな。自分は病気が専門で傷を縫い合わせることなど出来ぬと。薬も助手がいつも用意するから分からぬと言い出す始末だ。そんな使えぬお坊ちゃん医師をローズマリーが押しのけて皆を治療して回ったのだ。辺境伯家に生まれた者は治療法も薬の使い方も男女問わず仕込まれるからな」
そうなんだ。
だからローランドおじい様が、薬の目利きをローズマリーおばあ様に声をかけていたんだ。
使えない医師を張り倒して自分が治療したなんて、ローズマリーおばあ様、すごい。
「軍医として功績を上げたカーマインが男爵位を授かったのは、その働きからして当然のことだった。後進の育成をし、平民たちの為に診療所を作り、積極的に軍医として分け隔てなく兵を治療してきたからな」
だからここは、軍に携わる家からの信頼が厚いのだとローランドおじい様が言った。
「それに難しい病気となると、こちらの医院にまわされることが多いだろう? 外傷だけでなく、病気に関してもこの医院が信用されているという証だろう」
カーマイン男爵の医院や薬屋は他の医師が匙を投げた病気やけがを負った人が訪れる、腕のいい医師がいる病院みたいな存在なのかな。
「それに、カーマイン男爵は、今だけではなく何度も率先して軍医を務めてくれている。本当にありがたいと思っている」
「デイン様に褒められるなんて嬉しいです。義父もその言葉を聞いたら喜びます」
カーマイン男爵は今ジェンド国に軍医として行っているということだ。
これまで何度も戦地に軍医として赴いてきたカーマイン男爵は、素直にすごい人だと思う。
「そういえば、陞爵の話がカーマイン男爵家にも来ただろう?」
「はい。―――来ました」
ドレンさんはちょっと苦笑していた。陞爵とは爵位を上げることだ。
「戦争がすべて終結してから功績があった者を陞爵するという話があったからな」
そう言ってローランドおじい様がローディン叔父様を見た。
「あれこれ考えず、前向きに検討することだ。お前たちはそれだけの働きをしたのだからな」
その言葉にローディン叔父様が思案するような顔をした。
ローランドおじい様がそう言ったということは、ウルド国での功績でローディン叔父様にも陞爵の話が来ているということだ。
これまでバーティア子爵家は何度も爵位を上げようとする話を辞退してきたと聞いていた。
今回はどうするつもりなのかな。
お読みいただきありがとうございます。




