164 おどろきのれんぞく
アーネストおじい様視点です。
「もちろん、大変でしたわ。私はアーシュに授乳はしましたけれど、オムツ替えや入浴は乳母たちに任せきりでしたもの。でも、王子様が先にお産まれになっておられましたから、王妃様の近くで侍女たちが王子様のお世話をするのを手伝って覚えましたの」
「「そうだったのね」」
「大変でしたけれど、可愛いアーシェラの世話をするのは幸せな時間でもありましたわ。―――でも、アーシェラが生まれてすぐのあたりは大変でしたわ。数時間ごとに授乳が必要なのですもの。―――その時期は王妃様にも大変な思いをさせてしまいましたわ」
「? どういうこと?」
「アーシェラにお乳を与えてくださったのは王妃様なのです」
レイチェルの言葉に叔母たちは驚いて目を見開いた。それはそうだろう。
「なんて恐れ多い……王妃様が乳母だなんて」
「王妃様とローズはとても仲が良いと聞いていたけれど……驚いたわ」
リーナは青緑色の瞳をこぼれんばかりに見開き、ぽつりと言った。
その事実にアーレンは声を出せないくらい驚いたようだ。パクパクと口を開けたり閉じたりしている。
「アーシェラを王宮で守る相談をしていた時に王妃様自らが手をあげてくださったのです。他に乳母を用意しようとしたら断固として、『ローズの子の乳母は自分がなる』のだと言って引き下がらなかったのです」
私たちも申し出を受けた時はとんでもないと思い、最初は辞退を申し出たのだ。だが。
「秘かに乳母を用意したとしたら、そこからアーシェラの存在が知られてしまう可能性がある。それなら自分が乳母になると仰られて。―――確かにその危険性もあったので、アーシェラの身の安全を考えて王妃様の申し出をありがたく受けることにしたのですわ」
アーシェラが生まれてからローズに託すまでの約7ヶ月もの間、王妃様はアーシェラにお乳を与えてくださった。
「王妃様は御自分がお乳を与えて育てたアーシェラを本当の娘のように思っていらっしゃるようですわ。よく陛下も隠し部屋にいらっしゃって、アーシェラの頬をつつくのがお気に入りでしたの。眠っているアーシェラをよく起こしたものですわ」
ふふ、とレイチェルが思い出しながら笑った。
「―――おかげでもう王子様との婚約話を内々にすすめようと両陛下がせっついてくるんですよ。困ったことに」
「ふふ。確かに、身分も年齢もつり合うものね。さらにご自分たちがアーシェラの成長を見守っていたのであれば、当然そういう話も出るわよね」
「アーネスト従兄様。お顔が怖くなってますわよ」
「アーシェラはまだ4歳だ。―――早すぎるだろう」
憮然としてしまうのは仕方ない。いずれは来る話だが、まだまだ先に延ばしたいのが本音なのだ。
「アーネスト。アーシェラが今はバーティア領に居るのは何故だ?」
映し出された映像を見ながらアーレンが聞いてきた。
「ああ。子どもは成長するだろう。歩き始めてからも狭い隠し部屋に閉じ込めて育てるのには無理があると思っていたのだ。―――だから、ローズをバーティアに戻した時にアーシェラをこっそりと託した。―――ローズはアーシェラが実子とは知らずに、拾い子として育てている」
ディーク・バーティア元子爵と共に、バーティア領の女神様の小神殿でローズがアーシェラを見つけるようにしたことを説明した。
「まあ……なんてことなの」
「何故教えてあげないの? ローズはあんなに辛い思いをしたのよ」
「子どもが亡くなったのは、自分のせいだと自分を責めるローズがかわいそうで仕方がなかったわ……」
叔母と従妹のリーナは、ローズの慟哭を誰よりも傍で見て来た。
―――教えてあげたい気持ちは私にもよくわかる。
「これは陛下やディーク・バーティア元子爵、デイン伯爵たちと決めたことです。リヒャルトがアーシェラの出自を知れば、どんな手を使ってでも全力でアーシェラを亡き者にするだろうと。だからリヒャルトを排除するまでローズに伝えずにおこうと決めたのです」
「なるほど。―――だが、今ではすでにリヒャルトはある程度羽をもがれた状態だ、もう伝えてもよくないか?」
そのアーレンの言葉にレイチェルが答えた。
「母親は子どもの為に命を投げ出す覚悟があるのです。ましてお腹をいためて生んだ子ならなおさらですわ。今でもアーシェラを愛おしんでいるローズに真実を告げたら、ローズはアーシェラの為に簡単に命を差し出す選択をすることでしょう。アーシェラとローズ、二人を共に護りきる為にもうしばらくは伏せた方がいいのですわ」
そう言ってレイチェルが腹部をそっと抑えた。
かつてレイチェルはアーシュを庇い、傷を受けたことがある。
あの時は、アーシュとレイチェル、どちらも失ってしまうのかもしれないと恐れた。
叔母のメイリーヌがレイチェルを見つめ、ゆっくりと頷いた。
あえてすべてを語らなかったレイチェルの真意に気づいたようだ。
リヒャルトとの対決はこれからが本番だろう。
まだ何が起こるか分からないのだ。
「これは、アーシュとも話し合って決めたことです。―――リヒャルトを完全に排除するまで、アーシェラを守り切る為に黙っていようと」
私の言葉に、叔母たちがはじかれるように顔を上げた。
アーシュを見つけてから、アーシュの生存をレイチェルや両陛下、四公爵、そしてセルト以外に教えたのは初めてだ。この部屋の隅に控えていた私の側近のルイドも小さく声を上げた。
「アーシュ!? アーシュが生きているの!?」
「本当か!? アーシュを見つけたのか!?」
「従兄様! アーシュは無事なの!?」
三人の驚いた声が部屋中に響き渡る。
あらかじめこの部屋に防音の結界を張っていてよかった。
―――アーシュの生存はまだ公にはしていない。万が一アンベール国の間者からアンベール国王に知られれば、反乱軍のもとで力を蓄えているアーシュたちの妨げになるばかりか命の危険に晒されるに違いないからだ。
アンベール国に潜入させた者からは、アンベール国王は闇の魔術師が死んだことにまだ気が付いていない、と報告が来ていた。
いつものようにふらりと出かけて戻ってきていないだけだと思っているようだ。
あの森には、反乱軍側の魔術師が偽の結界をかけてアンベール国側の目を欺いているとのことだ。
そして、アンベール国は反逆者をあの森に送って処刑にするやり方を変えていない。
―――だが、すでにあの森は反乱軍側の手の内だ。みすみす同じ志を持つ者を死なせるわけがない。
いまやあの森は、アンベール国王に反旗を翻す反乱軍にとって、絶対的な味方となる者を確保できる場所となったのだ。
「―――ええ。見つけました。昨年秋に、アンベール国の北の森の処刑場で生き延びていました」
「―――ああ、女神様。―――アーシュを護って下さり、ありがとうございます」
叔母のメイリーヌや従妹のリーナ、そしてアーレンも『よかった』と、安堵の涙を流した。
部屋の隅でルイドが秘かに涙を拭っているのが見えた。後で彼にもしっかりと事情を説明することにしよう。陛下からの情報解禁がされるまで、これまで側近であるルイドにも秘密にしなければならなかったのだ。
「今はアンベール国の反乱軍のもとにいます。元気ですよ。見つけた時はずいぶんくたびれていましたが」
「でも、どうやって見つけたの? つながりは切れていたのでしょう?」
「ええ。昨年秋に三国への出兵の為に王宮に貴族たちが集まったことがありました。―――あの日に、突然繋がりが戻ったのです」
「何故?」
「アンベール国の北の森の処刑場に巣くっていた闇の魔術師の結界が破壊されたからです。それで繋がりが戻りました」
叔母たちが息を呑んだ。
「闇の魔術師―――。軍部から聞こえては来ていたが、本当にいたんだな」
「ああ。アンベール国王が戦争の何年も前から囲っていたようだ」
闇の魔術師に関する事項は最重要機密だ。
存在していること自体が大きな混乱を招くからだ。
だからここでもあまり多くを語ることは出来ない。そして聞く者もそれ以上踏み込まないことを要求される。
叔母はクリステーアの瞳を持っている。
意識を飛ばすことは出来なくても、クリステーア公爵家特有の力を持つ叔母は真実を聞き分けることが出来るのだ。それは叔母の血を引く、アーレンやリーナも同様だ。
私はふと水晶が映し出すアーシェラを見た。そろそろ時間切れで魔道具の力が途切れてしまうことに気づいたからだ。
可愛い孫娘には滅多に会えないのだ。それにアーシュの詳しい説明はこの後でもいいだろう。
そう告げると、叔母たちも同意して、アーシェラに目を移した。
ローディン殿に抱っこされ、満面の笑顔を浮かべるアーシェラ。茎の長い植物を手に何やら一生懸命説明している。
あれもたぶん食べられるものなのだろう。わらびが食べられたのと同じように。
「アーシェラはローズにそっくりね。将来は美しくなるわよ」
「本当。とっても可愛いわ。バーティア子爵もとても可愛がっているみたいね。アーシェラを見る目がとても優しいもの」
「髪質はアーシュに似ているのね。ちょっとくせっ毛だわ」
「今年の冬で5歳になるのよね? でもまだ3歳に手が届かないくらいのようだわ」
「成長が遅いということは―――魔力が強い子なのね」
「「ああ。本物のアーシェラに会いたいわ」」
叔母と従妹がアーシェラの映像に見入っている。
どうやら、アーシェラが戻ってきた時は叔母たちにしっかりと可愛がってもらえそうだ。
「バーティア子爵と一緒にいるのはクリスフィア公爵よね? どうしてバーティア子爵領に行っているのかしら?」
従妹のリーナがクリスフィア公爵がいることに首を傾げた。
「バーティア領は初めて米を作った所だったな。あちこちの領で指導もしてるし、いろんな領地から見学者が訪れていると聞いている。それにクリスフィア公爵はローディン殿と一緒にウルド国にも行ったしな。その繋がりで来年はクリスフィア公爵領も稲作に踏み切るつもりなのかもな」
田んぼのふちで話す二人を見てアーレンはそう思ったようだ。
「じゃあ、来年はクリスフィア公爵領でも稲作をするのかしらね」
そこに、叔母のメイリーヌが少し首を傾げながら言った。
「―――町の人のようにしているけれど、あれは騎士よね。そしてこちらとこの右隣の者は魔術師よね」
叔母上はさすがだ。領民の中に潜ませている者の正体を正確に見抜いている。
「さすがですね、叔母上。そのとおりですよ。あそこにいるのはうちやデイン伯爵家、バーティア子爵家などから派遣した魔術師や騎士たちです。ずっとローズとアーシェラを亡き者にしようとリヒャルトが暗殺者を仕掛けて来ていたので、ふたりを守るための護衛です」
「そうなのね」
「―――本当にリヒャルトは執拗でした。アーシェラが暮らすバーティア商会の家の中に『魔力の目』を送り込んでまで、ローズとアーシェラの命を狙って来ていたのです。アーシェラとローズが今まで無事だったのは、護衛達の活躍もありますが、―――何よりも、ローディン殿やデイン伯爵家のリンク殿が全力でふたりを守ってくれていたからなのです」
魔力の目は、相当魔力の扱いに長けていなければ操ることは出来ない。
つまり力の強い魔術師を暗殺者として雇ったということだ。
「魔力の目、か。どうしてもふたりを殺したかったようだな。リヒャルトのクソ野郎が」
「魔力の目を飛ばしてきたその魔術師はどうなったの? アーシェラが無事なのだから、当然やっつけたのよね?」
「バーティア先生のお力を借りて、ローディン殿、リンク殿が見つけ出して潰してくれました。―――ローディン殿やリンク殿は、ここから見える護衛の魔術師よりも強いですよ」
「そのようね。ローディン殿はとても強いわ。こうして見ていても、ここから見える護衛よりも強いもの」
叔母のメイリーヌが私の言葉に納得して頷く。
クリスフィア公爵がアーシェラの髪についていた葉を取り去り、その頭を撫でているのが見える。―――羨ましい。私もアーシェラの頭を撫でたい。
「アーネスト。クリスフィア公爵がバーティア領を訪れている本当の理由を知っているのではなくて? 周りを固めている魔術師のうち数人、―――彼らは、ただの魔術師ではないわ」
叔母のメイリーヌは周りの状況を正しく読み取って、鋭く言った。
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